戦場の鬼たち 肆
「――というかですね、副長?」
「あん?」
「私たちは、いつまで待機してればいいんですかねー?」
「それか……」
アイナの問いかけに、歯切れを悪くするシドだが、それも仕方のないこと。その疑問は、シド自身も抱えており、そもそもドグル大平原に到着した日の軍議の時点で、噴出した話題であった。
――魔導騎士団に待機命令する意味を答えろ!
シドからルストへの問いかけである。
ルストもまた、今のシドと同じように歯切れが悪かったのだが、本来のルスト=ヴァルフリードという男を知っているだけに、シドはそれ以上の追求はしなかった、する必要もなかった。
申し訳なさそうな、しかし何かをこらえているようなその苦々しい表情が語っていたからだ。
年若いものの、ランベルジュ四魔導の1人に数えられるほどの才気に満ちており、名に恥じぬ実力を備えるシドは察していた。
ルストは、機を待っているのだと。
「あれだ、前のやつらがへばるまで、とりあえず待っとけ」
「はーい! でも、まだまだ時間かかりそうですよねー……磨くとこ無くなっちゃいそう――」
「俺のデュランダルも頼むわ」
「えー、副長、汚れとか気にしないですよねー?」
「暇を持て余してる部下に、鼻歌まじりに出来る楽しい仕事を提供してやったんだがな……そうかそうか、なら外回りの雑よ――」
「わーい、ピッカピカにしてあげるからね、デュランダル!」
「……オマエも大概わかりやすいな、おい」
(義剣の野郎も、コイツくらい単純なら、話は楽なんだがな……)
総司令であるルスト=ヴァルフリードに、戦場での命令系統の全権があるのは間違いない。だが、この場に来ている魔導騎士団の責任者が、シドであることに変わりはない。さらに言えば、団長が不在である以上、生きて皇国の地を踏ませるためにも、自分がうまく立ち回らなければならないと、シドは考えていた。
だからこそ、ソレが気になってしょうがない。
(機を待ってるのはわかるんだが、その機がいつなのかと、義剣が何に巻き込まれているか、それが問題だな。おそらくは――炎燼の剣絡みだろうが……)
神魔金等級冒険者パーティー、炎燼の剣。
リーダーのクライド=ヴァルフリードは、ルスト=ヴァルフリードの息子で、皇国内では将来を有望視されている逸材という評価をされている。
そんな彼と、銅等級の頃からパーティーを組んでいる3人とともに、神魔金等級にまで昇ってきた炎燼の剣が、ある日を境に行方不明になった。
(団長が言うには、陛下が完全にブチ切れたって話だしな。炎燼の剣の奴らが、皇国内か獣人や亜人領域にいてくれりゃあ、まだなんとかなる……だが、万が一にでもナヴァルに捕まってたら――全面戦争の始まりだろうな)
シドの懸念点は、炎燼の剣に所属する4人、それぞれの出自にある。
クライド=ヴァルフリードの生家であるヴァルフリード伯爵家は、ランベルジュ皇国の大皇である、ジーク=アスクレイド――赤の根源竜たる紅蓮竜ジークヴァルスの三大眷属の1つ。
白エルフのエレス=ファ=メルシードは、4つの支族のひとつである緑源――ファの血族であり、古弓ファルティアを継ぎし者。
剛盾士のリグ=ガウズは、獣人族5大勢力のひとつである、朱豹人族の名家、ガウズの血族。
同じく、5大勢力のひとつ、黒猫人族のリド家が生んだ魔法の大器、殲雷と称されし魔法師、ラティーナ=リド。
4人それぞれが、人族、亜人、獣人族の各領域において、目を離すことができない立場の人物ばかりであり、大戦の火種役としては十二分に役立ってしまうという事実に、シドを含めたランベルジュ皇国上層部は気づいている。
(国賓級の人材が集まった炎燼の剣を攫った理由が、単に偶発的ってんならまだマシなんだが……もし、それが、なんらかの意図による確保だとしたとしたら……ナヴァルの変化といい、アードニードのキナ臭さといい、裏でこそこそ動かれてるみてえだな)
「そういえば副長、聞きましたー?」
「あ? なんのことだ?」
「ナヴァルから帰ってきた人が言ってたんですけど、変わった麺料理が流行ってるらしいです!」
「麺料理……うどんとかパスタじゃなくてか?」
「はい、ラーメンっていうらしいんですけど、王都で大人気で、すんごく美味しかったらしいですよ!」
「ラーメン……メンは麺料理の麺のことだとして、ラーってのは一体なんなんだ……よくわからん名前だな」
「お爺ちゃんに聞いたら、ひょっとしたら――ニホン語かもしれないそうです!」
「ほう……そりゃまた随分と面白いことになってやがんな」
(俺達が普段話してる世界共用語のユグドレア語、その7割以上が、ニホン語で出来てるってのは常識だ。で、異世界英傑の母国語のひとつとして有名なニホン語の食べ物が、何故か、ナヴァルの王都で大人気、と……それはつまり――)
「最近は、ダグラダマーケットが、ラーメンハウス ダグラダっていう名前で、お店を出してるらしいんですけど、最初の頃は――」
「――ムネシゲ、か?」
「はい、そうらしいです! 皇国にも、お店出さないですかねー?」
「ナヴァルが方針を変えればな」
「うぅぅぅ、ラーメン食べてみたいですぅ……」
(なるほどな……ここんところのナヴァルの妙な変化は、ウィロウの新公爵の仕業か)
アイナの話に出てきた、ナヴァルから帰ってきた人というのは、ランベルジュ皇国の斥候職の誰かであることを、シドは理解している。さらに言えば、ブラックスミス男爵家に出入りする斥候ということは、ランベルジュ皇国でも最上級の斥候職であるということに他ならないことも、シドのように、知っている者は理解している。
つまり、その人物は、アイナ=ブラックスミスという、鍛治師の系譜を継ぐ者を通して、秘匿すべき情報を狂剣シドに伝えたいと考えている、そういうことだと彼は理解している。
(最近のナヴァル王都では、魔薬もどきが大人気だったはず。それが、ラーメンとかいう麺料理に立場を追われた。しかも、王都の裏側を仕切る立場にある、あのダグラダマーケットがついている。と、なると、ナヴァルの暗殺者ギルドやクラン周りがごたついているはずだ……たしか魔薬の原料は、スキルジェム、どこから調達して……いや、ちょっと待てよ……ドグル大平原で、年に数回起きてる小競り合い…………おいおい、そういうことかよ!?)
「……アイナ、伝令士を3人連れてこい」
「ふぇっ? はーい、行ってきます!」
(毎年、ドグル大平原で数回起きてる小競り合い。その相手は、本来ならウィロウ公爵領軍。だが、実際は、第1騎士団との小競り合いが頻発している。何故、わざわざ王都からここまで出張ってくる必要があるのか……魔薬の原料のスキルジェム、その調達を、ドグル大平原で行なう――スキルジェム用のステータスユニットとスキルボードを確保するためなのは間違いない。だが、一番の問題は、その小競り合いに、魔導騎士団が一度も参戦してないこと。毎回、ヴァルフリード辺境伯領軍が先んじて会戦し、短い日数で戦が終わる。詳細な被害報告を調べる必要はあるが、おそらくは、ナヴァルの第1騎士団の一部だけに、被害が出てるんだろうな……あそこの頭は宰相の息子――平民殺しで有名な、ナヴァル貴族宰相派ってやつだ、ってことは……ちっ、どうにも胸糞悪いことしてやがる……だが、それ以上に――)
シド=ウェルガノンという男に、権力欲なんてものはない。だからこそ、伯爵家次男という家を継ぐ必要のない立場を満喫するために、魔導騎士になったという側面がある。
だが、それは、父や兄が見せてきた、貴族の姿を否定するためのものではない。
ランベルジュ皇国の国主、大皇ジーク=アスクレイドという名の絶対君主の方針は、ただひとつ。
――皆等しく、命を愉しむべし。
ランベルジュ貴族とは、その方針を命題とし、己の生を懸ける者のことを指す。それは、自らが治める領地に暮らす民が――自身を含めて、生を謳歌することができるように励むことを意味する。
シドは、幼少の頃より、ランベルジュ貴族の務めをまっとうしてきた父の姿と、その父の後を継ぐべく励んでいた兄の姿を目の当たりにしていた。
だからこそ、ランベルジュ貴族を務めている者たち全てを、心の底から尊敬しており、彼ら彼女らの代わりとして、シドは戦場に赴いているのだ。
だから、シドは怒っている。
(義剣の仕業とは流石に思えねぇ、ということは、辺境伯領軍の中の、一定以上の指揮権を持っている奴の中に、ランベルジュ貴族の誇りを穢してるクズがいる……こんなクソくだらねぇことに加担しやがって……)
「――連れてきましたよー、って、なんかめちゃくちゃ不機嫌!? あ、大丈夫ですよー、怖くないですよー!?」
「あん? ああ、来たか……なにやってんだ、おい?」
「副長、デュランダル!? デュランダルですよー!?」
「ん、あぁ、起動しちまってたか。寝とけ、デュランダル」
「はふぅ……まったくもう! 伝令士の皆さんを驚かせないでください!」
「……いいか、口頭で伝えろ。相手は――」
「副長!!」
「ちっ、わかったわかった……悪いな、おまえら、驚かせちまって」
あの狂剣シドに謝罪させている姿を見た伝令士の3人は、噂通りの彼女の振る舞いに、放心と感心しかできなかった。
――狂剣と聖女。
この2人が共にいる、それこそが魔導騎士団の日常である。




