戦場の鬼たち 参
「はぁはぁ……ん、はぁ……」
現在のドグル大平原には、2つの戦場が存在する。陽と月、どちらが空に浮かんでいるか、それが判断基準である。
雲間から姿を覗かせる月が、彼の瞳には、ぼやけて見えていた。
彼は、ナヴァル王国第1騎士団特選隊の第3大隊に所属している傭兵の1人。
そう、彼は今、1人でそこにいる。
夜から朝にかけて、ドグル大平原は霧が立ち込みやすいことが影響し、遮蔽物が少ない平原という立地にあっても偵察行動がしやすく、同時にされやすい。そのため、敵の戦力を知るための威力偵察と異なり、敵の動向を伺う通常偵察の戦時での有用性は高く、実際に東方軍やヴァルフリード辺境伯領軍も夜間の偵察行動は欠かしていない。
だがそれは、夜間に動いてくれる斥候役に対し、敬意と感謝が無くてはならない。
間違っても、物資の補給を対価に死地に向かわせるような非道な所業により、苦しむようなことがあってはならない。
つまり、本来ならば、彼も彼の仲間も敬われるべきであり、あり得てはならない被害者であるということだ。
より詳細な情報を得るために、死地のさらに死地へと踏み込んだ結果、発見され、手痛い反撃を被ったことで後退、仲間と分散しての逃走劇が開始。
彼は、死に瀕するほどに負傷した身体を、戦場に点在する穴という名の隙間で休ませていた。
「ははっ……今日も、はぁはぁ……ルーナが、きれいだ……ぐっ……」
そんな彼の目には、形を崩した月。次いで、ゆらゆらと浮かんでいる、いくつもの赤い塊が映った。
意識と視界が薄れゆく中、自らに迫る複数の気配を感じたことで、死の恐怖を感じるとともに、苦痛にまみれた人生をようやく終われることに、彼は安堵していた。
意識が完全に沈みきる前に、彼の瞳が捉えたのは、一筋の光条――その色を認識した瞬間、彼の視界は暗転した。
その光は、紫色の雷光――紫電。
開戦から3日。
第1騎士団含めた東方軍、総数約30万。
それに対して、ヴァルフリード辺境伯領軍およそ12万。開戦前に、3万近い兵の損耗があったことで減少している。
ただし、東方軍のおよそ20万は第1騎士団であり、半数以上が民兵。今回の戦場において、戦力としては期待できない。
そういった各々の実情こそが、東方軍およそ10万と、ヴァルフリード辺境伯領軍およそ12万という軍勢のにらみ合いを、ドグル大平原に生んだ。
お互いの中軍から放たれる殲滅魔術――制圧力は互角。その後、問題なく臨界した平原中央部での前軍――騎士や他の歩兵達による地上戦、魔法師による空中戦も互角。
兵の損耗率が1割にも届かない一進一退を、この3日間、お互いに繰り返していた。
戦況は膠着しているが、どちらかといえば――ランベルジュ皇国側が有利である。
東方軍は開戦から3日間、本格的に攻める機を伺っているのだが、そんな現状に留まざるを得ない原因にして、最大の問題。
それは、ヴァルフリード辺境伯が、全軍で来たという点にある。
魔導大国であるランベルジュ皇国、主戦力は当然ながら魔道器が関係する。もはや古語の類である英傑語や、過去の異世界英傑達が残した言葉の数々から、その魔導器を駆る者は、一騎当千の兵と世に謳われている――魔導騎士。
またの名を――シュヴァリエル。
シュヴァリエルとは、英傑語で、魔導で造られた騎士を駆る魔法使いという意を込めた造語であり、魔導騎の父と呼ばれている、今は亡き英傑による名付け。
シュヴァリエルの強さは凄まじく、一騎が千の騎士、百騎が英傑、万騎が準英雄に匹敵すると言われている。
ヴァルフリード辺境伯は、全軍を引き連れて、ドグル大平原へと――総勢2万超の魔導騎士団とともに、戦場にやってきたのだ。
義剣のルスト=ヴァルフリードという英傑が率いる、魔導騎士団を含めた、後方に座する軍勢。
それが、ヴァルフリード辺境伯領軍の主戦力。
現在の膠着は、互いに切り札を出さないでいるからに過ぎないということだ。
「にゅーふふーふ、ふふふーん、にゅふにゅーふふん♪」
「……気ぃ抜けっからやめろ」
「……あっ! んっんっ……ガンガン、ズガガン、ズカガガーン!!」
「いや、歌うのをやめろや……」
片や、愛騎をピカピカにするべく磨いている、黒みが強い灰髪の軍服少女。
片や、相棒を椅子代わりにしているのは、やはり軍服姿の、艶やかな銀髪の青年。
この2人がいるのは、ヴァルフリード辺境伯領軍――後軍。
つまり、この2人は――魔導騎士。
「報告は聞いたか?」
「もちろんです! 今回は、いつにも増して激しいみたいですね!」
「それは当然だ。あの義剣がこんな暴挙に出るなんて、どんな大軍師でも読み切れるわけがねぇ。なら、戦力の見積もりを多くすんのは当然、ただそれだけのことだ。そっちのことじゃねえよ――」
「あっ、黒き狩猟者ですか?」
「そうだ、俺はてっきり、あのジジイかと思ったんだが――」
「だれも斬られてなければ、殴られてもいない、ですもんね……流石に驚きました!」
「それもあるが、こっちが把握できてねえ戦力が、あっちにいんのが、一番の問題だ。例の新公爵じゃねぇみたいだしな」
「あっ、噂の方ですね! 楽しみですよね、副長!」
「はっ、そりゃ同感だ」
後軍に位置する魔導騎士たちの中でも、中心部――軍議を行なう司令官用の天幕付近で待機している2人は、ヴァルフリード辺境伯領軍に現在出向している魔導騎士の中でも、特に有名な男女。
少女が副長と呼んだ銀髪の青年の名は、シド=ウェルガノン。ウェルガノン伯爵家の次男、26歳。
ランベルジュ皇国が誇る魔導騎士団 ヘリケ・イグニスの副団長にして、狂剣シドと呼ばれる――ランベルジュ四魔導の1人。
つまり、皇国最大戦力の1人である。
そんな狂剣に、臆することがないどころか、和やかに会話している、黒が濃い灰髪の少女。
彼女の名は、アイナ=ブラックスミス。ブラックスミス男爵家の三女、15歳。
ランベルジュ四魔導の1人であるキース=ブラックスミスの孫娘にして、ある有名な英傑を祖に持つ。彼女の祖先こそが、魔導騎の父と呼ばれる――異世界16英傑。
――ミコト=ブラックスミス。
日本名――大黒 命、彼こそが、魔導騎の生みの親。
他の異世界勇者同様、彼もまた心身ともに支配されていたが、偶然にも自我を取り戻すことが叶った。
そんなミコトだが、彼にはある種の野望が芽生えた。
ミコトと同じように自我を取り戻した、他の異世界勇者とともに、ガルディアナ大陸の戦乱を生き抜く中で、ユグドレアの仕様というものを理解した彼は、自身の強い想いを力に変えることができるのでは、と、考え始めた。
たゆまぬ努力で魔導の道を歩み続けて、約6年。ミコトは、魔導騎という魔導器を、見事に造り上げた。
魔導騎を見た、他の異世界勇者達の反応は様々。
ある者は、訝しみ。
ある者は、大笑いし。
ある者は、首を傾げていた。
そんな彼らの気持ちを代弁した、とある1人の台詞がある。
その一言こそが、ミコト=ブラックスミスの野望と、彼がどういった人物なのかを知らしめるものだった。
――機動騎士ガルヴァリオンじゃねえか!?
彼らが暮らしていた日本で大人気の、シリーズ化もされているロボットアニメ。
それが、機動騎士ガルヴァリオンである。
そう、大黒 命は――ロボットアニメオタク。
魔導騎という名の魔導器とは、全長3m大のロボットと相違ないということである。




