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戦場の鬼たち 壱

 




 完全に見誤っていた。

 結局のところは、ただ、それだけのこと。


 ――黒き戦鬼(いくさおに)


 その化け物だけであれば、ヴァルフリード辺境伯領の()()でことにあたれば、どうにかなったのかもしれない。


 だが、そのことを誰よりも理解していたのが、当の化け物自身だった、そういうことなのだろう。




 だからこそ――










「も、もも……も、もう一度、いってみろぉぉ!?」


 ヒステリックな叫びが、その場に広がる。

 その音をひねり出した彼からすれば、自分の意見が拒否されることなど有り得てはならないこと。

 自分の意見は誰もが認めるべきで。

 他人はその意見を認めるのが()()で。

 自分は、上に立つべき資格を常に持ち。

 そんな自分が立ち位置を同じくしても良いと認めてやった者だけが、自分と対等に意見を交換することを許し。

 下にいることを許してやっている、自分たち以外の全てが、感謝とともに平伏しなければならない。


 それが、彼にとっての当たり前だった。


「……()()()()

「き、貴様、ふ、ふざ、ふざけ――」

()()()、坊や」

「な、ぐっ、おの、れ……」

「敵勢の確認が済んでいる状況で()()()()など不要だ」

「な、がぁぁ、き、さまが決めるな、下賤の――」

「だからくだらんと言っているのだ、阿呆(あほう)が」

「あ、あほ、だと……この、私、を――」


 ――ランフィスタの直系たる、世に誉れ高き、この私を侮辱したな!!


 ナヴァル王国第1騎士団団長、シルバ=ランフィスタ、27歳。

 彼にとって、目の前の事実は受け入れがたいものがある。

 そもそもの立ち位置――侯爵家の次男であるという間接的な権力は、この場では意味を為さず。第1騎士団団長という権威ですら、精々が対等止まり。

 ナヴァル王国東国境方面統括軍――東方軍の総司令官であるムネシゲ=B=ウィロウと、その補佐役であるレヴェナ=B=ウィロウと対等な立場でしかないという、その現実。

 それは彼にとって、受け入れることなどできるわけもない、この上などあり得ない、度し難い屈辱。


「この場は、此度(こたび)の戦いにおける方策を募るためにある。僭越(せんえつ)ながら東方軍の総司令に選ばれた責が、自分にはある故に、道理にそぐわぬ()()()な献策を独断で却下した、それだけのこと」

「む、無意味、だと……」

「ふむ……レヴェナ殿、恥を忍んでお聞きしたいのですが、ナヴァル王国には戦に関する学び場はないのでしょうか……第1騎士団団長殿は、その呼び名通りであるならば、王国でも最上位の騎士のはず。ということは――」


 ――ナヴァル王国の騎士たちとは、()()以下なのですか?


「……こ、これ?」

「いやいや、第1だけさね、()()()()は」

「こ……こんなの?」

「なるほど……だから置き物と――」

「そうそう、第1は貴族同士の癒着が酷くてねぇ。口利きで入団させてるから、年々質が下がってるのさ。第2との合同演習なんて見てらんないらしいねぇ、第1が(のろ)過ぎるってんで合間に昼寝時間が必要だってんだから、なんとも無駄な時間さね」

「――るなよ……」

「そうなると、毎年一般登用している騎士の配属先というのは、ほとんどが?」

「第2になるね。とはいえ、志願する際に配属先の希望を聞く形になってるはずさね。ただ、第1の評判の悪さは市井(しせい)でも、いんや、市井にこそ広まってるが正解だねぇ。聞いた話だと、貴族の末の(せがれ)なんかは、わざわざ身分を隠してまで、第2に志願するそうさ。なんとも泣かせる話だと思わないかい、ムコ殿」

「ええ、仮に騎士になれなくとも良い兵士になれそうですね。そういった心根の持ち主であれば、いっそウィロウの領兵に誘ってみるのも有りかもしれませんね」

「んー、それも有りなのかもねぇ……今までは、積極的に外に呼びかけることはなかったけど、その流れが定着すれ――」

「――ふ、ふふざ、けるなぁぁぁ!?」

「……第1騎士団団長殿、なにか?」

「こ、この私を、こ、こ、これ呼ばわりし……あ、あげ、挙句の果てに、はぁはぁ……こ、ここ……こんなの、だと!?」

「……それに、なんの問題が?」

「……は?」


 ひどく興奮しているシルバ=ランフィスタを、冷ややかな眼差しで見据える、ムネシゲとレヴェナ。

 2人の、自分への礼を失する態度に、何か信じられないものを見たかのような心境にさせられた彼は、もはや問いかけのようなナニカを語ることしかできなかった。


「こ、この私、なんだぞ? ランフィスタ侯爵家の一子にして、栄誉あるナヴァル王国第1騎士団の団長であるこの私が、お前達の前にこうやって来ているのだぞ……なんで――」


 ――感謝もできないんだ、この()()共が!?


 これこそが、ナヴァル王国の()み。

 これが、ナヴァル王家が(けが)されている間に生まれた傲慢なるモノ。

 だから、治さねばならない。


 だからこそ、怒れるナヴァルの国主は、憤怒に託した――願ったのだ。


「――何を勘違いしている?」


 そう、彼は勘違いしている。


「そもそも、ドグル大平原での国境の守りを、陛下より任せられているのは東方軍。貴様ら第1騎士団は、なぜか何度も演習や訓練と称して許可なく来ているのを、前ウィロウ公爵であるレイヴン殿が目溢(めこぼ)していただけのこと」


 第1騎士団が、年に何度もドグル大平原に来ているのを、前ウィロウ公爵であるレイヴンが見逃していたのは、クリストフ=A=ナヴァルが、()()()、宰相派の貴族の擁護をしていたからに過ぎない。

 現在、国主であるクリストフ王が行方不明であるのならば、与えられた本分――ナヴァル王国の東国境線の守護を(まっと)うすることこそが肝要であると、彼に伝える。


「今回も貴殿らを呼んだ覚えはない。これまで通り勝手に、しかも、民間人を無理やり連れてくるという愚行をも重ね、この場に現れたわけだが……はっきりいって、ただただ迷惑でしかないのだよ、第1騎士団団長殿」

「ふ、ふざけるな、()()たる我らが――」

「ふっ、ふはははは!!」

「なっ、貴様……なぜ笑う!?」


 いわゆるツボに入ったのだろう、身体を震わせながら大いに笑う黒仮面――ムネシゲの姿に、ただでさえ怒り心頭といった表情だったシルバ=ランフィスタが、思わず席を立ち、目を血走らせながら詰め寄っていく。そして、ムネシゲの(えり)を掴もうと両手を伸ばし――


「精鋭の言葉の意味も知らぬ、阿呆の間抜け顔が笑えるんだよ、第1騎士団団長殿」

「ぬぁっ、ぐぁっ!?」

「精とは心身、特に心を表し、鋭は勢いの鋭さを表す。転じて精鋭とは、心身ともに強く鋭い者を指す、が、こと軍人や兵士に関してはもうひとつ、とても重要な意味が加わる。わかるかな、第1騎士団団長殿?」


 腕をひねり上げられることで自由を奪われながら(ささや)かれた、その問いかけへの答えなど、彼は何も思い浮かんでいなかった。もっとも、彼が正解するとは微塵(みじん)も思ってはいないムネシゲは、すぐに答えを教える。


 それは、彼のようなモノの中には、けっして存在していない。


「――忠誠心だよ、第1騎士団団長殿」

「は、はは……何を言うかと思ったら、そんな()()()()()――」

「それは陛下への()()かな、第1騎士団団長殿?」

「い、いや、それは――」

「第1騎士団団長殿、騎士とは国と民のために存在するのだ。理解できるかな、第1騎士団団長殿」

「そ、そんなものは、ただの理想論――」

「それは違うぞ、第1騎士団団長殿。理想や理念といった観念は現実へと成すためにあり、そうするために力を尽くすからこそ、他者から認められる。俺の目には、近衛衆も第2騎士団も理想を現実にしている、まさに精鋭であるように見えるぞ、第1騎士団団長殿」

「――っっ!? き、貴様、先程から何度……そんな、まさか……貴様――」


 ――私の名を言ってみろ!!


 その言葉を聞いたムネシゲは、素直に心情を吐き出す。


「すまんな、第1騎士団団長殿。貴殿のような騎士の風上に置くべきではないモノの名を、頭の片隅に置くと気分が悪くなってしまうのでね。申し訳ないが、初めてお会いしてから今の今まで、第1騎士団団長殿と呼ばせてもらっていた……そうか、あらかじめ断っておけばよかったな、すまんな――第1騎士団団長殿」

「ふふ、ふ……ふざけ――」

「いやいや、貴殿ほどふざけたことはしていないさ、第1騎士団団長殿……さて、そろそろ本題を始めたいので――退室してくれるかな、第1騎士団団長殿」

「な、なぜ私が――」

「連れて行け、っと、そうだ、第1騎士団団長殿――」


 ――邪魔だから隅っこで大人しくしていろ。


 ウィロウ公爵領軍の兵に連れられ、彼のヒステリックな叫び声が遠のいていく。

 そして、室内に静寂が訪れ、ムネシゲが黒仮面を外し、彼女が口を開く。


「いやいや、ムコ殿は苛烈だねぇ」

「いえ、さすがに普段はあそこまで――」

「わかってるさね、ムコ殿の優しさにエリザが救われたんだからね。それこそ、エリザから聞いてはいたが、人が変わったようだったからねぇ。中々に驚いたのさ」

「癖、みたいなものですね。小さい頃から、何かをやろうとする時、それに合った形に心持ちが変わるんですよ」

「なるほどなるほど、多かれ少なかれ誰でもそうだとは思うが、ムコ殿のそれはちょいと格が違う感じだねぇ」

「向こうの友人は――過集中の親戚だと言っていましたね……ええ、そうです、集中し過ぎるらしいです」


 ああ、なるほどね、と、レヴェナが何度か頷いて納得する。


「さて――どう動くかねぇ?」

「……自分達は動かず、他者を動かす、でしょうね」

「だとすれば、やっぱり――」

「非正規部隊を前軍とし――特選隊第3大隊を裏で動かす」

「あの坊や、ちゃんと動いてくれるかねぇ?」

「あそこまで激昂(げきこう)()()()ので、おそらくは――」


 すべては、この2人が画策した罠でしかない。

 翌日、シルバ=ランフィスタから秘密裏に第3大隊へ命令が下されたことも()()している。第3大隊の分隊全てに第2大隊の監視が付いていることも把握、その全てを排除し、それぞれの分隊に警護役としてムネシゲの()()が付いている。


 ――東方軍は、兵たちの生存と帰還を大前提とした軍事行動を行なう。


 砦での挨拶の際に意を示した以上、ムネシゲがそのことに妥協するわけもない。

 シルバ=ランフィスタの忠誠が、ナヴァル王国に向いていないことを踏まえれば、独自の軍事行動に移るのはわかりきっている。

 だからこそ、レヴェナが()()として恐怖心を植え付け、ムネシゲが東方軍の意思と意志を示した。

 その結果、ムネシゲたちの想定通りに、シルバ=ランフィスタは第3大隊を動かす。


 ――第3大隊による偵察行動。


 自分は威力偵察の任を与えていない、偵察行動は平民達が勝手にやったことだから、自分は何も知らない――そのように言い訳するであろうことも含めて、ムネシゲは、シルバ=ランフィスタの動きを全て読みきっていた。

 そう、全てがムネシゲとレヴェナの2人が建てた盤面の上での出来事。


 ただし、唯一、その存在のことだけは予期していなかった。


 ナヴァル王国第1騎士団特別選抜連隊所属第3大隊。平民達だけで構成される、お世辞にも精強には程遠い民兵で大部分が構成されている、ドグル大平原という戦場において、最も死に近い部隊に所属する、1人の銅等級傭兵。


 奇しくも東方軍の総司令と同じ、黒髪黒眼の少年の異質かつ圧倒的な戦果、その報告が届いたその時。




 その時こそが、黒髪の大男が黒髪の少年を認識した瞬間だった。




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