黒の狩人 Ⅵ
「――シン君の魔法って、なんか凄いですよね」
「わかるわかる、なんであんなに速いの?」
「確かに……黒魔法だからってわけでもなさそうだし、なんか秘密でもあんのか?」
「あー……いいのかな、サーナさん?」
「……禁止されているわけではないので、平気ではないかと――」
その言葉を聞いたシンは、レベッカ、エドガー、アレックスの3人にTBA式――ユグドレアで言うところの古代式の魔法をレクチャーしていく。
この日この時の問答が、のちの歴史書にて語られ、劇の題材として多くの人々に愛されることになる、とある部隊の始まり。
――成り上がり魔法大隊。
「――ほ、本当に大丈夫なんだよね!?」
「近い近い、顔が近いよレベッカ氏」
「姉さん、落ち着いて」
「だってエドガー、こんなに近いんだよ!?」
「いいから落ち着け、レベッカ」
「もう、なんなのよアレックス!!」
「……声」
「はあっ? 声がなんなのよ……あっ!?」
「お前のバカでけえ声が気づかれてないなら問題ねえだろうが……すまんなシン、レベッカがアホすぎ痛っ!?」
「誰がアホよ誰が!」
「お前以外にいんなら連れてこいや!」
「2人とも、落ち着こうよ……」
シン達5人――第18分隊が今いる場所は、ドグル大平原の東、つまり、ヴァルフリード辺境伯の軍勢が陣取っている地域である。
シン達がこの場所にいるのは、あの男の発言がきっかけ。
――本格的な争いが始まる前に敵の情報を手に入れてこい!!
これは、ナヴァル王国第1騎士団の団長であるシルバ=ランフィスタによる、特別選抜隊所属第3大隊に向けての発令である。
傭兵であるギズ達と揉めたということが理由で分隊編成がままならなかったレベッカ達3人と分隊を組んだシンとサーナは、シンの依頼内容のことを考慮し、3人を連れて再びウェインの元へ。
レベッカ達にシンへの依頼の概要を説明したウェインは、必要経費として3人への個別の報酬を約束。
アレックスをリーダーとして登録していた第18分隊が、第3大隊の一員として戦場へと赴くことになった。
「それじゃあ、サーナさん――」
「はい、こちらはお任せください」
「ねぇねぇ、ホントにシン君だけでいいの?」
「あー……うん、問題ない、それに万が一の時は――」
「大丈夫ですよ、レベッカさん、マ……シン君なら、この程度の相手――」
――敵となることすら有り得ませんから。
普段は物静かなサーナによるやや熱のこもった主張は、レベッカ達の不安を打ち払い、それを聞いていたシンは、マルスへの絶対の信頼がサーナの発言の根底にあるのだと理解し、軽く微笑んでいた。
(狩りを始めるには程良く月も隠れて、いや――ルーナも隠れて、か……こういうところも共通してんだよな)
ユグドレアでは、地球でいう月をルーナ、太陽をソルと呼称――地球でいうスペイン語やポルトガル語、ラテン語での呼び方をするのだが、シンには呼び方とは別の事柄で気になっていることがある。
それは、ルーナという天体が衛星として、ソルという天体が恒星として、地球という惑星を取り巻く環境と同じようにユグドレアに存在していること、そして、惑星アザルスという名が知られていないということ。
(惑星アザルスに関しては科学的な発展がそこまで進んでいないから仕方ない――そういえたらよかったんだけどな……『鑑定』があるなら星の名前が明記されてるはず。なのに――)
シンというよりもマルスのスキルボードには『鑑定』がないので自身では確かめようがないことだが、鑑定師が存在する以上、必ず何かしらの植物や動物を観ているはずだ。それにも関わらず、そこに明記されているはずの星の名前の情報が出てこないということに、シンの胸中にはどうにも疑問が募ってしまう。
(星の名前がユグドレアってんなら話は早いけど……違う気がするんだよなぁ、どうにもしっくりこない……ソルが動いて見える以上は自転と公転をしてるはず、つまり俺は球状の星の上にいるってことになる。ならここは、世界の果てには断崖が――みたいな幻想的な世界じゃないってことだ…………はぁ、まじでわかんねえ……今度ガデルのじいさんに頼んで良い鑑定師でも紹介してもらうかね、できれば超級、可能なら極持ちがいいよな……ホントどうなってんだこの世界は――)
こんなことを考えながら、シンは、目の前のやるべきことへと意識を向け始める。
サーナ達4人の周りには、中からの音と光は遮断し、外からの音と光は透過し、魔力と魔素の痕跡の一切閉じることで探知不可能とする、黒魔法による結界を施す。
その結界以外の周囲、およそ3㎢、高さ1kmの無音空間を作り出した。
これにて準備は整った。
これより始まるは一方的な蹂躙であり、狩りである。
「――さて、楽しい楽しいレベリングの始まりだ」
ヴァルフリード辺境伯領軍第2大隊所属、第8中隊。
それは、黒き狩猟者と名付けられた存在によって、最も初めに壊滅的被害をもたらされた部隊である。
魔導器の開発が盛んなランベルジュ皇国において、軍事行動用に開発された多岐に渡る魔導器は、その利便性故に他国にも人気の高い商品であり、戦略物資であると言えた。
そんな皇国産の魔導器だが、ナヴァル国境戦役と呼ばれることになる戦いののち、ひとつの魔導器が一時的にその価値を下げることになる。
原因は、動作の信頼性が疑われたこと。
その魔導器は、設置した周囲の音に反応してけたたましい音を発するという、夜間の警邏作業や軍事拠点などの警戒を代替するといった役割を果たしていた。
だが、当戦争の際、その機能が正常に働かなかったという報告が挙がったのだ。
その報告が、軍の意図していない早さで、皇都を中心に、市井に向けていささか誇張された形で流布されることになった。
その影響で、一時的に魔導器市場が慌ただしくなっていたが、やがて収束していき、表向きは沈静していった。
だが、そのことが皇国へと与えた傷跡は大きく、その原因となった存在の名を皇国首脳陣は脳裏に刻むことになる。
その戦争において、低位の銅等級から、最も高位の純隕鉄等級傭兵へと成り上がった1人の少年、与えられた異名は――3つ。
――音喰い。
――黒き狩猟者。
そして、最後の1つこそ、その黒髪の少年の強さを象徴する名となる。
――黒撃。




