黒の狩人 Ⅴ
「――こっそり逃してほしい、ってとこだろ?」
「……逃す、ですか?」
膝上に座るアリスの頭を撫でながらシンの答えを聞いたウェインは不敵に笑い、口を開く。
「シン君、正解だ……そう、君への依頼は――」
「おバカな子からみんなを助けるの!」
「――ということだね!」
「えっと……つまり?」
「第3大隊の死人の――偽装ってことだよ、サーナさん」
そもそもの話、シンは第3大隊という部隊の存在意義そのものを疑っていた。
なぜ、そのような思考に至ったかというと――
「生存者の数、ですか……」
「うん、数は覚えてる?」
「確か……3割程度、でしたか?」
「正解、で、裏を返せば、死者が7割ってことなんだけど、不自然すぎるんだよね」
「そうなんですか?」
頷いたシンは、サーナに説明をしていく。
シンが思い至った不自然な箇所はいくつかあるのだが、その中でも最たるものは、第3大隊の任務内容。
「そもそも、なんで威力偵察なんだろうね」
「……それは、第1騎士団に所属している者が、苦しんでいる平民を眺めたいからでは?」
「確かに、そういう噂が流れてるし、一応は理由として成り立つ。けど、それは、斥候役として戦場に送らなくてもできるとは思わない?」
「あっ、確かに……」
「戦況が激しくなりやすい地点を見繕って第3大隊を送り込んで、必死に戦う姿を後方で眺める、とかの方が、よっぽど苦しんでる姿を眺めるのに向いてるでしょ?」
「なるほど……では何故――」
「威力偵察じゃないといけない理由がある。だからこそ、大隊長の依頼の――逃してほしいってことに繋がるんだ」
「依頼……死体の偽装、でしたか……まさか!?」
何かを思いついたサーナは、利き手の逆――左手の手首に着いているそれを思わず注視していた。
その様子に、シンは軽く微笑み、理由とは何かを伝える。
「そう――ステータスユニットとスキルボードが、不自然さの正体にして元凶というわけだ」
「ご名答。第1騎士団団長のシルバ=ランフィスタはこれを集めている、そのために第3大隊が毎年何回も殺される必要があるということだねぇ」
「……それはつまり、私財に変えている、と?」
「うーん、そこがなんとも妙なところでねぇ……流れは掴んでいるのだけれど、どうにも不可解なんだよねぇ」
「……不可解、ですか?」
「そそ、なぜか王都の第1騎士団本部に必ず運ぶんだよ……どう思うかね、シン君」
「えと、そんなにおかしいんですか、第1騎士団の物を保管するなら――」
「他ならぬ第1騎士団だからおかしい、そういうことだろ、大隊長」
「ふむふむ、その心は?」
「第1騎士団は第2王子派閥。で、第2王子派閥には、ネフル天聖教ナヴァル王国本部もついてる」
「……魔導技術師」
「その通り。常識的に考えるのであれば、ステータスユニットやスキルボードの取り扱いに関しては、魔導技術師に任せるはず。であれば、教会や修道院に運ぶのが道理のはずだよねぇ。にもかかわらず、なぜ第1騎士団本部に運ぶのか……」
「……教会や修道院ではできないことをする、でしょうか?」
「正解……どうやら彼らは、魔薬を作ってるみたいだねぇ」
「…………わざわざですか?」
「そう、そこなんだよ。せっかくの神魔金で魔薬を作るなんて非効率なことをしてるんだよ、彼らは。どうだい、不可解だろ?」
ステータスユニットは、その全てが神魔金で造られているわけではなく、神魔金は腕輪中央の基幹部分のみに使われ、それ以外の部分は鉄や銅などの比較的安価な金属。
スキルボードは全てが神魔金、ステータスユニットの基幹部分に埋め込むような形で使われ、見た目は地球でいえばUSBメモリーのような小さな長方体。
1組のステータスユニットとスキルボードから取れる神魔金の量は、指でつまめる小石程度。だが、その市場価格は、ナヴァル王国の新人騎士の年収相当、日本換算ならば300万円ほどの価値となる。
それに対して魔薬の場合、1組のステータスユニットとスキルボードを加工して作られる量はおよそ30本となり、認可されているナヴァル王国内では新人騎士の月収程度にしかならない。もちろん30本全てを合わせた価値だ。
「ここ数年、王都では、本来の魔薬を薄めてある堕落水が流行ってたけど、半年くらい前から流れが変わってねぇ……今年は第3大隊が出張ることはないかと思ったんだけど――」
「――ヴァルフリード辺境伯」
「うん、敵ながら尊敬できるくらいに品行方正な方なんだけどねぇ……何があったのやら……けど、おかげで見えてきた」
とある食べ物が堕落水の需要を奪ったことにより、王都では魔薬の供給は困難となった。
それはつまり、堕落水を作る必要性が失われているということ。
そうであるにも関わらず、第1騎士団は強制的に徴兵し、第3大隊を含む、平民で構成されている非正規部隊を戦場に連れてきた――その行為が示唆していること。
「シルバ=ランフィスタにとって、魔薬は本命じゃない。なら残る可能性は――抽出」
「そういうことになるねぇ。しかし、そうなると疑問がひとつ――」
シンとウェインは顔を見合わせ、互いが同じ結論に達したことを悟り、同時に口を開く。
――取り出した神代の獣の魔力を何に使うのか。
「どう考えてもロクでもないことだとは思うんだがねぇ……流石にこれ以上は情報が――」
「――魔導器だろ?」
「……なんだって?」
シンとウェイン、お互いに同じ結論に至ってはいたのだが、その先の展開に関しては、決定的に見えているものが違った。
この齟齬は、何を意味するのか。
シン達は、その答えを、すぐに知ることになる。
「いや、魔石から魔力を抽出したら、普通は魔導器を造るもんじゃないかと思ったし、何を造るのかを考えてたんだけど……あれ、なんかおかしい?」
「たしかに、そうだねぇ……なんでこんな簡単なこと――」
「なっ――動くな!!」
シンが突然大声を発した、次の瞬間。ウェインの影から、人の指ほどの太さの黒い紐状のなにかが2本伸び、両耳のすぐそばを通過し、その後、地面へと突き刺さる。
それは、シンが咄嗟に放った黒線――触手とも呼ばれる黒魔法。
突然のことに、サーナもウェインもアリスも呆気にとられていたが、すぐに平静を取り戻し、それに気付く。
「こ、これは……なんなんだい?」
「――呪術だな。いわゆる使い魔の一種」
「ひぃっ、じゅ、呪術だって!?」
触手の先には、握りこぶしほどの大きさの使い魔――インプやガーゴイルといった、地球でいう悪魔めいた様相の怪物がいた。
「――キーワード式だな、特定の言葉なんかを誰かに話そうとした瞬間、耳元に現れて喉にガブリって感じ」
「な、なんでそんなものが――」
「そりゃ、あんたに知られたら困るからだろうな。思考誘導もされてたみたいだし」
「なるほど……んっ!? ということは――」
「間違いなく魔導器だね。それに加えて、呪術師まで絡むってんなら、可能性が高いのは――召喚陣、それも相当タチの悪いやつ」
「むぅ……やはり禁忌かね?」
「だね……パッと思いつくのは、煉獄、最奥、刻喰い、あとは深淵かな……十二魔王は、さすがに無理があるだろうし……」
「ふむ、さすがはガデル様のお弟子さんだねぇ……煉獄から先は、寡聞にして聞いたことがないなぁ……」
「ま、まあね……」
(そりゃあ聞いたことないだろうよ、今から1000年以上経って開発された召喚陣だからな……さすがにこれは失言だわ、誰が聞いてるかわかんねえんだから気をつけないとな……にしても、平民とはいえ第1騎士団だから、一応は警戒してたけど、問題はなさそうだな。能無しって思わせるように立ち回ってる辺り、相当頭は切れるっぽいし、奥さんとの絡みを見る限りでは悪人には見えねえ……となれば――)
「――大隊長、依頼受けるよ」
「おお、本当かい、じゃあ――」
「ただ、俺から提案を2つさせてほしいんだ。まず1つ目は――」
シンから出された提案は、ウェインの要求以上のものをもたらすものだった。
「なるほどなるほど、君にしかできないからこそ、やる意味があるというわけだねぇ、実に面白い……いいよ、許可しよう」
「――了解。それと、喜んでもらえてよかったわ。自由に動けるようになるのは、俺としてもありがたいよ」
「さっきの黒魔法の腕を見れば問題ないからねぇ、実際、噂以上の実力だったし……それで、もうひとつの頼みというのは?」
「あー……少し突拍子も無いかもしれないんだけど……」
少し歯切れの悪いシンの様子に、その場の3人は、一体どんな言葉が出てくるのか、少々戸惑っていた。
だが、シンの発した言葉の内容に比べれば、些細なことでしかなかったと、すぐに思い知ることになる。
シンは、ウェインに、こんな提案をしたのだ。
――ルスト=ヴァルフリード辺境伯を攫ってきていいかな?




