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黒の狩人 Ⅳ








「いやー、こんなところにわざわざ来てもらってすまないねぇ。アリスくん、お茶頼めるかい?」

「はいはーい、頼まれましたー!」

「あー……要件って?」

「おっと、そうだったそうだった。アリスくん、資料持ってきてくれるかーい?」

「はいはーい、頼まれ、あっ、お茶どうするー?」

「お茶はどうしようか?」

「いやまあ……なんでもいいですけど」

「なんでもいいってさ、アリスくん!」

「はいはーい、わっかりまし、あれ、なんでもってお水とかでもいいのかなー、やっぱりお酒の方がいーい?」

「確かに確かに。君、お酒は飲むかい? 僕は冷やしたエールが好きでねぇ……最近は、ほら、王都で人気のラーメ――」

「……話の続きをお聞かせください」

「おっと、そうだった。いやごめんねー、つい話がどこかにいっちゃうのが、僕の悪い癖でね――」


 シンとサーナの前に座る、見た目の冴えないボサボサ頭の壮年男性こそが、その場所の主にして、2人を招いた人物。


 彼こそが、ナヴァル王国第1騎士団特別選抜連隊に所属する、第3大隊の大隊長。




 能無しウェインと揶揄(やゆ)されているおっさん、37歳である。










「――頼みですか?」


 第3大隊の大隊長であるウェインの要件とは、シンとサーナへの、とある個人的な依頼。

 そのために、大隊長の天幕へと、ウェインは2人を呼んだということだ。


「うん、そうなんだよ……君ほどの知性と才覚の持ち主なら、どんな依頼かはすぐに気づくかもしれないけどね、()()()君」

「……人違いでは?」

「人違い、か……寂しいね、()()()()()()()()()()

「なっ!?」


(なっ、久しぶり!? こんなおっさん、マルスの記憶には――)


 サーナへと顔を向けるが、否定するように首を振る姿を見たシンは、内心で舌打ちしていた。


「いやいや、ごめんねー。冗談だよ冗談」

「……あんた、俺に何をさせたい?」


 当然ながら、田所 信の意識がマルスの中にあるからこそ普段からシンと呼ばせているのだが、それはサーナやガデルに慣れさせることが一番の目的ではある。

 だが、それと同時に対外的にシンと名乗ることで、マルス=ドラゴネスにまとわりつく(しがらみ)による余計な(いさか)いを産まないように考慮した部分もある。


 今回は、それが完全に裏目に出たということだ。


「ドラゴネスの()()()と呼ばれ――」

「――おやめください!!」

「おっと、そうか、君は彼の従者だったね、これは失礼」

「……話の続きをお聞かせください」

「これ以上嫌われる前にそうするとしよう……えーと、シン君、第3大隊の役割は理解しているね?」

「――威力偵察。今回は偵察任務とか言ってるけど、例の帰還不認可のせいで、実質的には何にも変わってない」

「その通り。ではシン君、第3大隊という部隊に、なにかおかしいと思うことはあるかい?」


 その質問を(かたわ)らで聞いていたサーナは、意図が読めないでいた。

 第3大隊を平民で構成、威力偵察任務を強行させることで、平民達の死に様を一部の傲慢な貴族が笑い者にする。

 それが第3大隊という部隊の役割、そのように認識していた、その認識の中で特別おかしなことはないのでは、と、サーナは思っていた。


「むしろ、おかしくない部分の方が少ないよな?」

「えっ?」


 だからこそ、シンの返答にサーナは驚いていた。

 その一方で、シンの言葉を聞いたウェインは不敵に笑い、口を開く。


「さすがだねぇ、よく気づ――」

「すっごーい、()()()()と一緒のこと言ってるー!!」

「…………」

「…………」

「そ、そんな目で見ないでくれたまえ!?」

「どうしたの、ウーくん?」

「ぎゃああっ、ふ、2人の時以外は駄目って言ってるじゃないか、アリスく――」

「あ、そうだった!? ごめんね、ウーくん?」

「ごふっ!?」


 第3大隊大隊長ウェイン、37歳。

 デリケートな年頃のおっさんである彼は、()であるアリスに愛称で呼ばれることを嬉しくは思うものの、人前では気恥ずかしいからやめてほしいと懇願してはいる。

 だが、細かいことを気にしない豪快な気質のドワーフの血を引いているアリスは、大好きな夫が喜んでいる呼び方をついつい優先してしまう。

 このやり取りも数え切れないほどしているが、時々は人前でも愛称以外で呼んでくれるので、ウェインは怒るに怒れないでいる。

 このおっさんは、気苦労が絶えない存在であるということだ。


「き、聞かなかったことにしてくれると――」

「別に構わないけど……」

「か、感謝するよ、シン君……さ、さて、第3大隊がおかしいということを前提に話していこうか。まずはシン君がおかしいと思うことを教えてくれるかな、()()()()()から始めよう」


 ウェインの提案にシンが頷き、2人が話し始めると、手持ち無沙汰になったアリスがサーナの横に座り、話し始める。




 10分後。




「うあああああん、ウーくうああああん!?」

「ちょっ、何事かなアリスく――や、やめ、なんか顔に(ねば)っこいのがついているよアリスく(んた)ぁっ!?」

「お仕置きしようよウーくん、お仕置きぃぃ!!」

「わ、わかったから落ちついぎゃあああっ!?」

「サ、サーナさん?」

「いえ、あの……ここに来るまでのいきさつを話していたのですが……」

「あー……なるほど、なんとなくわかったわ……」

「おバカな子にはお仕置きなんだよおお!!」

「ア、アリスくん、いくら僕でも、この年になって尻叩きはぎゃぁぁぁっ!?」


 5分後。


「み、見なかったことにしてくれると――」

「あー、うん、別に構わねえけど……それはいいのか?」

「……これも含めてくれると嬉しいかな。すまないねぇ、こんな体勢で――」

「ぐすっ……ごめんねウーくん、痛かった?」

「なんてことないさアリスくん、丈夫なのが僕の唯一の取り柄だからね」

「そんなことないもん、ウーくんにはたくさん良いところあるもん、()()()()()()だもんねー?」

「…………」

「…………」

「そ、そんな目で見ないでくれたまえ!?」


 一見すると幼い子供のような女性と、そんな女性に膝枕をしてもらいながら、ボサボサ頭を撫でてもらっている冴えないおっさん。


 この2人との出会いは、後々のシンとサーナにとって、非常に重要なものとなっていく。




 ともあれこれが、長い付き合いになるウェイン、アリス夫妻と、シンとサーナが出会った日の始まりだった。


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