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噂と現実

 



「あの方が噂の、ですよね?」

「だろうね、名前からして日本人だと思ってたけど、()()()予想外すぎたよ」


 サーナが口にした噂とは、ここ最近、王都や各地の領都に流布されている、とある男の真偽定まらぬ流言りゅうげん譚談たんだんの数々。

 ちなみに、このような噂が流れている。


 ――ナヴァル王国の武の象徴、ウィロウ公爵家の当主が変わったらしい。

 ――前当主のレイヴン=B=ウィロウの孫娘との婚姻を機に、婿養子として迎えた黒髪の男がウィロウ公爵家の現当主らしい。

 ――その婚姻、実は政略結婚の類いらしい。

 ――その黒髪の男、人族じゃないらしい。

 ――その男は、あのダグラダマーケットの傀儡(かいらい)らしい。


 正直なところ、噂の真偽も内容もどうでもいい、そんなことよりも噂の範囲と――タイミングにこそ注視すべきと、シンは考えていた。


 王都からウィロウ公爵領の間にある他の領都や町、村、集落だけならばともかく、ウィロウ公爵領とは関わりの少ない地域にまで噂が広がっていることを、出発前にガデルから聞かされたシンは、どう考えても自然発生した噂ではないし、出どころは複数だと推測していた。

 さらに、良くも悪くも噂が広まるタイミングが()()の都合に合わさりすぎているのが()()だった為、第三者が便乗して悪ノリしているような、そんな印象をシンは覚えていた。

 とはいえ、噂を広めたであろう者達の掌の上に既に乗っかっている以上はなるようにしかならないし、臨機応変に立ち回るだけ――畑違いの()()()にまで首を突っ込む余裕など今のシンには無い。それ故の放置。


 シンの関心は今、あの大男に向いており、興味をそそられる事柄が幾つかあった。


 まずは、あの紅蓮のレヴェナをも凌駕する規格外の――予想外にも程がある魔力量とその()()

 黒淵のガデルを超える魔力量の持ち主が、紅蓮のレヴェナ。ガデルが凡百な魔法師20000人分程の魔力量に対し、レヴェナは25000人程。

 では、大男はどの程度であろうか。


 およそ――120000人分。


 あくまでもシンの見立てに過ぎない為、『鑑定』などのような正確さはないが、それほど誤差は無いだろう。なにより、大男の魔力量が凄まじいことを理解できればそれでいい。


 そもそも、驚くべきは魔力量だけではない。


 ユグドレアの生物は、身体の輪郭に沿って、繋がっている根源色の魔力で縁取(ふちど)られている。

 魔力線と呼称されるそれは、シンやガデル、レヴェナのように、一定以上の魔の技量、特に体内の魔力操作に優れている者の視覚が変質することで視界に捉えることが可能になる。

 魔力を『魔素探知(マナサーチ)』内へと流し込み、あらかじめ馴染ませておくことで、魔法を発動前の状態にしておく古代式――シンがTBA式と呼ぶ魔法は魔力操作こそが要である以上、シンやガデル、レヴェナのような魔法師であれば、ほぼ全ての者に魔力線が見えている。

 細く淀みが少ない魔法線は、その者の魔力操作技術が高いことを示し、根源色それぞれの色艶(いろつや)が鮮やかであったり、濁らず清らかな輝きを放つなど、その者の性格や性根、気質によって、魔法線自体の印象が変わる。


 有名どころで例えるならば、聖女の魔法線は光り輝いていることが多く、それは慈愛の心がそうさせているのではと言われている。


 ちなみに、シン、ガデル、レヴェナの3名であればシンの魔力線が最も細く、一切の淀みも見受けられない、薄皮一枚といった魔力線である。次いでガデル、レヴェナの順となっている。

 基本的に、魔力量と魔力操作の難易度は比例しており、魔力量が多いほど操るのが難しくなる。

 3人の中でレヴェナの魔法線が最も太いというのは魔力量が多く、魔力操作の難易度が高いからという訳だ。


 ただし、何事にも例外はある、シンがまさにそれだ。


 ()()()の魔力量は、先程の目安に当てはめるのであれば、約40000人の一般的な魔法師達に相当し、そこに、()()()()()()が加わり、最終的な魔力量は――およそ70000人相当。

 シンがガデルとサーナの2人に出会ったあの日、ガデルがシンの存在に気付いたのは、見慣れているマルスの魔力線とは明らかに違っていたから。


 シンはまだ、この()()に気づいていない。


 ともあれ、ガデルが破天の大器と評する理由は、マルスの膨大な魔力量とそれに比例しない魔力操作技術の高さからくるものだということだ。

 ところで、大男の魔力線は、シンの目にはどのように見えたか。


 例えるならばそれは、凸凹でこぼこ(みち)


 大男のそれを目撃したシン、それはもう大層驚いた。他を隔絶した凄まじい魔力量に驚くほど素直に比例している魔力操作のあまりの欠落っぷりに、唖然とさせられたのだ。

 まさに予想外、とはいえ、大男の魔力線のようになる存在を、シンはよく知っている。

 武の道を選び、愚直に邁進する――武人と呼ばれる人達が、大男のような魔力線になりやすい。


 つまり、大男は武人、それも相当にヤバい力量だとシンは結論づけていた。


 他に気づいた者がいるかはわからない、だが少なくともシンは気づき、()()()ウィロウ公爵家なのかと納得していた。

 シンは目が良い。それは、ユグドレアから来る前からそうであるし、マルスの身体で目覚めてからもそれは変わらない。

 とはいえ、現代地球に比べて、視力減衰に繋がる要因が少ないユグドレアの住人であるマルスの方が視力は高いかもしれない。

 さらに、ステータスユニットによる神経系への補正も重なることで、シンの視力は地球基準でいえば――13.0。

 地球における最高視力が11.0であるらしいことを考えると、まさに驚異的である。

 だが、ユグドレアでは珍しいことではなく、ステータスユニットの影響もあり、多くの者が10.0以上の視力である。


 なお、とある異世界英傑の装いをきっかけとし、魔導器としてのメガネと、ファッションとしてのダテメガネが、ガルディアナ大陸に広まっている。


 兎にも角にも、シンは目が良い。

 マルスの視神経を使用可能な今現在であれば、100mほど先に立っている人物のまつ毛を一本一本数えることができる程だ。

 それに加えて、魔力による身体強化の一種――神経強化による視神経の機能向上の結果、1km先の人物が瞬きする様子を観察することすら可能である。

 だから見えた、見てしまったのだ、シンは。

 総毛(そうけ)()つとはこういうことかと、シンは本当の意味で知ることになった。

 一分(いちぶ)の隙もないとはああいうものなのかと、シンは理解させられた。

 シンははっきりと、大男の歩様の()()()()を、その両眼で捉えた。


 黒一色の衣装も相まって、シンの目にはあの大男が、ある人気キャラクターのように見えた。


 それは、特殊(Special )撮影(Effects)技術、もしくはSFXと呼ばれる手法で作られた、とあるTV番組。

 俗に特撮ヒーロー物と呼称される作品群の中で代表的な作品――マスクドブレイバー。

 日本を代表する名作として愛され、シリーズ物として続くそれは、シンが産まれる数年前に始まった。

 その世界内にて、圧倒的な戦闘能力と立ち振る舞いの格好良さから、()()()にして史上最強と呼ばれているヒーローがいる。


 大男がかぶる、オーガのような意匠の黒仮面。




 それは、()()マスクドブレイバーが被る黒い仮面――()()と瓜二つだったのだ。







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