リア=ウィンディル ③
「……ねぇ、ホントにやるの?」
「仕方ねえだろ、あいつらはヤバい」
「タツの言う通りね。ヒトシがどれだけ強いっていっても、それは【チート】ありきのこと」
――【チート】を奪われたらお話にもならない。
私は、私の耳に届く、その言葉の意味をよく理解できないでいた。どうせ無理なのだから、こいつらに勝てる存在なんて、どこにもいないのだから。
「あれはあれでヤバいんじゃ?」
「だから有効なんだろ?」
「災厄とはよく言ったものよね」
「むしろ、最悪?」
「はっはっは……3点」
「ちょ、低くない!?」
「マイナス300点」
「タツー、ミクが虐めるよー」
「ダジャレかまして現実逃避する奴が悪い」
「え、ダジャレ?」
「ガチだったのかよ!?」
「なるほど、上手いことを言ったつもりだったのね……5点あげるわ」
「だから低いってば! それ10点満点かな、どうなのかな!?」
この4年間、ずっと苦しんできた。何度ペンダントを外そうとしたことか……けど、無理だった。
結局、私は外せなかった……何故、こんなにみっともない姿を晒してまで、生きているのだろうか。
それはきっと、叶うはずもない願いを捨てられないでいたから。武人としての未練が――死処を求めていたから。
「しっかし、白の救世主といい、王国の第1王子といい、勇者を何だと思ってんかね」
「使い勝手のいい駒、そんなところでしょ」
「駒……将棋?」
「ははっ、まるで将棋のようだ、ってか」
「【魅了】持ちならではの発想かしら」
「えっえっ、私、褒められた?」
「そうなのか?」
「そうなのかしら?」
「なんで私に聞くのー!?」
結局のところ、何が正解だったのか。今も、私はわからないでいる。ただ、この場に連れて来られて、ひとつだけ、思ったことがある。
「偽物、ねぇ……」
「本物がどれだけ凄いか、気になるところね」
「お願い、叶えてくれるかな?」
「まずは、玉を探すところからなんだよなぁ」
「……それ、何の話?」
「ちょ、あの名作を知らないのか?」
「うわー、ミク遅れてるー」
「いや、原作は何年も前に終わってるから遅れてるわけじゃないぞ、あ、漫画の話な」
「なるほど、漫画のことはよくわからないわ」
「さすがお嬢さブァッ!?」
「……その文言を口にしたら、次も容赦なくはっ倒すわよ」
「あはっ、紅葉できてるよ紅葉」
「ったく、ちゃんと働けよ【チート】め……あぁ、すんげぇクラクラする」
此処は、皇国と公国を横切るノルド大河が公国のノーラ森林帯を抜け、地上と地下の2箇所から流れ込んで作られたといわれている、大湿地帯。
かの蒼穹竜が支配することで有名な魔境――デラルス大森林に匹敵する、広大な魔物領域。
それが、メルベス魔沼。
勇者たちの露払いのために、私、いや、私達は、そんな危険な場所に連れて来られた。
メルベス魔沼には、水棲の魔獣や人型、植物系の魔物が住みつくが、魔物の等級自体はさほど高くはない。ただし、植物が生い茂る沼という、基本的には陸上で生活する人種族にとって不利なフィールドが、この魔物領域の難易度を高めている。
しかし、ここで最大限に警戒すべきは、メルベス魔沼の主と配下だ。
ここメルベス魔沼では、蛇のように体長が長い魔物で、蛇龍種と呼ばれている魔物群が多く棲息している。代表的な魔物は、種の名付けに使われた蛇龍とも呼ばれるサーペント。
では、メルベス魔沼の主はどうかというと、サーペントではなくレイクワーム、蛇龍種に属するワームと呼ばれる魔物の亜種であり変異体だった存在――巨獣種。
その名は、偽龍メルベス――神魔金等級認定巨獣種。
神代以前より、数多の戦いを生き抜いたことで種族進化を成し遂げた化け物――神獣と呼ばれる理外の化身。別名、災厄の獣。
――その姿、人の目に収まることなく。
その言い伝えは確かで、奴の全てを視界に収めるのはとても難しい。メルベス魔沼自体が、うっすらと霧がかかってることもあって視界が悪いことも、難しさを助長しているのは間違いない。
とはいえ、重要なのはそこではない。
「……帰りたい」
「終われば帰れるぞー」
「やらないで帰りたいんだよー!?」
「却下ね、早くしなさい」
「ぐぬぅ……やだなぁ、気持ち悪いなぁ」
「そもそも顔はどこにあるのよ」
「んー……反対側じゃね」
「そうね、それらしいのは見当たらないし」
「……歩きたくない」
「なら、ここでやればいいじゃない」
「あーもう、わかったわよ! いっくわよー、全力の……【魅了】!!」
ヒナの【チート】である魅了能力を魔物に使った場合、凄まじい不快感に襲われるそうだが、当然、これも重要なことではない。
災厄の神獣である偽龍メルベス、その存在を語る上で最も重要なこと。
それは――大きさ。
巨大な魔物として有名なベヒモスと呼ばれる巨獣種がいるのだが、偽龍メルベスの大きさは、それをも上回る。
ベヒモスが大国の城並みの大きさであるのに対し、偽龍メルベスの大きさは――小さな山と同等。
そして、勇者たちは動く山ですら自分達の手駒にしてしまったのだ、やはり、こいつらには誰も勝てない、そのことを私は……再確認させられた。
ところで、この場に連れて来られて1つだけ疑問に思ったことがあり、そのことが、どうにも腑に落ちないでいた。
それは偽龍メルベスを実際に見たことで思い至った疑問と、この場に来る前に勇者たちが口にしていた、その言葉が原因である。
――その魔物を憤怒にぶつけるのね。
憤怒とは、おそらく憤怒の権能のことだろう。
つまり、私達の知らぬところで、憤怒の権能を授かった者が産まれたということだ。
だからこそ、疑問が生まれた。
権能を授かった選ばれし御子とはいえ、おそらくは年端もいかない子供。偽龍メルベスという、過剰な戦力をぶつける必要が、どこにあるのだろうか。
なにかがおかしいが、正直なところ見当もつかない、なら考えてもしょうがない。
それに、遅くはなってしまったが、私は、私の成すべきことをようやく決めた。
偽龍メルベスをナヴァル王国のウィロウ公爵領に誘導する、という任の陰に隠れながら、憤怒の権能を授かった子供を探し出し、この手で保護する。
私はあいつらには勝てない、けれど憤怒の御子だけは必ず救ってみせる、この命に代えても。
公国のみならず、世界の救世主たりうる運命の子の命を守り抜くこと。それが私の人生、最後の大勝負になるだろう。
その決意が、私の中にほんの僅かだけ残っていた勇気と、こいつらへの怒りを呼び覚ましていた。




