傭兵クランと暗殺者クラン
今日も、いつも通りの取引。
其奴らからすれば、そのはずだった。
「ツインエッ――」
「…………」
「なっ、ウェッジ!?」
「クソが……ギド、合わせろ!」
ナヴァル王国平民街の一角、ナヴァルの闇が凝縮された場所――貧民窟。
それは、表舞台に出ることのない、血と肉を互いに躪り、血肉を闇に沈めし、闘争の場。
支配者の1人が堕ちたあの日から、抑圧されていた闇の群れが、一斉に動き始めた。
「…………」
「ギド、まで……てめえ、わかってんのか……俺らは『死告翼』の――」
言葉は途切れ、バラバラにされた身体と、切り離された頭部が、地面へと無造作に落下する。
「―― 浄 水 」
汎用性の高い魔術――生活魔術の1つ、浄水で、刃に付着した血を洗い流し、宙空を3度斬ることで、水滴を飛ばす。次いで、ふところから取り出した布巾で水気をしっかりと拭き、鞘に納めた彼の顔には、夜闇よりも黒く塗られた仮面がついていた。
そもそも、彼の全身は、黒を基調とした服で飾られており。周りの暗さに紛れるに都合がいい。
当然ながら偶然ではない。そうすることで得られる、隠密性を目当てとした、選択の結果である。
周囲に散らばる残骸――のべ57名の骸となった其奴らには目もくれず、彼は黒い外套を翻し、歩を進める。
久方ぶりに訪れた際には、多少の懐かしさを感じた独特の退廃した空気も、半月も経てば慣れきってしまう。そんなことよりも、彼は、自身の武の質が明らかに変わり、そのことを好ましく感じている自分の胸中に、少なくない喜びを感じていた。
なかなかに機嫌のいい彼は、不本意ながらも熟知している路地を、迷いなく進む。目的としている場所は、陽が落ち、宵の口となってから日時が変わる時まで、光が絶えない食事処。
――ラーメンハウス ダグラダ。
店の裏手に周り、奥へと向かう彼は、なんの変哲も無い石壁に突き当たる。
ふところから、手の平大の石を取り出した彼が、おもむろに魔力を込め始めると、石壁の表面に光が奔る。その光は、なにかを象った紋様となるや、点滅し始め、徐々に収まっていく。
そして、光が消えた瞬間、石壁が地面へと沈み、彼の前に、下り階段が姿を現した。
壁に埋め込まれた光る石に導かれるように、階段を降り始めると、ほどなく、背後から音が響いてきた。階段の存在を隠すための石壁が建ったことを確認した彼は、歩を進ませて、階下にある木製の扉にたどり着く。
コンコン、ココンと、扉を4回鳴らした彼の耳に、閂を外す音が届き、勝手知ったる彼は、なんの遠慮もなく扉を開ける。
「筆頭、お帰りっす!!」
「……ただいま戻った」
活動の拠点へと戻ってきた彼に向けられたのは、やたらと元気な歓待。
軽く嘆息するも、すぐに微笑んだ彼は、慣れた手つきで扉を閉めた。
ガルディアナ大陸の人種族の多くが、適性の高い職業を選択する傾向にある。
例えば、剣や槍に適した者は、衛兵や騎士を。
例えば、根源の繋がりが深い者は、魔法師を。
あらかじめ確保しておいた『鑑定』スキル持ちに確認させたり、国や地方に伝わる独自の方法で選別したりすることで、多くの国々は、才ある者を探しだす。ただしそれは、大概の場合、富んでいる者だけにあてはまる話。
貧しさに喘いでいる者には、国が負担することで比較的安価になっている『鑑定』の代金も払えず、国による選別を待つ経済的余裕も無い。
彼――カイト=シルヴァリーズもまた、貧しさに追い込まれ、外れた道を選ぶことを強いられた者の1人だった。
「そんなカイト兄が、いまや王国最強の騎士っすよ――ラグナ!」
「おうともよ――フィレス、さすがは、俺ら自慢の兄貴だぜ!」
「「カイト兄 (兄貴)に、かんぱーい!!」」
「おまえら……俺を、酒の肴にするな」
今から18年前、現王クリストフが発案し、同年に設立した登用制度。
ナヴァル王国近衛選抜制度。
その制度は、ナヴァリルシア闘技場にて年に一度開催されるナヴァル武闘祭という闘いの場で、民衆に披露される。
年齢や職業別に部門が設けられているナヴァル武闘祭の中でも1番の人気部門。
それが、近衛選抜部門である。
国内外を問わず集められた強者が参加する、トーナメント形式の苛烈な闘いを勝ち抜き、好成績を残した者が、近衛となれる。
つまり、近衛衆とは、ナヴァル王国でも屈指の実力者の集まりであり、ガルディアナ大陸中に名を馳せる戦闘集団であるということ。
指揮系統が団長に委ねてある第1騎士団や第2騎士団とは違い、現国王だけが、唯一、指揮権を有するのが、近衛衆の特徴の1つ。
そして、ある魔法によって執り行なわれる忠誠の儀が、王と騎士との間に、絶対の信頼をもたらす。
それは、魔律戒法に基づいて創られた、原初の魔法、そのひとつ。
惑星内の国家に、秘中の秘として遍く伝えられている、大いなる魔の意思と呼ばれる存在が、公に認めた式――公式魔法『 交り御魂 』である。
肉体に宿っている魂、正しくは魂魄と呼ばれる其れは、生物が死に至った瞬間、双つに別たれる。
――意識を司る魂。
――肉体を司る魄。
傷ついた魂は、霊子領域内に流入。
役目を終えた魄は、惑星内にて魔素に変わる。
霊子領域内に向かった魂が、領域内の魔素と合わさることで傷を癒し、惑星内へと流入していく。
生物の最初期、例えば、人族の胎児や一部の鳥獣の有精卵のように、母胎や卵殻の内にて誕生できる日を待っている、其の全てを魔素で構成された意思なき精神体を――魄と呼ぶ。
傷一つ無い汚れなき魂は、惑星内の魔素の流れのままに漂い、やがて無垢なる魄の内へと辿り着く。
魂と魄は結びついて魂魄となり、魂魄は肉体形成を促し、生物として形作られることで世界に誕生し、死すれば再び、魂と魄に別たれる。
――幽玄き寂静、清く明るき誼譟。
双つ場を、転りて廻り、流入と生生を幾度も経ることで、魂は、その位階を高めてゆく。
それは、魔律戒法の『二』と呼ばれる、最も古き式のひとつである『交り御魂』の根幹にして、世界を護りし、大いなる理。
――魂魄流転。
「うぃぃあぁぁ、ヒャイト、兄はー、ひぃっくぅ、最ひょお、だおー……すぴゅう……」
「酒は好きだがとことん弱い。フィレスは相変わらずだぜ。なあ、兄貴」
「ああ、そうだな」
「近衛の奴らはともかく、第1の馬鹿共と飲んだ日にゃ……」
「襲われるか?」
「黙ってりゃ可愛げもあるし、実際、人気もあるからな、こいつは。けど、第1の騎士もどきじゃ、五体満足で朝日は拝めないな!」
「こいつ相手に朝まで生き残れるなら、近衛に推薦してもいいな」
「ちげぇねぇや、アッハッハ!!」
武闘祭での選抜の他にもうひとつ、近衛になる方法がある。
近衛見習い採用制度。
現在の国王と近衛衆序列5位以内の者に限り、特例として、推薦が許可されており、推薦された者は近衛見習いと呼ばれ、近衛の御付きとして働くことになる。近衛見習いとなった後は、およそ1年ほど、近衛の仕事へと伴われ、適性を測られる。
そして、1年後。適正ありと判断された見習いが、正式な近衛に昇進する際、『交り御魂』による忠誠の儀を行なう。
武闘祭、近衛選抜部門での好成績による登用。
現在の国王、又は、序列5位以内の近衛からの推薦による、近衛見習い採用制度。
この、いずれかの道で価値を認められることで、栄えある近衛衆の一員となれる。ちなみに、近衛は就任と同時に、特等級であると、公的に認められる。
騎士や兵士などの武器戦闘職、魔法師や魔術師などの魔道職、それら全てを含めた、王国軍が保有する戦力を、下、中、上、特の4つの等級で分類し区分けすることにより、迅速かつ無理のない軍事行動の助力とする。
戦力評価法――それもまた、ナヴァル王国国王であるクリストフが、提案したものである。
笑顔で酔いつぶれている、小柄ながらも妙齢を越える女性――フィレス。
幸せそうに酔いつぶれたフィレスを酒の肴に、豪快に笑い飲む大男――ラグナ。
2人はカイトの同僚、つまり――近衛衆。
当時、貧民街の少年少女を、カイトに代わり率いていた、フィレスとラグナ。困窮していた2人は意を決し、カイトに、あることを相談する。
この時のカイトは、近衛衆筆頭補佐であり、序列は2位。推薦人の資格を有していた。
騎士に登用されたことで、辞めざるを得なかった立場を、フィレスとラグナの2人が継いでくれたことで、結果的にカイトは近衛となり、今の地位にまで登ることが叶った。その恩を忘れていなかったカイトは、快く、然れど、2人の想定以上の地位である、近衛見習いという立場へと導いた。
カイトが、フィレスとラグナの2人を推薦してから5年。近衛衆の序列に、2人の名が並ぶ。
ナヴァル王国近衛衆、序列4位――フィレス。
ナヴァル王国近衛衆、序列5位――ラグナ。
5年の月日は、カイトの弟分と妹分を、大陸屈指の実力者へと至らせたのである。
「ところで、今夜はどうでしたか――筆頭」
先程までの弛緩した空気を散らし、武人然とした鋭い気配を纏うラグナの問いかけ。弟分の真っ直ぐな武威に、カイトはひとつ小さく笑い、成果を伝える。
「……ネス、トルカ、カストル、フェン、ウェッジ、ギド、ラガス……以上だ」
「うへぇ、『死告翼』と『ガルム狂刃盟』の幹部7人を、裸でかぁ……」
「だいぶ慣れてきたからな」
「さすが兄貴、俺も続かねえとな」
「無理はするなよ、いざとなれば――」
「そりゃあ、もちろん使うさ。正直、俺もフィレスも、まだそこまで……」
「慌てることじゃない、少しずつでも積んでいけば、確実に――過去を上回れるのだから」
カイト自身、それを始めた当初は、あまりの不自由さに戸惑っていた。同じように、長らく縛られていたフィレスとラグナが動揺しても、なんらおかしくはない。
大切なのは継続すること。諦めず精進していれば、いずれ2人も気付くはずと、カイトは考えていた。
それは、ラグナが裸と呼んだ、ある状況。
それを例えるなら、呼吸せずに敵軍の全てを討ち滅ぼせとでも命令されたかのような、正常な人族ならば、正気を疑う常識破りな指示。
――ステータスユニットとの接続を切る。
いつもなら淡く輝いているはずが、半月ほど完全に色を失っている、左の手首に装着している腕輪型の魔導器――スキルボードを内包したステータスユニットに眼を向けたカイトは、自身の明らかな成長を喜んでいた。
ガルディアナ大陸では、ネフル天聖教主導によるステータスユニットとスキルボードの配布、調整、装着が行なわれる。それらは原則、初回は無料であるため、ガルディアナの人々は、生まれてからすぐ、その恩恵に与れる。
ただしそれは、現在のガルディアナ大陸において、他種族と交流が無い魔族を除いてのこと。
「――お疲れ様です、カイト殿」
カイト達がいるのは、ラーメンハウス ダグラダの地下にある、とある暗殺者クランの本拠地。
カイト達の元に訪れた者の種族は、魔族。
魔族には、誕生から数えて10年後に、必ず行なわれる、ある儀式がある。
戦人の誓いと呼ばれるそれは、みずからがこの先、どのような戦士になるかを、偉大なる王と同胞へと誓う、いわば成人の儀。
戦人と認められた魔族は、王からそれを賜わり、戦士として、より一層の働きを示すことを誓う。
そして、彼ら彼女らは、利き腕とは反対の腕の手首にそれを――ステータスユニットと呼ばれるそれを着ける。
そう、魔族は、生まれてから10年間、ステータスユニットを着けずに生活し、戦人見習いとして、他の人種族領域よりも過酷な、魔族領域で戦い抜く。
その事実は、魔族が他の人種族よりも、真に強靭な肉体へと鍛えられている現実へと繋がり、カイトに挨拶した赤髪の彼もまた、同様である。
彼は、魔国ファルニスの南部を治める大貴族である、ガーベイン辺境伯の嫡子。
彼は、魔族の特性――『領域』を活かした戦闘術である魔闘術の大家にして、ファルニス三魔闘に数えられる、ガーベイン流の高弟であり、継承者候補。
彼の鮮やかな赤髪と、綺麗な金色の瞳が示している、赤と黄の根源との繋がりは、ナヴァル王国の裏社会に知れ渡る雷迅の異名や、いずれ雷獣と呼ばれるほどの魔闘士であることを証明している。
「お疲れ様です――ゲイル殿」
彼の名は、ゲイル=ガーベイン。
暗殺者クラン『アグリュム』の、サブリーダーに就いている者。
そして、傭兵クラン『ラーメンハウス』のサブリーダーを、兼任している者でもある。




