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真に勇ましき者




「――ということじゃな」

「なるほどな……だいたい同じだけど……」

「む?」

「英雄と英傑は――違うのか?」


 英雄と英傑。

 意味合いは同じように思えるけど、感じ方というか、なにかが違う気がしてならない。少なくとも、アンブレに英雄なんて存在は、俺が知る限りではいなかった。


「ふむ……超越者のことは理解しておるな?」

「そりゃ、もちろんだ」


 アンブレに、レベル制限は無い。けど、レベルを上げれば上げるほど、TBA式(モーション)(アシスト)(システム)の性能が解放されていくから、積極的にレベル上げをする奴が多い。

 で、レベルが1万になった瞬間。これまでとは違う解放感じみた性能の上昇を体感して、同時に、ステータスボードの種族欄が書き換わる。


 表記は、種族:超越者 (種族名)となる。


 例えば、人族の場合、種族:超越者 (人族)になる。種族ごとに括弧(かっこ)の中身が変わるわけだ。

 知り合いからそのことを聞いて、仕事のスケジュール切り詰めて、普段は飲まないエナドリ飲んで、必死こいてレベル上げたよなぁ……で、1万に到達した瞬間にさ、こう思うんだ。


 ――こんな風に世界が見えるなら、魔法使()()とか、確かにくだらないな、ってな。


 レベル9999、というか九千台の時点で、他のMASを、オモチャ以下のガラクタにしちまう程の性能なのに、レベルが1万になると、明らかに性能が1段上がる。

 そして、理解するんだ。


 これが、あの電脳武神が見てる世界なんだ、と。


 人の理外を征ける者だけが、垣間見ることが叶う領域なんだ、って、そう()()()()


「――英傑とは、超越者に至る資格を有する者の呼び名であり、()雄と呼ばれし戦士の如き()物、という意味も併せ持つ」

「なら……英雄、ってのは――」

「破天と称されし戦士であり『内天に住まう天族を()え、外天の屍を()え征く、真に勇ましき()』、それが――」


 ――超越者。


 少し……ヤバい想像をしてしまった。


 アンブレに英雄はいない。

 アンブレで、レベル1万に到達すると、英傑の称号を獲得すると同時に、種族名が変わる。

 ユグドレアでは、英傑とは、英雄に至る資格を有する、いわば英雄の卵である。


 となると、種族:超越者 (種族名)の意味は、おそらく、元の種族を超越した者、という意味。


 そして、英雄になるには、内天に居る天族を超えることと、外天の屍、つまり――外天にいる()()()()()()ことが、必須。


「は、はは……まじか……」

「どうした?」

「あー、いや、ちょっとな……」


 外天にいる何者か。

 当然、勇者もどきの汚物をこの世界に送り出してる、神様気取りのクソ野郎に決まってる。で、かつて英雄という存在は確かにいた。今この世界が存続していることが、その証明。

 なら必然的に、外天に辿り着くための、なんらかの手段がこの世界にある。


 そう、外天という名の()()に渡る手段が、このユグドレアという世界にある。


 それは同時に、地球から、この世界に渡る正規の手段があることをも意味する。

 ユグドレアに暮らす人々が超越者を英雄と賞賛したからこそ、口伝や伝承として英雄の由来が残っている。つまり、かつて英雄と呼ばれる資格を持つ超越者の誰かが、この世界に帰還したということ。


 内天を超え、外天を越え、超越者となった者が、ユグドレアの人々から、英雄としてたたえられるのだから。


 だから、ユグドレアはアンブレに似ている。

 だから、アンブレはユグドレアに似ている。

 だからきっと、そういうことだ。


 アンチパシーブレイブクロニクルというゲームの成り立ちには、かつて地球に渡った英雄か、同行した者が関係している。


 きっと、そういうことだ。


 それにしても、まさか()()()してるとは思いも寄らなかった。1万レベル以降は、MASの解放がされないから、終わりなんだと思い込んでた。けれど、違ってた。


 ――TBA式MASには、まだ先がある。


 英雄 = 超越者。英傑 = 超越者の卵。


 それはつまり、


 種族:超越者 (種族名)= 英傑 = 超越者の卵


 ――ということになる。


 そして、英雄の関係者らしき人物がアンブレ制作に携わっている可能性が極めて高いことを踏まえれば、その結論にたどり着く。


 英雄を知る者が、その前段階である英傑で、キャラクターの成長を終わらせるわけがない。


 TBA式MASは、キャラクターのレベルが1万に到達した瞬間に、変貌へんぼうを遂げた。けど、それは、キャラクターが英傑――英雄の卵になっただけで、英雄になったわけじゃない。


 あくまでも、英雄になる資格を獲得しただけ。


 だからきっと、アンブレの英傑たちが、英雄になる瞬間が必ず来る。この公式が正しいなら、種族の壁を超えることで獲得した、英傑の称号。それが鍵となって発生する、なんらかの形での試練――英雄への進化イベントの類が、アンブレにも存在してた可能性が高い。


 それはつまり、TBA式MASの解放が、もう一度なされる可能性があるということ。


 もし、この推測が正しいとしたら、俺たちアンブレプレイヤーは、とんでもない勘違いをしていたことになるし、この推測は当たってる気がする。

 おそらく、英雄になった瞬間に、種族:超越者、といった風に、表記が変わるはず。


 けど、違う。もし、本当にこの推測が当たっているなら、重要なのはそれじゃない。


 英雄の存在を知るアンブレ制作陣が、わざわざ括弧(かっこ)で種族名を入れた、その理由。

 それは、括弧入りの超越者になる段階、すなわち、レベル1万に達したキャラクターの強さが、英雄の域には無いということを()()()()()()()――その領域にる存在を()()()の当たりにしていたから。


 おそらく、電脳武神は、Mは超越者――英雄だ。


 そして、英傑である俺たちが束になっても勝てなかった、最も偉大な黒魔法師。


 黒天のマルスも――英雄。


 Mが英雄になったのは、外天、つまり、地球で条件を満たしたからだろう。とはいえ、外天の支配者はともかく、天族をどうやって超えたのかが疑問ではあるけど、おそらくは英雄の関係者に、天族がいるんじゃないかと。

 天族と(おぼ)しき存在が、どうして地球にいるのか、その理由の推測自体は簡単だ。

 外天――地球に危険な存在がいるからこそ、帰らずに残ってくれた天族がいた、たぶんそういうことだ。つまり、一般人が知らない争いがあって、人知れず、俺たちは守られてたってことだ。予想どおりなら、深く感謝しないといかんね。


 アンブレ本編やガルディアナ戦記に、天族が存在していないのは、歴史を忠実に再現したい制作陣のこだわりだと思われる。




 憶測ではあるけど、大きく外れてる気がしないのは、マルスの高いINT(知力)が影響してるのかもな。




 俺たち、英傑プレイヤー1万人以上が、束になって挑んでも倒せなかった事実。ゲーム内のボスとして、()()()ように設定されていることを、アンブレ運営が公式に認めていた事実。


 この2つの事実は、Mとマルスが英雄の域にいることの証左として、成立させ得る。


の者、白き外天げてん不倶ふぐいなみ、戴天たいてんこばみし、愚天ぐてんを閉ざす、真なる()ゆえに、黒天こくてん』という由来。その二節から想起できる、不倶戴天、という言葉。その穏便じゃない意味が示す通りに、マルスが外天にとって、決して許すことのできない存在となり、外天にとって、見過ごすことができない、なにかをしたはずだ。


 その結果、マルスは英雄に至った――そう考えれば、あの理不尽極まる凶悪な強さも納得できるよな気が……いや、ホントに強すぎたからなぁ……。


 で、アンブレとユグドレアは、かなり似ている。

 俺たちが、アンブレで1万レベルになった時のように、マルスが英雄になった時に、強さの格が跳ね上がったとしても不思議じゃない。

 Mもマルスも、外天を支配する何者か――神に等しい存在を殺したからこそ、英雄に至ったと予想できる。


 だからこそ考えるべき、とても重要で、大きな疑問が、俺の脳裏に浮かんでいる。


 黒天のマルスは、アンチパシーブレイブクロニクルというゲーム内のイベントであるガルディアナ戦記の裏のボス。表のボスを倒すことで、初めて対峙することができる存在。

 ガルディアナ戦記終盤で戦うことになる、表のボス――破壊()シキフォルス。敵対した状況を考えれば、あいつも、外天の支配者の1人のはずだ。

 けど、あいつを倒した俺たちは、英雄に――超越者になってはいない。


 アンブレに、天族がいないからだ。


 ガルディアナ戦記の中にも存在していない種族が鍵となる、英雄への種族進化を、アンブレ運営は、どうやって成立させるつもりだったのか。

 さらに言えば、天族を超えることと、外天の屍を生むことは、それぞれが独立した試練じゃないのか、ということ。


 つまり、英雄になるには、2つの試練をクリアする必要がある。


 憶測ではあるけど、大きく間違ってる気はしていない。表と裏のボスの実力差があったのも、今更ながら納得できた気がするし。

 それに、表のボスを倒した時の経験値の量は、かなりエグかった。きっとそれが、試練を越えた褒美ほうびなんだと思う。


 とはいえ、未だに残る、この疑問の答えに、繋がりはしないんだよな。


 ガデルの爺さん曰く、ガルディアナ大陸の天族もアンブレと同じように存在していないらしい。

 それはつまり、俺やガデルの爺さんのような英傑が、英雄になれないことを意味する。

 マルスは、黒天と呼ばれるほどの強大な力を、どうやって手に入れたんだろうか。


 いつ、どこで、マルスは天族を超えたんだ?


 このことがどうにも引っかかる。

 破壊神以外の外天の支配者に関しては、()()()()があるから、そこまで逼迫(ひっぱく)してるわけじゃない。

そうなるとやっぱり、天族のことだけを考えるべきだ。実はマルスが英雄じゃない可能性もあるんだけど、そうなるとあの強さはどこから来たんだって考えてしまう。

 ゲームだから――なんて考えは、アンブレのリアル志向から来る厳しさを考えれば、ぬるいし甘いはず。

 アンブレとの共通点の多さを考慮したら、裏ボスとして、プレイヤーの前に立ちふさがった黒天のマルスは、ユグドレアでも英雄の領域に辿りつく気がする。


 きっと、なにか手段があるはずだ。




 まぁ、英雄にならずに、あの強さを獲得できるんなら、それはそれで朗報ではあるけどな。










 マルスが、黒天と呼ばれるのは、20歳の頃。

 今から約8年後、ある国が起こした、侵略という名の虐殺劇。その凄惨な悲劇を終わらせるために、マルスは、ただ1人立ち上がった。


 マルスは、その国に所属する生命、王も兵も民もそのことごとくを、()()で殺した、らしい。


 その事実を、他の国々が知り、異常極まる力に恐怖したガルディアナ大陸の人々は、マルスのことを、黒き邪悪なる破天――黒天と呼ぶようになったそうだ。

 たしかに、他の魔法と比べて、黒魔法は優秀な部類だと言える。けど、国に所属する者だけを()()して、一瞬で殺す、なんて、とんでもない芸当、英傑になった黒魔法師でも不可能だ。

 英傑に至った、つまり、1万レベル越えの黒魔法師なら、重力を操作してブラックホールを作ることもできるから、やり方次第では、一瞬で国を滅ぼすことは確かに可能だ。けど、その国に所属していた者の命だけを的確に奪い、建物や大地に一切のダメージを与えていなかったらしい。

 そんなことを一瞬で行なえる人族が、ただの英傑とは思えない。これはアンブレの頃から議論されてきたことでもある。


 理不尽の権化と呼ばれている、黒天のマルス。


 その強さの秘密が、英雄への種族進化にあるという考えが的外れとは思えないし、早いとこ、この秘密を解き明かさないと手遅れになりかねない。


 正直、今一番危険なのは、外天の支配者や勇者たちとの遭遇戦だ。


 おそらく、外天の支配者は複数存在、もしくは、なんらかの手段で復活している。

 英雄が生まれている、つまりは、外天で屍が生まれているのに、外天から侵略者――勇者たちが、以前と変わらずに送られている時点で、そのことに疑いはない。

 勇者たちの脅威度は、持ってる【チート】次第で大幅に変わるし、場合によっては、黒魔法師との相性が悪い奴と戦うことになる。

 外天の支配者疑惑の強い、破壊神シキフォルス。アイツが、黒天のマルスより弱いとはいっても、1万人以上の英傑プレイヤーがいたから、そこそこ楽に倒せたのであって、けっして雑魚なわけじゃない。今の俺には、まちがいなく強敵だ。

 そもそも、アンブレと似て非なる世界が、異世界であるユグドレア。


 マルスの腕についていた、ステータスユニットとスキルボードとかいう()()()の塊といい、クリストフ王の失踪とかいう意味不明なイベントのせいで、こんな時期――約3年後に起こるはずの、ナヴァル王国の王位争いが起きてることや、何故かラーメンが流行ってることといい、アンブレと異なる状況もしっかり存在してる。


 だからこそ、慎重かつ大胆に、優先順位を定めて、迅速に動かなきゃならない。

 今の俺が優先すべきは、イレギュラー的に発生してる王位争いを、こちら側にとって都合の良い方向に持っていくこと。

 それは何故かと問われれば、第1王子も第2王子も、ただの傀儡かいらい――操り人形でしかないからだ。

 その裏には勇者たち――白の救世主メサイアっていう、クソったれな組織が付いているはずだし、この時期なら、既に裏で動いてるはず。


 十中八九、こいつらが、黒の根源の印象を操作してる連中、俺にとって、当面の敵はこいつらだ。


 正直なところ、天族の試練的な何かを超えずに、こいつらと全面戦争になったら、今のガルディアナ大陸の戦力を考えると中々にキツい。

 とはいえ、ガデルの爺さんと仲のいいポンコツ姫が王位争いしてたり、武のウィロウ公爵家と知のオーバージーン公爵家が、王位争いに参戦してるってのは、こっちからすればかなり有難いイレギュラーだけどな。正直助かる。


 ただ、もうひとつだけ、気になることがある。




 ムネシゲって奴、日本から来た勇者だったりしないよな?










「――にわかには信じられんのう……」

「とはいえ、これはあくまでも、アンブレの知識だからな。本当にそうなるかは――」

「儂らの動き次第ということじゃの」

「ま、そういうこと」


 ガデルの爺さんと、昨日よりも深い知識のり合わせをする。情報と認識や共有化は、パーティープレイの基本だからな。で、最後に、今後の方針に繋がる情報――第1王子と第2王子の裏に外天からの侵略者である勇者たちの組織――白の救世主メサイアのことを伝えて、当面はその対処をすべき、という行動方針を決めた。


 ともあれ、これからの行動は決まってる。


 クズ宰相のバカ息子が、父親に泣きついて執行された、貴族が有する権利の1つ、平民の()()徴用令。その理不尽な暴挙の()()()()で、2日後、堂々と、あの場所に向かえる。


 ガデルの爺さんに並ぶ、人族NPCノンプレイヤーキャラクター最強クラスの爺さんと()()()。その2人がいる、ナヴァル王国東部に位置する、ウィロウ公爵領、北東端にある国境域――ドグル大平原。


 ナヴァル国境戦役。

 王位争いとは関係なく起こる、その戦いで、本来なら失われる()()()()を救うことが、この先の展開に影響するはず。

 ガルディアナ大陸最強にして、最悪の人族国家として、アンブレプレイヤーにとっての大敵となった――ナヴァル()国。3年後に成される建国だけは、絶対に阻止しなきゃいけない。

 俺以外のアンブレプレイヤーが、1万人くらい一気に参戦してくれるならともかく、ここは異世界ユグドレア。増援は望めない。だからこそ、敵をむざむざ、強化させるわけにはいかない。


 アンブレの情報通りなら、開戦まで残り2週間くらい。大きくズレないことを願う。


 王都で起こる可能性が高い、善性NPCの王侯貴族()()への対処は、ガデルの爺さんとポンコツ姫に任せた。多分、大丈夫。

 あとは俺が、ドグル大平原で殺すべき奴をちゃんと殺せばいい……異世界の戦争とはいえ、大量殺人をすることを考えると、とんでもなく気が滅入るけど、俺がやんなきゃいけない。


 平民が成り上がるには、傭兵になって戦果を挙げるのが手っ取り早いからな。


 平民の場合、純隕鉄アダマンタイト等級傭兵になるのが、ナヴァル王国では1番安全という情報は、ガデルの爺さんから。ナヴァル王国の冒険者ギルドは、貴族の干渉が酷く、公正さとは無縁で、貴族優遇がヒドいらしい。


 どう考えても、傭兵一択だわな。




 ともあれ、まさか本物の戦場に行くことになるとはな……アンブレより楽なことを願うわ、まじで。

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