勇者の天敵
――私のマルスさまを返してください!!
部屋に響く悲痛な声に、俺は、とまどいを隠せないでいる。正直……迷ってる。
「……爺さん」
「…………」
このジジイ、そっぽ向きやがった……丸投げ!?
「――、――!?」
「…………」
彼女を見れば、もうしわけないほどに、手と顔を、横に振り続けている……そりゃ、そうなるわな。
「あー……あれだ、ご近所迷惑だからさ、あんまり大きい声は――」
「…………『私のマルスさまを返――」
「フリじゃねえよ!?」
だあぁぁぁ、さては、すんげぇメンドくせえな、この女!?
「あっはっは! シン君、いいツッコミだねー」
「……爺さん」
「……こやつは、昔からこうじゃ」
「マジかよ……王族、終わってんな……」
「勘違いするでない、公的な場では、こやつも比較的まともじゃ。ただのう……王族には、王族特有の苦しみ、煩わしさが、常につきまとうでの。発散する場を用意する者が多いんじゃよ」
「つまり?」
「魔道の師である、儂の前でのみ、素の自分を曝け出し、平民街の悪童じみた、小憎たらしい悪戯をするのが、こやつの発散法ということじゃ…………」
「ちょ、叔祖父様!? あんまり人聞き悪いこと言わないでよねっ!?」
いや、よりにもよってな台詞を、完璧な声帯模写で、サーナさんの前でブチかましやがった奴になら、過言ではない、いや、まじで。
「あ、えーと……」
「……ん、何を見て、って爺さん?」
「…………」
ガデルの爺さんが、なにも話さない。ただ、その代わりとばかりに、ペシーンペシーン、と、ほんのり赤らんでいる頭皮全体を、一定のリズムで叩き始めた爺さんの目が、まるで死んだ魚のようだ、って……まさか!?
「……あー、自然に?」
「……忘れもせん、こやつが5歳の頃、儂に弟子入りしてから、二月程じゃ……いつも世話になってるからと、頭皮マッサージをしてくれることになってのう……喜んでる儂の頭頂部に、こやつは手を当て、タービュランスを――」
「爺さんわかった、もういい……もういいから……」
緑魔法 タービュランス。
任意の方向へ、激しい乱気流――とんでもなく荒れてる暴風を生み出す魔法だ。
この女、上昇気流に乗せて、爺さんの毛根を根こそぎ、お空にフライアウェイさせやがったのか!?
「ちょ、超ぜちゅ美少女の私こそ、こ、こ、こぴゅ淵のガデルの愛弟子にして――」
「動揺して噛みまくりじゃねえか、てか愛弟子?」
「元じゃな、マルスこそが、本当の愛弟子じゃ」
そりゃ、頭皮ツルッツルにされりゃ、いくら孫同然の間柄でも、愛弟子認定、解除されるわな……根源の相性的に、マルスのがあってるし。
「ナヴァル王家に美しく咲き誇る、たった一輪の可憐な花――」
「可憐、ねぇ?」
「それはこやつの妹達じゃな、双子の」
「一輪でもねえのかよ」
さすが王族といわんばかりに見た目は確かに綺麗だし可愛い、が、中身が最悪だ……双子の妹ちゃん達の中身が、コイツに毒されてないことを祈ろう。
てか、立ち直るのが早いんだよなぁ……メンタルが悪ガキのそれだな、反省しろ反省。
「ナヴァル王国唯一の、三根源につながる超天才美少女魔法師――」
「……三根源か」
「……どうかしたかの?」
「ん、あー、いや……」
TBA式の魔法だと、三根源以上と繋がるのは、下策なんだよなー……一根源か、二根源じゃないと、脳の処理が追いつかなくなって、結果的に反応速度が下がる。
魔法師最大の特徴は、前衛中衛後衛、どんな距離でも活躍できる、魔道系統で、最高のオールラウンダーであること。で、演算処理が重くなりがちな三根源以上だと、大体は、中衛か後衛に収まる。
ただ、それって魔術師と役割かぶるからなぁ……ま、TBA式の魔法師以外なら、余裕でぶち抜けるだろうから、そこまで問題にはならないけどな。
てか、二十歳は少女に含むのか?
「ナヴァル王国第1王女、セレスティナ=A=ナヴァル、此処にあり!! って、さっきからボソボソうるさーい!!」
「「あんた(おぬし)がいうな!!」」
てか、姫とか王女って、淑女のお手本のような存在じゃねえのかよ……チェンジだチェンジ、クーリングオフだ、まじで!!
クソ雑魚貴族一同をもてなし、ガデルの爺さんと戯れた後、魔法学院から王都ナヴァリルシアへ。
平民街東部の、いわゆる貧民窟に居を構える、ガデルの爺さんの屋敷に帰る――前に、夕食。
やや早足なガデルの爺さんが先導し、連れてこられたのは、ラーメンハウス ダグラダ、って、またラーメンかよ!?
ガデルの爺さん曰く、比較的安くて、何より美味しいからのう、だとさ。
最近の夕食は、だいたいラーメンらしい。完全にハマってやがるな、爺さん。塩分のとりすぎには気をつけろよ。
まぁ、たしかに、ラーメン好きな日本人である俺からしても、ここのラーメンは美味い。
貧民窟の乱雑アンド不衛生な環境そのままな、他の飲食店と比べれば、ここは圧倒的にキレイだし、衛生的なのも評価は高い。
けど、1つだけ見逃せない不満がある。
なんで味噌がないんだ、味噌が!!
醤油があって味噌が無いってどういうこと!?
爺さんに聞いても「ミソとはなんじゃ?」だからな……味噌ラーメン、というか無類の味噌好きの俺としては、状況がおちついたら、醤油を作ってるエルフのところに行って、自家製味噌造りに着手したいもんだ、ちょうどいいしな。
ともあれ、帰宅。
夜、爺さんの屋敷に、爺さんの弟子であり孫同然でもある、ナヴァル王国の第1王女が来るとは聞いてたが、まさか転生者、しかも同郷だとは、思いもしなかった。
ガルディアナ戦記のメインクエストでは、第1王女は、既に亡くなってた。それに、この時期のサブクエストでも、プレイヤーに関わってこないから、詳しくは知らない。
とはいえ、本来の姿が、こんなポンコツではないと思いたい。大仰に名乗ること自体アレな感じだってのに、名乗り終わるまでに、こんだけドン引かせる奴とか初めてだわ、まじで。
ちなみに、ガデルの爺さんが元王族なのは知ってたから、特に驚きはない。
人族に裏切られて、絶望の淵にいたマルス。人族への反旗をひるがえす、きっかけの1つが、師匠であるガデルの爺さんが、過去に王族や貴族から不当な扱いを受け、虐げられ続けた末に、ナヴァル王国から出奔したことにある。
虐げられていた理由は、ガデルの爺さんが、下級貴族の側室から生まれた、いわゆる庶子だったことにある。
ただ、現国王であり、甥であるクリストフ王とは、裏で仲が良かったらしい。表向きに庇えないことを、いつも謝られていたそうだ。
この設定は、アンブレでも――ユグドレアとか呼ばれてる、この世界でも変わらないようだ。
それにしても、クーリングオフできる異世界転生とか、中々に需要がありそうだな、なんてことを考えてる、俺の前で――
「此処かニャア、いや、此処かニャア?」
「だ、駄目です、これ以上は――」
「…………」
異世界で意識が覚醒してから2日目の夜。
美女が、美少女に挙げさせてる、センシティブな声を聞かされてるんだけど、これ、なんの罰ゲーム?
ネコ撫で語尾にゃんボイスで 娘娘してますってか、いや誰が上手いことやれと。
「……爺さん」
「……それで話の続きじゃが――」
放置かよ!
はあ……きっと、いつもの事なんだろうな。
そんなわけでサーナさん、ポンコツの相手は任せましたよ、サーナさん! てか、スルースキル高いな、爺さん。
「ま、爺さんから聞いてた通りというか、想像以上にひどかったなって、素直に思ったよ。ここまで不自然に嫌われるとか、誰かの陰謀にしか思えない」
「うむ……儂が物心ついた頃には、既に、な……儂は、幸いなことに赤にも繋がっていたゆえ、多少の誤魔化しも効いた。じゃが……」
「黒だけの奴は、迫害されてた、か……」
悲しそうな表情でガデルの爺さんは頷き、俺を、いや、違うな、マルスを見ていた。
マルスは一根源。二根源につながってるガデルの爺さんでも、不当な扱いを受けて、国を出るくらいに追い詰められたんだ。それ以上の責め苦を、マルスが耐えている姿を見て、身が切られる想いでいたのは間違いない。
とにかく、だ。アンブレの設定と、まったく異なる立ち位置に、黒魔法が追いやられた要因がこれ。
黒の根源の――蔑視化。
正直、意味がわからない。
昨日、ガデルの爺さんから聞かされた時も、一瞬、なにを言ってるのかわからなくて、思わず放心したくらいだ、まじで。
アンブレでの黒の根源、というか、黒魔法が凄まじかったことが一番影響してるんだけど、蔑視なんか、これっぽっちもされてなかった。むしろ、妬みとか、やっかみなんかが、罵倒の大部分を占めていた。そういう感情を向けられるくらい、黒魔法の性能は高いってことで、だからこそ、多くのユーザーに支持されていた。
運営に送られた性能調整――ナーフの要請が凄まじかったことからも、性能の高さがわかるはずだ。
ちなみに、大量のナーフ要請のメールとかに、運営がブチ切れて、こんな感じのことが発表された。
・当運営は、安易な性能調整を行ないません。
・性能調整の結果、ゲームバランスが崩れることを懸念した上での判断です。
・今作は、一部の職業が優遇されてると勘違いさせてしまう仕様となっていますが、ゲーム内の全職業は創意工夫次第で他の職業にはない特色をユーザーの皆様がご覧になれるように創られています。
・ユーザーの皆様方のご健闘をお祈りしています。
こんな感じの事柄を、ものすごく丁寧で長い声明文として、運営は発表した。
アンチパシーブレイブクロニクルというタイトルを、誇りを持って作り上げたことがわかる、素晴らしい文章だと、VRゲーム界隈で話題になり、評価も好感もかなり高かった。
声明文の発表直後こそ、一部のユーザーが離れたらしいけど、アンブレは、一切揺るがなかった。
俺を含めた残留ユーザーは、みんながみんな拍手喝采、アンブレのことが、ますます好きになった出来事だった。
なんせ、自分が好きな職業を、外野の声を気にしないで、俺たちユーザーは楽しめるんだと、ゲーム側が、力強く断言してくれたからだ。
以降、新規ユーザーに伝える言葉が増えた。
――おぼえときな新人……安易な勘違いをしないで、自分が好きな職業で創意工夫するのが、アンブレを楽しむコツだぜ!
俺も新規の奴らに言ってたなぁ……なつかしい。
閑話休題!
ま、そんなわけで、黒魔法の性能の高さも相まって、アンブレでは黒の根源の地位は高い。だからこそ、ユグドレアでの扱われ方は、俺からすれば異常にしか見えない。
そして、この時期のガルディアナ大陸だからこそ思い当たることが……
「『其の者、白き外天の不倶否み、戴天拒みし、愚天を閉ざす、真なる黒。故に、黒天』、俺の知ってる黒天の由来だ。まあ、マルスは黒一色だから黒源の頂天っていう捉え方もあながち間違いじゃないけどな」
「そうであろうな……マルスの素養は、素晴らしいの一言に尽きる。単純な素質ならば、儂など足下にも及ばん。まさに――黒き破天の大器である」
破天、か……こういうところはアンブレと同じなんだよな。
Antipathy Brave Chronicle のAとB、つまりアンチパシーブレイブの部分を、ゲームの内容にそって訳すと、勇者の天敵、になる。
――異世界召喚勇者。
それは、異世界の神が、惑星アザルスを支配するために送り込む、アンブレの住民からすれば侵略者でしかない、勇者を自称する、未成年の若者たち。
勇者たちは、異世界の神から、アザルスの征服を企む存在――権能と呼ばれる凶悪な力を備える、魔王や邪神の討伐を託される。
異世界の神は、願いの対価として、多岐にわたるさまざまな能力――【チート】を、勇者たちに与え、アザルスへと送り込む。
勇者たちは自分たちの【チート】を天賦の才、つまり、天から与えられた才能であると謳い、天才である自分たちを称えよ、と、アザルスの民たちへ促す。
天才を自称する勇者たちは、与えられた【チート】や、転移前の世界の知識を、自由気ままに利用し、異世界で、正義の味方としての活動を始める。
――自分たちの価値観を疑いもせずに。
みずからを正義と疑わない勇者たちは、惑星アザルスに、数多の混乱を――災いを引き起こす。
勇者たちが引き起こした災いを、大きく分けるとするなら、3つ。
1.社会的弱者の救済のために設けられた、奴隷制度の撤廃要請
勇者たちは、奴隷制度が基本的人権を侵害してると、見当違いな主張を理由に、撤廃を要請。
自分たちの撤廃要請に応じない国に対して、憤慨し、正義の名の下に、国内の主要な都市や、砦などの軍事拠点を襲撃。徹底的に、破壊と殺戮をおこない、蹂躙していく。
後日、隣国に侵攻されるも、勇者たちの暴走によって、とてもじゃないが戦える状態ではないため、即時降伏し、属国――隣国の奴隷となる。
属国となってから1週間後、隣国の首都が、勇者たちに、壊滅させられた。
これは、ほんの一例である。
この事実を知ったアザルスの民は、勇者たちの狂った言動と、それに比例するかのような、凶悪な戦闘能力に怯えることになる。
2.【チート】や知識を利用した、公権力奪取からの財源略奪、および、既得権益の完全支配による経済破壊
勇者たちに与えられた【チート】は、多岐に渡る。単純に身体能力を上げるものや、透視や念動力などの、超能力に代表される異能など、勇者それぞれの要望通りのチートが与えられる。
そのなかでも、特に猛威を振るった【チート】が、いくつか挙げられる。
・元の世界の知識を閲覧可能とする、タブレット型やノート型などの携行式の情報端末や、携帯電話のような小型情報端末などの、具現化能力
・なんのリスクも負わない空間転移能力
・誰でも殺すことができる即死能力
・アザルス人特有の、スキルと呼ばれる異能や、勇者の【チート】ですら奪う、技能奪取能力
・どんな生物でも支配できる誘惑能力
・時の流れを操る時流操作能力
これらを含めた、多種多様な【チート】を駆使して、アザルスの権力者を脅しては操り、または成り代わり、権力を手に入れ、財という名の甘い蜜を献上させ、勇者たちは遠慮なく、啜る。
または、魔物領域の魔物を、【チート】を利用して乱獲。膨大な量の素材の流通を、完全に掌握することで、それらに関わる者達を従わせる。
もしくは、市場に出回る様々な商品、その完全上位互換となる物を、【チート】と現代知識で作り上げ、それらを安価で販売。自分たちに与しない商人たちを、経済的に排除し、国内経済の全てを牛耳ることで、国家予算以上の財貨を、勇者たちは手中にする。
このようなことをすれば、国は乱れ、乱れは戦を産み、戦は国を疲弊させ、国を悲劇が蝕む。
だけど勇者たちは気にしない、
今いる国が滅びれば、別の国へと向かい、再び甘い蜜を啜るだけ。
それが世界を救う正当な報酬だと、心の底から勇者たちは信じている。
3.惑星アザルスの各大陸に存在する、権能を授かった者たちの討伐
実のところ、これが、勇者たちが行なった中で、最大の悪行であり、最悪の災いを招く行為。
RPGで良く見かけるやり方のひとつに、アイテムの個数を、世界全体で限定するというものがある。呼ばれ方は様々だが、いずれも希少性が高くて大きな力を秘めている、叶うならば手に入れたい、と、プレイヤーが願うようなアイテムばかり。
アンブレにおける権能は、それら、希少で特別なアイテムの在り方と、よく似ている。
ただ、権能と呼ばれるそれは、アイテムのような物体ではなく、概念的で、目には見えない、なにか。
大いなる魔の意思と呼ばれる存在が授ける、特別な機能を扱うための権限。
惑星アザルスに漂う悪感情――原罪を蒐め、体内で濾過することで純粋な魔素を生み出し、惑星内を満たすことで星の営みを存続させる、ある種の生命維持機能。
それが――権能。
異世界の勇者たちは、惑星アザルスを、正義の名の下に、殺そうとしている。
時が流れ、歴史が語り継がれた結果、勇者 = 遠き天から来たる世に災いを起こす邪悪、という認識が常識となり、天 = 世に災いを起こす邪悪が蔓延る地、という意味が、本来の意味とは別に生まれる。ただし、同じように天の名が与えられている天族との区別をするため、新たに生まれた言葉が、内天と外天。
その結果、内天 = 世に幸をもたらす方々が御座す地、外天 = 世に災いを起こす邪悪が蔓延る地、と、区別するようになった。
その後、外天より現れし邪悪なる存在――勇者たちをも凌駕する戦士が、ユグドレアの人々の中にあらわれる。
それは、虐げられしユグドレアの人々の願いが産んだ、新たな理。外天の侵略者を撃ち破る者、という意が込められた――破天と称されし戦士たち。
その名は、英雄。
そして、英雄に至れる資格を有する者を、最大限の敬意を払い、破天の大器という名が生まれることになったそうだ。




