→ ABC × YZ Part 3
――現実と幻想の頂天。
それは、アンチパシーブレイブクロニクルのゲームコンセプトである。
多くのRPGで採用されている、レベル&スキルシステム。アンブレも例に漏れないのだが、他のゲームタイトルとは違い、レベル上限が存在しない。
やり込み勢が泣いて喜びそうな、この仕様の理由を、アンブレ運営陣は、公式サイトでこう答えた。
――飽くなき強さの追求。
だが、実際の理由は、TBA式MASの仕様にあると、アンブレ廃人たちは推測。アンブレ制作陣が、細工を施していた事実が、その根拠となる。
アンブレでは、キャラクターのレベルが上昇すると同時に、ステータスが上昇した程度ではありえないほどに、動作がスムーズになる。特に、反応速度が、不可解なほどに良くなっていた。
他ではありえない、その現象。同じように違和感を覚えた廃人ゲーマーたちが、議論と検証を重ねた結果、ひとつの結論に至った。
それは、アンブレに搭載されているTBA式MASの性能を、意図的に抑制し、キャラクターの成長に連動――レベルアップするとともに、MASの性能を、徐々に解放するというもの。
つまり、MAS自体の成長システムという、唯一無二の仕様だったのである。
MASの、意図的な性能抑制。
ファンタジー風にいえば――封印。
プレイヤーがレベルを上げれば上げるほど、MASに施されている封印――TBA式MASの性能が徐々に解禁、キャラクターに反映されていく。
革新的なシステムであり、独創性にあふれたこの手法は、やがて各ゲーム会社に重宝され、ABC式レベルシステムという呼び名が、外部から与えられるほどにポピュラーなものになる。
だが、アンブレがリリースされた当時、他のゲーム会社からも、一部のゲーマーからも、無茶な暴走であると見られていた。
現状、キャラクターの制御をMASに頼れないため、ゲーム自体の難易度を下げることで、なんとかゲーム性を保っているタイトルは多い。
そんな環境の中で発表された、他のゲーム制作会社の矜恃を叩き潰すかのような、アンチパシーブレイブクロニクルというタイトルの、正気を疑うしかない狂気的な仕様に、他のゲーム制作会社はひどく憤慨した。
そうすることでしか、矜恃を保てなかったからだ。
MAS本来の性能が発揮されていないからこそ、せざるを得ないゲームバランスの調整で、辛うじてゲームの体を保っている、そんな他社の裏事情。
妥協を強要され、意に沿わないゲームを作らなければならない、制作陣の悪感情。それに伴う、ネガティヴキャンペーンじみた誹謗中傷や、悪評の流布。
ゲーム業界に蔓延してしまった、それらの感情が積み重なった影響で、一時の間、アンチパシーブレイブクロニクルは、クソゲーの烙印を押されかねない、不当な低評価を受けていた時期があったということだ。
だが、アンブレ制作陣も、運営陣も、一切動じない。流れている悪評など歯牙にも掛けず、黙々と、アンブレの運営を続けた。
クソゲーの評価をもたらしかけた原因である、TBA式MASでしか成せない、高難易度の異世界と独自の成長システムの体験。あきらかに時代を先取りしている、アンチパシーブレイブクロニクルという作品を生み出した自信は――矜恃は、生半可なことでは揺るがないからだ。
けっして好調な滑り出しとは言えないアンチパシーブレイブクロニクルだったが、そんなことを全く気にせず、マイペースさを保つ運営陣への、ユーザーたちの評価は高かった。
結果として、アンブレユーザーは、実にのびのびとゲームを楽しめていたからだ。
中と外の評価の不自然さが、徐々に世間に知られている流れの中、運営同様、外の動きなど気にせずに、アンブレユーザーは楽しんでいた、そういうことである。
それはさておき、現役のアンブレユーザーが新規のアンブレユーザーへのアドバイスとして必ず口にする文言がある。
――LV20からが本番だ。
実のところ、低LVのキャラクターに限ってだが、アンブレは他のゲームよりも、MASの動作がわずかに鈍いのである。しかし、LVが上がるにつれてMASの動作や反応が良くなり、LV20に達した瞬間、言葉通り――世界が変わる。
アンブレのプレイヤー達は、LV20までの期間を、いわゆるチュートリアルのようなものであると考えていた。
その考えは正解である。
実は、LV20以上の段階まで解放されたMASを反映したキャラクターを、LV1の段階でプレイヤーが使用すると、現実の肉体に強烈な負荷が掛かり、健康被害が発生してしまうのだ。
最悪のケースとしては、会社所属のデバッガーが病院送りになる事態が、制作中に実際に起きてしまった。ちなみに、アンブレのリリース時には入院したデバッガーは既に全快し、無事に退院している。
これは、クローズドベータテストの前に行われた、MAS負荷実験で判明したことである。
TBA式MASは、高すぎる性能に伴うリスクとして、現実の肉体への負荷が存在していた。
死に至る痛みですら現実の肉体に影響が無いように、と開発された、ソウルプロテクトと呼ばれる保護壁が、TBA式MASには構築されている。まさか、それを破り、現実の肉体に影響を与えるとは、運営陣も制作陣も想定していなかったのだ。
アンブレ制作陣が、キャラクターのレベルアップとMASを連動させたのは、高すぎる負荷を細分化し、現実の肉体に少しずつ慣らすためである。
これが、意図的にTBA式MASの性能が抑えられていた、真の理由。
TBA式MASが抱えるデメリットを、アンブレというゲームタイトルのストロングポイントに変えたことで、覇権獲りの決め手にしたのである。
さて、現実の頂天が、TBA式MASという、唯一無二の機能だとしたら、幻想の頂天とは何か?
当初、アンブレの魔法や魔術は、レベルアップやアイテム、イベントなどで、スキルという形で取得し、設定されている文言を詠唱することで発動するという、他のゲームでも採用されている、極々《ごくごく》ありふれたシステムだった。
そんなある日、テストプレイとは別に、対魔法のサンプル確保のための模擬戦を、Mに依頼。後日、模擬戦が行われることになった。
この日こそが、分岐点にして――起点。
それは、単純な好奇心だったのだろう。
ファンタジーの産物である魔法は、自分達が考えて作った魔法や魔術が、あのMに、どのくらい通用するのか。アンブレ制作陣は、あの生きる伝説である電脳武神との模擬戦を、本当に楽しみにしていたのである。
魔法の性能を測るということも、間違いなく主題であるため、Mと対戦相手の距離は、当初のアンブレにおける、魔法と魔術の最大射程範囲である500m。
そして、制作陣待望の模擬戦が始まり、終わった。
まさに――鎧袖一触。
手も足も出ないとは、さきほどの模擬戦のことだと、制作陣は、茫然自失とした頭で理解させられていた。
正面や左右などの視界内に発生させた、炎や氷、水といったものが、電脳武神に躱されるというのは、制作陣も想定していた。
だからこそ、人の視界外の死角――後方の足下や宙空で発生する、全方位から放たれる、といった、回避困難な魔法や魔術も用意していた。
だが、当たらない。
全部が全部、発動前に察知され、対処される。
当然ながら、本人である以上、TBA式MASは使っていないにも関わらず、だ。
Q.火の上級魔法 エクスプロージョンの対処方法を教えてください。
A.目の前の空間に、揺らぎを感じたので、叫撃って勝手に呼ばれてる、飛んでくる矢とか弾を叫んで撃ち落とす手段のひとつで、火の揺らめきが見えた瞬間に吹き消した。
Q.水の上級魔法 タイダルウェーブの対処方法を教えてください。
A.水がどうのこうの言っていたのが聞こえたので、足下の空間が揺らいだ瞬間に、地面を砕いた。穴があれば、勝手に下に流れるからな。
Q.風の上級魔法 テンペストの対処方法を……教えてください。
A.あの程度の竜巻なら、叫撃を強めに当てれば消せるから、一切問題はない。
Q.土の上級魔法 アースクエイクの……対処方法は?
A.地面が上下するだけなら、トランポリンと大差ない。
Q.闇の上級魔法 ダークインフェルノは……?
A.黒い何かが見えたから、叫撃。
Q.光の上級魔法 ライトニングスコール……。
A.空に、叫撃。
悠々《ゆうゆう》と、魔法や魔術への対処をしながら、対戦相手に近づくMに、およそ20mまで近づかれた魔法使いは、慌てながらも、詠唱がもっとも短い初級魔法を唱えるために、口を開いた――次の瞬間、膝から崩れ落ち、昏倒していた。
そして、Mは呟いた――くだらん、と。
魔法スキルを使うために、視線をMから外した――Mが動き始める。
スキル欄から初級魔法を選択、詠唱文を確認――魔法使いまで残り1歩。
詠唱文の、最初の一文字を口にした――降りてきた下アゴへ掌底を撃ち、昏倒させて、模擬戦終了。
完全なる敗北だった、が、そんなくだらないこと、もうどうでもよかった。
上級魔法の半数を「喝っ!!」と吼えるだけで、易々《やすやす》と対処していく姿を見せられては、もうどうしようもない。
全方位魔法にいたっては、正拳突きのような構えで「破っ!!」と叫んで、霧散する始末。
勝ち負け以前の問題だった。電脳武神たるMと、制作陣が作った魔法と魔法使いとの間には、覆せない差が、絶対的な隔たりが存在していた。
――これが伝説、これが電脳武神か。
Mが見せた、その圧倒的な武の力量に魅せられていた制作陣一同は、この日、ある覚悟を決めた。
電脳武神。それは、現実に存在する、武の頂天。
そんな存在に比肩する、そんな幻想を創りあげる。
そのために必要不可欠である存在、他ならぬMへ制作協力を――制作陣全員の土下座での請願をする。突然の土下座に驚いたMだが、ある武術の師範代の務めで忙しいため、一度は断る。だが、アンブレ制作陣の、心からの執拗なお願いに根負けし、制作陣が道場に赴くことが条件の技術協力ならば、と、受諾。
本来、第1陣にリリース予定だったアンブレが、約1年後の第2陣と呼ばれるリリース時期となった、その経緯。それは、既存の魔法体系を破棄し、ゼロから、新たな魔法体系を築くことを決めたからである。
Mに叱られ、四苦八苦し、東奔西走して、粉骨砕身する想いで、全身全霊の力を振り絞り、試行錯誤を繰り返す制作陣。
そして、新しい魔法体系の制作着手から半年後。
Mからのお墨付きを貰い、オリジナルの魔法体系を構築することに成功する。
アンブレ独自の魔法体系、その名は魔律戒法システム。別名―― 魔道書庫 。
アンブレ制作陣、歓喜の瞬間である。
魔律戒法システム、最大の特徴は、TBA式MASとの連動機能にある。
TBA式MASの神経系活性化が、キャラクターにもたらす超反応は、他のVRゲームはおろか、数多あるフィクションで描かれる魔法戦でも見たことのない、ありえないほどの異常な速度域へと、プレイヤーを引きずりこむ。
――弾幕と呼ばれる、千や万、億の魔法を同時に放つ、魔法師の基礎技術。
――弾幕を互いに交じえながら、時に弾き、時に掻き消す、パリィと呼ばれる魔法師の必須技術。
――放たれた魔法の陰に魔法を隠すハイド。
――魔法自体を、空間の色に合わせた布状の魔法で覆い、擬似的に透明にするステルス。
――魔法の中に魔法を仕込むグレネード。
他にも多数生まれている――プレイヤースキル。これら全てを、人の理外へと超越したかのような、電脳武神の身体速度と反応速度の一部を反映した、TBA式MASを搭載したキャラクターを駆ってプレイヤーが制御する。はっきりいえば正気ではないが、それでいい。
アンチパシーブレイブクロニクルにて、魔法師を選択した者はみな、魔法に狂っているのだから。
幻想の頂天、此処に有り。
アンチパシーブレイブクロニクルの魔法は、多くのユーザーから、狂信的な支持を得ることとなる。
その一方で魔術は、アンブレの舞台である異世界に散りばめられた設定。それに基づいた歴史を理解し、独自の詠唱文をプレイヤーが生み出すことで、多種多様な現象を起こすという、魔法と完全に役割を異ならせることで区別化。集団を編成し、強大な魔物を相手取る討伐戦や、国対国、軍対軍などの、大規模な集団戦など、詠唱する猶予が生まれやすい状況で、魔術は重宝されていく。
また、純粋な戦闘職以外にも、魔律戒法システムが関わる職業は存在する。
その中でも代表的なのが、魔法師や魔術師と同じ魔道職でありながら、鍛治師や薬師のような生産職の一角を担う、魔律戒法システムを用いた独自の生産物を造る、唯一の存在。
その名は――魔導師。
魔導師の特徴としては、異世界に存在する多種多様な素材を、魔律戒法システムを経由して加工することで、魔法や魔術が起こす現象、その一部を宿すアイテム――魔導器を造ることにある。
魔導師は、知識と技術さえあれば、現実に存在するどんなものでも――例えば、自動四輪、いわゆる自動車ですら作れる自由度の高さが、クラフト好きな生産職プレイヤーから高評価を得ていた。
他のゲームの難易度を超越した難しさ、レベルを上げることで困難を打破する力を獲得して更なる困難に挑むという、闘争の原点であり、本能とも形容できる、RPG本来の楽しさ。
フィクションの世界にありがちな過度な演出や、無駄な設定を排除した、実戦志向の魔法を、他のフィクション以上に俊敏に動きまわるキャラクターで、心ゆくまで遊び尽くせる、至上の喜び。
魔術や魔導を選択したプレイヤー、彼ら彼女ら自身のオリジナリティを尊重する、異世界での自由な生活。
他の追随をけっして許さない、創られた本物の楽しさと喜びを、ユーザーにもたらす、唯一の本物。
それが、アンチパシーブレイブクロニクル。
TBA式MAS。魔律戒法システム。
この2つのプログラムが、アンチパシーブレイブクロニクルというゲームに、永く覇権をもたらした。
そして、時は流れる。
フルダイブ型VRゲームが、レトロなゲームとみなされている時代。
地球から本物の異世界に渡る、かつては絵空事でしかなかった虚構が、現実になった時代。
そんな時代に、かつてフルダイブ型VRゲームの覇権を獲った、今はもう老舗と呼ばれるゲーム会社から、本物の異世界の環境を用いた、あるゲームタイトルがリリースされることになる。
またも覇権をもたらすことになる、そのゲームの名は――Yggdrasil rayZ。
販売されたパッケージの裏、下部に記されていたゲーム制作会社のロゴの隣には、× で区切られ、TBAの文字が可愛くデザインされたロゴとして描かれていた。




