→ ABC × YZ Part 2
Motion Assist System、通称MAS。
その優劣は、テストプレイヤーに左右される。
MASの開発責任者は、こう語った――想定していたスペックの、半分も発揮されていない、と。
MASの質の高さを求めるジャンル、その多くは、非日常的な舞台がほとんどで、本来、過酷かつ苛烈な環境になるのが自然であり、理想的な状態である。
だが現実は、運営陣が制作陣にゲーム内環境をやさしくするように強要し、不自然な快適さを演出するという、醜態に等しいヒドい有様。
端的にいえば、妥協。
本物のフルダイブは、VRはこんなもんじゃない――ユーザーの満足度に比例するようにふくらむ、ゲーム制作者達やMAS開発者たちの、鬱屈とした怒り混じりの葛藤。
そんな、いびつな時勢の中、とあるゲームタイトルを開発中のゲーム制作会社が、応募制の総合負荷実験――クローズドベータテスト実施を発表した。
フルダイブ型VRゲームタイトルの初期リリース群、通称第1陣から、遅れること半年後に実施されたそれに参加したプレイヤーは、その事実を、お互いに伝えていた。
――このMAS、ヤバすぎる。
かつて、非VR格闘ゲームの覇権を獲ったゲームタイトルを生み出したゲーム会社から、満を持して発表された、フルダイブ型VR方式のMMORPG、通称アンブレもしくはABC。
――アンチパシーブレイブクロニクル。
それは、唯ひとつの、本物。
クローズドベータテストを順当に終え、テストサーバーから現実に帰ってきた青年。ニマニマと表情をゆるませ、使われていたMASの異常な性能を、嬉しそうに思い返しては、満足そうにため息をついたのち、青年はこんなことを思っていた。
――待ってたぜ、まじで。
MASは、性能が高くなればなるほど、キャラクターとプレイヤーの親和性が高くなり、動作が洗練されていく。
そして、アンブレのMASがプレイヤーにもたらしたのは、まるで武術の達人になったのかと錯覚してしまうほどに、滑らかな身体の所作。
公式発表はされていなかった。だが、あの格闘ゲームに熱狂し、いつしか時が流れ、プロゲーマーになった青年は確信している。
だからこそ、Social Networking Service 、いわゆるSNSで、青年はこんな発言をしたのだ。
――アンブレのMAS、たぶんMだわ。
帰ってきた、と。
やっと来てくれた、と。
格闘ゲーム界の伝説が、フルダイブ型VRの世界に、とうとう殴り込んできた、と。
VRゲーム界隈に引っ越していた、あの格闘ゲーム経験者たちが声を高くして、1つの予言じみた主張をする。
――アンブレは覇権を獲る!
クローズドベータテストから2ヶ月後に、オープンベータテストを3週間実施。その後、1週間のメンテナンス期間を終えた。
そして、第1陣からおくれること、実に1年。
アンチパシーブレイブクロニクルは、正式サーバーのオープンを迎えることになった。
だが、アンブレの初動は、芳しくなかった。
理由は、他のゲームと比べ、難易度が異常に高く、プレイを断念する者が続出したこと。
アンブレは、ゲーム制作陣が設定した難易度のままにリリースした、超高難易度ゲームタイトル。
他社の簡単すぎるタイトル、正確には、他社のMASに慣れてしまったプレイヤーが、アンブレについていけなかったのだ。
これは、難易度の落差が大きすぎたことで起きた、齟齬に等しい誤認識が産んだ現象。
他のゲームが難易度を下げすぎたことが、アンブレのスタートダッシュが上手くいかなかった原因である。
だがこれは、アンブレに搭載されているMASの性能が良過ぎたために起きた、アンブレ運営があらかじめ想定していた、予定調和のひとつ。
高性能という言葉では足りないほどに、他のMASと隔絶した性能を有している、電脳武神こと、Mのデータを用いたMAS。
開発コード――TBA。
TBA式と呼ばれるMASの性能の高さを基準として、アンチパシーブレイブクロニクルというゲームは創られている。
さて、制作陣のリーダーを補佐する彼女は、アンブレ発売前に、こんなことをリーダーへと言い放っていた。
――くだらないゲーム未満のゴミクズで満足するようなヌルい奴らが、アンブレをまともにプレイできるわけねえだろうが、アホか。
つまり、ユーザーの大半がアンブレの難易度についていけないことを、アンブレ制作陣は、発売前から予想していたということ。
そして、いずれ誰もが、アンブレの楽しさに気づく時が来ることを確信している。
だからこそ、アンブレの運営陣も制作陣も、一切焦っていないのである。
結局のところ、TBA式MASがあまりに異常だったことが、アンブレというゲームタイトルの躍進につながり、ある意味では原因そのもの。
アンブレ制作陣が、遠慮することなくアイディアをつめこみ、結果としてうまれたシビアすぎる理想の異世界――極悪な難易度になったのは、TBA式MASの存在があったからである。
裏をかえせば、TBA式以外のMASを搭載したキャラクターが、あの極悪な異世界を生きぬくことは、まず不可能であるということ。
TBA式MASは、他のMASの追従をゆるさない、唯一無二のプログラムである。
だからこそ、すべての原因に成り得てしまった、それだけのことである。




