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→ ABC × YZ Part 1




 Antipathy(アンチパシー) Brave(ブレイブ) Chronicle(クロニクル)

 通称アンブレ、もしくはABC。

 ジャンルは、フルダイブ型VR Massively(マッシブリー) |Multiplayerマルチプレイヤー Online(オンライン) Role(ロール)-Playing(プレイング) Game(ゲーム)、いわゆるMMORPG。

 ソウルエフェクトを手掛けたゲーム制作会社から発表された、アンチパシーブレイブクロニクルには、格闘ゲーム界の生きる伝説である電脳武神――Mが、()()()()()()()()として関与していた。

 アンブレが、他のフルダイブ型VR方式MMORPGと、一線を画したタイトルと成ったのは、Mがテストプレイヤーとして参加したことが大きく、それは事実であると、件のインタビューでも語られていた。

 しかし、なぜMのテストプレイ参加が、アンブレの躍進に繋がったのだろうか。


 ――Motion(モーション) Assist(アシスト) System(システム)


 通称MAS、もしくはアシスト。

 フルダイブ型のVRゲームタイトルのソフトウェアには、MASが標準採用されている。

 これは、プレイヤー間に存在する、()()()を含めた身体能力の差を埋め、各ゲームタイトルを年齢性別問わず、誰にでも楽しめるようにと提唱されたもので、フルダイブ型VR機器発売と同時に、ソフトウェアの基礎機能として実装された技術である。

 ただし、MASには明確に優劣が存在する。

 また、MASに優劣が存在することを、世間が明確に知ることになったのは、フルダイブ型VRゲームが始まってから1年後、とあるゲームタイトルが発売された日。




 アンチパシーブレイブクロニクル、発売の日。




 MASの優劣は、テストプレイで得られたテストプレイヤーのデータが左右し、格闘ゲームや各アクションゲーム、そしてRPGなどの、運動能力が必須なジャンルほど、目に見えるほどに顕著な差を示していた。

 これは、神経系が大きな理由と言われている。

 むろん、身体能力の高低強弱にも格差は存在する。だが神経系、例えば――反射神経などは、テストプレイヤーの中での格差が大きく拡がる、最たるものである。

 では、なぜ格差が拡がるか。


 フルダイブ型VRゲームと、それ以外のゲームとでは、プレイヤーに要求される()()が大きく異なるからである。


 フルダイブ型のVRゲームは、ほぼ現実と同じ環境に身体と感覚を置く。

 例えば、突然誰かに襲われた場合。


・突発的に発生した、危険性の高い襲撃で生まれた、精神的動揺と肉体的緊張の解除。

・危険な状況を自意識に理解させる、迅速な洞察。

・認識した危険、対処に必要な身体動作を行うための、各部位への意識の振り分け。


 これらのことを、前後左右上下遠近、その全てを把握した状態で、()()()的にキャラクターに行なわせる必要性、()()()にプレイヤーが行なえないことの難易度。プレイヤーとキャラクターに生じる、意識の有無というシステム的欠陥によって、嫌が応にも広がってしまう、プレイヤーとキャラクターの総合的(プレイ)運動感覚フィーリング差異ギャップ


 現実空間と仮想空間に存在する隔たり――此処(ここ)其処(そこ)わかつ差は、想像以上に深く広い。


 そもそも、フルダイブ型VRとは何か?

 簡潔にまとめるならば、仮想領域に造られた自分の分身を用いて自由に活動するということ、それがフルダイブ型VRの最大の特徴である。

 フルダイブ型VRにおける根幹技術は3つ。


・人格情報粒子――プレイヤーへの変換技術。

・仮想領域活動体――アバター構築技術。

・自意識代替制御回路――キャラクター構築技術。


 フルダイブする場合の流れはこうなる。


1.現実の肉体情報を参照し、仮想領域にアバターを再現構築。

2.現実の肉体から放たれる脳波を解析、人格情報粒子としてプレイヤーへと変換、仮想領域内へと流入拡散することで、現実の自意識を、擬似的に仮想領域に存在させる。

3.仮想領域で構築されたアバター内に、キャラクターを構築、擬似的な自意識としての役割を課す。

4.プレイヤーは、アバター内のキャラクターと同調することで、仮想領域の活動を可能とする。

5.アバターは、アバター内にキャラクターが定着することで役割を終えたとみなし、以降、仮想領域内では、キャラクターとアバターを同一視、キャラクターが自称する名の呼称が優先される。これは、アバターを肉体、キャラクターを魂、そのように仮定することを前提に創られた技術であることに起因している。


 これがフルダイブの一連の流れ。


 ここで重要なのは、仮想領域に再現されたキャラクターは、現実の肉体情報の全て――運動能力や神経系が、しっかりと反映されるということ。

 つまり、モーションアシストシステムが稼働していない場合、自分自身の肉体の力だけで、キャラクターを動かさなければならない。


 だが、フルダイブ型VRという特殊な環境であろうと、ゲームであるからには、ゲームシステムからの助けがあるのは当然のこと。


 例えば、RPGなどで用いられる、レベルアップによるステータスの上昇。

 力や素早さ、体力、魔力、知力など、ゲームごとにさまざまな表現をするが、その本質はキャラクターの成長。

 レベルを上げれば上げるほど、間違いなくキャラクターは強くなる。


 さて、ここで問題になるのは、レベルアップで成長したキャラクターを、プレイヤーはちゃんと操れるのだろうか?


 フィクションなどで描かれる超常的な動きや反応をする登場人物達、その姿を眺め、高揚しながら鑑賞する者は多く、同じフィクションの産物であるゲームに対して、ユーザーは同様のものを望んでいる。

 これが、非VRゲームであれば何の問題もない、キャラクターとアバターの設定を、制作者が自由に変更可能な上、ユーザーが俯瞰(ふかん)視点でプレイすることが可能だから。


 その結果、流麗で洗練されたスタイリッシュなアクションを、自分たちで生み出す結果となり、ユーザー達は興奮していた。


 では、VRゲーム、それもフルダイブ型の場合はどうだろうか?


 ――不可能。


 キャラクターがどれだけ強くなっても、フィクションのように人並み外れた動きを再現するには、プレイヤーだけでは不可能である。

 現役の格闘家やアスリートなどのように、運動能力の高いテストプレイヤーであれば、それらしい動きを見せてはいた。

 だが、結局は人の範疇でしかなく、人を超越するような挙動とは程遠かった。

 理由は簡単。

 人の埒外に到達しているキャラクターの動きに、プレイヤーがついていけない、ただそれだけ。


 だからこそ必要なのだ、キャラクターを――プレイヤーを人外の領域へと導くための何かが。


 忘れてはならない。


 数多のフィクションで容易く行なわれている、まるでプレイヤー自身の肉体そのものが仮想領域に入り込んでいるような、ご都合主義的なキャラクターの動きを、現実の仮想領域で再現するのは容易いことでは無いということ。

 フィクションの題材で扱われる、異世界転生や異世界転移といった現象を、仮想領域で再現しているという前提が存在する以上、プレイヤーとキャラクターの関係性が無くなることは決してありえないということ。


 故に、現実世界に存在する(自分)と、仮想領域に造った(自分)を、繋ぐ(X)


 そのための手段プログラムとして、モーションアシストシステムが創られた。

 それらは全て、()()()()()()()()()


 アンチパシーブレイブクロニクル、発売の日。




 その日、()()が始まった。










 フルダイブ型のVRゲームでの、キャラクターを取り巻くシチュエーション。

 それは、現実でいえば、戦時中のように非日常的であり、現実世界では知る機会が少ない、非常に強い緊張を強いられる環境である。

 そのため、ただ単純に運動能力や神経系感応力が高いだけでは、決して適応できない。


 MASは、極度に緊張した肉体のモーションアシストも担当しているということだ。


 例えば、MMOのRPGなどで見かける、キャラクターが入り乱れる戦場さながらなシチュエーションを、フルダイブ型VRのRPGに置き換えた場合。


・前方に3人。

・後方に2人。

・左右それぞれ1人。

・敵本陣付近から、弓兵や魔法や魔術による援護。

・味方は全滅。

・個人間の実力は互角。

・自分1人で、状況を打破しなければならない。


 まさに孤立無援であり、絶体絶命ともいえる最悪な戦況ではあるのだが、この状況、非VRゲームであれば、逆転の可能性が常に存在する。


 First(ファースト) Person(パーソン) Shooter(シューター)、通称FPS、本人視点、主観視点、一人称視点と呼ばれるこれも。

 Third(サード) Person(パーソン) Shooter(シューター)、通称TPS、客観視点、三人称視点と呼ばれるこれも。

 結局のところ、キャラクターをプレイヤーが操作している以上、俯瞰(ふかん)できる立ち位置に、プレイヤーが存在していることは絶対である。

 その為、プレイヤーが俯瞰することで得られる戦術、もしくは戦略的情報を用いての思考が可能である為、起死回生の一策を、キャラクターに与える可能性が十二分にあるのだ。

 つまり、誰がどう見ても絶体絶命な状況だとしても、非VRゲームであれば、逆転の可能性が常に存在するということであり、この事実に異論を挟む余地は一切無い。


 では、フルダイブ型VRゲームではどうなるか。


 戦場特有の空気――絶望と殺意を餌とし、(ふく)らんでいく死の気配が蔓延(まんえん)する空間に、身も心も置くことを強いられることで生まれる、途方もない緊張感。

 プレイヤー = キャラクターであり、五感を完全再現した――擬似的な五感を、キャラクターに搭載している以上、その緊張感をプレイヤー自身で全て引き受けなければならない。

 さらに言えば、五感を再現している以上、触覚に内包される皮膚感覚も再現、つまり――()()をも再現しているため、敵からの攻撃を受ければ痛みがあり、死に至るような攻撃を受けたならば、そのダメージは尋常ではない苦悶をプレイヤーにもたらす。

 平時にはあり得ない、戦時特有の肉体的、精神的緊張を、プレイヤーは、キャラクターの為に、リアルタイムで処理しなければならない。


 フルダイブ型VRと非VRのゲームには、これほどの違いが存在するということだ。


 対処方法は基本的に2つ、キャラクターに搭載している、擬似五感の受動態を減少させるか、プレイヤーが精神的に克服するか。

 結論から言えば、前者はスペックの大幅な低下、後者はプレイヤーの素養の有無を問われる。

 五感の受動態を減少するということは、五感の精度、主に視覚や聴覚がもたらす反応範囲や速度の低下と、触覚が与える武器操作性、身体操作能力を失わせることにつながる。


 ――視覚や聴覚の能力が落ちれば、襲いくる敵からの攻撃への反応や対処が遅れる。

 ――痛みを抑えるために触覚を遮断すれば、武器や身体の操作性が損なわれる。


 だが、ユーザーからしてみれば、楽しみたいからゲームをプレイしているので、不必要な苦痛は御免被りたい。そういったユーザーの声がある以上、仮想(バーチャル)現実(リアリティ)を名乗り挙げたゲーム制作会社からしてみれば、現状では実質一択――擬似五感の受動態を減少させる選択肢しか存在していない。


 そういった、各々の立場が抱える不安や不満を解消する役割をも、モーションアシストシステムは課せられていたのである。


 各ゲーム会社は、MAS情報集積テスト――PvPやPvEをメインコンテンツとするVRゲームに実装するMAS、その構築の為に行われるテストプレイに、力を注いで取り組むことになる。

 そして、参加した全てのテストプレイヤーが、本物を再現した戦場を身を以て体験することになり、多くの者が挫折することになる。


 無理もない。戦場に降り立ったテストプレイヤー達を待ち受けていたのは、四方を敵兵に囲まれ、ほんの僅かな油断で、瞬きの間に命を奪われる、困難と理不尽が極まる試験の数々。


 ――終わることなく続く死の気配。

 ――目には見えないはずの恐怖を裏付けるような、悲痛な叫び声すら無慈悲に搔き消す爆発音。

 ――耳に届く爆音、それは現実であると証明するように迫ってくる、炎の塊。

 ――致命的なダメージを、キャラクターが受けることで発生する、筆舌できぬ死の痛み(バックフロウ)

 ――キャラクターからプレイヤーに逆流してきた死の痛みが、肉体と精神を恐怖に染める。


 本物と相違そうい無い、創られた戦場が其処にある。


 長らく戦争が起きていない国に暮らす者が、古代、中世、現代と、様々な時代の戦場を再現された戦場を体験すれば、いかに事前に知らされていたとしても、耐え続けることは難しい。

 仮想領域に再現された戦場は、テストプレイヤーの想定以上に難易度が高く、死を想起させるどころか、致死を体験する場所だったということだ。

 とはいえ、現実の肉体と精神力が反映されるのがフルダイブ型のVRゲームの特徴であり、このことは、各ゲーム会社の首脳陣も理解していた。総じて難易度が高くなることも、当然織り込み済みである。

 そのため、プロゲーマー以外にも元プロのアスリートや現役の格闘家、戦場帰りの元傭兵や元軍人といった者にテストプレイを依頼していた結果として、ある程度のプレイサンプルは獲得。

 各メーカーは、最低限の性能を有するMASを、かろうじて構築することができた。

 その後、ほぼ全てのゲーム制作会社が、MASを用いて向上する数値を参照しながら、ゲーム自体の難易度を調整し、ゲーム内技術、例えば、スキルシステムを充実させるなどの対策を施す。


 こうして、フルダイブ型VRゲーム黎明期と呼べる、そんな環境の中で創られたゲームタイトル群、のちに第1陣と呼ばれる作品達がリリースされた。




 その多くが、ユーザーからの支持を得ており、皆が熱狂していた――が、それは勘違いにも似ている、只の錯覚でしかなかった。











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