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Soul Effect →




 ――くだらん。


 ()の口から放たれたこの一言こそが転換点、我々が()()()を決めた最大の要因でした。


 これは、先日、世界一の名誉を獲得したフルダイブ型VRゲームタイトルの制作陣のリーダーが告げた言葉。インタビューで暴露した事実に、彼と呼ばれた存在がきっかけで起きた()()()()()を知っているゲーマー達は――()()やってくれたなと深く感謝していた。

 それは、ゲームを愛する者達ならば知っていて当然と言えるほどの大事件。

 事件を起こしたゲームの通称は、ソルフェ。

 ジャンルはオンライン対応の()VR格闘ゲーム。


 タイトルは、Soul(ソウル) Effect(エフェクト)




 ――それは全ての始まり。










 格闘ゲームのみならず、ロール()プレイング()ゲーム()のように3Dでのキャラクター描写をしている作品において、アクション表現をする際に重用されている技術――モーションキャプチャー。

 当然ながら、ソウルエフェクトのキャラクター達のアクション描写にも、モーションキャプチャーが使われている。


 だからこそ、格闘ゲーム界隈で騒ぎになった。


 格闘ゲーム初心者は気づかない。

 格闘ゲーム中級者も気づかない。

 格闘ゲーム上級者も気づかな――かった。


 だが、ちょっとした違和感だけはあった。


 ソルフェは、制作会社の知名度こそ低かったものの、カタログスペックを含む事前の情報、イベントでの体験会に参加した者からの好意的な感想などの結果、その年に発売される格闘ゲームの中でも中々に期待されているゲームタイトル。

 発売後、前評判以上に出来の良いゲームだったソルフェは界隈で話題になり、格闘ゲーム上級者――その中でも、昼夜問わずプレイするのが当たり前の廃人ゲーマー達は、それこそ寝食を忘れるほどソウルエフェクトに明け暮れることになる。


 ある日、ソルフェのキャラクターの挙動をこれでもかと徹底的に脳裏に刻み込んだ廃人ゲーマーの1人である()()が、ソルフェのオンライン対戦で少々負けがかさみ、イライラしていた。


 青年は、気分転換に別の有名格闘ゲームをプレイしていて――気づいた、気づいてしまった。


 そんなバカな、と。

 いやいや、ありえないでしょ、と。


 動揺しすぎておもわず否定から思考へと入ったが、それは彼自身の経験がもたらした常識が――固定観念が導いただけの現実逃避であると理解している青年は、改めて自分が体験した非常識を脳裏に呼び起こしていた。


 ――動きが(にぶ)い、反応が()()()()


 青年は、唐突に明示された現実を否定する材料を探し始めた、徒労に終わると予感しながらも。




 ソウルエフェクト発売から1週間後、青年が気付いたことがきっかけとなり、その事実は界隈へと瞬く間に拡がり、格闘ゲームの歴史的大事件として語られる騒動が発生した。




 ソウルエフェクトの3ヶ月前に発売された、とある格闘ゲーム。それは、老舗の大手ゲーム制作会社のナンバリングタイトルにして、シリーズ最高傑作の呼び声高い作品。

 事前購入、事前ダウンロードを済ませておいた青年も、プレイ解禁される零時ちょうどからプレイするほど楽しみにしていた作品。

 経験豊富なベテラン制作陣が手掛けただけあって、その安定したクオリティに対する評価は高く、青年の格闘ゲーム仲間や知り合いも、概ね満足していた。


 そのタイトルは間違いなく、後世にて名作と呼ばれるだけのゲーム()()()


 例えばこのゲームが、10年以上前に発売されたタイトルで、ゲーム機――ハードウェア自体のスペック差で生まれる技術格差が原因の速度格差が、ソウルエフェクトとの間に生まれていたとしたら。

 そんな状況で感じた違和であるなら、ソウルエフェクトと比べて速度差があるのは当たり前だと納得するのは容易いが、そんなことは絶対にあり得ない。


 これは、同じハードウェアに対応しているソフトウェア同士の話なのだから。


 ゲームタイトルごとに、キャラクターの表現方法や描写に個性を出すことによる差別化というのは、ごくありふれた手法である。

 だが技術的な部分、特にコマンド入力の反応速度において大きな差は皆無といえるほどに小さく、仮に目に見える差があったとしても、それは誤差の範囲に収まる。


 なぜなら、そういった技術やシステム周りのデリケートな部分は、その多くが基本的にハードウェアに依存するから。


 そのため、ソフトウェアで比較した場合、技術的に大きな差は生まれにくい。

 それ故、同じ時期に発売されて且つ同じハードウェア対応のソフトウェアであれば、技術的な速度差は生まれにくくなることから、感覚のズレが少なくなるのは格闘ゲームの常識といえた。

 特にゲームジャンキーとも揶揄(やゆ)される廃人ゲーマーにとって、そんなことは当たり前であるからこそ、青年は驚いたのだ。

 同時期に発売されたソフトウェア間ではあり得ない筈の、ソフトウェア間での動作速度の差が生まれていたのだから。

 幼少の頃より格闘ゲームにドはまりし、遊び続けて早13年、青年は立派な廃人ゲーマーの1人として大いに楽しんでいた。


 だからこそ断言できる――たった3ヶ月で技術革新が起こることなんて、まず有り得ない。


 同時期に発売された同じハードウェア対応の格闘ゲーム同士で、ここまで感覚がズレるというのは間違いなく――異常。


 すぐさま格闘ゲーム界隈の者達が集まるネット掲示板にアクセスした青年は、他のゲーマー達にこのことを伝え、動き始めた。




 そして、青年を含む数多の廃人ゲーマーが検証を始めたことで判明した事実、それはとても単純で、だからこそあまりに空想じみていて、だからこそそのことを知った廃人ゲーマー全員が驚愕していた。




 ところで、モーションキャプチャーと呼ばれる技術を用いると一体何ができるのか?


 ――架空領域にて作り上げたキャラクター達に、現実の動きを再現させる。


 格闘ゲームであれば、実在する格闘家に指定したアクションを行なってもらい、作り上げたキャラクター達にそのアクションを再現させる。

 この一連の流れにより、格闘ゲームのキャラクター達はリアルな動作を可能とする。

 圧倒的なリアリティと自然な動作を取り入れることを可能にする、その有用性こそが最大の特徴であり、幾人ものクリエイターが重宝するモーションキャプチャーという技術の真価にして本領。


 では、廃人ゲーマー達が明らかにした事実とは何か?


 至極単純な話だ。

 ソルフェとそれ以外の格闘ゲームでのモーションキャプチャーに起用された格闘家、その()()()()()()()。しかも、本来ならキャラクターそれぞれに担当する者が割り当てられるはずが、明らかに謎の人物ひとりだけが、男女問わずに担当しているというおまけ付きだ。


 さて、質が違うとはどういうことか。


 まず前提として、今回のことに気づいた青年は格闘ゲームの経験が豊富で、さまざまなゲームで操ってきた格闘家の動きをしっかり記憶していることを念頭に置く。

 格闘ゲームの基本は、プレイヤーがコマンド入力して、()()した動きを行なわせて闘わせることにある。


 例えば、空手の正拳突き。


 1.足を肩幅に広げて腰を落とす。

 2.片手を前に突き出すと同時に肘を畳みながらもう片方の手を引く。

 3.突き出した手を引きながら畳まれた手を捻りながら前に突き出して拳を放つ。


 格闘ゲーマーは、このような動きを戦いの流れの中で想定し、適切なタイミングでコマンドを入力し、技を繰り出す。

 この基本を積み重ねることで、格闘ゲーマー達は勝利を目指すということだ。


 今回、青年が気づいたのは、ソルフェとは別の格闘ゲーム内でキャラクターを操作した時。


 既にプレイ済みである例の老舗から発売された格闘ゲームを息抜きのためにプレイした青年は、オンライン対戦の初戦が始まって――気づいた。

 キャラクターを操作するためにコマンドを入力した次の瞬間――キャラクターの動きが想定以上に()()、反応が遅く感じたのだ。

 モーションキャプチャーにその道のプロを起用するのが当たり前となっている時代だからこそ、格闘ゲームにおけるキャラクター操作感覚には、ある種の互換性が生まれる。

 つまり、他の格闘ゲームをやったとしても、各ゲームオリジナルの操作設定以外は基本的に同じということ。

 それだというのに、動きが粗い、反応が遅い、そのように青年が感じてしまった理由。


 それは、ソウルエフェクトのキャラクター達の動きが総じて()()()だったこと。


 ソウルエフェクト発売から1週間。

 使用可能な(プレイアブル)キャラクターの挙動全てを脳裏に刻むべく、彼は練習と研究、実戦を繰り返していた。


 ――全ては勝利の為に。


 目を閉じ、シチュエーションを想像すればソウルエフェクトのキャラクター達が動きまわる。

 それほどまでにソウルエフェクトをプレイしている彼が、別の格闘ゲームをプレイしたことで気づいた――(あら)

 さまざまな格闘スタイルや流派にあった無駄な動きを削ぎ落とし、ひとつひとつの所作が洗練されたことで生まれた滑らかさは、唯一ソウルエフェクトだけが備えており、それこそが知らず知らずのうちに繰り広げられていた闘いの勝者の証だった。

 それは時代が変わる予兆であり、モーションキャプチャーの質、その基準が()()されたことを世に示す、無情な現実。

 その現実は、ひとつの事実を明らかにした。


 ――ソウルエフェクトのモーションキャプチャーを担当した人物が、他と隔絶した凄まじい()()を備える者であるということ。


 もし、生後間もない新生児と身体的欠陥のない成人男性が殴り合いの喧嘩をしたら、十中八九、成人男性が勝利する。

 この誰にでもわかる図式が、ソウルエフェクトとそれ以外の格闘ゲームにそのまま当てはまる、当てはまってしまった。


 ソウルエフェクトという格闘ゲームは、それ以外の格闘ゲームを()()にしてしまったのだ。


 だからこそ、格闘ゲーム界隈では大騒ぎとなった。それこそ、その人物が本当に実在しているのかが論争になるほどに、沸きに沸きまくった。

 なぜ、それほどまでに熱い議論が交わされたか。


 ――最強。


 格闘ゲームの廃人達はいずれも、憧れにも似たその渇望を抱いている。

 ビデオゲーム黎明期から続く最古のPvP――プレイヤー対プレイヤー、それが格闘ゲームというジャンル。

 それを好む者達は、勝ちを欲し、最強になりたいと望む。それは同時に、現実に存在する強い者に対して、一定以上にリスペクトすることへと繋がることが多い。

 だからこそ知りたいと願ってしまった。


 ソルフェのモーションキャプチャーを担当した格闘家は誰なのか、実在するのか、と。


 発売から1ヶ月後。

 ソウルエフェクトを制作したゲーム会社は、公式ホームページ上にて、ある発表をした。

 それは、あまりにも問い合わせが殺到していたからこその発表だった。

 要約すると以下のようになる。


・ソウルエフェクトのモーションキャプチャーを担当している人物は実在しています。

・本人の希望により、本名は秘匿させていただきます。

・ただし、今後発表される弊社の作品で彼を起用する場合、M、と呼称させていただきます。

・追加ダウンロードを予定しているキャラクターも含めて、男女問わず、ソウルエフェクトの全キャラクターのモーションキャプチャーをMが担当しています。


 その発表を観た廃人ゲーマー達は、放心し、身震いし、最後に笑った。

 何故か?


 Mと呼ばれる存在が格闘ゲーム業界に革新をもたらすと確信し、今現在、格闘ゲーム業界にも訪れているフルダイブ型のバーチャル()リアリティ()技術と組み合わさることで、自分たちが想定している以上のゲーム新時代が来ることを想像したからだ。


 その後、ソウルエフェクトは、非VR格闘ゲーム最後の神作(神ゲー)と呼ばれ、その要因となったMには、ソルフェを楽しんだプレイヤーが納得する異名が与えられた。


 ――電脳武神。


 そして、ソウルエフェクトの爆発的大ヒットから6年後、同社から、あるゲームタイトルが発表された。


 ――Antipathy(アンチパシー) Brave(ブレイブ) Chronicle(クロニクル)




 全ての始まり(魂の研鑽と鍛錬)が終わり、外敵との戦い(クロニクル)が始まる。













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