アタシのお爺ちゃんは現役最速!
刹那の隙間を駆け抜ける2人は、躍動する己の残像を世界に見せつけていく。
――その様、まるで泡沫が弾け消えゆくが如く。
「ふははははははははははっ!!」
「なん、たるっ!!」
斬撃によって空に刻まれし線、その軌跡にして残滓――斬跡。
本来、彼と対した者達が目にするのは、彼の剣が描く軌跡たる線、唯一それだけの筈なのだ。
なればこそ、目の前の現実がわからない。
彼を相手取ることが可能な武人達だけが、想うことを強要される。
数多いる武人達の中で資格を有している実力者だけが、それを目撃し、考察することができる。
元来、それは線でしかない。
本来ならば目の当たりにすることなどない筈の、常に非る現実。
放たれた一筋の剣の閃き、すぐに消え去るはずのそれは霧散せず。
旧きに在るはずの線に重なるように、新たな線が生まれ、交差という神秘を成す。
旧きと新しきが交差することで生まれたのは、点という名の特異。
生まれるはずのない点、其処に間断なく線が割って入り、生まれ出でたのは――群れ。
斬跡が交差する点にて産声をあげた群れは、放射状に広がり、大群をなす。
そんな特異なる斬撃の大群を従えるのは――ひとりの爺。
翁と呼ばれし爺が振るう剣は、対峙し生き残った武人達からこのように評される。
――其の剣、最早、線に非ず。
個人と個人の戦闘に於いて、欠かすことがあってはならない、決して無視してはいけない現象がある。
攻め入る前、あるいは入った瞬間、身体の何処かが先立って微動する、生物が逃れることのできない予備動作――起こり。
武の道を征く者であれば、まず間違いなく心得ているそれを消失させることは、生物である以上、絶対に不可能である。
だが、限りなく相手に悟らせないようにすることは可能であり、2つのやり方がある。
物理的隠蔽、いわゆるフェイント。
心理的隠蔽、いわゆるミスディレクション。
この2つの技術を駆使した偽の起こりをダミーとして大量にばら撒き、本命の起こりの察知を困難にする。
――木の葉を隠すなら森の中。
その意味をそっくりそのまま当てはめれば理解しやすいだろう。
多くの武術が採用するやり方で、技量を高めるほどに起こりを巡る争いの主導権を握ることになる、実に汎用的な戦術であるといえる。
これが、起こりを可能な限り消失させる方法――その1つである。
残るもう1つのやり方。
こちらに関しては、ある種、空想じみている、やや現実離れしているのだが、非常にシンプルな考え方。おそらくだが、見かけたことがある者も多い。
例えばそれは、赤子と大人が鬼ごっこでもすれば見かけることができる光景だからだ。
それ故に、いささか空想じみていて現実離れしている考えと思われている。
それはそうだと、だれもが口にしてしまうような、実現することが困難なやり方。
端的にいうならば――やられる前にやれ。
(なんという速さ、俺が捌ききれぬとは!!)
起こりを巡る争いにて繰り広げられる、息を呑む高等技術の応酬、その全てを否定するかのような横紙破りを躊躇なく成す。
シンプルイズベストを地で征く、あまりに単純明快な答えに帰結するために必要な要素は、ただ一つ。
――純然たる速さ。
それはあまりに簡単な結論。
確かに、彼我の速度域に明確な差があれば、起こりが有ろうと無かろうと関係がないからだ。
フェイント? そもそも攻撃が当たらないのだから意味がない。
ミスディレクション? 何かしらに誘導される前に倒されたら意味がない。
戦術などとは決して呼ぶべきではないそれは、起こりの主導権争いに執着するあまりに視野狭窄に陥っている哀れな者達にとって、まさに不倶戴天と呼べるほどの天敵に等しい。
――当たらずに当てる。
言葉にすればあまりにシンプルなこの考え。
同等かそれ以上の相手の攻撃を完全に避け、こちらの攻撃は確実に当てるという、云うは容易いが行なうは難い、あまりに馬鹿げた考え方。
唯一にして最大の難関、その難関自体が戦術の要という、自分で自分の首を絞めるような自虐じみた難易度の高さと歪さ。
それこそが、空想じみて現実離れした考えであると誰もが思ってしまう要因であり、憧れにも似た諦めに繋がる。
結果、武人の多くが、起こりの研究者のような者にならざるを得ないのだ。
黒髪の大男――本多 宗茂は、歴代最強にしてユグドレア最強の英傑である。
それは同時に、超越者として最強であるということでもある。
これは世界が保証している厳然たる事実。
だからこそ――
「くかかかかっ、やるなムコ殿!」
「いやいや、翁ほどではない」
お互いの言葉を待っていた2人。
直後、その場から音も無く消えると同時に、まるで初めからひとつの音だったような、隙間が少なすぎる連続する衝撃音を奏で始める。
――宗茂が、両手にそれぞれ握られた2本の長剣を振るえば、翁が応え。
――翁が、杖に仕込まれた刃とそれを納める鞘で以って成す変則的な双剣を振るえば、宗茂が応え。
その場で奏でられるのは――壱なる双音。
それは、宗茂という稀代の超越者と、その宗茂が翁と呼び敬意を払うに値する武人だからこそ実現する。
常人からすれば、それは奇跡と呼べる産物であり、絶技――他と隔絶した圧倒的かつ超常的な技量が、対峙する双方に有ってこそ成り立つ、あまりに希少な光景。
しかし、なにゆえ最強と認められている彼が、青髪の爺が繰り出す斬撃の群れを防ぎきれないでいるのか。
その答えは――ステータスユニット。
本多 宗茂は、正しく最強である。
しかし、それはあくまでもステータスユニットによる能力補正をしていない、素の本多 宗茂を評価した場合の話だ。
ユグドレアに来てもうすぐ半年。
その間にもデラルス大森林での素材調達によるステータスユニットの成長――レベルアップは順調に進んでいる。
だが、今回に限っては相手が悪かった。
ユグドレアという世界では、ステータスユニットの恩恵により加齢による身体能力の衰えが無いに等しい。
むしろ、長年戦いを積み重ねた武人の方が、若い武人を総合的な実力で上回ることが多い。若さが絶対的なアドバンテージになり得ないのだ。
そして、今、宗茂と刃を合わせている老人は、御年78歳、現役の武人にして――英傑。
そう、この青髪の老人は――ナヴァル王国が誇る英傑の1人。
勘違いしてはならない。
異世界英傑とは、召喚された者だけに非ず。
かつて異世界より召喚された勇者が英傑となり、ユグドレアに血脈を残した。
かの血は受け継がれ、時に血脈が覚醒を果たし、かつての英傑が如き才ある士が現れることがある。
――異世界勇者の血を継ぐ、ユグドレア生まれの英傑、彼はその1人。
名を、レイヴン=B=ウィロウ。
いずれ最強に至る超越者ですら決して至れぬ最速の血を受け継ぎし、現役最速の異世界英傑である。
なお、いずれ最強に至る異世界英傑と現役最速の異世界英傑の模擬戦の余波により、公爵邸へのダメージが中々に凄い事になってしまい、2人が公爵夫人に叱られたのは、あくまでも余談である。




