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彼女の望み




「ほんっっっと……ロクでもないわねアンタ」

「な、なん――」

()()()()()()()()()()()()()()?」

「ヒィッ!? な、なななな無いでふぅ!?」


 ――いやいやいや、あの皇帝陛下だぜ?

 ――これが本当(マジ)らしいんだわ。ほら、うちの姉ちゃん、城勤めだからさ。

 ――マジか……ヤバすぎんだろ、その()


「はあ……ていうか、おじさん達がちゃんと躾けないから、こんなロクデナシになったんだからね、そこんとこちゃんとわかってんの?」

「う、うむ……しかしだな、さすがに陛下のご意向を無視は――」

「は? この豚ジジイにまともな政治ができないのは、あんたらが1番わかってるんじゃないの?」

「そ、それは……」


 ――なんて言ったっけ、英傑様の……ほらアレよアレ。

 ――アレ……あ、ひょっとして土下座か?

 ――そうそう、それよ、それ! もうね、陛下だけじゃなくて、宰相様とか公爵様とか、みんな土下座!


「あんたらに至っては問題外よ、なんであの状況で鎧脱がないの? 臨機応変ってわかる? 自分の意思は無いの? 揃いも揃って頭固すぎんのよ……この世界の騎士ってこの程度なの?」

「き、貴様のような小娘に何がわか――」

「その小娘の裏拳1発で気絶しちゃった哀れな近衛騎士団長さんは、もう少し頭を使って建設的な意見を出してくださーい」

「なっ、がっ!? ぐぬぬぬぬぬっ……」


 異世界から5人の勇者を召喚したその年に、絶対君主制から()()()立憲君主制となったゼアルディート帝国。


 いずれ人族の良心と呼ばれ、アルダート大陸随一の善政を敷く永世中立国家となるのは、また別の話。




 ともあれ、無駄に豪華な玉座の前で仁王立ちしている鶴代は、異世界に来ておよそ30分後に、異世界のお偉いさん達を説教することになってしまい、なんとも言えない気持ちになっていた。










「なるほど……虚飾の権能、ね……」

「ええ……なにか良い案は無いでしょうか、()()殿」

「なんであたしだけに聞くのよ、みんなにも聞いたら?」

「そ、そうですな……では――」


 歴代最強の勇者である立花 鶴代は、現代地球から他4名の少年少女と一緒に異世界ユグドレアへとやってきた、のはいいが、鶴代達を召喚したゼアルディート帝国皇帝アルヴァンのあまりに酷い態度に、鶴代、大激怒。


「しっかし、()()()()、カッコよかったな!」

「ホントそれ! お鶴さんリスペクトー!」

「はいはいありがとね、ってコラどこ触って――んあっ!?」

「ぶほっ!?」

「ここかー、ここがいいんかーあ痛っ!?」

「……怒るわよ?」

「怒っちゃやだー、お鶴さーん」

「はあ、まったく……わかってるわよね?」

「はっ! お口に南京錠10個くらい付けて口止めするであります!」


 謁見の間の一幕、その翌日。


 ゼアルディート帝国帝都アルディダーラ、その中央にそびえ立つ帝城アルディヴィル、その広大な城内の一角にある貴賓室。


 いわゆるVIPルームで、鶴代達はまったりとくつろいでいた。


 謁見の間にて行なわれた、立花 鶴代による()()()()()

 その後、()()()身体をガタガタと激しく震わせている皇帝アルヴァンに加え、()()()宰相や貴族達までもが鶴代達に土下座までして帝国への滞在を必死に()()()してきたので、鶴代は対価として国賓待遇を要求。

 何かを言いたそうだった皇帝アルヴァンに向けて鶴代が()()()笑顔を見せた次の瞬間、()()()慌てた様子の皇帝アルヴァンがヘッドバンキングさながらに激しく頷きながら()()返事を鶴代へと伝えた。


 その結果、貴賓室が設けられている帝城の一角と()を貸し切ることができた。


「お待たせしました、お鶴殿」

「別に待ってないわよ。で、対策したの?」

「間違いなく。今なら誰にも聴かれませんぞ」


 羊皮紙の束を抱えて貴賓室にやってきたスマートな老紳士、名をルイス=ヴェルガンド侯爵。




 ゼアルディート帝国にこの人ありと謳われる名宰相である。










「――それ、やめた方がいいわよ」


 貴賓室を密談の場に整えた鶴代達は、帝国宰相のルイスを交え、各々が持つ多種多様な情報を擦り合わせる。

 現況、近況、展望、要望。

 次々と話し合うが、最初に知ったのは、それぞれの個人情報。


「……どういう意味だ、()()?」

「そのままの意味よ、軽々しく()()()のは避けた方がいい」

「変えるって……僕はただ――」


 自分の提案を鶴代に一蹴されたメガネ男子――時任(ときとう) 和也(かずや)

 鶴代の1つ上の16歳、高校2年生。

 彼は、鶴代に激しい対抗心を抱いていた。

 無論、戦闘の分野ではない。間違っても挑む気はないし、一も二もなく瞬殺されることは本人が一番理解している。

 彼は、日本有数の進学校で常に学年1位、全国統一模擬試験、いわゆる全国模試やら全統模試と呼ばれるそれらで最上位を争う、学業の猛者であり、ゆえに、自分こそが異世界勇者を代表して主導すべき――リーダーになるべきだと考えている。

 鶴代曰く、頭がいいっていう言葉の意味を勘違いしてる残念メガネ。


 それが時任 和也。プライドの高い少年である。


「私はー、お鶴ちゃんに賛成かなー」

「……理由は?」

「えーとね、異世界? に来たばっかりだし、まずはゆっくりと、この世界のことを知った方がいいと思うのー……んー?」

「な、なるほどな……」


 ニコニコ笑顔で鶴代に賛同したのは、白峯(しらみね) 紗凪(さな)。15歳。鶴代と同い年の高校1年生。

 自分を支持しない紗凪を、睨みながら理由を尋ねた和也。

 そんな和也からの敵意にも似た視線をまったく意に介さず、紗凪は自分の意見を押し通した――わけではない。

 ただ単に、和也の行動の真意に気が付かなかっただけである。

 意見を言い終えた紗凪は、和也の視線に気づき、顔に何かくっついてるのかなーと、暢気に考えながら自分の顔をペタペタ触っていた。

 鶴代曰く、たんぽぽの綿毛みたいにフワフワしてる子。


 それが白峯 紗凪、いつもニコニコ天然ポワポワ少女である。趣味は、料理と日向ぼっこ。


「俺はどっちでもいいかな、お鶴さんのおかげで当分困んないし」

莉奈(りな)はね、お鶴さんに賛成! 和也はなんか変なことしそうだからダメでーす!!」

「な、なんだと!」

「こ、こら莉奈!」


 いつも鶴代に抱きつこうとする元気な少女が、日下部(くさかべ) 莉奈(りな)

 その莉奈が、仮にも年上である和也に向けて割と失礼なことを言っていたのをたしなめているのが、日下部 理久(りく)


 そう、莉奈と理久の2人は兄妹、それも二卵性双生児、つまり双子の兄妹である。

 鶴代や紗凪の1つ下の14歳、中学3年生。


 莉奈も理久も、いたって平凡な、普通の少年少女である。

 強いて言えば、2人とも平均以上の容姿はしているが、立花 鶴代というリアルチート娘の美貌の前には流石に霞んでしまう。

 ちなみに、莉奈も理久も、謁見の間での鶴代の立ち居振る舞い、理解出来ない腕っ節の強さを見て、完全に人として惚れこんでしまった。熱狂的なファンと言ってもいい。

 莉奈と理久は、人として羨ましいほどにハイスペックな鶴代に対して劣等感の類を向けることを悪であると素直に思える、善良な心根を持つ双子ちゃんである。


 鶴代は、やかましくも可愛い妹分と弟分ができたような気分でおり、内心、楽しんでいた。


「今代の勇者様方はなんとも賑やかですな」

「そうなの?」

「ええ……その、なんと言いますか……」

「あー、いい、わかったわルイス爺……ホントにロクでもないわね、あの豚ジジイ……」


 日下部 莉奈、日下部 理久、白峯 紗凪、時任 和也、そして、立花 鶴代。


 この5人が、今代のゼアルディートの勇者。


 彼ら彼女らは、アルダート大陸各国で千年以上前から行われている、異世界勇者召喚という()()で呼ばれている魔律戒法、()()の『()』にて、ゼアルディート帝国が異世界(現代地球)から()()()者達である。


 豚ジジイこと皇帝アルヴァンが鶴代の態度に激怒した背景の裏には、異世界勇者という存在が、異世界から()()した一切の寄る辺が存在しない無力な()()であり、帝国が保護しなければ野垂れ死ぬ弱者であると()()()()()()()()


 本来の異世界召喚――魔律戒法の『()』においての条件であり対象となる者に求めるのは、一定以上の魂の強度と精神の成熟が進んでいることである。

 つまり、現代地球の日本人、それも精神的に未成熟な子供が選ばれることなどまずあり得ないということ。

 例外は、立花 鶴代のような超越者やそれに近しい、いわゆる英傑を名乗る資格を有する少年少女だけである。

 だからこそ、忌まれ禁じられし『肆』を初めて()()()輩は、彼ら彼女らをこう呼んだ。


 見知らぬ地を生かされる()敢なれど哀れで滑稽な未だ幼き愚()――勇者、と。


 だからこそ、彼女なのである。

 侵されざる魔律戒法が犯され、悪しき慣習となることを強要され、アルダート大陸に蔓延(はびこ)ってしまった『肆』を()()するために、ユグドレアは、立花 鶴代という稀代の権能()を連れてきた。


 彼女は勇者であると同時に、ユグドレアに正式に招かれた正真正銘の英傑である。


 そして、本来の異世界召喚には英傑としての役割を果たす際の対価として、実現可能な願いを叶える義務が発生する。

 彼女が望んだ願い、その想いが、決して覆らぬはずの歴史を、悲劇を――()()()()()


 故に、彼女は出会う、彼と出会う――ある少年が出逢わせる。




 これは、二度と会えないはずだった彼と彼女の悲劇を――因果を殺し、再会させるために生まれた物語。

 だからこそ彼女は、勇者として英傑として、アルダート大陸の戦乱を止める、そのために動く。


 だから彼女は、今、この瞬間にも想っている。










 ――早く会いたいよ……()()()()







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