ナヴァリルシアの受難:破
「――Boot up to skill board. I will command you. Put my skills ready and wait」
カイトが口にしたのは、古代語のひとつである英傑語、その言語に含まれる異世界英傑が元々いた世界でポピュラーな言語であるエイ語、もしくは――イングリッシュと呼ばれる言語を参考に創られたリリースと呼ばれる解放魔術の式である。
カイトの場合、リリースは完全詠唱、強装術と付与術の場合は完全詠唱を行なわず、敢えて名称詠唱にすることで、効力は下がるものの、魔術の発動までの隙を極力減らしている。
しかし、リリースは完全詠唱でなければならない理由がある。
リリースは、スキルボード内のスキルを活性化させる手段のひとつで、完全詠唱することでボード内のスキル効果を倍近くにまで向上させるのだ。
リリースを発動したことによって、スキルボード内のスキルを活性化し、同時にスキルの発動準備を完了するカイト。
以降は、スキル:アクティブ――ステータスユニットから参照した任意発動型の職業スキル、種族スキルとスキルボード内で取得済みの汎用スキルなどのスキル群――を、魂から引き出した魔力であるMPを用いて、状況に応じて半自動的に発動できるようになる。
これもまたリリースの効果である。
なお、スキル:アクティブと対をなすスキル:パッシブは、魂に紐付けされる形で常時発動しているので、リリースとは関係しない。
「『一意専心』、『堅忍不抜』、『不撓不屈』、『狂瀾怒濤』!! さあ、抗ってみせろ侵入者ぁぁぁぁっ!!」
『一意専心』は、ステータスユニットのDexterityを約3倍ほど高め、攻撃精度を極限まで高める。
『堅忍不抜』は、ステータスユニットのVitalityおよびToughnessをそれぞれ倍にし、ユグドレア人種最高のフィジカルを誇る巨人族並みの頑強さを使用者に与える。
『不撓不屈』は、ステータスユニットのWill、Mindをそれぞれ4倍にし、魔力を伴った攻撃の高い耐性の獲得と精神汚染系の魔力攻撃を無効化する。
カイトは、この3つのユニークスキル:アクティブを発動することで、上位の竜種とも渡り合うことができるようになる。
そして、カイトを最凶たらしめるユニークスキル『狂瀾怒濤』は、使用者が最も関心を抱く物事に関わる際、一時的に能力の限界を超えさせ、性格が非常に好戦的かつ傲慢なものへと変化させる。
これら4つのユニークスキルがカイトにもたらすのは、上位の竜種をたやすく屠り、最上級竜種と勝負できる資格。
つまり、カイト=シルヴァリーズという青年は、世界最強を競うカテゴリーに足を踏み入れている希少な人種族ということ。
「ヒャハハハハハ!!」
「…………」
型に縛られない不規則かつ鋭利な黒き刃が、大男に襲いかかっていた。
カイトの激しい攻めを、黒い小手を用いて、ただひたすら耐えている黒髪の大男の姿は、傍目には防戦一方である。
カイトの愛剣レイヴォルトには、七源収束付与が付与されているため、斬撃を防御したとしても、7つの属性――火、風、土、水、光、闇、無属性とも呼ばれる混沌、この7属性の魔力が乗った衝撃波が相手を襲う。
実質防御不可である今のレイヴォルトこそが、魔刃のカイトの主武器であり、その本領を最大限に発揮できる最適解と呼べる状態である。
防御不可の魔刃と4つに統合したユニークスキル。
これに加え、魔法戦士系最上級職である魔人に至るまでに獲得した職業スキルと、魔人族に種族変化するまでに得た種族スキル。
それら全てと、『狂瀾怒濤』による限界突破の恩恵によって、実力以上のポテンシャルを発揮している今のカイトを止められる者は少ない。
事実、黒髪の大男に、嵐のように激しい斬撃の群れを浴びせることで、反撃させることなく闘いの主導権を握るカイト。
それを見つめるのは、ナヴァル王国国王――クリストフ=A=ナヴァル。
彼は玉座にて、満足そうに眺めていた。
国王が、魔刃と黒甲が交わり奏でることで生まれる苛烈な音を国王が楽しみはじめてから、約10分。
ひさびさに全力を出し切れる相手との邂逅を十分に満喫したが、それと同時にカイトは思っていた――そろそろ飽いた、と。
「ヒャハハハハハ、この俺を愉しませた礼だ、てめえの全てを喰い尽くしてやるよ……」
「…………」
カイト=シルヴァリーズ。
希少な人種族の名であり、魔法戦士最上級職の名でもある――魔人と成った存在であり、一代で平民から子爵と成り、今なお栄誉と戦果で彩られている道程を進んでいる者にして、魔術の真髄に達した者。
魔刃のカイトが、その研鑽の末に辿り着いた最高の武技に、彼の全てが集約されていた。
「行くぜ……混沌喰らい!!」
混沌属性の魔導粉体に混沌以外の属性魔力を注ぎ込み、擬似的な七源を創りだし、現界させる。
現界した擬似七源を制御し、魔律戒法で定められている臨界点を擬似的に突破することで、カイトは自身の魔力改変という奇跡を成す。
結果、ありとあらゆるものを喰らい自らの力に変える――相手のステータスユニットとスキルボードを吸収し、自身へのステータス数値加算とスキルの追加という暴虐なる奇跡が可能となる。
これこそが、カイトが再現し、復活を成した、精緻なる魔を内包する至高の武技。
かつての古き時代にて、異世界英傑たちが口を揃えてチートと蔑み、根源喰らいと呼ばれた、理を歪める凶猛なる武技、その亜種。
謁見の間天井付近まで膨れ上がるカイトの黒き魔力。
極限まで圧縮されてなお魔力を抑えきれていないのが、混沌喰らいという武技の暴威と獰猛さを示す。
巨大な柱の如き威容を見せつける魔刃は、黒髪の大男へ真っ直ぐに振り下ろされ、次の瞬間、謁見の間に大量の闇が撒かれる。
これで終わったか、と、緊張を解き、瞳を閉じてボソッと呟くのはクリストフ王。
カイトもまた同じような考えだった。
だからこそ――
「……くだらん」
「なっ、ぐあっ!?」
だからこそ、闇が晴れず視界の悪い状況下で初めて聞いた声に困惑し、左の脇腹が無くなったと錯覚するほどの一撃を受けたことで悶絶し、壁まで吹き飛ばされたことで苛む身体の痛みと痺れに、カイトは憤慨していた。
「……貴様も奴らと同じか」
「はぁはぁ……な、なんのことだ……ぐあぁ!?」
危うく飛びかけた意識を力ずくで戻し、剣を杖代わりにして立ち上がるカイトの耳に届いたのは意のわからぬ、しかし、カイトに呆れているかのような大男のぼやきだった。
「ここに来るまでに潰してきた、武と闘争を愚弄している愚か者達と同じだと言っているのだ」
「お、愚か……だと!?」
それは許せない言葉だった。
カイトは、これまでの生涯を武と魔に費やしてきた男だからだ。
しかし、憤慨しているのはカイトだけではない。
「単に威力があるだけでなんの工夫もない、まっすぐ振り下ろしただけの攻撃が当たるわけがなかろう……扱う強大な力に比べて、技術は拙く、応用力が低い。それを自覚せずに、さも自らが強者であるかのような、勘違いも甚だしい傲慢な振る舞い……これが愚かで無いのなら一体なにが愚かなのだ、この馬鹿者がっ!!」
「なっ、なにを言って……」
黒髪の大男は――真に武と闘争に生涯を費やした者は、このような冒涜を許さない。
「貴様らの武とは、闘争とは、単なる力比べか? それとも武を披露する発表会か? 子供の遊戯以下だ、あまりに幼稚すぎる……本当にくだらん……くだらなすぎるわっ!」
「き、きさ、貴様……」
「真剣勝負でも試し合いでも、敵対する相手に勝りたいという気持ちが、相手への敬意ある行動となって成り立たねばならん。だが前提として敵対する相手を心の底から認めなければ、そのような誠実な行動が成立することは無い。貴様らには相手への敬意があまりに足りていない。それは武への不敬に等しい。ゆえに、貴様が今以上の武に至ることは無いだろう」
「貴様如きが何を偉そうに――」
「そういうところだっ!」
「がっ……ぐぁぁっ……」
油断などしていないと思い込んでいるカイトの、その隙だらけの右脇腹に、手加減に手加減を重ねた掌底を打ち込む大男。
両脇腹に深刻なダメージを負ったカイトは、こみ上げる吐き気を抑えながら、地面をのたうち回っていた。
「ここが戦場ではないことに感謝することだ……そうでなければ――」
「何を……そ、そんな、馬鹿な!?」
決してやり過ぎないようにと、2人の少女からしっかりと言い含められていた大男は、彼らに知らしめる。
「――貴様らの命など、俺如きの手で、とうに失われていたのだからな」
「そんな……こんな、ことが……」
――ただ垂れ流しているだけの魔力の奔流。
それは、かの根源竜をも超える、お伽話で語り伝えられている化物達を再現しているかのような、あまりに馬鹿げた魔力量だった。
大男は、自分が現世の存在と隔絶している力の持ち主であることを、カイトやクリストフ王だけでなく、王城内の魔力を感知できる生物全てに、ステータスユニットを解放することで伝えたのだ。
「……力をむやみに振るうな、技術に依存するな、他者と心を通わせることを疎かにするな。そして、初めて武に向き合った時を思い出すのだ。その頃に抱いた武への想いは、きっと真っ直ぐだったはずだ。よいか、その想いこそ、力へ変えるのだ…………さて、クリストフ王よ」
地面に這いつくばるカイトは、真の強者であると認めざるを得ない人物から伝えられた言葉を、目尻に涙を浮かべるほどの悔しさにまみれながらも、必死に脳裏に刻んでいた。
そんなカイトを横目に、大男はクリストフ王を見据える。
そして――
「俺の名は、本多 宗茂。最近、デラルス大森林の西に住み始めたラーメン屋だ」
黒髪の大男――本多 宗茂は、隣人達の長に、引越しの挨拶を始めた。




