燃えよ ムネシゲ!!
「なるほど、通しか」
「くっ……まだまだぁぁっ!!」
宗茂の目の前で、気迫を漲らせている赤髪の青年。数回、拳を合わせたことで、彼が、地球の武術とは異なる理合による、勁の通し方を用いていることを、宗茂は理解する。
だが、理解したのはそれだけではない。
異世界で出会った人種族の中で、この赤髪の青年こそが、1番強いという事実を、宗茂は理解していた。
貧民窟こそが、思い描く策を成立させる条件を満たしている。そのように考えていた宗茂は、番外区域の孤児院にいるナタリーからのすすめもあり、貧民窟の孤児院を訪れた。
宗茂にとって、想定外すぎる出会いが、そこで待ち受けていた。
孤児院の中に入るべく、敷地内に足を踏み入れた瞬間、殺気まじりの魔力の波動が、宗茂たちに襲いかかる。その激しい波動の心地よさに、宗茂が微笑む。
やがて、その場にあらわれたのは、赤髪の青年。その立ち姿から溢れてくる香り――その身を、道に差し出していなければ持ち得ない、強烈な武の芳香に、宗茂のスイッチが即座に切り替わる。
「テメエら、どっちの――っっっ!?」
「――いい反応だ」
「ちょ、なにっ!?」
「え、えっ……」
それは、赤髪の青年だけが、かろうじて反応できた。その他の者は――孤児院を見張るように配置されている、十数人の男女も――ティアナやエリザも含めて、目の前の結果をみたことで、初めて気づいた。
上体を左斜め後ろにずらす、赤髪の青年。
青年の頭があった位置に、宗茂の右脚。
人間離れした膂力や速力、神経伝達速度。それに加え、ステータスユニットとスキルボードに慣れた宗茂だからこそ、成し得る絶技――他の武と比べ、隔絶している技量――が見せつける武の終着、その一端。
重心を、地面に対して垂直に立たせた上での――脱力。立花流戦場術では、この所作を基礎とし、必須であると位置付けている。
――在るが無きが如く。
宗茂は、重心をほんのわずか傾けるだけで、爆発的な推進力を生み出すことが可能である。
赤髪の青年が放つ、心地よい闘気に触発されたムネシゲは、戦闘用の思考に即座に切り替えたのち、在無へと、無意識に移行。
青年のふところに飛び込むために、重心を、ほんのわずかだけ前方にずらす、踵からつま先へと、ほんのわずかばかり重心がずれると同時に、足指で地面をつかみ、投げるように身体を前に運ぶ――この間、実に0.012秒。
それは、フィクションで描かれるまがい物とは違い、多くの武術で、縮地などと呼ばれている技術――その極致。
流派の基本にして基礎。できて当たり前の、いたって普通の所作。
立花流戦場術、理合の一、在無である。
異常なまでに高まっている神経伝達速度――1秒の75分の1である 刹 那 を超える反応速度は、一瞬《0.36秒》をたやすく凌駕する、0.1秒という時の間に、宗茂の身体を、青年のふところへと運んだ。そこに到着した宗茂は、青年の意識が到着するのを待つ。そして、青年が気づいたと同時に、砲弾さながらの後ろ回し蹴りを、彼の顔に向けて、地面を踏み抜くように放った。
「クソがっ……なんのつもりだ!」
武に生きている者であれば気づき、そうでない者には気づけない。そんな排他的な領域でおこなわれた、悪戯にも似た宗茂の行動、その真意を、当然ながら青年は理解している。
――後ろ回し蹴り。
地球ではバックスピンキックとも呼ばれるそれは、軸足を中心に身体を回転、背中を相手に向けたと同時に軸足を変え、軸足だった方の足を振り上げ、足裏で撃ち抜く。威力こそ高いが、非常に隙の多い蹴り技。
そんな行動を選んだという事実が、相手に与える現実。
「オレの、なにを試してやがるっ……」
そう、赤髪の青年は試された――格下とみなされたのだ。
「すまんな、ひさびさに骨のある相手と出会えたものでな」
「なにをいって――」
「確かめてみるといい」
赤髪の青年は気づいていた。
目の前にいる男が、自分では到底勝ち目がない、武の極みに至っている、理外の豪傑であると。
同時に、そういった領域に至った者が陥りやすい、暴虐とも呼べる非情な心――強者がゆえの傲慢さなど、みじんも持ち合わせていないことを。
そうであるならば、と。
赤髪の青年は、甲を天に向けながら左拳を目の高さまで持っていき、右手の平を、甲の上に静かに置く。
その構えは、地球に存在する武術の挨拶である、 抱拳礼 に酷似していた。その挨拶の意は、目の前の武人に、乞い願うというもの。
それすなわち、赤髪の青年が、師の元を離れて5年経っていてもなお、武の道を外れていないことの証。
「……確かめさせていただきます」
武人にとって、自身の武、その力量を確かめることができる機に出会うというのは、まぎれもなく幸せなことである。
それは何故か?
みずからの立ち位置を知ることは、百の研鑽を積むこと以上に、価値があるからだ。
自分の強み、弱み。出来ること、出来ないこと。
武の力量を高めるために、これらを認識することは非常に重要である。だが、それらは、実戦の最中でこそ浮き彫りになる。だからこそ、それらを学べる機会は、多いようで少ない。
なにせ、それらを確かめるには、自分と対等以上であることが好ましいからだ。
強くなればなるほど、確かめる機会を失い、武の追求をすればするほど、自分が、今、どこにいるのか、わからなくなる。そんなジレンマに、多くの武人は苦しんでいるものだ。
赤髪の青年もまた、みずからの武の立ち位置がわからず、苦しみながらも、歩を進める武人だった。
「ガーベイン流魔闘術、ゲイル=ガーベイン」
「立花流戦場術、本多 宗茂」
名乗りをあげる2人は、互いを見据え、かまえを取る。その表情に、気負いはまったく感じられない。むしろ、緊迫した闘いを、いきなり眺めさせられている者たちの方が、よほど緊張しているだろう。
わかるのだ。たとえ武術の心得がなくとも、目の前の2人が、本物の武人であるということが。
――大気が、軋む。
それは、対峙する2人から自然にもれる魔力が、闘志を具現化したような波動になることで起きた現象。
やがて、音がおさまる。
それはつまり、場が整ったということ。
ひろがる静寂、それを喰い破るかのように、耳をつらぬく甲高い音がひびいたと同時に、ゲイルが動く――光が弾ける。
――紫電。
ゲイルは、その身体を、文字通り、紫色の雷光へと変える。それは、夜空をはしる稲妻さながらに、宗茂へと向かう。
宗茂は、構えを一切変えずに、ただ佇んでいる。
紫の雷光が、宗茂の間近へと迫り、次の瞬間、ひとつ、ふたつ、と、霧状の紫光が弾ける――それは、雷速の2連撃が、超速で迎撃された結果。
「おおおおおおっ!!」
だが、ゲイルは止まらない。裂帛の気合いをのせた、紫色の刃のごとき踵の振り下ろしが、宗茂へと襲いかかり――
「ふんっ!」
振り下ろされるゲイルの踵を、初撃の再現とばかりに宗茂が足の裏で迎撃する――と同時に、激突した両者の足裏から、放射状に紫電がひろがり、大気の悲鳴が轟く。
周りの者たちの瞳がまたたいた、その間に起きたすべてを理解できるのは、同じ領域にいる者だけ。
つまり、2人の武人を眺めていた者達の中に、たったいま為されたことを、完全に理解できる者はいない。ティアナとエリザだけが、ある程度だけ、かろうじて理解できた。
わすれてはならないが、ティアナもエリザも戦闘能力は常人以上であり、決して弱くはない。むしろ、世間では強者の部類である。
つまり、それほどの武を、宗茂とゲイルは披露したのである。
やがて、音と光の嵐がおさまり、場は静けさをとりもどす。姿を見せたのは、先ほどまでと同じ構えで、微動だにしてない宗茂と、そんな宗茂とは対称的な様子の、息を切らしているゲイルの姿。
余裕などまったくない、実力差は歴然であると、ゲイル本人こそが、誰よりも理解している。だからこそ、宗茂にとって初見であるはずの、ガーベイン流の極意でもって機先を制すべき、ゲイルはそのように考えたのである。
みずからの魔力で、自身を紫色の雷に変えて雷躯と化したゲイルに、通常の武術における溜めは存在しない。だからこそ可能となる、文字通りの、電光石火の超速コンボ。
――雷速三連撃。
1つ――地球の空手道における、胴回し蹴りのような蹴り技の後半部分までを、雷躯中に体勢を整えることで再現。フィニッシュに移ると同時に、全身の魔力雷を足裏に集中させて、蹴り下ろす。
2つ――1つ目を当てた次の瞬間に、宙で体勢を整え、空中で、後ろ回し蹴りを水平に放つ。
3つ――2撃目を当てたと同時に、雷躯で即座に上昇。遠心力による勢いをのせたフィニッシュ、その瞬間、足裏に魔力雷をまとわせて振り下ろす。
――この三連撃を一瞬で決める。
これこそが、ガーベイン流の極意である雷躯を用いて、数多の強者を地に沈めてきたゲイルが得意とする、必殺の意を込めた流派の奥義――雷顎。
その雷顎を、こともなげに迎撃せしめる宗茂。その姿を見たゲイルは、なんともいいがたい高揚する心に戸惑うものの、即座に理解した。
(師父以上の目標ができたことが、これほど嬉しいとはな……)
「ふぅ、紫の雷とはな……なんとも肝を冷やしたぞ……どうだ、確かめられたか?」
「……いえ、もう少しお付き合いください」
「よかろう、ならば、今度はこちらからいくぞ!」
この日は、いずれ来たる未来にて、憤怒の破戒獣の腹心となる――『 雷獣』と称されし武人が、生涯の友とめぐりあった、そんな日であった。




