ムネシゲ異世界に立つ!!
「ふんっ!」
「ブギャアアアアア!?」
少々見苦しい悲鳴をあげながら、なんとも騒々しく悶絶しているのは、二足歩行する豚顔の魔物――オーク。
鼻と喉に突如訪れた、その激しすぎる痛みの影響で、思考がまとまっていない様子。
(ふむ……豚も正中線が急所なのか?)
185cmという、日本人の平均身長を超える身体と比較しても、なお巨体と呼べるオークが、苦しみ、のたうち回る姿を眺めながら思考を巡らす大男――本多 宗茂。
聞き苦しい音をスルーしながら、準備体操をするように身体をほぐしていく宗茂だが、しかしながら、その表情は明るくはない、が、それも無理はない。
今の状況、彼からすれば不可解でしかないからだ。
(森、だな……なにがどうなってる?)
彼の最後の記憶。それは、あの小さな漁村で、テロリストたちを鏖殺すべく、最低限の理性だけを残して戦いに臨んだというもの。
本多 宗茂という稀代の武人にして、百戦錬磨の軍略家といえども、無手、無策、遮蔽物無しという、裸一貫に等しい状況で、100人以上、それも最新の銃火器持ちを一度に相手にして、無傷で切り抜けられるわけもない。
(殺されずに森へ放棄……ありえないな、テロリストが、わざわざそんなことをする必要がない。それこそ、海にでも捨てたほうが手っ取り早い。だが、ここは……どこからどうみても森の中、それも、人の手が入ってるとは到底思えない、深い森の中……なぜこんなところに――)
そんなことを考えていた宗茂の視界に映るのは、痛みをこらえながら、必死に立ち上がろうとするオーク。
「よくわからんが、とりあえず――」
「プギャ!?」
身体を蝕んでいた痛みに耐え、なんとか立ち上がったオークは、再度おどろき、大いに戸惑う。
オーク自身の経験、幼少の頃に教え込まれた常識、それらの基準からかけ離れた現状を、何一つ理解できなかったからだ。
――人族のオスは食料。
オークのように、多少の知性を有している――正しく歪な進化を遂げた――魔物と呼称される生命体に共通する、人族への認識がそれだ。
自分たちよりも格下の生物であり、単なる食料でしかない、脆弱な生き物。
そんな哀れな存在である人族から、これまで体験したことのない激痛を与えられた。しかも、その痛みをもたらした者が、いつのまにか目の前に立っていたのだ。
驚くのも当然、戸惑うのも仕方がない。
オークにとっては、実に災難な出来事である。
「――死んでおけ」
だが、驚き戸惑うことができるだけ、数瞬前のオークは幸せだった。
背中から地面に向けて崩れ落ちる勢いのままに、オークの左胸から右腕を引き抜いた宗茂は、静寂が戻りゆく最中、そのことに気づく。
(……どこで洗えるんだ、これ)
血まみれになった右腕をみつめ、半袖でよかったなと、不幸中の幸いをよろこび、乾いた木肌で腕の血をぬぐう宗茂がそこにいた。
およそ2時間後。
強烈な森の香り、その中に微かに混じる水の臭いをかぎわけ、川辺にたどりついた宗茂。腕の血液は当然のことながら、衣服や身体に付着している血液を、できるだけ洗い流していた。
(……獣が多すぎるな)
宗茂が、心の内でそんな言葉を漏らした理由は、野生の獣。しかも、そのほとんどが宗茂よりも大きなサイズの獣――魔物が、頻繁に宗茂に襲いかかってきたことにある。
探索開始当初は、襲い来る者達すべてを撃退していた宗茂。しかし、倒せば倒すほどに死骸が生まれ、その匂いに誘われたのだろう、次から次にと、宗茂の前に現れる。
そんな終わりのない状況に、さすがの宗茂も辟易したのか、丁寧に気配を殺しながら水場を探索、発見し、今に至る。
(それにしても……)
川辺までの道中で襲ってきた魔物たちも含め、この森で遭遇した獣達は、宗茂の記憶にある動物の姿とは異なる、妙な出で立ちをしたものが多数だった。
極めつけは、10m超の羽根つき青トカゲ。
(頭が2つある犬とか、羽が生えてる青いトカゲとか……わけがわからん)
未知との遭遇というイベント自体は楽しめる宗茂だが、見知らぬ場所という面倒なオマケが追加されている状況下では、さすがに笑えない。
まして、手元にあるのは、運よく壊れていなかった愛用の腕時計と、これまた愛用の軍用サバイバルナイフだけ。
完全武装には程遠いこの状況。豪胆な宗茂とはいえ、多少は不安にもなる。
(まあいい、それより今は――)
気配を消すことで、襲撃される可能性は減らせる。ならば、必要最低限の獲物を確保し、極力戦闘を避け、川沿いに進んでいくことで、遅かれ早かれ人里にたどりつくだろう――目の前の清流の先の先、明らかに富士山以上の高さであろう、なんとも雄大な山を眺めながら、そんなことを考えていた宗茂。
「いやあああああ!?」
そんな宗茂の耳に、危険な状況に陥っていることを十分に理解させる、女性の甲高い悲鳴が届いた。