王国騎士デイビッドは家に帰りたい 12
「相変わらずみたいですね、デイビッド先輩」
「うぐっ!? そ、そうは言うがな、カイト、これでも……前よりはマシになったんだぞ?」
(アレで!?)
(難儀なことじゃのう……)
今回、カーヴィス公爵邸を奇襲するにあたって、ガデルやセレスティナらが負ける要素に成り得ると数えていたのは唯一つ――魔素喰いだけ。
つまり、単騎駆けという魔素喰い対策を知っている以上、愛の使徒たるフェネを拘束した時点で、この戦いに負けるとは思っていなかったということ。
事実、不器用すぎる男としての本領を発揮したデイビッドによる恥辱が披露された、次の瞬間、呆然としていた灰象人族に襲いかかったのは、セレスティナの魔柱であり、油断も間断も無き魔柱による再拘束を以て、戦闘は終了した。
そもそもの話、ナヴァル王国最高戦力と目されし6傑の2名――黒淵のガデルに魔刃のカイトの両名に加えて、準6傑とも呼べる特記戦力のセレスティナ、条件次第では純隕鉄等級傭兵以上の強さを秘めるデイビッドという、臨時的な小隊規模の戦力としては、かなり上質なチームであり、まともに戦うことさえできれば、負けることの方が難しかった訳だ。
ちなみに、人質の救出などの目的が無かった場合、この戦いは、2秒で終わっていた。
カーヴィス公爵邸周辺の消失を以て、速やかに。
世界に、ガデルの天撃が披露されることで。
「いや、ホントになぁ……どうにかしたいが――」
「この立場になってわかったことですが、デイビッド先輩くらい尖った戦力というのは、存外、頼りになりますし、当てにできるんですよ。エドワード先輩が手放したくない気持ち、よくわかります」
「尖ってる、ねぇ……物は考えよう、ってか?」
「褒め言葉ですよ?」
「知ってるよ……お前とウチの奴くらいだからな、俺を褒めてくれるのは――」
さて、カイトが戻ってきていることからも理解できるように、公爵邸の制圧は既に完了している。
敵対勢力の生存者は5名――愛の使徒フェネ、並びに、灰象人族の4名。それ以外の、つまり、朱豹人族14名の命は散らされている。
これは、ガデル達の思惑通りの結果である。
そして、灰象人族の彼に、これから問い正さんとする内容もまた、既に決まっていた。
「……殺せ」
「生きて帰れば、家族が――そんなところかの?」
「――っ!?」
「お主らは、ここで死んだことにする。貴族街の管轄が第1騎士団じゃからのう……あ奴らを騙くらかす程度の偽装ならば、容易いことじゃよ」
「…………どこまで知っている?」
「――害虫のやり口」
「……なるほど、だから、俺達だけを――」
「その通り……もう手遅れなのじゃろう?」
「……ああ、そうだ。あいつらは、朱豹人の奴らは……もう――」
「だが、お主らは、まだ間に合う。そうじゃな?」
「……どうして――」
「む?」
「アンタは、どうして俺達のことを――」
「敵の敵は味方、味方の敵は敵……ただ、それだけのことじゃよ」
「そうか…………ご助力、感謝する」
「うむ……さて、話はまとまった。次は――」
灰象人族は、穏やかな気性を備え、争いを好まないことでも有名な獣人族である。無論、獣人族最高の嗅覚による感知能力と圧倒的な膂力を活かした高い武力を、種族の背景に置いているからこそ、戦乱の中にあって穏やかでいられる訳だが。
ともあれ、そんな灰象人族が他国に密やかな干渉、それも、暗殺や諜報の類いの行動をすること自体が異常である。
――異常の裏には隠された秘密がある。
その隠された秘密が、内的要因が原因なのか、外的要因が原因なのか――その何かを確定させようとする場合、推測や推察ではほぼ不可能、正確には、根拠薄弱により証明が困難といった状態になる。
では、隠匿されし秘密の真実を知る方法、その中で最も手っ取り早く、確度の高い方法とはなにか。
――当事者から聞き出す。
つまり、ガデルとセレスティナが求める情報を、カーヴィス公爵邸にて潜伏していた灰象人族が持ち得ていたということであり、その身柄を拘束することこそが、2人にとって主目的だったのである。
そして、確度の高い情報源は、然るべきものの手元に置かれる事で、その効力を倍増させる。
だからこそ、今回の戦の裏事情の詳細を知り得ている灰象人族を、デラルス大森林西奥、即ち、開拓村と呼ばれし其の地に向かわせることが重要であり、期せずして、追加の手札となった2人――ソニア=カーヴィスとターニャ=カーヴィスの両名もまた開拓村に到着することで、大部分が満たされる。
ナヴァル国境戦役にて、本当の意味で勝利するために欠かせない大義名分という名の正当性、その大半を、ガデルとセレスティナが獲得したのである。
「――貴方といい、彼といい、黒に連なる者というのは、こうも野蛮なのですね」
その声の主は、愛の使徒フェネ――ガデルの黒繭に覆われた彼女は、宙空にて、セレスティナの魔柱にも囚われており、逃亡が不可能となっている。
では何故、彼女の声が外に届けられたかというと、灰象人族の代表者との話し合いを終えたのち、音が透過するようにガデルが許可したから。
黒の根源に繋がる者が有する特性である封閉、その応用である。
「はて……野蛮とな? 人族以外の他種族を迫害することを正しきとする、貴様らほどではないと思うがのう?」
「いえいえ、迫害だなんて……そんなこと、私達は致しはしませんよ? 現に私は、獣人族の彼らと行動を共に――」
「……祝福」
「…………」
「――じゃったかのう? いつ、この者らに施すつもりだったのか……ほれ、答えてみよ」
「……何故――」
「む?」
「何故、貴方達は、そこまで――」
「貴様らの識らぬ情報源がいる、ただそれだけの話じゃ。それよりも答えよ……貴様は、いつ、この者らに手を加える気でおったのじゃ?」
「そ、それは……」
「よかろう、代わりに答えてやるわい……ソニアよ、この者は、儂らが襲撃する前に、ここを出立しようとしたのじゃったな?」
ガデルからの問いかけに、ソニアは頷き、その行動は、答えに直結する。
「ならば、答えは自ずと導かれよう……白の救世主の拠点へと戻る日程、その最中のどこかにて、貴様は必ず、この者らに祝福を施す。何故ならば――」
――白闢天の魄が眠りし聖なる場所に、穢らわしい他種族を踏み入らせる訳にはいかぬからじゃ。
「な、何故、そこまで知って――」
「ふぉっふぉっふぉっ……本当にあるとはのう」
「……ま、さか――」
「単なる予想でしかなかったが――」
そう、隠匿されし秘密の真実を知る方法、その中で最も手っ取り早く、確度の高い方法とは――
「――教えてくれて感謝するぞい、白アリ」
――当事者から聞き出す。
自身が気に入ったナヴァル公爵家の者を、秘密裏に、50年以上もの間に渡って助力し続けてきた結果、とある称号が世界から、かの者に与えられる。
それは、国を背負う重責に溺れることが無いように手を差し伸べ、決断の先が見えぬ恐怖に震える背中を優しく後押しする、為政者を慈悲深く支える賢き者に与えられし、希少な称号。
ユニーク称号――『大賢王佐』。
生まれて4年も経たない未熟な自我が生み出す、底の浅い思考力程度しか持ち得ない者では、賢き者であると世界から認められている黒淵のガデルとの駆け引き勝負の場、そこに上がろうとすることすら不遜の極み。
つまり、ラーメン大好きジジイであるガデルと相対するには、50年は早いということだ。