王国騎士デイビッドは家に帰りたい 06
ちょい長。
ナヴァル王国、春の風物詩――建国祭。
王国民からの視線が集まる一大イベントが、第1王女主導で開催されることが決まった日から、どうにも様子のおかしい奇妙な姿が度々目撃されたこと――それもまた、彼女の異名の由来だと云われるが、なんにせよ、王国の人々に新たな娯楽を提供したこと、その事実に間違いは無い。
その功績が故に、ナヴァルの奇才の二つ名を与えられた彼女は、今現在、ガデルとカイトの周囲を、デイビッドを伴い、右に左にウロウロしていた。
両手に、水晶玉のような魔導器を握りながら。
時間が経つことで純隕鉄特有の黒い濁りが薄まり、硝子のような透明感を帯びる貴金属、透隕鉄。
そんな透隕鉄によって造られたそれは、ナヴァル王国に元々存在していた、スキル『撮影』の為の魔導器を、セレスティナ=A=ナヴァルが改良に改良を重ね、誰にでも扱えるようにした代物――日本人が得意とする、いわゆる魔改造がこれでもかと施された、撮影用魔導器。
セレスティナが初めて建国祭に携わったその年、建国祭を盛り上げるイベントにどうしても必要だから、という理由をゴリ押した結果、彼女の要望が通ることに。
魔導工房、改め、汎用魔導器メーカー、NAVAFILM (ナヴァフィルム)、創設である。
そこより発売された魔導器――NFシリーズの完全上位器であり、世界にたったひとつしか存在しない、いわゆるワンオフ器と呼ばれる代物こそが、セレスティナの両手に握られる、2個1組の撮影用魔導器。
―― NF−04 TYPE ZERO 、通称ゼロヨンゼロ。
全ては、ユグドレアの美男美女を、映像や写真にして手元に残したいが為――日夜、改良を重ねては及第点に到達した、セレスティナの執念を形にした代物、地球で言うところの、ビデオカメラである。従来のそれに比べて、些か多機能ではあるが。
なお、NAVAFILMの工房長に就任しているセレスティナだが、業務のほぼ全てを懇意にしている商会へと委託しており、実質アドバイザーとしてのみの参加となっている為、公務に差し支えることがない――状況になっていること、それ自体が、実のところ、彼女のストレスの1つになっていることを記しておこう。
さて、セレスティナ監修のもと開発された撮影用魔導器――ナフィの愛称で親しまれている――NFシリーズは、性能や機能の多寡を変えることで、そのバリエーションを、4種類に分けている。
騎士団や規模の大きい商会などが用いる、プレミアム版に加え、個人勢のための3種――貴族などの富裕層向けのハイグレード版、平均的な所得の家庭向けのスタンダード版、所得の少ない子供向けのビギナー版――計4種の NF−04 が存在。そのいずれも、好評発売中である。
ちなみに、NF−04 は、今年の建国祭にて発表、即日発売された最新器。NF−03 以前のものは中古品として、王国内の商会にて安価で取り扱われている――取り扱うように指導してあるため、プレミアム版を除き、入手は容易い。
とはいえ、今のユグドレアは飢餓の時代。
生きることに懸命であることを強いられてしまい、それ以外の何かをする金銭的余裕が少なくなってしまう。だが、生きることだけが目的になってしまうと、いずれは心が保たなくなる。
そのことを、生前ひとつの教えとして、きちんと理解していた彼女だからこそ――そういった意味合いを含めての、機能縮小に基づく廉価版の流通、そして、娯楽の提供。
建国祭の一大イベント、ナヴァルコレクション、その様子が、王国に点在する貴族領の城壁上部に設置された、特殊な魔道布、通称モニターから、リアルタイムに映像として初めて届けられた、あの瞬間から、スキル『撮影』にまつわる何もかもが、王国民にとって最高のエンターテイメントとなった。
ガルディアナ大陸にて、遠距離間の視覚情報の伝達をリアルタイムに為すという現象を、初めて成し遂げた人物こそが、セレスティナ=A=ナヴァルであり、それは間違いなく偉業であり変革。
まさに、奇才の名にふさわしき成果である。
ただし、当の本人に、大それたことを成した意識など微塵もなく、ただひたすらに自分の趣味を優先して行動した結果でしかない。
その行動原理は余人の及ばぬものであり、それが故に、周囲は非常に困惑するのだが、そんなことを気にするわけもないことが、彼女の風評が一人歩きする要因である。
どこか既視感めいた、彼女のずば抜けた行動力と偏執的な動機、それらを心の中に湧き上がらせる源泉が、ツグミ=シブサワの趣味嗜好であるのは確かだ――が、正確ではない。
そう、引っ込み思案で人前ではオドオドしていた、本人曰く、陰キャ――陰気な性格だったことがキッカケでイジメられていた、当時15歳の彼女を、なんら物怖じしない積極的な性格へと力づくで変えた人物と、その人物の育ての親こそが、ナヴァル王国の人々にとって、ある意味では感謝すべき恩人なのかもしれない。
つまり、いや、まさに――奇想天外という言葉がよく似合う状況下に、この世界線は、その道筋を描かれているということだ。
「――相変わらずですね、セレスティナ様は」
「うむ……お主は、随分と変わったようじゃがの」
「……わかりますか?」
「わからいでか、儂の目は節穴ではないぞ……その魔力線の濃さをみれば一目瞭然じゃし、それに……なにやら憑き物が取れたようじゃな?」
「流石ですね、ガデル様……実は――」
カイトとクリストフが、本多 宗茂と出会った日のこと。ナヴァル公爵家にかけられていた、呪術と思しき魔道の存在とその解除がなされたこと。
その呪術の局所的な効果範囲と拡散性――傲慢の破壊神と、その配下たる白闢天を代表とした奪われし八天にとって不都合な情報の誤認と、特定の存在に対する嫌悪感が発生していたこと。
カイトは、あの日に起きたことの全て、知り得た全てを、簡潔に、ガデルへと伝えていく。
「なるほどのう、腑に落ちたわ……若き頃、何故、儂だけが、排他的にも思えた不当な扱いを受け、不可解なほどに疎外されていたのか……おそらくは、黒の根源に繋がる者の覚醒を恐れ、その心持ちを裏側に堕とすよう、秘密裏に誘導されていたのじゃろうな……まさか、今の今まで、疑問にすら思わなんだとは……悪辣極まる呪いじゃな……忌まわしい」
「おそらくは、傲慢の権能と白闢天様に関係がある、そのように推察しましたが――」
「それが正解じゃろ……実質的にではあるが、白源を手中に納めた傲慢の破壊神にとって、最大の障害となるのは、黒の御子。ならば、その出現を恐れるのは当然のこと。儂の黒源の適性は高く、黒の御子へとなる資格は有しておる。そして、マルスの素養は、儂以上……どうやら、大まかな流れが見えてきた気がするのう」
「――と、言いますと?」
「御主も知っておろう、一部のスキル持ちが狙われ、奪われていることを……例えば――『鑑定』」
「……動機が不可解な件として、捜査が難航しているのは知っていますが……そちらとも繋がっていると?」
「うむ……『鑑定』のように、犯罪者にとって不都合だとわかりやすいスキルならば、襲われる理由を容易に想像できる、が、それ自体が思考を誘導する為の策なのじゃろう……呪いによって国の中枢の動きを鈍らせ、その隙を突いて、国中の有用なスキルを継いだ者らを襲う……従順ならば生かして捕らえ、そうでなければ殺して奪う……そんなところじゃろうて」
「なるほど、確かにあり得ますね……中々に知恵の優れた者が、敵側にはいるようで」
「ふん、悪知恵の類に過ぎんわ……こうして気付けた以上、今後はどうとでも対策できよう……ともあれ、どうやら儂は、噂のウィロウの新当主殿に、できるだけ早く会わねばならぬようじゃ。意味はわかるか、カイトよ」
「……あの方には、ガデル様の知恵と知識が必要である、でしょうか?」
「概ね正解じゃ、肝心な部分が抜けとるがの」
「……肝心?」
「今、現時点のユグドレアにおいて、儂は、黒の根源に最も寄り添っている者だということじゃ」
「――っ!? なるほど、そういうことですか」
「うむ……ただ、今は――」
「ウッヒョーーーー!! ねーねー見て見て、デイビッド! イイ感じに撮れたわよ! これとか、めっちゃ良くなーい?」
「そ、そうですね……」
「魔導灯の淡い光がナイスよね、叔祖父様の渋さとカイトしゃまの凛々しさが際立つわぁ……ね?」
「は、はぁ…………しゃま?」
「……よく見たら、デイビッドも中々イイわね……そこそこ精悍な顔つきっていうのが、いい意味で個性になってるみたいね……ねぇ、ちょっと叔祖父様達の間に座って――」
「ふんっ!」
「あ痛っ!?」
あ、どうぞ、おかまいなく――そう言わんばかりの、縦横無尽なカメラワークを、惜しみも遠慮もなく披露するセレスティナの臀部に、ガデルのミスリルロッドが打たれる。シン曰く、ケツロッド。
HPシステムがあるため、実際のところ、ダメージは有って無いようなものだが、痛覚が完全に遮断されている訳ではなく、ある程度のところまで減衰されているに過ぎず、多少は痛みがあることから、動きを止めるには十分な一手である。
「ほんに、御主は落ち着きが――」
「――叔祖父様とカイトしゃまのツーショットなんて、今しか撮れないでしょ! もうちょっとで終わるんだから、大人しく待ってて!!」
「う、うむ……」
「あの……ガデル様?」
「……時にカイトよ、ラーメンは食すかのう?」
「え、えぇ……それなりに頂いてますが――」
「ほほう、何ラーメンが好み――」
(か、完全放置っすか、ガデル様!? というか、あの眼はヤバすぎるだろ……こんな美人なのに、あんなに血走ってるのは、さすがに怖すぎる、なんかフヒフヒ言ってるし……なるほど、これがナヴァルの奇才……噂に偽りなしってことか――)
一国の器には収まらぬ類希なる才気と、それにも増して目につく数々の奇行が故に与えられし異名――ナヴァルの奇才。
その異名、その二つ名とは、つまるところ、セレスティナの人物評である。ただし、気性が穏やかで、民衆に優しく接する姿勢を欠かすことのない、奇特なほどの清廉さを備える、ナヴァル貴族には珍しいほどに好感の持てる姫君である――このことを前提とした上での評価であることを忘れてはならない。彼女の名誉のためにも。
約10分後。
セレスティナによる撮影会が終わり、同時に、ガデルとカイトによる情報の擦り合わせも完了する。
それならば、と、カイトを加えたガデル一行は、向かうべき場所へと向かう。
宗茂から寄せられた依頼によって、近衛衆の幾人かに監視を続けさせていた、ある高位貴族――とある公爵家の邸宅。
そこは、ナヴァル五公たるボルケティノ公爵とともに、第1王子アレクセイ=A=ナヴァルを支える重臣であり、派閥内にて最大最強の軍事力を有する、カーヴィス公爵家の王都での住まい。
――ナヴァルに二剣あり。
騎士国家たるナヴァル王国には、伝統的な剣術として、二つの流派が存在する。
ウィロウ派、即ち、青柳流刀術もそのひとつ。
残るもう一つの流派は、カーヴィス騎剣術。
ナヴァル王国二大剣術、その誉れ高き片翼を古くから担う、ナヴァル王国屈指の武闘派貴族。
ナヴァル五公にして、武の大家。
ウィロウ公爵家に次ぐ武闘派貴族として、他国より恐れられ、巨断の異名を与えられし一族。
曰く――攻めのウィロウ、守りのカーヴィス。
当主たるケヴィン=カーヴィス公爵によって、強く統率されしカーヴィス公爵領軍の精強さは、大陸中に広く知られており、ウィロウやオーバージーンの領軍に見劣りするものではない。
最高位貴族である公爵位に就く者が率いるに足る、王国屈指の強兵の集まりであるということだ。
そんなカーヴィス公爵の王都滞在の場が、今現在、身を潜めるガデル一行の前方奥に建つ、規則正しく立ち並ぶ篝火に照らされている、大きな屋敷。
そこに暮らすのは、ケヴィン=カーヴィス公爵本人に加え、彼の奥方や子供達と、一部の使用人達。
ナヴァル王国の重臣、カーヴィス公爵家の者達が暮らすからこそ、その屋敷は、王都屈指の厳重な警備が敷かれている――筈だった。
ガデルが気づく――自身の『魔素探知』が、公爵邸内の、ある地点に到達した瞬間、削られるように消失したことに。
そして、普段の好々爺然としたそれとは真逆の表情を、ガデルが浮かべる――好戦的だと一目でわかる、獰猛が過ぎる笑みを。
ガデルが――黒淵のガデルが、戦地でしか浮かべることのないその表情こそが、セレスティナやカイト、ついでにデイビッドにも伝える。
敵がここにいる、と。
シンから聞かされた敵対組織、白の救世主に属する幹部、即ち、魔素喰いが、公爵邸の中に存在していることに気付いたからこその、ガデルの変貌。
故に、戦いが始まる。
夜闇にまぎれさせるように、静かに。