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王国騎士デイビッドは家に帰りたい 03

 



「ふむ……やはり、このくらいは必要じゃな」

「そ、そうですよねぇ……はは……」

「ダメよ、デイビッド、ビシッと否定しなきゃ」

「じ、自分がでありますかっ!?」

「冗談よ、冗談。ねぇ、叔祖父様……健啖(けんたん)なのは、大変結構なんだけど――パーコー3枚乗せは、年齢的にどうかと思うわよ?」


 至極、もっともな言い分である。


 ともあれ、ラーメンハウス ダグラダ貴族街本店にて、ガデル&セレスティナ with デイビッド御一行は、今日も今日とて夜半(やはん)に麺を(すす)る。10日連続である。

 ガルディアナ大陸西端に位置する軍事国家、ナヴァル王国にて、その名を着々と広げる飲食店、兼、傭兵クラン『ラーメンハウス』。

 その先駆けであり、暖簾(のれん)分け第一号であるラーメンハウス ダグラダでは、最近になって、このような告知がされるようになった。


 ラーメンハウス ダグラダ、深夜も営業中です。


 実のところ、深夜営業する飲食店というのは、治安維持活動において、存外、効果的である。ましてやそれが、平和とは程遠い異世界であれば尚更のこと。

 飲食店を営むということは、そこに灯りが(とも)り、店から漏れ出る光が嫌でも目につく。それに加えて、朝昼や夕晩ほどではないにしろ、人の往来も確実に増える。

 すると、どうなるか――人目に付いては困るアレコレがし(づら)くなる環境が、そこに生まれ、更には、緊急下に追い込まれた一般人の避難場所、いわゆる駆け込み寺のような場所となる。

 トラブルやアクシデントが起きやすいのは陽が落ちてから――というのは、どのような世界においても共通している、ある種の真理。

 そして、ラーメンハウス ダグラダの店員全員が、現役の傭兵、しかも本多 宗茂による過酷な修練の数々を乗り越えた――最低でも金等級下位程の実力を備えた――世間一般的には実力者と目される者達。生命に危険が及ぶような緊急事態の対処ならば、お手のものである。

 これら全ては、宗茂により提案されたものである。


 そもそも傭兵クランとは、地球で言うところの、民間軍事会社のそれと在り方が似通っている。


 自身の立場こそ、フリーランスの傭兵ではあったものの、地球にて、世界各国の軍事会社のアドバイザーを幾つも務めてきた本多 宗茂からすれば、傭兵クランの良いところを活かしきっていない現状を見れば、率先して見本を見せたがるのも無理のない話である。

 宗茂が思う、ガルディアナ大陸における傭兵クランの良い点はいくつか有るのだが、その中でも群を抜いて素晴らしいと、手放しで賞賛した事柄。


 ――竜聖の盟約。


 ガルディアナ大陸において傭兵ギルドとは、竜聖の盟約を指し、傭兵クランは、その下部組織である――この事実を、民衆のほぼ全てが認知しており、そのことが傭兵という職業への信用に繋がっている。

 裏を返せば、ガルディアナの傭兵とは、竜聖の盟約の名に恥じぬ振る舞いを求められ、同時に、傭兵の質そのものを向上させる一因となり、傭兵という職業そのものの敷居を高める要因である。


 だが、このことが意味するのは、質の高い傭兵であれば、民衆の支持を得やすいということ。


 だからこそ、傭兵クランこそが最適だと判断した。

 その身に流れる血こそ特殊であろうとも、本多 宗茂が生粋の日本人であることは紛れもない事実であり、その精神性もまた、日本人独特の性質を備える。

 それと同時に、質実剛健を体現している武人であり、宗茂自身も、そのことを自覚させられている。

 ならば、自身が思う仁と義の在り方を叩き込めば、その精神性に悪しき歪みが存在することはない――心の底からそのように信じる宗茂は、傭兵を志望する者達の心身を、及第点と呼べる段階にまで鍛え上げた。

 その結果が、ドグル大平原での傭兵クラン『ラーメンハウス』の躍進となり、国王不在による治安悪化が危ぶまれていた王都ナヴァリルシアの治安、その安定の一助となったラーメンハウス ダグラダ店員の活躍ということ。

 戦乱の世界であるユグドレアにおいて、民衆から信頼され、支持を得るというのは、こういうことである。


 ともあれ、宗茂の提案を聞き届けたナヴァル王国国主たるクリストフからの内密な要請があり、その意が汲まれた結果、ラーメンハウス ダグラダが深夜営業を開始する。


 全ては、王都ナヴァリルシアに暮らす人々の健全な生活、その地盤を安定させるのに必要な、良好な治安を(もたら)す一助とするべく。




 ラーメンハウス ダグラダは今日もまた、朝から晩、夜明けまで、珠玉の一杯を提供している。




 それはさておき、探索開始から10日目。

 痕跡は見つかれど、探し者は見つからず――停滞とも膠着(こうちゃく)してるとも思える状況が続く、その間、毎日毎晩ラーメンをいただいては舌鼓(したづつみ)を打ちつつ、新たな味を求めて試行錯誤していくラーメン大好きハゲジジイの姿と、それを見守る王女と王国騎士の姿がそこにあった。


「衣をヒタヒタにさせてからの……エルフライス!! …………かぁぁぁ、美味いっ!」

「それ、わりと通好(つうごの)みの食べ方なのよねぇ……しかも、唐揚げとかじゃなくて、パーコーっていうのがまた――」

「ほほう……カラアゲとやらとは何か違うのか?」

「えー、そこ、食いついちゃう? んー、なんていうのかな……そもそも材料とか工程とか、ちょっと違うっていうのもあるんだけど衣があんまりラーメン向きじゃないのよ、唐揚げは。パーコーはその反対で、汁物に向いてるって感じかな。天麩羅(てんぷら)っていう料理みたいに、衣がスープをきっちり吸いとるから、肉汁とは別のジューシー感ありますよー、みたいな? まぁ、唐揚げでも美味しいとは思うけどね」

「なるほどのう……一噛(ひとか)みすると溢れでる、この旨味たっぷりの汁。これの正体は、肉の旨味とラーメンスープが衣の中で混ざることで創り出された、奇跡の雫ということじゃな…………うむ、実に美味いっ!!」

「パーコー麺、しかもラーメンライスかぁ……どハマりしてるなぁ、叔祖父様」

「自分も、ラーメンに首ったけであります!」

「うん、初日からわかってたけどねー……デイビッド、ラーメン来たら、目の色めっちゃ変わるし」

「そ、そうでありましたか、失礼しました!」

「あ、うん……ねぇ、私って、そんなに怖い?」

「そ、そそそ、そんなことは全くございません!」

「なら、もっと気楽に話して」

「い、いえ、姫殿下にそんな――」

「あのね……叔祖父様がこうなると、ラーメンのことしか会話しなくなるの、もう理解してるでしょ? いいから話し相手になって、デイビッド!!」

「ひゃ、ひゃい!?」


(胃は大満足なんだが、心だけは、これっぽっちも休まる気がしないんだがっ!? だ、だれか助けてくれぇぇぇぇっ!?)


 実は王侯貴族の隠し子――という訳でもない、正真正銘、徹頭徹尾、平民出身のデイビッド。

 彼からしてみれば、高位貴族どころか、ナヴァル王国最高位の貴族である公爵家であると同時に、王家として認められているナヴァル王家の一員&元一員となれば、ラーメン屋で席を一緒にしているだけでも、とんでもなく緊張するのは当然のこと。

 どこぞの平民出の低位貴族と(じゃ)れ合うのとは訳が違うのだから、デイビッドが、こうも緊張するのは無理もない。

 砕けた口調で話した瞬間、不敬と見做(みな)されて処されでもしたら、残された家族はどうなる!?――というのが、デイビッドの嘘偽りなき心境であり、懇切丁寧に、ガデルとセレスティナに接する理由。

 ラーメンが大好きな()()()おっさんが取る行動としては、何一つ間違っておらず、なんとも気の毒な状況と言わざるを得ないのもまた、中々に同情を誘う。


 なお、面倒になったのか、そもそもバレバレだったからか、2人の素性は、あっさりと吐露されることに。その結果、気まずい空気の中、大袈裟かつ棒読み感(あふ)れるリアクションを、デイビッドは強要されることに。




 それは、王国に仕える騎士として健気が過ぎる姿であり、ただただ同情を誘っていたこともまた、ここに記しておこう。




 なんにせよ、緊迫した探索時のそれとは真逆の、何ともまったりとした食事風景――その最中、ガデルとセレスティナの朗らかな表情が固まる。


「……叔祖父様?」

「うむ……向かうぞい」

「え、な、何が――」

「デイビッドも早く来なさい――」


 ――網にかかった奴を観に行くわよ!


 ガデルとセレスティナの豹変に、この瞬間、何かが起きたことを察したデイビッドは、駆け出した2人を追いかける。


 ちなみに、ラーメンハウス ダクラダでは、食券制の先払い方式による精算システムを導入している為、食い逃げの心配はないので、安心してほしい。


 ともあれ、手荷物を運ぶ都合上、若干の遅れはあったものの、2人と無事に合流したデイビッド。

 その視界の先には、黒い外套(がいとう)に身を包み、()()()()で顔を隠した何者かが佇んでいた。


「……デイビッド()()までいるんですね」

「んっ!? その声……おまえ、まさか――」

「魔素が(かす)かに揺らいでいたので、誰かが張っているとは思っていましたが、まさか御二方や先輩に会うとは思いもしませんでした――」


 黒い外套のフードをおろすと共に、オーガを模したような黒い仮面を外したことで現れた、その顔は、ガデルもセレスティナもデイビッドも、よく知っている人物。


 ――ナヴァル王国近衛衆、筆頭。

 ――特記戦力たる、ナヴァル六傑の一。


 魔刃の異名を大陸に轟かせる、ナヴァル王国最強の騎士であり、特殊な派生をした魔道職――魔法戦士系統最上級職のひとつである魔人。

 それと同時に、ユグドレア全体で見ても希少なヒト種族――魔人族へと種族変化した者。




 カイト=シルヴァリーズ子爵、そのひとである。





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