王国騎士デイビッドは家に帰りたい 02
第1騎士団が王都から出立するのを見計らったように、行動を開始したガデル、セレスティナの元に、デイビッドが合流。王都ナヴァリルシアの影の部分――陽の当たりにくい暗がりに残るであろう痕跡を求めて、デイビッドに案内させること、5日。
ガデルは、ひとつの結論と更なる疑問を唱える。
「……やはり、これは――」
「逃げた?」
「うむ……意味合いは、少々異なるがの」
「どういうこと?」
「おそらくじゃが、逃げたというよりは――次に移行する為、王都から離脱したのじゃろうな。慌てた様子が見受けられないからのう……」
「なら、暗殺を諦めたってこと?」
「そこが、どうにも気になるところじゃな……痕跡を見るに、此奴らが複数で動いてることは理解できるのじゃが、これがまた不可解でな――」
(聞こえない聞こえない、なーんにも聞いてない)
そもそもの話、何故、ガデルやセレスティナが素性を明かさず、第2騎士団を経由し、案内役のデイビッドを確保してまで――つまりは秘密裏に、ナヴァリルシアの暗部を探ろうとしているのか。
シンからの情報提供が、その答えである。
シン曰く――ナヴァル国境戦役開戦に合わせるように、ナヴァリルシアに居を移している高位貴族とその家族の暗殺が頻発。その後、第1王子勢力と第2王子勢力が、互いに責任を押し付け合うように糾弾し、水面下でのみ行なわれていた後継者争いが、表にまで顔を見せる――泥沼じみた骨肉の争いとなり、その後の大戦にまで尾を引くことになった、とのこと。
当たり前のことだが、高位貴族の各々には領地が与えらる。だが、地位に満足しない者の場合、代官役に領地運営を任せては王都へ移り住み、権力闘争という名の権謀術数を繰り広げる。それと同時に、次期当主に代官役を任せ、執務の経験を積ませる――という流れが、ナヴァル王国では比較的常套化している。
そうである以上、王都で当主が亡くなったとしても、次期当主に代替わりするだけのことであり、さほど大きな変化は無い。無論、経験豊富な者を亡くすこと自体は歓迎すべきことではない、が、十分に挽回可能な損失である。
つまり、シンが知るナヴァル王国貴族の暗殺が、貴族であることが理由だとは、少々考えにくいということ。
「なら、他にも狙いがあるってことよね?」
「うむ……妥当なところならば、当主を意のままに操ることなんじゃが……殺された人質なぞ無価値じゃろうて」
「……嫌な言い方だけど、実際そうよね」
「素直に考えるならば、高位貴族の後ろ盾の多い第1と第2の後継者争いを激化させる、そのための自演行為なのじゃが――」
(聞こえない聞こえないキコエナァァァァイ!?)
ガデル達が行動を開始してから10日目。
つまり、ナヴァル国境戦役開戦から8日後。
平民街の人目につきにくい空き家や、地下水路の所々を探索した結果、何者かが潜伏していたであろう痕跡が残されていたにも関わらず、暗殺が行なわれなかった。
暗殺が未遂に終わったこと自体は喜ばしいことだが、確実に潜んでいたというのに、ただの1人も発見には至らない、その現実は、ある事実を示唆しているようだと、ガデルは思索していた。
「――勘が良すぎるってことでしょ」
「うむ……儂の魔素探知が到達する前に、その場から去っておる……魔素の揺らぎに気付いたのかもしれんが……」
「うーん……一回二回ならともかく、毎回気付かれるって…………叔祖父様、もしかして――」
「おそらくな……潜伏している者達は――」
――人族ではない可能性が高い。
(ああ、早くラーメンが食べたい食べたい食べたい聞いてない聞いてません、何も聞いてませんっ!)
暗殺を企てていたであろう潜伏者が、人族ではない――その可能性が浮上した瞬間、とある2つの種族のことが、ガデルとセレスティナの脳裏に浮かんでいた。
――エルフ、もしくは、獣人族。
特に今回の下手人達は、後者の可能性が高いと、両者の考えが至った理由――人族を除いた人種族の多くがそれぞれ、下手なスキル程度ならば軽々と凌駕する、有用な特性等を有していることが、それである。
ただし、それら種族の類別は、多岐に渡る。
例えば、エルフ――かの種族は、白エルフと黒エルフに大別され、ガルディアナ大陸の場合、それぞれに支族と呼ばれる調整役を担う一族が存在する。
白の4支族、黒の3支族がそれである。
白の4支族に該当するのは、レヴェナの生家である赤源を司るドの一族や、炎燼の剣に所属する白エルフ――古弓ファルティアを継ぎしエレスの生家であり、緑源を司るファの一族。
そこに、残りの一族を加え、白の4支族と呼ぶ。
それぞれの一族の血脈には、種族特性とは別の、特殊な特性やスキル、称号が先天的に引き継がれ、大なり小なり確かな力となる。
こういった先天的な能力向上が為されている事実もまた、人族が、ユグドレア最弱と揶揄される所以のひとつ。
勘違いしてはならない。
本多 宗茂やレイヴン、シンやガデルなどは、あくまで例外的な存在であることを。
個人勢において、強者と呼ばれる者達の中に純粋な人族は少なく、その殆どが、人族を除いた種族の血脈を半分、もしくは、それ以下の血量を、その身に宿している者――混血である。
ともあれ、ガデルやセレスティナがあたりをつけた獣人族には、玉兎人を除く、ガルディアナ大陸全土に名を広めている大種族が存在する。
古き時代、純粋な強さのみが絶対的に求められていた、言葉通りの弱肉強食を体現していた群雄割拠の時代に在って尚、その名を世界に知らしめた、覇を競いあう強き獣達。
その者らを称える言の葉として、覇獣、もしくは、星獣という名があてられ、ユグドレアという世界において、最強の座を競う者として在った時代が、確かにあったのである。
例えばそれは、炎燼の剣に所属する剛盾士のリグ=ガウズの種族である朱豹人族、その祖こそ、覇獣の一たる――覇豹バルムス。
魂魄形成よりも前の状態、魂の根幹たるイデアに、種族確立の条件として古き獣の血脈――より正確に述べるならば、かの獣の根源因子――を、魔律戒法の理に則って刻み込んだ亜人。
それが、獣人族。
そして、獣人族の領域下における5大勢力とは、偉大なる古き獣――覇獣や星獣の血脈をその身に刻まれた、特別な獣人族である。
今回、未遂に終わった暗殺計画には、5大勢力の1つである、星象ガーディルを祖とする灰象人族と、黒の3支族のひとつである、ラの一族。そのどちらかが関わっていると、ガデルとセレスティナが推察した、その経緯――この両者に共通するのは、魔より武を重んじる家系であることに加えて、察知能力を高めうる特性を有していること。
黒の3支族たるラの一族には、風食みと呼ばれる特性が代々引き継がれており、意識せずとも、空気の流れを理解する。その精度は非常に高く、弓術などにも当然のように活かされるが、その最たるは、近接戦闘力。特に、混沌とした戦場にありがちな乱戦時などに発揮される立ち回りの妙は凄まじく、縦横無尽に戦場を駆け回る黒エルフといえば、ラの一族である――世間からは、そのように認識されている。
一方、獣人族5大勢力の1つである、灰象人族。かの種族が引き継いでいる特性は、塵嗅ぎ。
嗅覚の精度や感度が強化される特性で、大気中の匂いを細分化して嗅ぎ分けることを可能とする。
そもそも獣人族の殆どが、優れた感覚器官を有し、特に嗅覚や聴覚は、他種族の追随を許さないほどである。
その中でも、件の灰象人族は、ユグドレアの生物の中でも最高クラスの嗅覚であり、概ね4〜5km先の水の匂いまで嗅ぎ取り、最大で10km以上まで嗅ぎ取れる個体も存在する。
そんな灰象人族に、奇襲の類は通用しないと言われており、その体格の良さも相まって、防衛戦闘のスペシャリストと目されている。
ちなみに、未訓練の者は際限なく嗅ぎ分けてしまうので、匂いが雑多に混じるような場所には立ち入ることができない。そのことから、地下水路のような衛生環境のよろしくない場所を訪れる灰象人族は、嗅覚の使い分けに熟達した者であると推察が可能である。
以上のことから、可能性は2つ。
ラの一族の場合――魔素探知の範囲内に魔力を馴染ませると、ほんの僅かだが魔素が揺らく。その振動が空気に伝わり、空気も揺れ、それを察知したことで、追跡者の存在に気付き退散した。
灰象人族の場合――嗅いだことのない匂いを発した何者かが、自分達の方へと向かってくることを察知し、その場から離脱した。
ガデルとセレスティナは、このように推論。
ただし、決定的に異なる行動の痕跡が、その場に残っていることで、灰象人族の者が関与している可能性が高いと、2人は判断する。
その痕跡とは、大気中の滞留魔素。
潜伏行動下にあっては、食糧を含めた資源は限られてしまう為、ある道具を用いることで補助とするという流れが、ガルディアナ大陸各所に見られている。
その道具とは、携行用魔導器。
ラの一族と灰象人族。
前者は、魔導器嫌いで有名な黒エルフ。
後者は、現在のガルディアナ大陸における獣人族領域の情勢的に、魔導器を必要とする戦時中ということもあって、否が応でも導入されている。
そして、平民街や地下水路に残されていた魔素の痕跡、その多くが、魔導器特有の痕跡――凹凸のある魔素濃度になっていた。
そのことから、潜伏していた者の多くが獣人族であり、灰象人族が同道している可能性が高いと、ガデルとセレスティナは結論付けた。
ただし、灰象人族を含めた獣人族の仕業に見せかけた、悪意ある何者かの仕業という可能性を、ガデルが見過ごすことはない。
黒淵と讃えられし黒魔法師、その老獪な知性は、可能性を見落とすという無様を晒すことを、決して許さない。
この老魔法師、ただのラーメン大好きハゲジジイではないということだ。