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王国騎士デイビッドは家に帰りたい 01

 現地のおっさん騎士、再登場。

 第29部 ナヴァリルシアの受難:序 以来の登場なので、気になる方はそちらをどうぞ。











 彼の名はデイビッド、41歳、平民、ナヴァル王国第2騎士団警邏(けいら)課所属。

 王国内の治安維持を主目的としている警邏課、その中でも王都ナヴァリルシア平民街を担当する第4分隊の隊長であり、同僚からの信頼厚きベテラン騎士である。

 日々誠実に騎士としての職務に励む彼のことを、平民街に暮らす者達はとても頼りにしている。

 そんなデイビッドのマイブームは、王都ナヴァリルシアの人々のフェイバリットフード、ラーメンという至福の一杯を堪能すること、お気に入りは塩ラーメン。


 今日も今日とて、愛する妻と娘2人を連れ、素晴らしい夕飯にありつきたいものだと考えていたが、そんな彼のささやかな願いは空しく散ってしまうことになる。


「ほほう、塩を選ぶとは……おぬし、わかっておるのう」

「そ、そうですかぁ? あ、はは……」

「夜は塩よね、叔祖父(おおおじ)さまって」

「うむ……この落ち着いた味わいは、1日の終わりに相応しいからのう……」

「そんな私は、ガッツリ豚骨…………それにしても、ホント美味しいわね……ラーメンハウスおそるべし」

「おぬしから見てもか?」

「うん……なんていうか()()()()、っていうか、むしろライン超えちゃってます、みたいな?」

「は、はあ……?」

「気にせんでいい。ラーメンが美味だということじゃ」

「な、なるほど?」


 ナヴァリルシア()()()の一角に建つ飲食店――ラーメンハウス ダグラダ貴族街本店内のカウンター席に座る、3名の男女。

 右側――あの蒼風の剣翁と肩を並べる圧倒的強者、生きる伝説の1人であり、ナヴァル王国における特記戦力を代表するナヴァル六傑、そこに名を連ねたる黒魔法師――黒淵のガデル。

 左側――魔法師団の団長にして、ナヴァル魔法学院の学院長、ナヴァル六傑ではないものの、特記戦力に数えられる彼女こそ、人族領域最強国家の呼び声高きナヴァルの第1王女――セレスティナ=A=ナヴァル。

 人族領域のみならず、ガルディアナ大陸全土にその名を轟かす――そんな高名な人物達に挟まれながら、恐る恐るラーメンを(すす)る人物。


 彼こそが、平民出身の王国騎士デイビッド――異名とかは特に無い――である。


 両者ともに王族関係者であり、師弟関係の間柄(あいだがら)でもある、ガデルとセレスティナであれば、一緒に行動を共にしていたとしても、なんら不思議なことはひとつも無い。

 そんな2人と、極々平凡そうな王国騎士デイビッドが、その行動を同じくする理由とはなんだろうか。

 何故、この3人が、一緒にいるのか。




 そのきっかけは、ナヴァル国境戦役開戦の2日前、王都ナヴァリルシア平民街と商人街の境目に程近い、とある古ぼけた建物での出来事にあった。




 ナヴァル王国第2騎士団王都総本部。

 必要最低限の補修が至る所に施された、端的に言えば、少々ボロい施設内を、灰色の軽甲冑(ライトアーマー)姿の騎士が、淀みを感じぬ足取りでスイスイと歩を進める。

 その鎧の色は、彼の所属を示す――ナヴァル王国第2騎士団にて正式採用されている総甲冑(フルプレート)や軽甲冑は、コストパフォーマンスに優れた淡隕鉄(アダマス)製。

 星銀(ミスリル)製であることを示す、白銀色の甲冑を採用している第1騎士団からは、からかい混じりに、こう呼ばれている。


 ――灰被(はいかぶ)り、と。


 だが、その灰色は、ナヴァル王国外にて軍事を司る者からすれば警戒に値し、いわば強兵の証。

 それは、近衛衆や魔法師団だけが、ナヴァル王国の軍事の全てではないことを、騎士団設立以降、彼ら彼女らが、その身を以て示してきたからこそ与えられた、妥当な評価。

 ナヴァル王国との間に国境域が存在するランベルジュ皇国、並びに、アードニード公国もまた――警戒すべきは第1よりも第2――そのように認識している。


 要するに、第1騎士団は実践してくれたのだ――負け惜しみ、もしくは、負け犬の遠吠えという言葉の意味を、自らが率先して実例を挙げ、わかりやすく解説してくれたのである。


 さて、ナヴァル王国の強兵が集う第2騎士団の本部を、勝手知ったるとばかりに悠々と歩いてきた彼は、目的地である、3階奥の扉の前にやってくる。

 そして、なんの躊躇(ちゅうちょ)もなくコンコンと扉を叩き、はいどうぞの返事が来るや否や、ガチャリと扉を開けた、彼の正体とは――


「――警邏(けいら)課、第4分隊長デイビッド、入ります」

「来たね、デイビッド。まあ、座ってくれ」


 筆を置き、書類仕事を止めることに併せて、第2騎士団執務室備え付けのソファーへ、デイビッドを導いた彼こそが、この部屋の主たる第2騎士団長、その人。


 名を、エドワード=ラスティン。齢は41。ナヴァル王国の子爵位を与かる、れっきとした貴族であり、デイビッドにとっては上司であると同時に――


「さて、デイビッド……さっそくなんだが、君にしか頼めない任務が――」

「失礼、団長。そういえば日課の見回りが残っていることを、たった今、思い出したので――」

「こらこら待ちたまえよ、()()()()。仮にも団長様のお願いだよ?」

「はぁ……()()()が殊勝な態度で頼み事する時は、大抵が厄介事なんだよなぁ……で、()()()、今度はなんだ? デラルス大森林に行って、カイゼルオークの寝顔でも写生するか? それともランベルジュかアードニードに潜入捜査か? いっそのこと、北方の巨人族を騎士団に勧誘でもするか、ん?」


 今より12年前、第2騎士団副団長就任の折に男爵位、6年前の団長就任の際に子爵位を賜ったエドワードと、一般的な王国騎士として、マジメにコツコツ長年勤めあげてきた警邏課の分隊長であるデイビッド。

 彼らは、古参の王国貴族から、元平民の成り上がりと、エドワードが嘲笑され始めた12年前よりも前からの付き合い。

 いわゆる幼馴染(おさななじみ)の腐れ縁――デイビッドとエドワードは、王都平民街で生まれ育ち、互いに悪友と認める、そんな関係なのである。


「うーん、最後のは随分と魅力的だねぇ」

「ユニット外して戦場に行くのと大差ないからな?」

「十中八九、死んじゃうねぇ」

「まず間違いなく死ぬな……で?」

「……7割くらい?」

「ほぼ死ぬじゃねえか!?」

「冗談さ、冗談。さすがに死にはしないと思うよ…………身体はね」

「おい、最後なんて言った? どうにも嫌な予感がしやがる……駄目だ駄目だ、今日こそ俺は、マリー達とラーメンを食べに――」

「――2年分の特別給与」

「…………なん、だと?」

「いいかい、()()()、もし君が快く任務を引き受けてくれるなら、2年分の特別給与を支払うことを約束しよう」

「…………も、もう一声」

「ふむ……なら、最近発売された、ラーメンハウス ダグラダの年間ラーメンパスポートなるものを、4人分――」

「――了解した団長様、任務内容を聞かせてくれ」

「快諾ありがとう、第4分隊長殿。ディーのそういうところが、僕は大好きだよ」


 依頼内容は、さる要人の案内役。

 王都ナヴァリルシアの地下に広がる地下水路を含めた、王都内の裏道を案内する役目を、最低でも1週間、最長で1ヶ月、デイビッドは務めることに。

 至極当然の反応として、さる要人とは誰なのかという、デイビッドから挙げられた疑問の声。

 書類の(たぐい)に残せない極秘の任務だから、実際に顔を合わせるその時までは秘密――こんなことを、ニコニコ笑顔で口にしたエドワードの様子に、何やら不穏な気配を感じたはしたものの、2年分の特別給与に加え、()()年間ラーメンパスポートという極めてレアな報酬が待っているのだからと、自分を納得させたデイビッド。


 だが、ほんの少しだけ、デイビッドは思慮(しりょ)(めぐ)らすべきだったかも知れない。




 何故、極めてレアな代物を、いとも簡単に報酬として上乗せすると、エドワードが確約したのか。




 顔合わせ当日。

 合流予定地である貴族街にてデイビッドが出会ったのは、ラフながらも仕立ての良い服で飾られた、魔法師2人組。

 1人目は、ナヴァル王国の重鎮(じゅうちん)中の重鎮、名目の上では平民である、元王族の老魔法師――の、そっくりさん。

 2人目は、ナヴァル王国にて、上から数えた方が早いほどの強大な権力を実際に有する、あの第1王女――そっくりな美人魔法師。


(――いや、ご本人様方じゃん!?)


 片や、ナヴァルに数名存在する、生きる伝説の1人であり、とんがり帽子の奥に潜む、ハゲあがった頭がトレードマークの黒魔法師――黒淵のガデル。

 片や、()()()()()()()、ナヴァル王国の人々、特に女性から強く支持されている第1王女、市井にて、ナヴァルの奇才とも呼ばれる――セレスティナ=A=ナヴァル。


 そんな2人は、セレスティナに配慮した結果だろう――ガルデとレスティという名を、デイビッドに伝えたのだが、わかる者にはそれが偽名だとすぐにわかる訳で。

 デイビッドもまた、ベテランの王国騎士なだけあって、すぐに2人が何者かを察した訳で。


 心中、穏やかにいられる筈もない訳で。


 ナヴァル王国民なら、新生児を除いた全ての者が、顔は知らずとも名前だけは絶対に知っているような有名人達と、まさかの対面を果たしたデイビッド。最低でも1週間、行動を共にする相手が、王国屈指のお偉いさん2人という、驚愕(きょうがく)かつ予想外の事実に、デイビッドの表情筋が、気の毒なほどガッチガチに固まる。


 そして、洒落にもならなければ生半可でもない、その凄まじき緊張感は、デイビッドの心と胃に、決して外には聞こえぬ悲鳴を挙げさせていた。




 ――家に帰りたぁぁぁぁぁいっ、と。







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