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怒れる炎姫、蒼風の剣翁 〆

ちょい長め。




 




 ――今、この瞬間こそが、歴史の変換点(ターニングポイント)である。




 白騎士(ヴァイスリッター)に似通うが異なる、どこか生物的なその質感、例えるならば、昆虫の甲殻のような白き甲冑にその身を覆わせるのは、異世界召喚勇者、最強の少年――ヒトシ=スズキ()()()()()。その威容から放たれる、(おぞ)ましさを覚えさせられるほどの生々しい殺意は、先程までの救世主然としていた少年からは、微塵も感じられなかったものである。

 暴走した異世界召喚勇者の成れの果てである外天の尖兵とは、長い戦歴の中で何度も刃を交え、その全てを仕留めてきたレイヴンをして、今現在、目の前にいるそれが、かつて(ほふ)ってきた者達とは別格なのだと、瞬時に悟らせられていた。

 故に、レイヴンの脳裏に、その選択肢が浮かぶ。


 陰刀ヤサカを――解くか、解かぬか。


 これほどの難敵であればこそ、息つく間も与えず、ユグドレアから消滅させる選択というのも、決して悪くはない。

 被害を出さぬようにと、最大戦力を以て速やかに戦闘を終わらせることが、理に適っているやり方なのは間違いないのだから。


 とはいえ、()()レイヴンならば、そのどちらを選ぶかなど、とうに決まっている。




 ――()()()()




 もしもこの時、解くことを選んだ場合、陰刀ヤサカによってヒトシが消滅。その後、【強制転生(リィンカーネーション)】によって生まれた、新たな異世界召喚勇者に陰刀ヤサカか奪われたのち、レイヴンは殺される。

 次いで、陰刀ヤサカを携える新たな異世界召喚勇者に対処すべく、本多 宗茂が全力を出さざるを得なくなる――といった具合に、傲慢の破壊神にとって、なんとも理想的な展開になっていた筈だ。


 しかし、そうはならない。


 本多 宗茂による提案――こちらの情報を可能な限り隠蔽(いんぺい)し、以降の戦いに備える――この基本方針を成功させるにあたって不可欠な存在である、力を抑えても尚、敵勢力に畏怖を与え、脅威となれる者。

 その条件を満たせる者が今のところ、自分と翁だけ――そんな言葉を伝えられたレイヴンが、その心を、武人としての矜持(きょうじ)を、熱く燃やさぬ訳がない。

 なればこそ、陰刀ヤサカを解こうなどとは(つゆ)(ほど)も思わず、解かぬことを即座に選び取る。無論、レイヴンは【正史】のことを知らない。

 それはレイヴンに限らず、ユグドレアに()()()()者全てに共通している、世界の(ことわり)


 だがレイヴンは、()()()()()()選んだ。


 何千何万何億何兆……数え切れぬほどの試行、無限に等しい暴虐が繰り返されてきた、嘲笑い続けられてきた世界線において、ただの一度たりとも選ばれることのなかった、歴史を変える選択。


 其れは、陰刀ヤサカを解放しない選択。

 此れは、陰刀ヤサカが奪われない選択。


 意に反して、其処に在ることを強いられている【正史】の断片――『怒れる炎姫、【解きし】剣翁』と銘打たれし、喜劇的な【悲劇】の一幕。

 (わら)い愉しむ為だけに作られ、丹念に仕上げられたと評判の【理想の筋書き】。その中でも、自分達を何度も(よろこ)ばせてきたシーンへ突入する為の、いつもの演出が始まる――筈だった。

 其処ではない何処かの場において、最高の娯楽と褒め称えられている【演目】の中に、決してある筈の無い、有り得てはならない、その光景。ここ最近、傍観者達を最も高揚させてくれた、あのシーン。


 忌々しい尖兵狩りの老人が、憎たらしい()()()()()()で斬り刻まれ、醜態(しゅうたい)(さら)しながら野垂れ死ぬ。


 そんな素晴らしい光景が広がる筈なのに、それが展開されていないのだ――それは、そいつらにとって、間違いなく緊急事態であり、完全なるミス。

 想定とは真逆の、何ひとつ愉しめない物語が展開されるのを、迂闊(うかつ)にも、傍観者達が()()してしまったことで、分岐の確定という名の変化を与えられ、新たな世界線が発生することに。


 ユグドレアに生まれた新たな歴史、その一幕、その章題こそ『怒れる炎姫、()()()剣翁』である。


 これより数時間後に起こる、田所 信による空撃士復活という新たな事象へと繋がる、新たな世界線。それが紡がれ始めたことで、本物の喜劇――異世界からやってきたラーメン好きのおっさんを中心とした、世界にあまねく悲劇のことごとくを潰して(まわ)る、喜劇的な英雄譚――へと合流する道筋が、ようやく(ひら)かれた。

 それは、ユグドレアに招かれし特異点から発生した世界線――本多 宗茂という世界の異端が拓きし未知なる道程に、世界に撒かれし傲慢なる【正史】が交わることで、喜劇の皮を(かぶ)せた【悲劇】が、冗談にしか思えない本物の喜劇――異世界でラーメン屋経営という、大衆向け娯楽小説の題材へと、その姿を変えたことを意味する。




 まさに、反撃と呼ぶに相応しき新たなる歴史、新たなる世界線、その始点が、他ならぬ傍観者達の観測によって確立されたのである。




 さて、陰刀ヤサカを解かぬことをレイヴンが選択した要因が、本多 宗茂がユグドレアに招かれ、行動を起こしたことにある。その事実に、疑う余地は皆無である。

 だが、レイヴンの選択という歴史の変換点において、()()影響を与えたのは、実のところ、宗茂ではない。

 大いなる魔の意思 アナスタシアが送り込んだ七つの種の内、最初に目醒(めざ)めた者が起こした行動こそが、ガルディアナ大陸のみならず、ユグドレアの歴史の流れを変える、レイヴンの選択へと繋がっていた。


 ナヴァル王国に異世界召喚勇者がいない理由。

 アードニード公国に異世界召喚勇者がいる理由。

 ナヴァル国境戦役の開戦時期がズレた理由。


 本来、いない筈の存在が其処にいることで、注目の度合いが変ずる――これは、ある意味では、戦の常套。

 ()()()、彼は知っているのだ。

 力あると認められている者が存在すると知っただけで、敵対する者が、勝手に警戒することを。


 だから、彼は、其処に住み着いた。

 だから、彼は、自分に注目させた。


 彼は知っている、人族がいとも容易く御されることを。


 元来、下界に関わることを嫌うと云われる根源竜が、()()()()()()()に住み着いたことによって、大陸中の国軍や傭兵ギルド、冒険者ギルドが、ナヴァル王国最西の地を注視するようになる。

 そうなれば当然、ナヴァル王国そのものにも自然と目が向くことになる。当然ながら、悪評高いナヴァル王国宰相派貴族の動向にも。

 かの竜は、ベルナス神山形成以来、ただの一度も代替わりをしていない、唯一の根源竜であり、ガルディアナ大陸の歴史の移ろいと()()()を識る者。

 だからこそ、リルシア帝国崩壊後、建国されたナヴァル王国の治世の不自然さを感じ取り、危機感を覚えた彼は、自らの意思で山を降り、(ふもと)のデラルス大森林にて(にら)みを効かせていた。

 それは、かつて存在した数多の歴史――残骸にも、【正史】にも存在しない、新たな事象。

 それは、青の根源竜たる蒼穹竜ファクシナータの中で目醒めた7つの種の一粒。真生を歩みし者の一たる彼――日本にて、真田 幸村の俗称で知られるノブシゲ=サナダが打った、戦略的布石。


 ユグドレアの為に命を賭けた同朋に代わり、彼は動く。それが、右も左もわからぬ己に、親身になってくれた者達への恩義に報いる、彼なりの誠意である。




 その真摯な想いは、誰も彼も知らぬ間に【正史】に歪みを与え、(めぐ)(めぐ)った因果の果てに、レイヴンの選択へと繋がった、そういうことである。




 ところで、外天の尖兵と呼称される存在には、明確な序列が存在する。

 例えば、レイヴンが戦っているヒトシ=スズキが変化したそれは、最上位の尖兵――()と呼ばれる位階の者。最上位【チート】と位置づけされている【主人公補正(メインキャラクター)】、それを暴走させたからこその結果である。

 実のところ、外天の尖兵自体が、本来ならばユグドレアに現れる筈がない――のだが、実際に出現している、その理由。


 それは、傲慢の破壊神による細工の結果であり、その細工こそが、異世界召喚勇者の【チート】の暴走。


 他の次元に通ずる門扉――穴とも呼ばれる通り道が、厳重に閉じられているユグドレアにおいて、熾はおろか、最低位の権、序列外の名無しと呼ばれる尖兵ですら、基本的に、侵入することは出来ない。

 だからこそ、穴を経由せずに尖兵を送り込める傲慢の破壊神は、その実績が評価され、外天の支配者達の中でも上位に在れる――多くの配下を率いる一大勢力となれたのである。


 そして、傲慢の破壊神の()()()標的こそが、ユグドレア。


 春先(はるさき)の魔女アンナ=ヴァルプルギスの創り上げし箱庭世界群――第16世界超越線にて、彼女が命を賭して発動した螺旋式、彼女だけの唯一たる運命(かく)(はん)魔法『いたずら猫(シュレデ)の気まぐれ(ィンガー)』が発動。因果の無限生成機構――無限輪環(メビウス)が構築され、終わりと始まりが完全に同期している、不滅の箱庭が誕生した。


 外天の支配者達によって喰い荒らされた第16世界超越線、唯一にして、()()()()()




 それが、ユグドレア。通称、玩具箱(トイボックス)である。










 今のレイヴンが考えるべきこと、やるべきこと。


 ユニークスキルも発動せず、陰刀ヤサカも解放せず、レイヴン=B=ウィロウという武人が培ってきた純粋な武のみで、外天の尖兵とほぼ互角に渡り合っている、この状況を、これから、どのように推移させていくか。


 それが今、レイヴンが考えるべきことであり、やがて訪れるであろう選択に備えておくのが重要である。

 だとすれば、視界の端に映るそれが、何を意味するかを理解しているレイヴンが取るべき行動は限られている。


 ――『千変万化 極(ジ・アンリミテッド)』。


 故に、クールタイムが終わり、尚且つ、知られたところで特に問題のないユニークスキルを発動する。

 外天の尖兵の足下から生み出された斬撃の群れは、鎖で(がん)()(がら)めにするかのように絡みついたかと思えば、まるで獣の大群にでも襲われたかのように全身を深々と切り裂き、その動きを完全に封じ込める。


「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ン゛」

「――勝負はお預けだ、害虫」


 そして、ヒトシだけをその場に残したレイヴンは、脇目も振らずに、遠目から眺めていたリアへ向けて、動き出し、脇に出現する。


 要するに――撤退(てったい)である。


「え、あ――」

「あいつはしばらく動けねぇ、今のうちに退くぜ?」

「いいのですか? レイヴンきょ……レイヴン殿なら、あいつを仕留められるのでは?」

「んー、それでもいいんだけどなぁ……あいつらをどうこうすんのは、ムコ殿がいた方が好都合なんでな」

「ムコ殿……噂に聞いた、新たなウィロウ公爵ですね」

「おうともよ。それよりちょいと手伝ってくれい――」

「え、と……ど、どうするおつもり、ですか?」


 悪感情を露骨に表情へと出さないよう、幼い頃からしっかりと教育されているリアなのだが、見ないようにしていた汚物に等しいそれを視界に収めたことによって、顔を(しか)めざるを得なかった。


「ま、単純な嫌がらせだな。ラモンの野郎に送りつけてやらぁ、っと、腕と脚も忘れずにな」


 落ちていた縄でぐるぐる巻きにされたのち、猿轡(さるぐつわ)まで着けられたゲルムス=ベルハウルの姿に、若干の溜飲(りゅういん)は下げられたものの、嫌悪しか感じ得ないことには変わりなく、見ないようにしていたリアの視界に、それが――視界の最奥にて舞い上がる砂煙が映る。


 それは、軍勢が近づいている証。


「レイヴン殿――」

「ああ、わかってらぁ。で、お前さんも来んのかい?」

「…………え?」

「……流石は、剣翁殿、気付いておられたか」


 リア=ウィンディルの足下から声が聞こえてきたと思えば、水面が揺らぐように波打つ影の中から現れた、1人の男。


「やっぱ、影犬か。腕、上げたなぁ、おい」

「お久しぶりです、剣翁殿。炎姫殿も、ご無事で何より」

「……リ、リグリット殿、いつの間に――」

「炎狼の群れがいなくなってからだ。どうにも勘が鋭いのか、迂闊(うかつ)に近づくこともできなかったのでな。もっとも、いざとなれば炎姫殿以外を消すつもりだったが――」

「かっかっか、邪魔ぁしちまったかぁ?」

「いえいえ、助かりましたよ。それより――」

「だなぁ……とっとと退散するかぁ、って……どうしたリア嬢ちゃん?」

「あ、いえ、自分の未熟さ加減に呆れてまして……」

「影犬の気配に気付けるようなら、大したもんだからなぁ……これから精進すりゃあいい、それより――」

「はい、ありが――キャッ!?」

「口、閉じとけよぉ? 着いて来れるな?」

「剣翁殿に遅れぬ自信は、流石にないのですが?」

「かぁぁっ、そこは直ぐに応じやがれってんだぁ、影犬の名ぁ、泣いちまうぞ?」

「善処します。ところでコイツは?」

「ウチまで引き()る」

「保ちますかね?」

「はっ、そうなりゃそれまでのことよ。ラモンとこのクソガキなんだ、悪運なら、ちったぁあんだろ、なぁ?」


 言葉の意味がわかったからだろう、憔悴(しょうすい)しきって無言だったゲルムスが涙目で、芋虫じみた動きを披露(ひろう)することで懇願(こんがん)するも、レイヴンは無視。右手に握られたロープが、自身のそれと繋がっていることを確認したところで、意識を手放す。




 そして、数えること48回目の目覚め――意識を取り戻した時に、見知らぬ場所の地面に放り出されていたことに気付いたゲルムスは、そっと涙を流していた。










 これにて、ナヴァル国境戦役6日目が、終了する。


 ドグル大平原における出来事――傭兵クラン『ラーメンハウス』の躍進、ムネシゲ=B=ウィロウとシド=ウェルガノンの決闘、黒撃のシンという名の空撃士の出現と黒曜龍(ジ・アートルム)ゼルメルヴェントの顕現。

 ネブラン村における出来事――怒れる炎姫リア=ウィンディルの召喚士としての覚醒。


 そして、何より――レイヴン=B=ウィロウの生存。


 ナヴァル国境戦役前半戦が終わり、その過程で知り得た情報には、実に多くの謎や矛盾点が存在することに気付けたことだろう。

 そして、開戦から10日目。




 これより、ナヴァル国境戦役後半戦が、始まりを迎える――とはならない。




 ナヴァル国境戦役後半戦における、最初の戦いの舞台、ウィロウ公爵領都キュアノエイデス――後世にて、キュアノエイデス防衛戦と名付けられたその戦いの前に、知るべき一幕が存在する。

 言うなれば、急がば回れ――表向きのことを知るだけで、真実に辿り着けるのならば、研究者も探求者も苦労はしない。

 キュアノエイデス防衛戦、表向きには単なる裏切りの構図にしか見えない戦いの裏には、止むに止まれぬ事情が存在する。


 ともあれ、次なる一幕の舞台は、ナヴァル王国王都ナヴァリルシア。




 本当の意味で、ナヴァル国境戦役という戦いに勝利する為に必要な欠片が、そこにある。








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