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『怒れる炎姫、【解きし】剣翁』

 構成上、分割しづらい為、長め(短編並)になっています。腰を据えて読まれることを推奨します。




 



 これより始まるは、残骸に(のこ)りし記憶の()()


 分岐の行方を、決して変えさせない【歴史】。

 入口はあれど出口無き【寸劇】、【余興】。

 無慈悲で残酷なその情景を、他者を崖から突き落とすような強引さを以て、(わら)(たの)しむべき喜劇であると認めさせた【悲劇】。

 無惨(むざん)に散りゆく英傑の姿が滑稽(こっけい)であると、今なお傍観者達に嘲笑(ちょうしょう)されている【正史】。



 もしも、あの時代のガルディアナ大陸に、本多 宗茂が連れて来られていなければ、どうなっていたのか――これは、そんなif(もしも)という名の可能性を生み出した一幕。


 邪魔が入ることのない、今この時だからこそ、()()()、この一幕を――『()()』の向こう側を、しかと(のぞ)()てほしい。

【正史】という名の悪巫山戯(わるふざけ)であり、欺瞞(ぎまん)に染まるご都合主義で構成された、()()ぎだらけの駄文に満ちる、傲慢の悪辣さを()ってほしい。


 そして、願う。




 私のお節介が、君達の覚醒(めざめ)に繋がることを。















 ナヴァル国境戦役。

 後世にて、そのように名付けされた戦いでは、のちに大陸全土にその名を響かせる強者達が、各々の戦地で活躍している大戦(おおいくさ)という側面を備えている一方、人族領域における戦の趨勢、主導権争いの行く末を決定づけた出来事であった。


 その中でも特に重要だったのが、ナヴァル王国が誇る最高戦力――特記戦力たるナヴァル六傑の内、2名が、この戦で討たれたことに加えて、それぞれが所有していた2基の魔導器が、ナヴァル王国第2王子アルフリート=A=ナヴァルの手に渡ったことにある。


 蒼風の剣翁レイヴン=B=ウィロウ、そして、赤き龍を継ぎし赤の御子レヴェナ=B=ウィロウ。

 この2名の命を奪うことで手に入った2基の魔導器の存在が、ガルディアナ大陸の行く末――フォルス皇神教を主教とするナヴァル神国による、ガルディアナ大陸制覇を、あと一歩のところまで躍進させた最大の要因である――というのが、現在の定説である。

 とはいえ、たかだか2基の魔導器が、国家間の争いの勝敗まで左右するのだろうか――当然、凡庸な魔導器であればそんなことは不可能。


 だが、レイヴンとレヴェナが担っていた魔導器は、ユグドレア全体で見ても特別――敗色濃厚な戦局を、根底からひっくり返すことが可能な、まさに奥の手と呼ばれて然るべき、規格外の代物である。




 1基目――魔導()グレンアギト。

 紅蓮のレヴェナが担いし魔導器。魔導王と謳われし魔導師最後の作品群――魔導王の遺産(レガシーズナイン)の1基であり、当時のユグドレアにおいて、最大最凶の魔導器と呼ばれたのが、このグレンアギトである。

 その性能の高さと扱いにくさゆえに、レヴェナは、グレンアギトを普段(ふだん)使(づか)いすることはなく、神魔金等級の魔物の変異種や巨獣種など、まともに戦っては甚大な被害が想定される化け物を相手にする時にのみ、動かしていたとされる。

 そんなグレンアギトを、ナヴァル神国は、戦いの最前線に配置し、敵国の兵を建物もろとも蹂躙(じゅうりん)していったのである。


 ちなみに、たったの5秒で、小国の首都を()()に変えたというグレンアギトの逸話は、とても有名な話である。


 2基目――()()(ルーナ)の一振り。

 とある大陸、辺境の鍛冶場に、勝手に住みついた野良の鍛治師達。彼ら彼女らは、世間からこのように呼ばれていた。

 大陸の歴史上、最高と謳われし至高の鍛冶師達の集まり――ダーインドヴェルグズ、と。

 そこの鍛冶場の主こそが、初代ダーイン。

 そこから数えること、7番目――赤髪の彼女こそが、いずれ魔導王と呼ばれる魔導師の師であり、元異世界召喚勇者にして異世界16英傑の1人、魔導騎の父たるミコト=オオグロの師。

 ガルディアナ大陸の()()()()である、ガルディア帝国皇帝ナハト=ガルディアの姪にして、帝国第3皇女()()()()()()=ガルディアの三つ下の親戚であり幼馴染、そして――同僚。

 型式番号DSL――ダーインスレイヴシリーズLモデルの生みの親であり、星踏みの聖女たる妹のシルファと共に、かの幻創器に比肩するとも云われるユグドレアの守り刀、(ソル)(ルーナ)の二振りを創り上げた彼女こそが、7代目ダーイン。


 後世にて、魔導機の母とも呼ばれし、ユグドレアの歴史上、最高の鍛冶師にして魔導師レノア=ガルディア、又の名を――赤髪のエル。




 さて、ここまでは前置きである。




 端的に述べるならば、レイヴンもレヴェナも、ナヴァル国境戦役が開戦する()()から、傲慢の破壊神に狙われていた。

 2基の魔導器を奪うためには、どうしようもなく邪魔な存在だと認識されていたのである。特に、レイヴンが。


 なにせ、ナヴァル国境戦役という舞台を、配下に作らせてまで、レイヴンのことをどうにかしようとしたのだから、傲慢の破壊神の警戒度合いのほどが(うかが)い知れよう。


 実のところ、傲慢の破壊神が最も重要だと考えていたのは、陰の一振りである。グレンアギト奪取は、いわばオマケに近い。

 自勢力の戦力増強が、敵勢力の戦力減衰に繋がる――巨大な力が他者へ移ろうとは、こういうことであり、傲慢の破壊神の狙いが、そこにあったのは間違いない。


 だが、陰の一振りに限れば、それだけが理由の全てではない。


 単純な戦力の強化だけならば、グレンアギト入手だけで事足りており、強奪の難易度もいくらか落とせた筈――にも関わらず、陰の一振り奪取を強行した、その理由。


 ユグドレアには、秘匿(ひとく)されし等級が存在する。


 該当する物や()の関係者以外では、国家の主だけが知るような、国家機密に等しい情報。

 その等級を付けるに値する物や者の存在意義――個人はおろか、一国でも対処が困難とされており、複数または地域全ての国軍を総動員しなければ如何(いかん)ともし難いような存在への対抗策。

 かつてのユグドレアの住人ならば誰もが知っていた伝説的な代物――幻創器を()()憧れたが故、その等級は、このように呼ばれる。


 ――幻想(イデア)等級。


 つまり、陽と陰の二振りは、ユグドレアにおいて、極めて稀有な――幻創器と同等に在ると認められた、幻想等級の魔導器。




 それは即ち、権能と同格であることを意味する。




 さて、傲慢の破壊神には、陰の一振り奪取を成功させる為の布石として、絶対に達成しなければならない事柄が、ひとつ、明確に存在していた。


 ナヴァル王国貴族宰相派のリーダーである、ダグラス=ランフィスタ侯爵が主導し、()()()()()()()異世界召喚勇者の1人、最上位【チート】の1つである【主人公補正メインキャラクター】を有する――()()()()()()()を、レイヴン=B=ウィロウのもとへ送り込むことである。

 その目的は、ただ1つ。


 陰の一振りを、ユグドレアに顕現させること。




 そして、陰の一振りを奪い取るための舞台として選ばれたのが、ウィロウ公爵領都キュアノエイデスである。










 ウィロウ公爵領都キュアノエイデス。

 ナヴァル王国屈指の隆盛を誇る大都市も、戦火に巻き込まれれば、当然ながら崩壊の一途を辿らされてしまう。

 そのきっかけは、ルスト=ヴァルフリード辺境伯による布告無き侵略。紅蓮のレヴェナ率いる東方軍が、これに対処する。

 それと同時に発生したのが、アードニード公国第2軍である()()()()によるオーバージーン公爵領への進軍。千眼のアルヴィス率いる南方軍が、これに対処する。


 ナヴァル国境戦役、開戦である。


 開戦から6日目、ウィロウとオーバージーン、それぞれの領外縁に接する国境域の2方面で、戦線が形成される中、アードニード公国第1軍である魔装騎士団(ルーンナイツ)による、ウィロウ公爵領南東域への侵入からの小規模な戦闘が多発。

 領内の住民の避難が開始され、領都であるキュアノエイデスに防衛線を敷く。指揮官は蒼風のレイヴン。


 開戦から10日目、ナヴァル王国第2王子アルフリート=A=ナヴァルを旗頭とした、ランフィスタ侯爵領軍とネフル天聖教ナヴァル王国本部に所属する聖騎士隊との合同軍が、キュアノエイデスに到着。

 開門を要請されるも、救援のタイミングの不自然さを(いぶか)しんだレイヴンは、これに応じず。その直後、都市の防衛を司る結界魔導陣が反応、アルフリート陣営最後方に位置する魔術師部隊から放たれた殲滅魔術を相殺。


 キュアノエイデス防衛戦の始まりである。


 アルフリート陣営、並びに、アードニード公国第1軍たる魔装騎士団に対するは、領都付近に残っていたウィロウ公爵領軍に加え、領都に拠を構える傭兵ギルドと冒険者ギルド――領都内の傭兵と冒険者達全員が参戦。

 その結果、泥沼の消耗戦に陥ったものの、戦力の均衡は保たれた、かに見えた。


 開戦から2日後、アルフリート陣営は、その4人を最前線に投入。すると間もなく、領都の門扉は破壊され、均衡は瞬く間に崩れることに。


一気呵成(ブレイクスルー)】ケンジ=ナカジマ。

猪突猛進(デストロイヤー)】ミナミ=ササキ。

四海兄弟(ピースメーカー)】カナコ=オノ。


 そして、異世界召喚勇者の中でも最上位に位置する【チート】、【主人公補正(メインキャラクター)】を有するタダシ=イケタニ。


 異世界召喚勇者の4人は、多大な戦果を挙げていき、その勢いは、レイヴンに決断を迫らせる。


 退くか、戦い続けるか。


 門が破壊された時点で、籠城(ろうじょう)戦は困難。いや、そもそも門を抜かれた時点で、防衛側としては敗色濃厚。早期決着を想定し、戦力を出し惜しみしなかったアルフリートが、戦術面において一枚上手であったことを認めたレイヴンは即断――キュアノエイデスを放棄、ドグル大平原に駐留している東方軍との合流を決めた。


 決断後のレイヴンの動きは早い。


 ウィロウ公爵領軍を傭兵ギルド長と冒険者ギルド長に託し、撤退戦へと移行させる。

 追討してくるであろう敵を足止めする者、即ち、殿(しんがり)は、レイヴンが務めることを伝え、すぐさま行動開始する。

 激しい追撃を、持ち前の速力を活かし、全て斬り伏せるレイヴンの前に、追撃を指揮する黒髪の少年少女たち――4人の異世界召喚勇者が現れ、一も二もなく、殺し合いが始まる。


 レイヴンと異世界召喚勇者たちとの戦いは、苛烈であった。


 異世界召喚勇者、それも、戦闘に特化した4人を同時に相手取るのは、さしものレイヴンといえど楽ではなく、一進一退の攻防と相成る。

 とはいえ、(いささ)か時間的余裕のないレイヴンとしては、異世界召喚勇者達が【チート】を暴走させる前に、速やかに排除したいというのが本音。

 その為にレイヴンは、可能な限り早く討ち取るべく、極化したユニークスキル『千変万化 極(ジ・アンリミテッド)』を用いる。


 その結果、【一気呵成(ブレイクスルー)】ケンジ=ナカジマ、【猪突猛進(デストロイヤー)】ミナミ=ササキの2名を討ち取る。


 期せずしてアルフリートへの意趣返しにもなった、早期決着を望んだ末の戦果である。だが、その代償――反動は少なくなく、保有魔力の半分近くを失うことに。

 だが、ここで止まるわけにはいかない、長期戦になればなるほど、【チート】を暴走させられた際に不利になる――そのことを知識として理解しているレイヴンは、『千変万化 極』をキャンセル。


 もう1つのユニークスキル『明鏡止水 極ジ・クワイエットプレイス』を発動する。


 疾風(しっぷう)怒涛(どとう)という言葉すら霞み、光の閃きすら凌駕する、速さの概念にて語られる到達点――タキオンのそれに、限りなく肉薄する超速を体現している攻め手の結果、【四海兄弟(ピースメーカー)】カナコ=オノが死亡。

 残る最後の1人、タダシ=イケタニをも追い詰める。


 しかし、最後だけは届かなかった。


 レイヴンの圧倒的な強さに危機感を覚えたタダシ=イケタニは、慌てたように【主人公補正(メインキャラクター)】の全てを解放――暴走させる。

 その直後、外天の尖兵へと成り代わるのを目撃したレイヴンの脳裏には、2つの選択肢――解くか、解かぬか。

 そして、レイヴンは選択する。陰の一振りの解放を。

 意を決し、その名を世界に告げる。


 陰の一振りが、ユグドレアに解放される。




「――陰刀ヤサカ」




 ほんの一瞬、大気が揺れたと同時に、タダシ=イケタニは、肉の一片、分子の一欠片も残さず、何の予兆もなく完全に消滅した。


 これは、レイヴンが犯した致命的なミスである。


 こんなことになるとは、レイヴンも知らなかった。

 無理もない話である。後世に(のこ)せる知識とは、生前の内に知り得た事だけ。

 当時、最上位【チート】である【主人公補正(メインキャラクター)】を有していたのは、青柳 鷹斗――ホーク=B=ウィロウその人だった。


 つまり、【主人公補正】だけが備える――傲慢の権能の、実に2割もの力を与えられし【チート】だけが有する、悪辣極まりし、その機能のことも知らないのは仕方がない。


強制転生(リィンカーネーション)】――その場に漂う魔素を無理矢理かき集め、魂魄を構築し、新たな異世界召喚勇者を作り上げ、【主人公補正】を継承させる。

 発動条件は、該当世界内での【主人公補正】の機能停止。


 これが意味するのは、【主人公補正】を所有する異世界召喚勇者に限り、実質、不死身であるということ。

 それに加えて、厄介かつ極めて悪質なのが、【チート】を暴走させると魂魄は消耗し、いずれ()()()

 当然のことながら、【主人公補正】以外の【チート】には、【強制転生】は付随していない為、暴走させたが最後、外天の尖兵として死ぬまで戦わされ、やがては朽ち果て、その存在を消滅させる。

 つまり、傲慢の破壊神にとって、異世界召喚勇者とは便利な手駒――替えのきく消耗品でしかなく、失われたとしても、次の駒を異世界から(さら)ってくれば事足りる、哀れな操り人形だということ。

 そして、気を逸らせたレイヴンが陰刀ヤサカを抜き、【主人公補正】ごとタダシ=イケタニを消滅させたことで、【強制転生】の発動条件が満たされた訳だ。

 だが、違うのだ。


 レイヴンが犯した致命的なミスとは、【強制転生】を発動させたことではない。


【強制転生】の効果によって、レイヴンの知らぬ、新たな異世界召喚勇者――ショウスケ=ヨシダが、ユグドレアへと、レイヴンの目の前に現れる。




 その右手に、()()()()()()()()()()()




 何故、【主人公補正】を有する者が、救世の銀腕アガートラーム――『DSL−003 ダーインスレイヴ=バルドル』を改悪した聖剣もどきを使うことができるのか、その理由。


蒐集家(スナッチャー)】――【主人公補正】の機能の1つ。傲慢の破壊神が求める物品を、因果の発生地点まで(さかのぼ)り、奪い取ることが可能な時期に所在不明という結果を残すことで、登録と呼ぶ状態にする。

 登録状態にある物品は、【主人公補正】を有する者の任意のタイミングで取り寄せることを可能にする。

 発動条件は、【主人公補正】所有者が、物品を視認すること。


 これが、レイヴンが犯した致命的なミス。

 だから、レイヴンの手から陰刀ヤサカが消えた。

 だから、ショウスケの手に陰刀ヤサカが現れた。




 だから、レイヴンが、蒼風の剣翁が()()()()




 自勢力の戦力増強が、敵勢力の戦力減衰に繋がる――傲慢の破壊神が描いた展開通りに事が運んだのは、間違いなく、陰刀ヤサカを奪ったことにある。

 その後、陰刀ヤサカを振るうショウスケ=ヨシダを止められる者はおらず、グレンアギトを駆るレヴェナですら彼を討てず、東方軍は壊滅。


 ナヴァル国境戦役が終わりを迎えた。


 その後、ナヴァル王国国主たるクリストフ王が謎の死を遂げたことを機に、後継者争いが激化。内乱の隙を突くようなアードニード公国の侵略を端とする、ナヴァル大戦が勃発する。

 ナヴァル大戦の大枠は、第1王子勢力と第2王子勢力による内戦である。

 戦況は、アードニード公国を後ろ盾に付けた第2王子勢力が優勢。

 人族領域内にて、戦況を一変させうる唯一の勢力であるランベルジュ皇国の静観によって、第2王子勢力が終始圧倒。第1王子勢力最大戦力たるオーバージーン公爵家をも滅ぼし、実に2年もの長き戦いの勝者となる。


 そして、その年、ガルディアナ大陸にとって悪夢に等しい事実が判明すると共に、ある宣言が発せられる。


 (はく)(びゃく)天アイリ=イルフィスを国主とするナヴァル神国、建国の宣言である。

 ガルディアナの民だけではない、ユグドレアに住まう者であれば、その事実を知らないものはいない。

 白き天を戴きし彼女が、堕ちていることを。


 堕ちた白闢天アイリ=イルフィスが、ユグドレアの大敵――外天の支配者の幕下であることを。


 この事実の危うさにすぐさま反応したのは、傭兵ギルド大陸総本部――竜聖の盟約である。

 魔族領域を除いた各領域に、戦力提供を願う旨を通達。

 約半月後、ナヴァル神国、否、白の堕天討伐軍が編成されることに。

 各領域に点在する英雄の残滓――幻想等級やそれに劣らぬ魔導器を担いし者達が集結し、決戦の地と予測されるランベルジュ皇国皇都アスクレイド()()へと向かう。

 そう、あのランベルジュ皇国が、この半月の間に、既に滅ぼされていた――その由々しき事態を重く受け止め、竜聖の盟約がそこに到着し、目撃したもの。


 それは――極災と呼ばれし化中の化、堕天という化け物の中でも最強の呼び声高き、あのイル=メギドを相手に、劣らぬどころか優勢としている黒魔法師の姿。


 当初は、黒淵のガデルなのでは、という声も挙がったが、彼は1年ほど前に死去している。ならば、あの黒魔法師は、どこの誰なのか――戦況を見守りながら言葉を交わしていく中、1人の傭兵ギルド長が、その名前を口にする。


 ――マルス=ドラゴネス、と。


 勝敗が決したのだろう、イル=メギドの巨体が空から堕ちていく最中、アイリ=イルフィスの姿へと変わり、そのまま大地へと辿り着く。

 衝撃によって舞い上がる砂塵は、黒い波動が広がると共に消え失せ、瓦礫(がれき)の山の(ふもと)に現れたのは、アイリ=イルフィスと黒髪の青年。

 息も絶え絶えな彼女が、黒髪の青年へ向けて、二、三、言を発した次の瞬間、その美しい姿が消え失せる――闇に喰らわれるように、飲み込まれて。

 そして、竜聖の盟約の全員が、そのことに気付く。


 黒魔法師の青年、その魔力線から感じられる、怒りとも悲しみとも取れる、歪な感情が混ざったであろう、あまりにも深く重く、尋常ならざる黒の根源の気配に。

 そんな気配を、歴戦の強者たる竜聖の盟約すら(おのの)くほどの威を発する黒魔法師など、世界に唯一である。


 ――黒の御子。


 そんな強中の強たる存在がよりにもよって、外天の支配者らによって(けが)されてしまっていた、あのアイリ=イルフィスの魂魄を喰らった。

 その事実は、とある非常事態が起こりかねないことを示す。


 彼を放置すれば、()()()()()()


 イル=メギドですら、勝算が五分あるかないかの厳しい戦いになると分かっていながら、戦いに赴き、この地にやってきた竜聖の盟約。

 アイリ=イルフィスの魂魄を喰らったことで、明らかに強さの格が跳ね上がっていた、黒髪の青年。

 今の彼は、あのアイリ=イルフィスの――先代白の御子の、穢れに染まりきった魂魄を喰らってしまったのだ。

 黒の根源に繋がる者が、白の根源に繋がる者の魂魄を、その身の内に取り込む、その意味を、竜聖の盟約に属する全員がわかっている。


 黒の御子と思しき青年は、今この時を以て、とある伝説、とある伝承になぞらえられた、ある種の儀を終えた。


 かの英雄、混沌の大賢者ゼアル=ニズ=アーカードにして、その魔法が抱える危うさが故、警鐘(けいしょう)を鳴らすかのように否定的であった、とある魔道的行為。

 白と黒の根源に繋がる者にだけ与えられし、進化にも似た変質を果たす、魔律戒法の『八』。


 ――『闢焉合一(びゃくえんごういつ)』。


 結果、ユグドレアに生まれたのが、混沌や太極とも呼ばれたる、無魔法の体現者。担い手も根源も存在せぬ、世界の異端などと(さげす)まれる――正しさの欠片もなき謂れによる、理不尽な迫害を受けていた者達。


 無魔法とは元々、世界に存在しない魔法である。

 そんな魔法を振るう魔法師を生み出す『闢焉合一』は、必ずしも成功するわけではなく、それに加えて、何故か女性の成功者が多いという、非常に特殊な性質を有している。その為、本来の意味が曲解された名称が、無魔法師への蔑称として扱われていた時代があった。

 迫害されし無魔法の体現者、その総称にして、残虐なる行為、その名称。


 魔女、並びに――魔女狩り。


 そして今、竜聖の盟約の者達にとって重要なのは、魔女ではなく、男性の無魔法師にまつわる、まことしやかな伝承の内容と、堕天と成り果てた魂魄を喰らったという想定外のイレギュラーが世界に与える影響について。




 ――()()()()()()




 かの存在こそが、世界に存在しない無の根源が、存在している理由。根源の担い手たる御子、それに相当するのが、混沌の導き手であり、初代にあたる最初の無魔法師である彼が、その身を世界に捧げたからこそ、新たな根源の確立――魔女と呼ばれし魔法師の歴史、その始まりという奇跡が成せた。

 その後、歴史の節目に現れたる混沌の導き手は、何故か男性だけだったことから、白や黒の根源に繋がる者の内、素質ある男性が、良くも悪くも注目されることに。


 例えばそれは、ナヴァル王家の一員だった黒淵のガデルや、マルス=ドラゴネスのように。




 そして今、混沌の導き手が誕生――()()()()()




 大前提として、根源の御子同士が敵対することなど、基本的には有り得ず、味方であり同志となるのが、極々自然なことである。

 ならば、混沌の導き手にまつわる伝承とは即ち、白か黒の根源に深く繋がる者――御子やその候補者の片方が失われた歴史を綴り、後世へと伝えた記述だということ。

 その時、その場において、境遇の近しい両者故の結びつきがあればこそ、一切の悲哀が存在しないことなど、(まれ)であり、残されし者の心からは、嘆きの声だけが搾られる。

 そして、混沌を導く資格ある者の心が、希望なき悲哀に染まっていた場合、その者の混沌は――破綻する。

 つまり、つつがなく混沌の導き手と成れる者自体が、稀有(けう)であり、それ以外の者は、膨大な力を無節操に振るう暴走状態となる。


 黒と白の根源を担うからこそ、世界に絶望させてはならない――ゼアル=ニズ=アーカードによる教訓の言葉、その意をなぞらえるかのように、預言を賜る役割を担いし特殊な魔道職、巫女(みこ)と呼ばれし者によって判明した、その存在の名称。

 希望絶たれし黄昏を拒み、望みし未来に通ずる黎明を待つが故、始まるために終わらせる、再会のために再開する者。




 終焉(しゅうえん)開闢(かいびゃく)を付き従えし絶対者――焉闢者(ルーパー)




 御伽噺のような伝承を聞かされて育つのが、ユグドレアの住人であり、竜聖の盟約の傭兵達にとって、目の前で起きたことの全てを合わせれば、かの存在が現出する可能性に行き着くのは、なんら不自然なことではない。

 それは最早、確信と変わりなき推察であり、その考えは――正解。

 今、現時点で、世界最強かもしれない存在が相手では、勝算は1割あるかないか、いやそもそも勝負にすらならないかもしれない。

 それでも、彼ら彼女らの戦意が衰えることはない。


 ――命の落とし所としては最高だ。


 世界の命運を賭けた戦いなど、誰にでも訪れる訳ではない、そんな機に巡り合えたことに感謝できないで、何が傭兵か――彼ら彼女らの想いは、驚くことに全てが、その方向を同じくしていた。

 各々が己の得物を構え、裂帛(れっぱく)なる気合いの雄叫びを挙げながら、戦闘を開始した――と、ほぼ同時に、すべての音が消失した。


 最強の座を競いし圧倒的強者、最強候補、強中の強たる竜聖の盟約全員が、同時に――闇に喰われたのだ。




 そして、黒髪の青年――黒天のマルスは、世界を、ユグドレアを終わらせたのだ。










 さて、これを観て、何か思うことはあるかね?

 なに、少しでも疑問が湧き出てくれば、それでいい。

 何故という想いこそが、いつの時代、いかなる世界においても現況を変える力になるというのは、不変の真理なのだから。ま、無いなら無いでも別に構わないがね。

 とはいえ、あからさまにおかしい箇所、辻褄が合っていない部分が、この【正史】とやらには、わかりやすいものでも()()()存在しているのだが、解っているかね?

 ふむ……では、最もわかりやすい事柄を指摘しよう。


【正史】とやらは、ガルディアナ戦記という歴史を記した書物、その一端である筈なのに、その終わりは、黒天のマルスに、ガルディアナ大陸どころかユグドレア自体を滅ぼされる、まさにバッドエンドである……それならば、この書物は――誰が記したのか。


 なんとも奇妙な話とは思わないかね?

 歴史書とは本来、当時の記録を取りまとめては書に起こし、後世に残すための物。こうも、あからさまな断絶が存在する歴史書など、空想妄想を書き連ねた書物よりも、信憑性が劣っている、いわば偽書の類でしかないのだよ。

 何故、このような事態になっているのか――この悪辣かつ品のない謎を解き明かし、あの愚か者の仕掛けた小細工に気付くことこそが、ある意味では、君達への願いということである。それと、一応は伝えておくが、傲慢の破壊神が【正史】を記したわけではない、流石に、それほど安直な答えではない、が、そこまで複雑なことでもない。

 ヒントどころか、答えと同義の事象が既に描かれているのだから、簡単に解き明かせる筈だ。健闘を祈るよ。


 さて、そろそろ物語を読む者(ストーリーテラー)としての義務をこなすとしよう。再び、観測を共にできる時を楽しみにしているよ――




 ――今、この瞬間こそが、歴史の変換点(ターニングポイント)である。








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