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怒れる炎姫、蒼風の剣翁 14

 



 先程までの激しい立ち回りからは一転。アガートラームが呼び出されてから数十秒()つというのに、レイヴンもヒトシも、共に相手を攻撃範囲の内に収めながらも動きを見せない。


 互いに、動きを止めている。


 大気も大地も、(きし)(ひび)割れていることが、ただそこに立っている訳ではないことを示してはいるのだが、当の本人らは相手を見据えたまま、動かない。

 ただし、ヒトシ自身は、今現在の状況をイマイチ理解しておらず、【主人公補正(メインキャラクター)】の能力の1つ、【自動戦闘(オートマトン)】――軍神降臨(アレス)と認識している能力に身を委ねた結果、そうなっているだけ。


 この場は、老剣士と操り人形との戦いの舞台。両者は、まるで示し合わせるように、じっと待っているのだ――自らが動くべき時を。




 周囲に転がる残骸のような白騎士の群れのことなど、何一つ気にすることなく、レイヴンとヒトシが(あい)(まみ)えていたのである。




 武の道を征く者にとっての常識的な思想である、3つの先――先の先、後の先、先先の先。その内の1つである、後の先、これを実践するには、こちらは動かず、敵が動くのを、()れることも(あわ)てることもなく、その時が訪れるまで待てるかが重要である。


 動かずという動きの活かし方、それを心得ることが始まりである――青柳流刀術、静の型の修練開始初日に伝えられる文言であり、後の先の有用性を理解しているからこその教え。


 戦術的戦略的にも、後の先という考え方は有用で、特に、相対する相手の戦力の底を計りきれていない、戦闘()()()に最も有効な一手。

 相手の挙動から得られる情報量は、手練れた実力者ほど多くなる。だからこそ、後の先――後出しによる迎撃という一連の流れから得られる、瞬間的な情報取得からの攻撃の選択肢が開示された結果、主導権を握りやすくなることを、歴戦の強者達は経験則として知っている。

 つまり、レイヴンもヒトシの【主人公補正(メインキャラクター)】も、互いに(すき)(うかが)いつつ、相手の実力の底を知ろうとしており、そうする必要があると考えている訳だ。


 緊張感が、場を満たしていく。


 レイヴンとヒトシ、この両者の立ち会いを、遠巻きに眺めるリアや、意識を取り戻した幾人かの公国騎士達もまた、固唾(かたず)を飲んで静かに見守る。それが、武人として忘れてはならない作法だから。

 だが、その存在らにとっては、そんな作法のことなど知ったことではないのだろう――空駆ける2羽の鳥が、剣呑さとは縁遠い素朴な鳴き声を響かせたのを合図に、2人が()()()()()


 レイヴンの足元に亀裂、ヒトシの首筋に赤い線。


 その結果を見てレイヴンが笑う、と同時に、身体をほんの僅か横にずらした後、(くう)を斬ったのだとわかる音を鳴らす――のを待っていたかのように、ヒトシのアガートラームが揺れた、次の瞬間、半透明の刃の軌跡が12本、レイヴンへと襲いかかるも、不発に終わる。


 それは、1秒をようやく満たす間に起こった出来事であり、合図。レイヴンと【主人公補正】は、それぞれが理解した――どの程度やれる相手なのかを。




 それ故、移行する。先手を相手に刻まんと両者が共に、先先の先――先手必勝と呼ばれる言葉を現実にすべく、動き始めたのだ。




 レイヴンがヒトシの眼前に来る――も、すぐに身体をひねることで、アガートラームの振り下ろしを避けた勢いそのままに、ヒトシを()()ろうとするも空振り。

 栄光の翼(ヘルメス)の強制発動によって5(メートル)ほど距離を取ったヒトシが握るアガートラームが揺れる――前後左右上下から半透明の刃が伸びては襲いかかるものの、レイヴンを仕留めること適わず。

 むしろ回避行動を兼ねた前進によって距離を詰められたことで、数えるのが馬鹿らしくなるほどの連撃――有に五十は超えるであろう致死足る軌跡が、一瞬の内に、ヒトシを襲うも、女神の抱擁(イージス)による因果修正の結果、その全てがあしらわれる。


 両者が距離を取り、再び静かに向き合う。




 約3秒間の攻防である。




(ムコ殿の予想通りだな……この野郎――)


 ――動きが徐々に良くなってやがる。


 異世界召喚勇者の【チート】とは、ユグドレアの住人達なら誰でも有しているスキルにも似た、忌まわしく脅威的なスキルのようなもの――それが常識である。


 だが、宗茂は断じた――辻褄(つじつま)が合わない、と。


 まず、ユグドレアの住人と見做(みな)されるには、ユグドレアに漂う魔素に認められなければ――好かれなければならない。

 その後、ユグドレアの住人として認められた上で、特定の行動を取り続けた結果、熟達したことを示す証明書のような側面を持つ概念として、魂魄に刻まれる。

 それが、ユグドレアのスキル()()()()による、スキル取得までの正常な流れ。

 つまり、魔素の存在すら知らない異世界召喚勇者に、スキルを扱える訳もなく、そもそもスキルを取得することすら不可能である。


【チート】は、スキルとは似て非なる概念であり、その正体は、異世界召喚勇者をユグドレアへと呼び出した者達の首魁(しゅかい)、即ち、傲慢の破壊神から(もたら)された力の(たぐい)、傲慢の権能の一部である――と、宗茂は確信めいた推察をする。


 もし、その推察が正しいのであれば、ある1つの事実が含まれることを意味する。

 その事実とは、【チート】には自我や自意識といった明確な意思が存在しているということ、その可能性が濃厚だということ。


 何故、宗茂がこのように思ったか。簡単だ。




 憤怒の権能に、意思が存在しているから。




 ならば、傲慢の権能にも同じように意思があり、それを分け与えられた力と思われる【チート】にもまた、意思が存在しているのが道理。そして、意思があるならば、学び成長してもおかしくない――というのが、宗茂が出した結論。

 そして、それは正解だった。レイヴンの動きに、ヒトシが少しずつ順応してきていることが、その証明。

 そして、この気付きから着想して、前もって定めた行動方針こそが、レイヴンに()()()を与える。


 その命を、死と生に(わか)つ時の分岐に於いて。


 更にもうひとつ、宗茂は言葉を足す。

【チート】が傲慢の権能の力の一部だとすれば、霊子領域(アストラルフィールド)を漂う傲慢の破壊神が、【チート】発動に必要な何らかのエネルギーを、辻褄を合わせるように供給している――力の源である可能性が極めて高い。

 外から魔素を取り入れることもできない異世界召喚勇者が、何不自由なく【チート】を使える理由が、それであり、それはつまり、異世界召喚勇者に【チート】を使わせるほど、傲慢の破壊神がユグドレアに復活を遂げることの(さまた)げになる――と、宗茂は推察。

 だからこそ、ウィロウ公爵領内の見回りを、絶対的に信頼する武人たるレイヴンに頼み、案の定、異世界召喚勇者が、しかも、その中でも最強の少年であるヒトシが、レイヴンの前に現れた。


 要するに、今のところは、本多 宗茂の想定通りに、事態が動いているということだ。


「くっ、軍神降臨(アレス)! これなら――」

「はっ、まあまあだな……もっと気張れや!」

「こんなに強化してるのに、全然当たらないなんて…………()()()()()()()、こんな()()ありえないだろ……一体、どうしたら――」


【主人公補正】の機能のひとつ、【自動戦闘(オートマトン)】。ヒトシたち異世界召喚勇者が、軍神降臨(アレス)と認識する能力の内訳は大きく分けると、2つ。


 1つ目――読んで字の如く、最適な戦闘行為を可能にするだけの能力付与を、【チート】側の判断によって自動で行なうそれを常時発動する、いわゆるパッシブスキルに酷似している機能。

 2つ目――現在の状況をクリアする為に最適な状態へと移行するための能力付与処理を、【チート】所有者が任意で強制発動する、いわゆるアクティブスキルに該当する機能。


 当然ながら後者の機能を使ったヒトシだが、レイヴンを倒すどころか、未だ均衡(きんこう)を崩すことすら出来ないことに、強い焦りを覚えていた。

 ヒトシにとってレイヴン戦とは、いわば前哨戦――バトル漫画やアニメ、(ロール)(プレイング)(ゲーム)などでいうところの、中ボス戦に過ぎない。

 ヒトシたち異世界召喚勇者の第1目標である大ボス――憤怒の権能者という巨悪との戦いを控えている以上、こんなところで足踏みなんてしてられない、というのが、ヒトシの心境。

 つまり、出来うる限り余力を残しておきたい、だから全力など出せる訳がない、と、あのレイヴン相手に、ヒトシは、()()()していたのだ。

 ()()()()()、そのことを理解しているからこそ、ヒトシにはユニークスキルを発動せず、ただの剣士、ただの刀士として育まれてきたその身、その武の思うがままに戦わせている――意趣返しとばかりに、レイヴンもあからさまに手を抜いていた。


 並の武人では立ち入ることも適わぬ、遥か高き領域での攻防ですら、当事者である2人には茶番に等しい、化かし合いの如き(じゃ)れあいでしかない事実、それこそが示す――真なる武人だけが立てる領域、その場の険しさを。




 レイヴン=B=ウィロウとヒトシ=スズキ、この両者が、現代ユグドレアにおいて強中の強、最強を争えるだけの実力戦力を有する――最強候補であることを、その武を以て、世界に示していた。











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