怒れる炎姫、蒼風の剣翁 13
まず初めに伝えよう――異世界召喚勇者と呼ばれる者たちの大半が、魔素を認識できない。
それは何故か――あらゆる生物の魂魄に備わっている、魔素を感知して受容する機能が、未発達と言っていいほど、著しく低下しているから。
その原因とは――とても単純な話。
彼ら彼女らが暮らしていた惑星、即ち、天の河銀河に属する太陽系内惑星である地球には、魔素が流入してくる穴が非常に少なく、その殆どが強固に閉じられているから。
つまり、ほぼ全ての一般人が、魔素のことをシンプルに知らないのだ。知識としても、生物の本能としても。
異世界召喚勇者に選ばれる者というのは、絶対的な弱者であり、その魂魄は脆弱。そして、過半数以上が、同じ惑星の出身。
本多 宗茂が暮らしていた特異天体と化した地球ではない方の――魔素がほぼ皆無、且つ、強者が存在しない環境下にて、極々平凡な炭素生命体が多数生息している――惑星として、傍観者達から周知されている地球から、無理矢理召喚された若者たちの一部が、ヒトシたち4人である。
過酷な異世界であるユグドレアを生き抜く為、彼ら彼女らには、何かしらの力が必要――という状況に追い込むことで、【チート】を正当化し、世界が備える恒常性という名の、ある種の免疫による強制排除を免れているというのが、異世界召喚勇者にまつわる裏事情。
ともあれ、異世界召喚勇者は魔道的行為の何もかもが行なえない――それはつまり、魔導器であるステータスユニットやスキルボードも扱えないことを意味する。
だからこそ、魔導器すら扱えぬ絶対的弱者を、災厄の如き危険な存在へと変貌させる【チート】の恐ろしさが、現代ユグドレアにまで伝えられている訳だ。
戦闘開始から約2分、一方的な戦いが続く。
本来、絶対的な弱者である異世界召喚勇者の目に映ることのない、レイヴンから放たれる斬撃刺突の群れを、【主人公補正】に付随する機能のひとつである【臆病者】、ヒトシたちが――女神の抱擁と認識している能力の効果で、因果を歪め、辛うじて無力化している。
それと同時に、レイヴンとの距離を開くため、ヒトシ本人だけを瞬間的に移動させる機能、いわゆる空間転移能力、正式名称を【卑怯者】、ヒトシたちが――栄光の翼と呼称している機能を強制的に発動する。
しかし、魔術の完全詠唱同様、祝詞を短縮した栄光の翼はその本領を発揮できない為、大した距離を稼げず、次の瞬間にはレイヴンに距離を詰められており、守勢にある現況を覆すには至らない。
――アガートラームさえ使えれば……。
これは、ヒトシの心境である。
魔導光剣ダーインスレイヴ=バルドルの仕様の幾つかを犠牲にして、魔素を扱えない異世界召喚勇者のためにデチューン――改悪された、聖剣と嘯く紛い物。
それが、救世の銀腕アガートラームと銘打たれる、魔導師達から偽物の聖剣と揶揄される一振りの正体である。
だが、その剣が秘めたる力自体は、本物である。
「このっ! いい加減にしてください――」
「はっ、そう来たか――」
【欺瞞者】――勇敢なる運び手と認識している機能を、ヒトシが無理矢理発動する。それと同時に、栄光の翼の強制発動によって距離を取った結果、その光景が生まれる。
「痛っ……はぁはぁ、これなら少しは――」
ネブラン村の外、つまりデルタゼロツー街道に、突然出現した、アードニード公国の兵と思しき集団。その数――約五千。その正体は、アードニード公国第1軍、白騎士団に属する白騎士であり、今回の出征における公国の本軍と見做されている者達である。
本来ならば10万単位の兵を運ぶことを可能とする勇敢なる運び手が、強制的に発動することしか選択出来なかった結果、1割以下の五千の兵しか呼べなかったことに、ヒトシは歯痒さを感じていたが、致し方ないと自分を納得させていた。
あくまでもレイヴンは剣士、大勢が相手ならば、多少は時間が稼げるだろう――このように考えた上での、ヒトシの選択である。
ヒトシの勇敢なる運び手によって、この場に出現した白騎士達は、レイヴンを敵であると即座に認識し、すぐさま襲いかかる。それは、ヒナ=タケナカの【魅了】によって定められた行動方針が影響してのことである。
だが、止められない。
白騎士一人一人の実力は、良くて魔装術師と同等、殆どが劣っている以上、レイヴンを抑えることなど、まず不可能。精々、足止めが関の山である。
だが、それでも良かった。
ヒトシが、アガートラームを呼び出す為の時間を稼げるのであれば、10秒にも満たない、ほんの僅かだったとしても別に良かった。
「我願うは、邪悪払いし白銀の閃光。来たれ、清浄なる神の祝福宿りし聖剣、救世の銀腕――」
――アガァァァァ、トラァァァァム!!
白銀の一振りが何の予兆もなく、ヒトシの眼前に現れる。
白銀色の下地に赤と青の線にて紋様が刻み込まれた両刃の刀身は横に広く、分厚く、そして何より――長い。
ヒトシの身長が、ほぼ170cm。そこに現れた剣の刃渡りがそれ以上の長さであり、いわゆる特大剣に分類される剣の類であることを示す。両手で握ることを想定してのことだろう、柄も刀身同様、長めに拵えられており、約50cm。
全長およそ250cm、特大剣に類する白銀の一振りこそが、救世の銀腕アガートラームと、傲慢の破壊神が世界に認識させた紛い物、偽造されし聖剣――偽剣である。
そして、レイヴンとヒトシが、改めて対峙する。
「かっかっか! ここからが本番だなぁ、おい」
「あの数が10秒も保たないとか……本当に強いですね」
「阿呆か、儂を止めたきゃ――」
――今の100倍は呼べや。
ところで、極めるとはなんだろうか。単純に言葉の意味だとすれば、物事における限界に到達すること、それを極みと呼ぶ。
では、ユグドレアにおいて、極めるとは何を意味するか。
スキルの――極化。
つまり、剣を極めたと評されるレイヴンは、剣に関係するスキルを極めたからこそ、剣翁と讃えられている。無論、その証明は、複数人の鑑定スキルで行なわれている為、疑う余地は無い。
さて、五千の兵をものの数秒――10秒以内で無力化することなど、本当に可能なのだろうか。
その答えは――肯である。
例えば、紅蓮のレヴェナのような準英雄クラスの魔法師や、多数の魔術師による殲滅魔術、本多 宗茂のような権能者による一撃など、それなりに列挙が可能である。
それならば、いわゆる武人と呼ばれる者達に、これほどの結果が出せるのだろうか――否であり、肯である。
ドラゴンハート式の空撃のような、広範囲殲滅こそを本懐とする武術であれば、個人差に影響されるものの、熟達した者であれば、十分に可能である。
だが、それ以外の武術となると、残念ながら難しいと云わざるを得ない。
如何にユグドレアのような異世界でも、無理なものは無理だということである。
そして、青柳流刀術もまた、大多数――千や万の兵を一度に殲滅することを本懐としたような武術ではない。
つまり、真なる武人であっても、現役最速の英傑であっても、青柳流刀術を担う者である以上、レイヴンでも不可能である――全力を出さない限りは。
レイヴン=B=ウィロウ、即ち、青柳流刀術師範の全力、それを語るならば、とある2つのスキルのことを先に語らなければならない。
ユニークスキル『明鏡止水』、同じくユニークスキル『千変万化』である。
70年以上、青柳流刀術と向き合ってきたレイヴンが、その2つのスキルを習得していない訳がなく、剣を――青柳流刀術を極めているからこそ、レイヴンは剣翁と呼ばれている。
そう、レイヴン=B=ウィロウとは、『明鏡止水』と『千変万化』、2つのユニークスキルを極化させた、ユグドレアでも稀有な、まさに極上と呼ぶに相応しい剣士だということ。
ちなみに『千変万化』の解説は以下の通り。
ユニークスキル『千変万化』。
効果時間は3分、クールタイムは5分、
ステータスユニットのDEXを参照、現在のDEXに応じた攻撃範囲拡張補正と根源適正に準じた武器への属性付与を獲得。
拡張された攻撃範囲と自意識及び視覚を接続し、貯蓄された魔力を消費することで、再現可能な攻撃方法を自由に、且つ、同時に擬似的に実現可能とする。
そして、極化した『千変万化』は以下のようになる。
ユニークスキル『千変万化 極』。
効果時間は無制限、クールタイムは15分。
ステータスユニットのDEXを参照し、現在のDEX分の固定ダメージ付与。視界内を攻撃範囲として拡張補正、根源適正に準じた武器への属性付与を獲得。
拡張された攻撃範囲と自意識及び視覚を接続し、貯蓄された魔力を消費することで、再現可能な攻撃方法を自由に、且つ、同時に擬似的に実現可能とする。
任意で解除、もしくは、スキル発動に必要な保有魔力が無くなることで解除される。
『千変万化 極』を以ってすれば、たかが五千程度の雑兵ならば、ワンアクション――ほんの2、3秒で戦闘不能にすることなど、造作もない。
スキルの極化とは、本来の形をも変容させ、理を超越するからこそ、極という文字を冠するに足る事象。
つまり、青柳流刀術師範たるレイヴン=B=ウィロウは、特殊なケース――例外であるということだ。
それはさておき、ヒトシを追撃するだけの時間、猶予が、レイヴンには確かにあったというのに、あえて追撃しなかった、この行動の意味。
それは、レイヴンが本多 宗茂から頼まれたこと、その意に含む、達成すべき幾つかの目標の1つを遂げ易くする為の行動であり、いわば――泳がせている、ということに他ならない。
ともあれ、今この度この瞬間から、それが始まる。
現代ユグドレア最強の剣士と、偽剣を携えた異世界召喚勇者――圧倒的強者と絶対的弱者を主役とする、至高の剣戟という一幕が、始まりを迎えたのである。