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怒れる炎姫、蒼風の剣翁 12

 



 ナヴァル国境戦役開戦より――半年前。

 ナヴァル王国最西の都市、デラルスレイク防衛都市郊外にて、誰に知られることもない戦いが――ユグドレアの存亡を賭けた争いがあった。


 憤怒と傲慢――権能者同士の一騎討ちである。


 代行者の戦いとは比較にならない、権能者同士による――さまざまな意味で――別次元に在る戦いは、憤怒の権能者たる本多 宗茂に軍配が上がる。

 そして、()()()()ユグドレアから一時撤退する選択をしてしまった傲慢の破壊神は、それ故、易々と動けない状態に陥る。


 その結果、傲慢の破壊神にとって不都合な情報開示、禁則事項とも呼ばれる、傲慢の権能が有する機能のひとつ、【禁句(タブー)】が正常に機能しなくなり、それと同時に、傲慢の破壊神がユグドレアから()()した世界の機能――検閲(けんえつ)が機能不全に陥っているのが、今現在のユグドレアである。


 だが、異世界召喚勇者の【チート】とは、傲慢の権能者より分け与えられている力であり、傲慢の権能の一部が()()されたもの。

 変則的ではあるが、権能の代行者と同等の資格を得ることに繋がり、今なお【禁句】が――本人のみだが――有効になっている。その影響により、ユグドレアの住人から挙がる言葉の内、傲慢にとって不都合な情報――真実に、(ふた)(かぶ)せられる。


 それは例えば――【チート】。


 実のところ、異世界召喚勇者たちには【チート】という言葉が、このように聞こえている。


 ――ギフト、と。


 そのことをレイヴンは知っている、いや、それは何も、レイヴンだけに限ったことではない。

 異世界16英傑を祖とする一族であれば、ほぼ間違いなく知っている――かつて異世界召喚勇者だったからこそ識りうる稀有な知を、後世に伝承すること、それを義務付ける取り決めがなされたからだ。

 ガルディアナ以外の大陸にも、今なお存続している異世界16英傑の血と知を継ぐ者達もまた、ウィロウやオーバージーンの者達と同じように、万全に備えようと尽力している。


 異世界召喚勇者は、ユグドレアの敵なのだから。




 ちなみに、強欲の権能者である立花 鶴代とその仲間達は、強欲の権能が有する特性によって、【チート】の介入を許さず、故に、異世界召喚勇者としての本懐――傲慢の手駒になっていないことを、此処に記しておこう。










「【(われ)願うは、救世の――ぐっ!?」

「ほれほれ、得物のひとつでも出してみろい」

「それなら邪魔をしないでくださ――(つぅ)っ!?」


 レイヴンとヒトシとの間の距離は、レイヴンの攻撃範囲内に収まっている。つまり、レイヴンだけが一方的にやりたい放題となっているのが、今の戦況である。


 軽量かつ弾性のある星銀(ミスリル)の刀身を純隕鉄(アダマンタイト)でコーティングした、打刀(うちがたな)に分類される全長約1(メートル)の黒刀を右手に握り、力み無き自然体で佇むレイヴン。

 それに対し、ヒトシ=スズキは無手。その手には、何も握られていない。


 ただ、本来ならば彼の右手には、とある一振りが握られている筈だった。


 異世界召喚勇者、最強の男が有する【チート】である【主人公補正(メインキャラクター)】によって、因果律を歪め、現代ユグドレアに在る筈の無い代物が、勇者の剣として()()されている。

 その()は、アガートラーム。救世の銀腕の謂れ持つ、出自不明の聖剣である。


 しかし、その剣の素性は、古代ユグドレアに存在していた長命種、オリジンドワーフ最高の鍛冶師に与えられし称号たるダーインを冠する魔導器。秘中の秘たるDSシリーズの一本。


 ()()()()()()()の作品群、その中の一振り。




『DSL−003 ダーインスレイヴ=()()()()




 当時、突如として行方知れずとなった、古今無双の魔剣と讃えられし、珠玉の一振りを、ヒトシが振るえない理由。

 それは、勇者たちが祝詞(のりと)と呼んでいる、いわば認証コードのようなそれを唱え終える隙を、レイヴンが与えていないから。


 異世界召喚勇者たちが有する【チート】には、明確に格差が存在するものの、力を引き出す仕組み自体は、ほぼ共通――発動する為の条件をクリアすることである。


 例えば、ヒナ=タケナカの【魅了(チャーム)】の場合。対象の体格や魂魄の強度によって難易度が変わるものの、基本的にやることは変わらない。

 本人曰く――目隠ししながら絵を描く、である。

 その後、【魅了】と口にすることで、ヒナの思うがままに動く、従順な駒が出来上がる。


 さて、ここで最も重要なのは、最後に【魅了】と口にすることにある。


 自分が有している【チート】の名を、もしくは【チート】に付随する特性や効果の名称を、口にすることで発動する――それもまた共通項であり、【チート】と呼ばれる機能を、ユグドレアに成立させるのに不可欠な行動。

 そもそも【チート】は、魔律戒法の(ことわり)とは別物――【不正介入チートコード】と呼ばれる、傲慢の権能が備える機能から生み出される力こそが【チート】であり、とある事情から、魔素をエネルギー源とすることは出来ない。

 そして、本来【チート】は、魔素が使用できないことが影響してか、魔律戒法の理を以て創られる魔道には遠く及ばない、ひどく程度の低い能力でしかなかった。

 そこで、傲慢の破壊神は一計を案じる――異世界召喚勇者の魂魄と傲慢の権能を繋げることで、ユグドレアにて【チート】を強引に使用可能とし、性能を大幅に向上させることに成功。


 現代ユグドレアにまで伝わる、強大な力を有する異世界からの侵略者の誕生である。




 ただし、傲慢の権能が魂魄と繋がった影響で、【チート】の内容、方向性が、勇者本人の性格や気質が、色濃く反映されたものへと定められるという思わぬ副産物が生まれることになった。




 異世界召喚勇者の選択基準とは、魂魄の強度が低い者――争いとは無縁の時代に生まれたような、()じゃくな少年少女に限定される。

 そして、そういった若者の多くに共通する、ある事柄。サブカルチャーの名で知られる文化体系、その一角とみなされている文化。アニメ、ゲーム、漫画、ライトノベル及びネット小説など、特定の二次元媒体を嗜み、楽しむ者たち。

 異世界召喚勇者の殆どが、そういった文化に少なからず触れてきた者たちであり、特に日本出身の者は、ほぼ全員が該当する。

 そして、そういった作品群に触れてきたが故に、喚び出した者達にとって想定外が過ぎる副産物――あまりにも厄介な過程を挟む必要性が生まれた。


 様式美、又は、お約束。


 異世界召喚勇者たちの根底、そこにしっかりと刻まれているのだ――主人公たちが必殺技を繰り出す際、いついかなる時にでも、その名を口にしなければならない、と。

 だから欠かせない――【チート】を発動させるためには、その名を、由来を、口にしなければならない。

 ユグドレアにおける魔術師のように。Antipathy Brave Chronicle における魔法師の前身であり、公式採用を見送られた魔法使()()のように。

 眼前に迫る死をあしらいながら、力の名称や由来を唱えなければ、まともに戦うこともできないというのに、それを(こな)すことを強いられる不自由さは、単独での戦闘時において致命的ですらある、大きすぎるデメリット。

 武と魔、その両方を扱う魔装術師(ルーンアームズ)のような魔道職ならともかく、純粋な魔術師のように、力を振るうまでに時間を要する者がたった1人で闘争に挑むのは、ただの自殺行為でしかなく、闘争への侮辱にも取られかれない、無知な蛮行。


 要約すると――戦闘中に敵を眼中や意識から外した挙句(あげく)、目の前で攻撃の準備を悠長(ゆうちょう)に堂々と行ない、それを見逃すことを当たり前と思い込んでいるのは、真剣勝負をバカにしすぎではないか?――ということである。


 そもそも、剣士や槍士、斧士など、単一の武器を扱う者達には、攻撃という行動の準備時間は無きに等しく、攻防どちらにおいても隙が少ない――闘争の場に在る武人の優位性である。

 だがそれでも、【主人公補正】という最上位の【チート】であれば、並の武人はおろか、強者と目された者達ですら、まともに撃ち合うことすらさせなかったのは想像に難くない。

 ただし、今ヒトシが相手にしているのは、武人の頂点を争っている者――真なる武人たるレイヴンであり、事実、【主人公補正】が幾度となく事象を歪めているにもかかわらず、その勢いを止めることが出来ないでいる。


 その結果、未だにアガートラームを呼び出せず、防戦一方となっている訳だ。


 それは、ヒトシ=スズキの認識の甘さ、(おご)りが生んだ結果であるが、それ以上に、彼にとって初めて戦う――()()だったことが、最大の不運。

 異世界召喚勇者たちは、()()()()()

 ユグドレアの戦場が、自分たちの知るフィクションで描かれているような生温い場所ではないことに、異世界召喚勇者たちは気付くことがない。


 いや、そもそもの話、異世界召喚勇者たちは、最初から()()()している。




 彼ら彼女ら4人を含めた異世界召喚勇者と呼ばれる若者たちは、各々の魂魄に【チート】が()()した時、その瞬間から、自分たちが世界を救う勇者――という設定の、フルダイブ方式のVRゲームをプレイしている()()()なのだから。







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