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怒れる炎姫、蒼風の剣翁 11

 



 リアの様子や周囲の騎士達の雰囲気から、この場の状況を察したものの、そのことに関してだけは、いまいち答えを導き出せずにいたレイヴン。


(ぶっ倒れてる奴らと、微かに残る(すす)けた匂いを考えりゃぁ、リア嬢ちゃんが、()()()やったとは思うんだがなぁ……こいつら、(そろ)いも揃って魔装術師(ルーンアームズ)だろ……ウィンディルの炎姫ってのは、こんなに強かったんかぁ? まぁ、それはともかくだ――)


「おーい、村長! ここに来るまでの道端のゴミは、(わし)が全部片しといたぁ、今のうちに行ってくれい!」


 レイヴンの言葉に含まれた意――街道の封鎖を力づくで解除したのだとようやく察したネブラン村の村長は、すぐさま立ち上がっては大きく(うなず)き、周囲の村人へと指示を出したのち、自宅である村一番の屋敷に向かって走り出す。

 村長に促された村人が動き始める姿を横目に、レイヴンは、肩で息を吐くほどに憔悴(しょうすい)しているリアの(かたわ)らへ。


「――で、どうする? 儂らと一緒に行くかい?」

「そう、ですね。お邪魔じゃなけれ――っ!?」




「――いやいや、流石にそれは駄目ですよ」




 その声は、ゲルムスの(そば)に、なんの予兆もなく現れた少年から放たれたものであり、白を基調とした礼服を(まと)う少年の髪色は、()


 その身なりで何者かを悟ったレイヴンは、()()


「えーと……なにか楽しいことでも?」

「はっ、これが笑わずにいられるかって話だぁ……まさか公国に、本当に勇者がいるなんてな」

「……なるほど、貴方が、(うわさ)の剣翁さん――」

「しかも、こうやって儂の前に来るたぁ――」


 ――予想通り過ぎて笑えるぜ、なぁ、ムコ殿。


「……なんです? ムコ殿?」

「気にすんなぁ、こっちの話だ――害虫」

「はぁ、貴方もですか……僕たちは、この世界を破滅から救い…………どういうつもりですか?」

「はん、そういう【チート】か……ちと面倒だなぁ」

「すごい……」


 黒髪の少年――異世界召喚勇者の1人にして、現時点のユグドレアにおける最強の勇者、ヒトシ=スズキの頬に、糸のように細く赤い線が、一筋。

 そして、鞘に納めていた筈が、いつの間にか抜き放たれていたレイヴンの右手に握られる黒い片刃の剣、その切っ先には、汚れのような赤い跡が少々。


 それは、互いに――不本意な結果の証明。


 片や、心の臓を貫かんと放たれた、一突き。

 片や、あらゆる事象を無意に歪める、絶対防御。


 俗人には計れぬ領域での攻防、その一幕の内訳である。


「まさか、噂の剣翁さんが、こんな姑息(こそく)な不意打ちをするとは思いませんでしたよ」

「随分とまぁ面白(おもしれ)ぇ冗談だなぁ……【チート】とかいう()()()たもん()()()よがしにまんまと使()()()()()阿呆(あほう)のセリフじゃねぇだろ」

「……? 一体、なんの話を――っ、またっ!?」

「おいおい、害虫……儂ぁ、テメェのお友達じゃねえんだぞ? なにを呑気にくっちゃべってんだ、あ?」

「ぐっ、速っ――」


 黒刀を握る老人は微動だにせず、その場に佇むだけなのに、目に映らぬ何かに驚いている少年の服だけが、一つ、二つ、三つ、と、次から次に何箇所も弾け、白い礼服が裂かれていく。


 それは(はた)から見れば、いや厳密には、その領域を垣間見ることが適う資格のある者でなければ、ただただ異様な光景だった。

 では、彼女の目には――真なる武人のように資格を有する者だけが認識することが適う速度域である、刹那(0.013秒)()()、約0.00325秒間に起きる事象を認識できる領域に、辛うじて足を踏み入れているリア=ウィンディルの眼には、レイヴンとヒトシとの(あいだ)に、何が映っていたのだろうか。


 (よど)みなき真一文字(まいちもんじ)の刃の閃きが、不自然に()()()()れる――そんな光景である。


 その結果、ヒトシ=スズキという名の、勇者を自称する者のために(あつら)えられた白服に、幾筋もの軌跡が残された。

 事情を知らぬ者には、今この場で起きていることの凄まじさを理解することは叶わないのだろう。だが、それにも増して極みに在る者の武とは、()くも理解の外を征くものなのか――リア=ウィンディルが抱いた感情を言語化すると、このようになる。

 今日この時、リアは識った――遥か高みに在ると信じていたセシル=アルテリスの武と魔は、いまだ中腹でしかないのだと。

 そして、こうも思っていた――ならば自分の武など、魔道など、まだまだ未熟、自分など(ふもと)に立ったに過ぎない。


 だから知りたい、その光景を。

 だから立ちたい、その領域に。


 そして極めたい、魔道を、と。


 レイヴン本人からすれば、単なる刺突でしかないそれには、価値観を一変させ、絶望に打ちひしがれていた心を奮い立たせるほどに感情を震わせる、何かが有った。


 ――極致。


 その何かとは何かと問われれば、道を征く者は、それを極致と呼ぶ。武の極みに到達した者の何気ない所作、動作は、いまだ到れぬ者の眼にはあまりに眩しく、そして、理を解くにはあまりに難儀である。




 だが、忘れてはならない。




「おいおい、まさかとは思うんだが、この程度で終わるなんてこたぁねぇよな?」

「この……あまり調子に――」

「――だよなぁ……おら、()()()()上げんぞ?」

「なっ、ぐあっ!?」


(当たってる……ヒトシの【チート】を超えて、完全に捉えてる。それに、レイヴン卿は――)


 ――多分、まだ全力じゃない。


 リアの根拠は、とてもシンプル。

 目を凝らさずに眺め見ると、レイヴンの体勢が未だ変わらず、黒刀を抜いた姿のまま、何一つ変わっていないことに気付く。それに加えて、レイヴンが振るいし剣術であるウィロウ派――青柳流刀術における最速の一振りが、刀を納めた状態からの抜刀、いわゆる居合抜きであることは、人族領域の武人であれば常識。


 つまり、最速の一振りを残しながら、セシル=アルテリスですら超えられなかった、あのヒトシの絶対防御を超えたのである。


 忘れてはならない。


 久方ぶりに会ったレイヴンが披露した武――遥か高みに存在する武の極致に触れて、リアの価値観が変わったように。

 幻想と遜色(そんしょく)無き位階たる武の極致に在ってくれた、真なる武人――本多 宗茂に、レイヴンが出会ったことを。


 宗茂との出会いにより、己の武を見つめ直す機会を得たレイヴンが、限界という名の不可視の殻を破ったとて、なんら不思議なことではない。


 忘れてはならない。


 ステータスユニットとスキルボード、この2つの魔導器が、生物が決して逃れることのできない、加齢というデメリットを帳消しにすることを。

 老齢といえども侮ることは出来ず、むしろ歴戦の猛者であるが故の経験を活かした、老獪(ろうかい)なその立ち振る舞いは、脅威と呼ぶに差し支えることなど無いことを。

 ユグドレアとは、本当の意味で、加齢の過程で得た経験が活きる世界であり、その頂点に在る者の1人こそが、レイヴン=B=ウィロウであることを。


 剣の道を極めし翁――剣翁(けんおう)

 戦場に吹き荒れる蒼き暴風――蒼風。


 人呼んで――蒼風の剣翁。


 ()()本多 宗茂でさえ認める、現役最速の英傑。

 そして、近い将来、偉大なる()()()()()から、極上の剣士にして破天たる者へと送られし、この上も比類することもなき称号――天上三剣、その一振りに名を連ねる者。


 それが、レイヴン=B=ウィロウ。




 今なお理想の(つるぎ)を求め、(けわ)しき(みち)征く武人なり。







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