表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
127/162

怒れる炎姫、蒼風の剣翁 06

 





 炎姫(フランメ)――アードニード七剣就任という栄達を、リア=ウィンディルが成し遂げたその日、大公より賜りし異名。


(きら)めいたる炎の万剣(ばんけん)(たずさ)えるは、赤髪舞わせし姫騎士』


 これは、その由来を(つづ)った一節。




 だが、今現在、ネブラン村にて一騎当千に等しい大立ち回りを披露している、炎狼と共に小さき戦場を駆ける女騎士――魔装術師(ルーンアームズ)の在り方は、炎姫の由来から想起させる光景から、あまりにもかけ離れていた。




 さて、魔力を用いて、炎や雷、氷に風などの事象を、魔術として再現する際、さまざまな特性を与える――多種多様な(ルーン)を刻むことが可能である。


 だが、特性を増やせば増やすほど、魔力の消費量も増え、制御の難易度も高め、リソースが使用されることで、魔術そのものの位階を下げる要因となる。

 そのため、保有する魔力量が少ない傾向にある魔術師の多くは、自分や自分に関係のある者達を除いた全てを魔術の対象にする――識別(マーキング)と呼ばれる機能を式として付随させることが、ある種の流行じみた定説。


 最少の特性のみを付随させることで、自滅することを避けつつ、魔術の性能を高めることができるという訳だ。


 それは、大規模魔術の一種である殲滅魔術や、魔術の発展系のひとつである魔装術も同様で、やはり自滅しないようにと、敵味方を識別させることが殆どである。

 なお、戦地にて披露されがちな殲滅魔術の場合、敵方の殲滅魔術を相殺することに加えて、非常に強力な余波が発生する。そのため、魔術の着弾地点にもその付近にも近づくことがないようにと注意喚起されている。




 つまり、災害となんら変わりない殲滅魔術の余波を越えようとする者は皆無に等しく、万が一にも起こり得ない、常軌を逸した行動であるということだ。




 話を戻そう――魔装術の場合、術式剣に刻み入れる式の多寡はどうなっているかというと、基本的には魔術師のそれと変わりなく、やはり識別式を織り込み、魔力量の消費を抑える傾向にある。


 魔術と魔装術に違いがあるとすれば――制御方法。


 魔術書を経由し、座標を指定したのち任意で発動するのが、一般的な魔術。

 それに対して魔装術は、術式剣(ルーンブレイド)を用いた戦闘技術――各々が習得している武術の動作と魔術の発動を連結し、自分自身を座標に固定することで、流動的な魔術制御を可能とする。


 その結果、後方に座するのが常識とされている魔術師が、局所的かつ瞬間的な判断を要する最前線での闘争という場面で、自己解決した上での生存および戦闘継続を、()()()、可能とするだけの近接戦闘力を獲得した。


 個人戦闘において、武人や魔法師に後塵(こうじん)を拝することを良しとしない、一部の魔術師が胸に秘めた悔しさ、悔恨(かいこん)(まみ)れた強き想いが成し遂げた、ある種の奇跡にして軌跡。

 魔導騎士(シュヴァリエル)とは異なる方向性、別の思想を(もと)に武と魔術を融合した魔道技術、魔の道を邁進(まいしん)する多くの魔術師にとっての希望の象徴、その1つ。


 それが、魔装術である。


 そしてこの日、ネブラン村にて、ある意味では新たな、しかし、本当の意味では遥か(ふる)き希望、魔装術とは異なる其れが――魔術の可能性そのものが現れる。

 其れは、最奥を(くぐ)りて辿り()きし幻想の()()、即ち――虚無の坩堝(るつぼ)より(すく)われた、ほんのちっぽけな火種。


 その火種が、反撃の狼煙にも叛逆の大炎にもなりうる、まさに幻想を冠するに相応しい(ことわり)であることを知る者も識る者も、現代ユグドレアでは少ない。




 だからこそ彼も、いや、彼ほどの者ですら、目の前で今も繰り広げられている状況、その異質さに戸惑っていた。




(これは……本当に魔装術なのか?)


 犬や狼、猫や獅子といった四足歩行型の魔物は、実にさまざまな種が確認されており、例えば、首や尻尾が2、3本生えていたり、尻尾が蛇、翼を有する、石や鉄などの肌など、多様な個性を示す多くの事例が、ユグドレアに存在している。

 ガルディアナ大陸でもそれは同じであり、魔物と敵対する者達にとっての常識であり前提となる。


 だからこそ、彼――影犬のリグリットは当初、突如として出現した其れが、それらの魔物の一種なのかと考えた、が、直ぐにその認識は改められる。


(炎の犬、いや、狼か? いずれにしても――)


 ――中々に厄介だな。


 大小様々な赤き獣――炎狼が、自分を除いた周囲の者達に襲いかかる姿に、なんらかの選別が為されていると気づく。そして、それはおそらく、公国騎士であるどうかが基準だと、リグリットはそう判断した。

 しかもそれは、見た目での判断ではなく、それ以外の判断基準であるからこそ、公国騎士の軽甲冑を身に包んでいるリグリットは完全に見逃されていた。


 もし、そうでなければ今頃、周囲の公国騎士と同じ状況下にリグリットも放り込まれ、炎狼への対処に追われていたことだろう。


(――他の可能性としては、長い年月を経たことで高い知性を獲得した魔物、もしくは、改良された識別の式……いや、流石に違うか……まあ、いい。それにしても……末席とはいえ、七剣の1人。彼女のことを侮っていた訳ではないが……まさか、これほどとは……)


 魔物を模した魔道自体は、それほど珍しくはない。


 それこそ、魔法師でもあるリグリットもまた、自身の影を媒介として様々な者や物を造形する黒魔法シャドウクリエイトによって、大小様々な黒い犬――影犬を駆使する斥候職であることから、そのことを理解している。


 だが、現代ガルディアナ大陸各国の情報もしくは諜報を司っている(いず)れかの部署に籍を置く者であれば――アードニード七剣の一、炎姫リア=ウィンディルは魔装術師、つまり、魔術師である――というのは、常識だと断言できる。

 ランベルジュ皇国屈指の斥候職であるリグリットもまた、炎姫イコール魔術師の発展系である魔装術師だと、知識として理解している。

 ましてや皇国にとって、アードニード公国は古くからの盟国。戦列を同じくすることもある者達のことを、あらかじめ把握しておくのは、何も不自然ではなく、むしろ軍人として当たり前とすら呼べる常套的行動。


 だからこそ、ネブラン村の現在の状況は、リグリットを大いに戸惑わせていた。


(シャドウクリエイトに酷似した事象――炎狼の群れを顕現し、その内の一頭の背に跨り、術式剣に炎を纏わせながらの対多数戦闘……魔道職であれば並列思考の習得は必須。それを踏まえれば、確かに複数の詠唱を成立させるのは可能だが……魔法師や魔導師ならばともかく、魔術師が……本当に、これを? そもそもの話、術式剣に刻む式として考えた場合、シャドウクリエイトのような造形(クリエイト)系統の魔法は複雑すぎる。魔法や魔導ならばともかく、魔術には明らかに不向きだ。おそらく、この炎狼の群れを魔術で再現するとなれば、多大なリソースが必要な筈。そうなれば、魔術そのものの位階は低くなり、発動に必要な魔力量も跳ね上がる。何より、制御が途轍もなく困難になる……リア=ウィンディルには、それを可能とするだけの魔道技術が備わっていた? そんな報告は無かった筈だが……魔導騎士(シュヴァリエル)同様、武と魔を両立させる為に、それぞれの修練を欠かせないのが、魔装術師という魔道職の難しいところ……魔術、いや、魔素の制御力が急激に成長するようなきっかけが、彼女にあった……いや、それはどう考えても矛盾している――)


 それは、リグリットだけではない。

 魔装騎士団(ルーンナイツ)に所属する公国騎士、つまり、第8中隊の隊長を除いた全ての隊員が目撃しているのだ。


 リア=ウィンディルの魔力線――その尋常ならざる凄まじき濃度と、激しく波打つ様相を。


(魔力線の濃度を見る限り、おそらくだが、あのセシル=アルテリスはおろか、うちのシド並か、もしかするとそれ以上の魔力量……と、なれば、魔術の制御以前に、自身から魔力を引き出す段階から至難の筈……)


 リグリットの予想は、魔力量の多寡が制御を含めた魔道的行為の難易度に影響する、という、ユグドレアの常識を元に立てられたもの。

 そう、常識的に考えた場合、魔装術師であるリア=ウィンディルには、難易度の高い魔道的行為は不可能に近い、にも関わらず――というのが、リグリットの戸惑い。


(だが現実には、この戦い振り……彼女の様子を見る限り、炎狼の制御に苦心している様子はない……そんなことが有り得るのか? 公国騎士達は、彼女が抜剣した瞬間、激しく動揺していた…………今の彼女の姿を、彼らも初めて見た、そういうことなのか? だが確かに、公国に潜り込んでいる奴らから、彼女の魔力線に関する報告はひとつも無かった……他国の主要な人物に異変があれば、必ず報告が上がる。例えば、ここ最近、公国の首脳陣にいつのまにか紛れている黒髪の男女4人組のように……となれば、矛盾も破綻も無い、考えられる可能性は1つ……抜剣したあの瞬間に、彼女の魔力線に急激な変化を及ぼす、魂魄の変化を促す何かが起こった…………まさか――)


 ――(いず)れかの権能、か?


 その可能性に辿り着いた瞬間、影犬のリグリットは、リア=ウィンディルの監視を決定。同時に、彼女の生存を最優先とした行動方針へと切り替える。

 それは、ランベルジュ皇国魔導騎士団ヘリケ=イグニスに所属する斥候職の内、序列上位5位以内の者達が、(あるじ)から与えられた任務の特殊性が故に。


 リグリットの主、大皇ジーク=アスクレイド、即ち、赤の根源竜たる紅蓮竜ジークヴァルスが、リグリットを含めた5名へ秘密裏に与えた任務。


 それは――権能に関わる者の保護。


 だからこそ、彼は暗がりに――影に身を潜める。




 いざという時、如何様(いかよう)にでも動けるように。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ