怒れる炎姫、蒼風の剣翁 05
例えば、ウィロウ王国東方軍および南方軍。
例えば、ランベルジュ皇国魔導騎士団ヘリケ・イグニス。
個人ではなく、集団――各国が備える代表的な戦力として名を連ねている者達は、相応の実績をあげたからこそ、その立ち位置に在る。
例えば、アードニード公国魔装騎士団。
アードニード公国最高戦力として今も他国から認識されている騎士達もまた、公国内にて多大な戦果をあげた結果として、その名を大陸中に知らしめた。
さて、ユグドレアの各大陸に点在する国家に求められる、1つの暗黙的な最低条件が存在する。
単一国家による――巨獣種の討伐。
至極単純な、その条件。それを達成できるだけの戦力確保すら適わない集団に、国家を為す資格は無い。
それは、ユグドレアの民に共通する認識である。
そして、巨獣種として認定される条件の1つを考えれば、そういった認識になるのも致し方ない。
――城壁の高さ。
地域差はあるものの、平均的な城壁の高さである10mという数値が、巨獣種として認定される基準の1つ。
先天的にそういった存在であるか、特定の条件を満たした魔物による後天的な変異的成長、俗に言う――進化を成し遂げた魔物のどちらかが、巨獣として認められる。
いずれにしろ、その体格、その体長は、都市の城壁をものともせず、生半可な魔物とは一線を画す脅威となる。
そして、それら巨獣種の突発的偶発的発生による都市部への強襲は災害に等しく、それ故に、国防を司る者達の脳裏に必ず置かれる、置かなければならない事項である訳だ。
そんな巨獣種だが、他の魔物同様、等級によって分類されており、下から、金、星銀、そして、神魔金と、3つに分けられている。
また、ユグドレアの冒険者や傭兵にとっては常識に近い認識だが、根源竜などの一部の例外を除き、神魔金等級の魔物と金等級巨獣種の脅威度は――同等である。
巨獣とは、それほどまでの存在であり、そんな巨獣種を討伐するに一国が備え持つ力を集わせるのは、当然のことである。
とはいえ、人族や他の人種族が座して死を待つだけのままで良しとするはずも無く、巨獣種を含めた外敵を排する為に力を磨くのもまた、当然である。
それは、現代ガルディアナ大陸の人族領域も同様。
ウィロウ王国――東方軍および南方軍。
ランベルジュ皇国――魔導騎士団ヘリケ・イグニス。
アードニード公国――魔装騎士団。
3カ国それぞれに於いて、最高の戦闘集団である彼らが全軍で事にあたれば、巨獣種であろうとも、星銀等級であれば討伐は可能、神魔金等級認定巨獣種、即ち――神獣と呼ばれし怪物を相手にしたとて勝ち負けを競えるだけの、見事な集団戦鬪を繰り広げることだろう。
そして、金等級の巨獣種もしくは神魔金等級の魔物であれば、全軍でなくとも――中隊規模の人員で討伐できるだけの軍事力を、各国それぞれが有する。
で、あるならば、彼ら彼女らの前に現れた、どうにも疑わしい事実は、そういうことであると、その答えを示す事に繋がる。
たったひとりの魔装術師を相手にして、魔装騎士団に所属する第8中隊が――半壊させられた。
それはつまり、彼女が金等級巨獣種以上の脅威であると、その場の公国騎士達が揃って認めたということ。
あの七剣最強の魔装術師と同等の圧倒的強者が、自分達の相手であることを解らされたのである。
自覚するに至ったのは、術式剣を抜いた瞬間。
空気中に漂っている魔素に、刃が触れたと同時に、魔装術が始まる――いつも通りの手順を踏んでいた筈なのに、現れた結果は何もかもが違っていた。
炎の感触が明らかに異なっており、そのことを知って間も無く、突如として脳裏に浮かぶイメージに、彼女は困惑しながらも、その心は高揚する。
自らの奥の奥から湧き出る、力強い何かから感じる、誰のものとも知れない威と意は、明確に形となり、彼女の脳裏に静かに佇む。
フェンリルと呼ばれる魔物に酷似している、炎で象られし四足獣、しかし、完全に異なる其の存在。
幻想にて、最高最上の犬と語られし炎狼。
其の名は――ガルム。
リア=ウィンディルだけの魔装術――炎姫戦型。
それは元々、雷霆剣のセシル=アルテリスが振るいし雷刃戦型を参考にして創りあげた経緯がある魔装術。
自身が創り出した魔力の炎である炎晶の特徴が、アルテリス家が創り上げた雷霧のそれに近しいことから、数多の剣を炎で模り産み出しては戦いに赴く、炎姫戦型が産まれた訳なのだが、今この場にて、リアが披露した其れは、元来のそれとはまるっきり違っていた。
違和という言葉では言い表しきれない其の炎は、彼女本来のそれとは、完全に別物。だが其れは、彼女が、彼女自身の脳裏に浮かんでいたイメージ通りの炎――炎狼。
ユグドレアに実在するフェンリルという魔物の姿形に良く似た、炎の獣――炎の狼犬たるガルムが数頭、抜剣と同時に現出、彼女の周囲を守るかのように徘徊する。
そして、彼女が動き始めると決めたと同時に、魔力線から炎が溢れ、大小さまざま且つ数えきれぬ炎の狼犬を形づくり、獰猛な戦意を剥き出しにして、公国騎士達を襲うべく、リアの傍らから弾けるように放たれた。
目の前で行なわれた現実に、リアは戸惑う、が、同時に、そのことだけは理解した。なんらかの事象が、魔法に等しい奇跡が、我が身に起きたことだけは。
だが、彼女には、それだけで十分だった。
決死の覚悟の自分を、誰かが後押ししてくれた――ただそれだけで、死地に赴く際の手土産としては相当に上等だと、そう考えていた彼女は、術式剣を握る右手に力を込める。
すると、彼女の意を汲んだのか、リアが跨るにちょうど良い体格の炎の狼犬が現れ、待つように伏せていた。
全身が炎で創られているのは一目でわかるからこそ、手を伸ばし触れることに僅かながら躊躇するも、向けられた眼差しの柔らかさを感じ取ったリアは、目の前で静かに佇む炎の塊へと近づき――気付く。
(……熱く、ない?)
轟々と燃え盛る炎から噴き出ているはずの熱気、それが全く感じられないことに気づいた彼女は、炎の狼犬に触れた次の瞬間、そのことを――炎狼の名を識る。
「……ガルム?」
返事をするように吠えたガルムの、その声色は、とても愛嬌の良い、喜悦に染まっていることがよく分かる音であり、戦いの渦中とは程遠いやり取りに思わず微笑んだリアは、その流れのまま、気付けばその背に跨っていた。
(不思議……全然熱くない。騎馬みたいな乗り心地、ううん、それ以上かも……それに――)
視線をそこに向けることで、そこに確実に存在する――差に、彼女は気づく。
抜剣したことで解放された、1割にも満たない僅かな魔力が炎晶となり、その輝きの中から這い出できた数十のガルム達による、公国騎士達への強襲。
その結果、彼ら彼女ら自身もその周囲も、赤く染められていた――ガルムが、その見た目通りの結果を与え得ることを証明していたのである。
そして、ガルムは、彼女の炎で以て、その全てを象られている。
つまり、今の彼女の炎は、燃やす対象を選んでいることを意味し、これこそが憤怒に属する者に備わる性質――憤怒という属性が有する特徴のひとつ。
憤りは、怒りは、向けられるべき者にだけ向かわせるべき、ただそれだけの話。
それ故、彼女の炎は、憤怒という名の原罪を犯した者――咎を背負いし者だけを選別し、燃やすのである。