怒れる炎姫、蒼風の剣翁 01
短め。
限界だったのだ、彼女は。
4年前から続いている理不尽――数多の悲劇は、国を乱し、市井を荒らし、民を窮する。
その光景を、目の前で起きてしまっている惨状を、ただ見ていることしかできない、その現実が知らしめる無力感は、彼女の心を苛んでいた。
命を賭して民を守り、国の苦難を払う――それこそが騎士の存在意義であると信じる彼女にとって、騎士にあるまじき不甲斐のない無様極まる自分の姿こそが、彼女自身を責め立てる要因。
アードニード公国を襲った災厄、それら全ての原因が、異世界より召喚された勇者たちにあるということに、疑う余地は何処にも無い。
だが、彼女は、その事実は正しくあるが故に誤りであると、その現実へと至らせたことそれ自体が罪だと考えている。
――何故、こんなに弱いのだろうか。
4年前のあの日、異世界から現れた勇者の悉くを斬り伏せることができたならば――3年間、いつもそのことを考えていた彼女は、自身の弱さを理由に、常に責めていた。
身体と、心を。
騎士団の調練を終え、空いた時間もまた鍛錬の時間とした結果、確実に強くなっていると理解しているものの、だからこそ、彼女はわかっている。
――この程度では……奴には勝てない。
アードニード公国に巣食う、異世界より召喚された4人の勇者の中でも、何一つ間違いなく最強と呼べる存在――【主人公補正】ヒトシ=スズキとの間に在る、如何ともし難い実力差を、彼女は覆すことが出来ないでいた。
ただし、彼女が実際に想定しているのは、ヒトシ=スズキとの実力差ではない。
アードニード公国が誇る最強の魔装術師にして、アードニード七剣筆頭――セシル=アルテリス公爵。
彼女は、彼を凌駕できねばヒトシ=スズキには勝てない、むしろ超えることそれ自体がスタート地点であると定め、己を鍛えていた。
だからこそ、彼女は絶望した。
理解したのだ、自身が、七剣最強を超えられなかったことを。
だからこそ、新たなる希望である憤怒の御子のもとを訪れ、己の全てを――命を賭けて守り抜くと、決死の覚悟を決めた。
だが、駄目だった。
その前に彼女は――リア=ウィンディルは、限界を迎えてしまった。
だから彼女は――
時を、少しだけ遡る。
ドグル大平原にて、ウィロウ公爵領軍とヴァルフリード辺境伯領軍が開戦してから6日目。
すなわち、本多 宗茂とシド=ウェルガノンの一騎討ち、並びに、シンとフェルメイユの闘いが行なわれた、その日。
ナヴァル国境戦役における本当の意味での勝敗のみならず、ナヴァル大戦の趨勢にも、その後に勃発するガルディアナ大陸の覇権をかけた大戦争にも影響を与える、歴史の分岐点と呼ぶべき闘争が、ウィロウ公爵領の一角にて発生する。
歪められし歴史にて、この顛末こそが正しいと嘯かれる、彼と彼女の結末――悲劇を、哀しくも激しき彼女の怒りが歪める。
さしずめそれは、はるか遠き地で羽ばたく蝶の気まぐれが生み出した、全てを薙ぎ払う大嵐の如く。
ナヴァル王国の建国直後、国策の1つであり、最優先課題の1つとして、それが実施された。
――道路事業。
軍事的にも経済的にも、良質な道の存在は不可欠であり、正常な思考が可能な為政者であれば、いち早く着手するのは、常識と相違がない。
ナヴァル王国の前身とも言えるリルシア帝国にて、政を司る最たる者――宰相の位を与っていたナヴァル公爵であれば、道の重要性を誰よりも理解しており、王の位に就いたとて、そのことを失念するようなことはない。
そして、ナヴァル王国建国から2年後。王国に、三本の大道が敷かれる。
ナヴァル王国の中心地である王都ナヴァリルシア、そこから伸びる2つの大道は、それぞれ、ウィロウ公爵領都キュアノエイデス、オーバージーン公爵領都ウェルラシアへと通じ、さらに、キュアノエイデスとウェルラシアが大道で繋がることで、三角の形状に巨大な街道が敷かれたことが、名の由来。
始まりの道とも称されし3つの大道は、異世界英傑らの世界の言語を拝借し――デルタ公道と名付けられ、第1、第2、第3と区別され、呼称の際には、第◯デルタ公道となる。
内訳は以下の通り。
第1――ナヴァリルシア、キュアノエイデス間。
第2――ナヴァリルシア、ウェルラシア間。
第3――キュアノエイデス、ウェルラシア間。
その後、デルタ公道から枝のように伸びる街道が王国中にいくつも敷かれ、それらの道を支道と呼び、現在のナヴァル王国内に36もの街道が生まれ、軍人や商人だけでなく、一般の人々にとっても、正しく生活の基盤となっている。
第3デルタ公道02支道、通称デルタゼロツー街道。王国で2番目に完成した支道沿いに点在する多くの集落の1つ――ネブラン村を悲劇が襲う。
そこには、炎のように鮮やかで腰まで伸びる赤髪を、三つ編みに纏める女騎士の姿もあった。