黒天の内に在りし者 20
その名の由来は、スキル『魔素探知』上級というフィルターを通して目にする、空間に描かれた軌跡が、幼い頃にテレビで観た、なんとも派手な見栄えをした花の姿形と似通っていたから。
「――は? …………はぁ!?」
電脳武神流、奥伝の壱――彼岸花。
その特徴は、全方位からの多角的な高速連撃――回避困難な不可視の打撃である空撃を、一定時間継続して放ち続けることで弾幕を形成。僅かに存在する隙を埋めながら、敵の行動を制することにある。
そして、この技の根幹は、電脳武神流において基礎と定めている、とある動作。
電脳武神流、戦型の零――無形。
重心を、地面に対して垂直に立たせた上での脱力、からの、任意の方向への重心の移動。
移動させた重心を停止させると同時に、重心を置いた箇所から空撃を放つ。そうすることで、最少のモーションで攻撃の終始を可能にする。
それが無形であり、これがルストが観ていた揺れの正体であり、シンが放っていた空撃、ならびに、攻撃速度の秘密ということだ。
ちなみに、Soul Effect の裏ボスであるアンノウンとの対戦時、開幕直後に放たれるノーモーションの連撃に着想を得て、シンがアレンジを加えて生み出した技術が、無形である。
そもアンノウンとは、立花流戦場術と空撃がミックスされて生み出された独自の空撃を駆使する、架空の武人。当然ながらその根底には、立花の理合が存在している。
アンノウンの立ち姿は、守を司る理合である在無。
ノーモーションの空撃は、鍛錬法のひとつである触撃で培われた重心操作、その精密さがもたらした結果。
このように、立花流戦場術の武人を強者たらしめている数々の要因が、アンノウンという空撃士の個性形成に多大な影響を与えている。
そんなアンノウンの個性、その一部が色濃く反映された大技である彼岸花だからこそ、フェルメイユを襲った災難と呼ぶ他ない謎の現象との差異が、より一層際立つ。
彼岸花は、全方位からの多角的な高速連撃である以上、単発での打撃だけ見た場合、威力自体は、それほど高いものではない。
秒間約300の空撃を叩き込んでダメージを蓄積させながら、ヒットストップによる拘束を目論む――行動阻害を兼ねた継続的なダメージソースとしての役割こそを主目的とした技。
それが、彼岸花である。
つまり、1発1発が致死的なダメージを相手に与える、そんな情け容赦のカケラも感じられないトンデモ技ではないのだ、彼岸花は。
(なんだ、今の……彼岸花に、こんな瞬間的な破壊力なんて……てか今の消え方、なんか黒魔法っぽくねえか――)
「…………」
「……?」
(……ん? 俺、じゃないな……後ろ? なんだ、一体何を観て…………おいおいマジかよ――)
静けさが広がる天幕内、フェルメイユが消えたそこに残された2人。その片割れであるルストが、ひどく動揺した様子でシンの方を見ていたのだが、その視線の先は、明らかにシンの後方。
どうにも気になったシンが首を巡らした末に、その瞳で捉えたのは、ある有名な幻想生物の頭部。
「――繧医≧繧?¥隧ア縺……繧?繝シ縲√≠縺?°繧上i縺夊ィ?隱樣㍽縺後♀縺九@縺?↑繝シ……縺ゅ?√≠縲、あ、あ……よし、話せる…………さて――」
「なんでオマエが……――」
――黒曜龍 が顕現してんだ?
「なんとっ!? やはり黒龍様でしたか――」
「――その通りだ、赤き竜の小さき眷属よ」
「おぉ……御姿だけではなく、まさか、お声を拝聴できる日が来るとは……」
威厳とともに静謐さをも感じさせるその音は、響く声は、ただひたすらに――美しく。
「我が名は、ゼルメルヴェント。根源を守護せし要石たる龍族が一席、黒曜龍の名を賜る者である」
発せられる言葉から伝わる、尋常ならざる威と黒き魔の波動は、それを受け止めたシンとルストの両名を揃って身震いさせる、その強大さを強く実感させるものだった。
ただし、両者の表情は、明らかに異なっていた
「そして、我が主の愛し子たる黒の子、御身の前へ参るに遅れたこと、まことにすまなかった……」
「あー……うん、それはいいんだけどさ――」
「そうか……安心せよ、これから先、御身の全てはこの我が守護――」
「――その喋り方、疲れねえの?」
正直なところ、ルストには、シンの発言の内容も、その真意も、理解できないでいた。
民衆の間では、お伽話と同義の、ヴァルフリードのように竜の眷属として存在する一族であっても、一生に一度、邂逅するかどうかもわからない伝説的な存在――根源龍に向けて、まるで友人に語りかけるような気軽さで何かを問いかける、場合によっては侮辱行為と思われかねないシンの言動や態度を、ルストは信じられないものを見るような心境で眺めていた。
「……もう、しょうがないなー」
「――っ!?」
荘厳かつ圧巻と評せる黒き龍の威容を、煙と相違ない靄が、突如、覆い尽くす。
そして約10秒後、その場に現れたのは――
「やっと会えたんだし、どうせなら私のカッコイイところ、しっかり見せようと思ったのにー……」
「オマエのことは、よく知ってるからな」
「えっ、そうなのー? あ、そっか、そういえば姉様が言ってた! えーっと確か……異世か――」
「――ガデル! ガデルの爺さんから、黒曜龍について詳しく教わってて、性格のことも聞かされてたんだよね、うん!」
「な、なるほど、流石はガデル殿……黒淵の名は伊達ではないな……まさか根源龍との意思疎通を、既に果たしているとは……いや、それはともかく、龍の方々は皆、このように陽気で快活なのだろうか、いや、しかし……――」
先程までの厳つい言動とは真逆の、陽気で人懐っこさを感じる柔和な声色と朗らかな雰囲気は、ルストを混乱させるになんら不足がない。
そしてそれは、言動だけに留まらず、その姿形までもが、ルストの精神へ追撃するかのように、衝撃的な変貌を遂げた。
その姿、物で例えるなら、艶やかで綺麗な鱗がふんだんにあしらわれた、黒いマフラー。
そんな小動物感全開の小さな龍は、愛くるしい所作と、それに比例するような可愛らしい声を発しながら、シンとルストの頭上を、プカプカと楽しげに浮遊していた。
(――あっっっ、ぶねぇっ!? 流石に、異世界転生したこと広めんのは悪手な気がするからな、てかコイツ、俺のこと知ってんのか――)
(――そだよー!)
(……は?)
(ふっふっふー! 私、こんな姿になってるけど、これでも龍なんだよー? 念話くらいできて当然だよねー!)
(マジか……)
(うん! それはともかくー……ホントにホントに、ありがとなんだよー! 天拳くんが、位階をすーんごく上げてくれたおかげで、やっと御子様のところに来れたの! 感謝感謝で一杯だよー!)
(お、おう、そりゃ良かったわ……)
(うんっ!!)
ルストが混乱に次ぐ混乱に思考が塗れると同時に、シンの脳裏に浮かんでいた、彼女の異名。
その名は、Antipathy Brave Chronicle というVRゲームを起動した者ならば、誰もが知っている。
難易度の高さこそが売りのゲームであるとはいえ、救済措置は必要だと判断したのか、サービス開始とともに全プレイヤーの元に行き渡った、戦闘を含めた総合的な補助を目的とした使い魔NPCを呼び出すためのアイテム――召喚器。
世界のどこかに眠るとされる、のちに公認チート其の五と呼ばれることになる最強NPC――根源龍、その一柱、その幻影。
『翠風歴1427年。かつて隷属の大陸と呼ばれしラティスガート大陸西方随一の大国、その全ての民を犠牲にした大規模な召喚が執り行われた結果、大陸全土を舞台とした戦乱が勃発する。これは、大陸の覇権をかけた戦いであり、その裏で暗躍する外天の者たちとの戦い。そして、数多の英傑が集う時、物語が動き出す』
これは、Antipathy Brave Chronicle 最初期に実装されたメインストーリー、チャプター1の概要である。
ある意味ではチュートリアル的な、しかし当時のプレイヤーからすれば高い難易度だったメインストーリーと、それに付随するメインミッション、それらをクリアする一助となった存在。
――ゼルメルの姉妹龍。
姉である白夜龍ナクトゼルメルの、その落ち着いた物腰とは真逆の、実にやかましくも可愛げのある言動によって人気を獲得、姉とともに、アンブレプレイヤーに愛される――マスコット的存在。
それが、黒曜龍ゼルメルヴェント。
別名――お気楽ヴェントと呼ばれる、使い魔NPCの1体である。