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黒天の内に在りし者 19

 



 武器を用いようとも、徒手空拳であろうとも、はたまた魔道の(わざ)を駆使しようとも、闘争の流れに大差は無い。

 能動的か受動的か、もしくは、その両方か。


 要は、自分から攻めるか、相手に攻めさせるか、そのどちらもバランスよく(こな)すか。大まかに分けて、この3通りに分別されるということ。


 そして、ルストは、シンのことを受動的な武人――奇しくも、シンがアンノウンに対して抱いた最初の想いと同じく、カウンター主体の戦闘法を得手とする者であると、()()()した。

 シンが天拳ウラノスとして戦い始めてから2分半。その間、ルストが観ていたシンの行動のほぼ全てが、フェルメイユの攻勢を無効化する迎撃的行動だけなのだから、そのような誤解を生むのも致し方ないことではある。


 だが、実際は違う。


 敢えて立花流戦場術の者と比較した場合、田所 信に備わる動の才と呼称されるそれのポテンシャルは、大いなる魔の意思たるアナスタシアが惚れ込んだその才は、立花流戦場術における歴代最高の動の才を備えし者――()()本多 宗茂に比肩する。

 ならば、その本領が目の前の現実と大きく異なるのは、自明の理。


 ――タイムリミットまで残り30秒。


 天拳が動く。その本領を発揮する。




 そして――黒撃が、その産声を上げる。










 色彩が希釈された世界の最中(さなか)、思考を取りまとめていたシンは、視界の端に色が戻り始めたのを確認したことから、次の行動へと思考を切り替える。


 魔道職御用達のノーマルスキル『高速思考』上級を発動したことでシンだけが知覚している現象――時流()()現象が終わろうとしているのだ。


(マジで便利だな、『高速思考』。上級でコレとか、超級とか極とか、もはやチートだろ……ま、いいや。そんじゃ、そろそろ始めるかね――)


 Antipathy Brave Chronicle において拳士職を選択していたシンには知る由もないことなのだが、『高速思考』による時流遅延現象は、実のところ、ユグドレアでのみ発生する事象である。


 この意味がもたらす気づきが、簒奪者陣営の急所になるとシンが知るのは、まだ先の話である。


 ともあれ今は、目の前のことに集中すべき――物理的な近接戦闘能力だけならば、ガルディアナ大陸で、実質的には上位に入るであろう希望のフェルメイユ、その攻め手を、なんら問題なくあしらえた事実こそが、今のシンには重要な事項である。

 ならば次は自身の攻め手、それも現時点での全力全開のそれを――天拳ウラノスの本気を試す頃合い。


 故に、切り替える。


 それと同時に、ルストとフェルメイユが気付く。

 先程までの、凪いだ海のように穏やかだからこそ隙の見当たらない狩人のような雰囲気が、好戦的な武人特有の覇気と殺気を混濁させたような刺々しい気配へと、その表情とともにシンが転じさせたことに。

 だが、次の瞬間、それ以上に驚くべき変化を、2人は目の当たりにすることになる。


「随分と妙な……っ!?」

「なっ!? そ、それは――」


 ルストも驚いてはいたが、フェルメイユの激しすぎる動揺に比べれば、なんのことはない。


 ――魔力線。


 シンのそれは、夜の闇すら明るく感じるほどの、ただひたすらに(くら)い暗黒色が最たる特徴なのだが、そんな魔力線に明らかな変化が現れた。


 ――脈動。


 身体を縁取る線が波打ちように揺れると同時に、ルストからすれば錯覚めいた、フェルメイユからすれば最悪を連想させる、威圧的ながらも高潔な、尋常ではなく強い気配を感じさせられていたのだ。


「電脳武神流、奥伝が壱――」


 発せられる言葉に合わせるように、シンとは明らかに異なる気配の主が、シン自身が放つ武威に合流し混ざり合っていくのを、ルストもフェルメイユも理解させられていた。

 そして、シンの魔力線から溢れでる濃厚な魔力が、ある存在を連想させる姿形を象る。


「なんと……あれはまさか……」

「そ、んな……勝てる、訳が――」


 ――龍。


 竜ではなく、龍――ユグドレアという世界において、かの存在は、本来、ただ1つの種を指す。

 根源龍――根源竜と同じく、世界を守る存在であり、それ故に世界から消えることを選択した、いと尊き存在であることを、他ならぬユグドレアの住人が最も理解しており、崇拝の対象となっている。

 ネフル天聖教が、ガルディアナ大陸において認められているのは、天聖ネフルが、竜と龍の同胞であることも理由の1つである。


 根源竜と根源龍、かの者らは如何なる存在なのか。


 根源竜とは、全ての根源が存在する()()――霊子領域(アストラルフィールド)と呼称される次元域に繋がる扉の守護者。

 そして、根源龍は、霊子領域内の一角に存在する根源の集う場所――イデアと呼ばれる場に繋がる門の守護者。


 即ち、竜と龍はイデアを守りし存在であり、特に龍は、根源に最も近くに在る者であり、それと同時に、根源の代行者――根源に寵愛されし(いと)()を、陰から守る者。


 それが、根源龍という存在。


 つまり、マルス=ドラゴネスは黒の子――EX称号である『黒の根源に寵愛されし御子』を与えられし、稀有な存在なのである。


 そのことを理解している簒奪者は、 運命の悪戯を用いて、本来ならば有り得ない不幸な境遇へとマルスを追いやり、負の感情を高め、闇堕ちするように仕向けていた。

 そう、ガデルやサーナの死など、マルスの身に起こった、ありとあらゆる不幸は、簒奪者の仕業だったのである。

 秘密裏に行なわれたそれらの結果、マルスは、黒の子として完全に覚醒する前に、自らの意思で暴走、ユグドレアの破壊者となった。


 ただし、本来であれば、そのような最悪の結果にならないように庇護するのが、黒の根源龍の役割なのだが、簒奪者陣営は、ある厄介な対策を講じた。


 ――白き堕天による、黒の根源への干渉。




 その結果、黒の根源龍は対応に追われてしまい、マルスを守ることが出来なかったのである。




 そして今回も、不幸な境遇へと追いやられたマルスは、その心に悪感情が芽生えてしまっていた。

 だが、今回は、前回とは決定的に異なる、とある状況がマルスの身に起こっていた。


 田所 信の異世界転生、いや、異世界真生である。


 あの時、マルスが裏路地にて半死半生になったあの瞬間、マルスの内にて眠っていた田所 信の魂が完全に覚醒し、EX称号『真生を歩む者』の唯一にして最高とも称せる、ある永続バフが発動した。


 ――『汝の生に幸あれ(グッドラック)』。


 その効果はシンプル。


 ――LUK(幸運)値の大幅上昇と大幅補正および他者からのLUK値への干渉を無効化にする、である。


 そう、簒奪者による運命の悪戯の結果、著しく低下していたマルス=ドラゴネスのLUK値が、シンが覚醒したことによって正常に戻った。

 それどころか、これまで幾度となく繰り広げられていたガルディアナ戦記という物語において、マルス=ドラゴネスという主要人物(メインキャスト)のLUK値が、ある既定を上回ったことによって、もう1つの条件を棄却し、ある現象の発生条件が初めて成立――イベントフラグが立ったのである。


 そのイベント、その現象とは――


「――彼岸花!!」

「――っ!?」


 フェルメイユの警戒度は、戦闘開始からこれまでの間で、今この瞬間が最も高まっていた。

 終始、自身の攻めを抑え込んでいたシンが、初撃以降、初めて能動的なアクションを取ったのだから、過剰な程に警戒してしまうのも当然である。

 シンの攻撃は、目で捉えることが極めて困難な、不可視の打撃。となれば、周囲の空気の揺らぎに注視することで、当たる寸前であろうとも攻撃の出所を特定し、僅かであろうと衝撃を逸らすことでダメージを軽減するしかない。


 そのことを、フェルメイユは学んでいた。


 だからこそ、これまでとは明らかに危険度が異なる大技が襲うであろう今この瞬間、最低でも活動停止することだけはないようにと最大限に集中した結果、その反応速度はこれまでで最速と相成り、白の救世主(メサイア)製のタワーシールドでの防御が間に合った。


「――え?」


 確かに間に合った、が――無意味だった。

 不可視のそれが通過した箇所、其処だけが――消えていた、流線的な軌跡だけが其処に存在していた。

 ガラン、と、()()が地に落ちた音が響いたと同時にフェルメイユは理解し、理解したからこそ、自身が選択した行動そのものが誤っていたことに気付いた時には、既に手遅れだった。


「な、なんと凄まじい……」

「…………は?」


 その場に訪れたのは静寂。在るのは三者。


 シンの攻撃の苛烈さに驚くルストと、自身が放った大技――彼岸花と名付けたそれ――が、自身が知るそれとはあまりにもかけ離れた結果を示したことに、開いた口が塞がらないでいたマルス=ドラゴネスの姿をした田所 信と、呆然としているシンの背後に漂う、つい先程出現した存在、その三者のみ。




 そう、希望のフェルメイユを名乗る人型の魔導器がたった今、僅か1秒にも満たぬ間に、完全に――消失したのだ。




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