黒天の内に蟆弱¥者 1蝗
闘争の場において、勝者の条件とは何だろうか?
敵対者を殺す、敵対者を戦闘不能にする、敵対者からの敗北宣言、と、この中のいずれかを達することが、条件として挙げられる。さらに問おう。
闘争の場において、強者の条件とは何だろうか?
おそらく、様々な答えが飛び交うのだろうが、共通項はただひとつ――弱者ではないということ。至極当然、当たり前のことではあるのだが、ここでひとつ、問いかけを。
勝者と強者は、同義ではないのだろうか?
はっきりと答えよう――違う。
闘争の場と一口に言っても、そこには、純然たる格の違いが存在するからだ。
では、格とは何だろうか?
種族差と成熟度――様々な主張があろうとも、突き詰めれば、この2つの項目に行き着く筈だ。
種族差に関しては、読んで字の如くとしか言いようがないので、解説を割愛する。
残る成熟度とは何かと問われれば、戦闘のための肉体的成長と、戦略戦術を含めた精神的熟達、その度合いである。
上述した情報を踏まえた上で、格の差の一例を示す。
平均寿命70歳程度の人族を例にした場合。
肉体成長のほぼ全てを終える20歳男性の成体と、生後3ヶ月の幼生体とで争ったならば、まず間違いなく、成体が勝者となり強者である筈。
種族が同じ人族である以上、この争いで差を分けたのは、成熟度になるという訳だ。特に、肉体的成長に雲泥の差が存在している。
ここまで語った全てを前提として、最後に問おう。
地球と呼ばれる惑星内において、最上位に座する強者、即ち、最強を決める闘争の場に立つ資格を有する強者とは、どのような存在であるのだろうか――答えよう。
恐竜と呼称される生物群を代表とする巨獣種。
天狗と呼称される種族を代表とする長命種。
そして、最後に、もうひとつ――天狗等の長命種の血脈を継いでいる混血種。
これらに該当する者だけが、この星において強者たる資格を有し、それ以外のいかなる存在は、絶対的に弱者である。
これは、何者にも覆しようのない、真なる理である。
――……マジっすか?
――なによ?
――いや、先輩発信っすからねぇ……ウチとかを経由したとしても、かなりの影響っすよ?
――……ダメなの?
――上目遣ぁっ!? な、なんたる破壊力っ……可愛いは正義たぁ、よく言ったもんすね……ああもう可愛いな、こんちきしょう!?
――で、どうなの?
――はぁぁぁ……協力者に伝えとくっす、けど……どうなっても知らないっすよ?
――問題が起きたら言いなさい。どうにかするから。
――…………職権濫用っす。
――……聞こえてるわよ?
――ひぃっ!?
後日、Antipathy Brave Chronicle の公式ホームページにて発表された、とある情報。
それは、VRRPG界隈の住人の感情を激しく動かすに足る、爆弾発言に等しいトンデモ情報だった。
VRRPG史上最高難易度にして王の座に在るゲームタイトル、Antipathy Brave Chronicle ――内の高難易度コンテンツである討伐クエストにおいて、実質不可能と思われていたメインターゲットの、単独プレイヤーによる初めてのソロ討伐が成された報告と、その偉業を称えるとともに、並行する形で、とある新機能が実装されることに。
アンブレ内において、一定の条件を満たすことで獲得可能な、永続的なバフをキャラクターにもたらす機能――称号システム。
その第1号であり、ノーマル、レア、ユニークといったレアリティで分類される称号、最後にして最高位のレアリティである4種類目に類するそれを、あるプレイヤーが獲得した。
そのレアリティの名は――EX。
EXTRA にして EXCEED 。
特上――最上位。超過――超越。
EX称号――『天拳』。
天空を名乗る童は、この日、神と同義の天の銘を得、己が名にふさわしき戴冠を果たす。
彼の者、拳の頂天に座す者也。
其の名は――天拳ウラノス。
討伐クエスト実装から約1年と半。メインターゲットとなるレイドボスの数が10に至ったと同時に、通常のそれを大幅に超える難易度、超級が実装されたタイミングで、半年後に実装予定の新たなコンテンツの情報が発表された。
その名は――Unknown。
あの Soul effect を生んだ会社からの突然の発表にて、その名が用いられた事実に、ソルフェ経験者がすかさず反応。界隈が大変な盛り上がりを見せていた――中、あの2人の間に流れる空気は、お祭り騒ぎに等しい喧騒とは真逆の、お通夜もかくやな静寂でのみ構成されていた。
――……釈明は?
――び……びっくりドキドキ☆サプライじゅっ!?
――……釈明。
――ひょ、ひょっほひゃっへふははいっふ…………はぁはぁ……ウチの霊子装甲って、小天体の衝突程度なら余裕で弾き返せるんすけどねぇ……先輩のチョップは、ホント危険っす……あ、ガルディアナ戦記の釈明っすよね。アレっす、いわゆる予習って奴っすよ。天拳氏は、真生予定っすから、今のうちに、予備知識を入れておいた方がいいんじゃないかなって思ったんす。
――天拳氏って、あんた……まあ、いいわ。そうね、予習させるのは良いことね。ただ、あんた、これ……黒天とまで戦わせるのはやり過ぎでしょ……今のところ、準英雄の域にしか到達しないのよね? いくらシンやその仲間たちの実力が高くても、黒天には、まず勝てない。堕天を相手にするのとは訳が違うのよ?
――そうっすね、勝ち目は限りなく薄いっす。けど、だからこそ、実装する意味があるんす。
――どういうこと?
――ウチも先輩も、生まれながら強者側に属する種族出身っす。だからこそ、嫌でも理解させられていて、どうしたって視野が狭まるっす。その一方で、弱者の烙印を押し付けられた人族である彼ら彼女らは違うっす。だからこそ、命を落とさない環境で、極めて本物に近いシチュエーションを、出来るだけ何度も試行させたいんす。
――あんた、まさか最初から……。
――お爺ちゃん曰く、可能性の化身っすからね、人族は……そりゃあ、託してみたくもなるっす。
――……そうね。準英雄の域に達してすらいないシンが、堕天狩りを成功してみせたものね。最上位英雄、すなわち、真なる英雄の域に在る黒天のマルスに、数の優位なんて甘えは通用しない。そんな埒外の存在相手に、人族の子らがどんな活路を見出すのか、楽しみにしておくわ。
――同じくっす! ところで先輩、ちょっと面白いこと思いついたんすけど、聞いてくれるっすか?
――……嫌なんだけど?
――実はですね、アンブレにちょっとした細工を施したんす。何を仕掛けたと思うっすか?
――嫌って言ってるでしょうが……しかも事後報告じゃない……あんたの、ちょっと面白いって、大概が陸でもないんだもの……正直、耳に入れたくないんだけど?
――紐付けっす。
――…………。
――先輩なら、どういうことか解るっすよね?
――当然よ……なるほど……なるほどなるほど、なるほど……完全に盲点だったわ……気付いたのは、シンの真生を決めた、あの時ね?
――正解っす。
――VR空間の特殊な拡張性とヴァルプルギスの箱庭、それを利用した紐付け……確かに有効な一手ね。で、わかってるわね?
――もちろんっす。それは、ウチらだけの話じゃなくて、あちらさんにも言える話っすからね。
――例の協力者と話し合って、上手く出し抜けるようにしておきなさい。折を見て、行動を起こすから。
――先輩もよろしくっすよ?
――わかってる、ちゃんと枠を空けておくわ。
傍観する者たちは、容易には踊れない。
それは、如何なる存在であっても同様。故に、伝え授けることに注力する。
しかしそれは、その気がある者に限る。
つまり、全員が全員、あの2人のような者ばかりではないということ。
だからこそ、そういったことも起きる。
怠慢という名の隙を見逃すほど、生易しい相手ではないことを、あの2人は知っている、が、やはり、そういった者ばかりではないのだ。
だから、起きてしまった。
それは、第三者から観れば、ただ単にバランスを取っている――そのように見える、1つの結果。
しかし、あの2人は知っている。
悪辣にして不可解、そして理不尽。
そのことを、あの2人を含めた者たち――原初と呼ばれし英雄たちにしか認識できない、この現実こそが、最も忌むべき状況であることを、嫌という程に識っている。
その日、田所 信が――殺害された。
悪戯と嘯く、欺瞞に満ちた選択こそを良しとする――運命を司る者と自称する為に、その座を簒奪した者の手にかかり、シンは、その命を奪われたのだ。