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黒天の内に蟆弱¥者 1蠑

 



 秒間、約5万。


 さて、この数字は、何を示しているか。

 Antipathy Brave Chronicle に実装された討伐(スレイ)クエスト、最初のメインターゲット。通称、レイドボス。

 巨獣ウルヴ・ケイオス――神魔金(オリハルコン)等級認定されている魔物であるストレイフェンリルの変異体を器として現世に顕現した堕天。


 冰青天(ひょうせいてん)ベルズ=ゼスティードの成れの果て――青き堕天ベルゼ=コキュートス。その巨躯から放たれる、人族の倍以上ものサイズが特徴的な、投擲槍(ジャベリン)に分類される氷槍の本数こそが、その答え。




 凄まじき強さを秘めた強敵との激戦の日々が始まることに、アンブレプレイヤーは歓喜し、嬉々として戦いへと赴いていく。




 討伐クエストは、複数のパーティにて集団を編成、多人数で戦いへと赴くことを運営から()()されている――俗にレイドと呼ばれる高難易度コンテンツである。

 ちなみにだが、アンブレにパーティの人数制限は存在せず、その気になれば100人以上でのパーティ編成も可能。だが、パーティ人数で報酬が分配される仕様上、5名前後で編成することが暗黙の了解となっている。この傾向は、レイドでも変わらず、討伐クエスト実装直後は、5000人以上――1パーティ5名として1000以上ものパーティで編成されていた。のちに討伐軍と呼称される大規模パーティ群である。

 当初は、討伐軍の総力で以って、ようやく撃破が可能だった青き堕天も、ゲーマーの(さが)だろう、いわゆる攻略情報を集積していくことで、少ない人数での撃破が可能となっていく。

 1000から500、500から100、100から10と、日々を重ねることで、より少ないパーティでの青き堕天攻略が可能に。それに伴い、レベリング効率やレアアイテムの取得の効率性向上などを要因とし、個々人それぞれのキャラクターの強さも確実に上昇。

 そして、青き堕天討伐開始から2ヶ月、1パーティ――5人での討伐がようやく成功する。


 しかし、そこからが至難の業であった。


 青き堕天ベルゼ=コキュートス、その攻略法を語る場合、戦闘開始直後から放たれ()()()氷槍の弾幕、通称――雨への対処対策が、まず最初に求められる。

 もし、これが別のゲーム他のRPGであれば、氷属性の耐性装備などの()()()事この上ない対策で済むのかも知れないが、惑星アザルスでの実際の戦い――実戦を可能な限り忠実に再現反映させた Antipathy Brave Chronicle において、そのような安易な解釈になるはずも済むはずもなく。


 例えば、ベルゼ=コキュートスの氷槍の場合。


 自身の魔力で形成されてはいるものの、槍を構成する大部分が氷であるのは、司る根源が青であり、堕ちる前から氷の魔法を好んで使っていたからに過ぎない。そして、平均的な人族の倍以上のサイズということは、槍の形へと形成する前は、硬度の確保の都合上、見た目以上に多大な水量を以って固められた代物であるということ。

 つまり、氷槍の1本1本が500kg近い重さを有した、それはそれは立派な――大質量の物理的な攻撃の類いであるということ。


 氷で構成されているだけの大質量の塊を射出するという攻撃手段を防ぐには、同じく物理的な対処をする他ないと、要はそういうことである。


 討伐軍に与えられた選択肢は、()ける、()らす、防ぐの3つ。この内、避けるに関しては、機敏な動作とは縁遠い大規模パーティ向けではないので即却下。逸らすという選択肢も無しではないが、逸らした氷槍それ自体や砕けた破片が、流れ弾の要領で、後続に被弾しては意味がないので、やはりこれも却下。

 結果、討伐軍は防ぐことを選んだ。消去法ではあるが、いたって順当な選択と言えよう。


 それ故に――ゲームとはいえ、なまじ経験があることが影響し、選ばれたやり方が上手くいった()()()()――泥沼じみた葛藤を、多くのプレイヤーが抱えることになる。


 ――恐れ(おのの)くことは、決して恥ではない。生物の本能だもの、仕方ないわ。けれど、間違いなく足を引っ張る要因になってたわね。

 ――実際、あれは厄介っすからねぇ……ウチらが撃退した時も、かなりの被害が出たっすね……念のために、それとなく対処法を横流ししといたのは結果的に正解っすけど、ちょいと便利すぎっすか?

 ――別にいいんじゃない? 使うも使わないも、この子たちの自由だもの。その結果、あれ以上前に進まないのも、思い切って飛び出すことも含めてね。

 ――あいかわらず優しいのか厳しいのか、わかりづらいっすね、先輩は。


 誰が言い出したか、ベルゼ=コキュートスから放たれる氷槍の弾幕を、雨と呼び始めたことが影響したことに間違いのない、その武装の通称。

 魔導によって造られた盾の総称である魔導盾(まどうたて)の1つ――修復盾(リペアシールド)、その通称。


 ――相変わらず、ふざけた性能してるわね。

 ――初見の相手や武器、場所に対する、ウチなりの解答の1つっすからねぇ……安全性が高まるのは良いことっすよ?

 ――ええ、そうね。そこに異論はないわ……あの冗談みたいな依存性がなければね。ところで、アンブレのあの子たちが、1パーティ未満の人数での戦いに逡巡していた理由、なんだったかしら、ねえ?

 ――えっとぉ……か、火力不足っすかねぇ?

 ――十全に使用可能なら、氷槍の雨からたった1人でパーティーメンバーを完璧に守りきる修復盾の根幹技術。あんたの作品の1つである不壊装甲(アンブレイク)の技術が用いられた魔導盾の、その快適すぎる使用感がもたらす安全性に()()()ことで、それ以外の選択肢が失われた。どういう意味か、わかってるわね?

 ――み、みんな笑顔でハッピー、っすか、ねぇぇぇあああぃぃぃえぇあぁっ!?

 ――いつも言ってるでしょうが……知を伝える際は程々にしておきなさい、って。後のことを予測して、伝えるべきを伝えなさいって……何度言えば理解するのかしら、あんたは?

 ――ひゃぎゃああああっ!?

 ――何の対策もしないのは(もっ)ての外、言語道断だけれど、保護しすぎて前に進む意思を失わせるのも大概なのよ?

 ――うぅぅ、良かれと思ったんすよぉ……。

 ――あんたのその気持ちには、なんの問題も無いし、絶対に忘れちゃダメよ? その上で、あんたが伝授する知の影響力を考えなさい。

 ――あい、了解っす……あぅぅ、こめかみ周りがヤバいっす……先輩のアイアンクローは相変わらずデンジャーっすね、ご褒美にならないっす。

 ――半端だと、あんた喜ぶんだもの。割と強めにしなきゃならないのが若干面倒よね、まったく。


 アンブレ運営が公式に発表した盾型魔導器である修復盾、通称――傘の性能は凄まじく、公認チートと揶揄されるほどの、盾職と呼ばれる近接職にとっての最適解の1つとなる。

 その仕組み自体は、語るだけならば容易――外部からの衝撃を吸収したのち()()()()()、吸収の際に失われた装甲を残存魔力で構築する、というのが、戦中の修復盾を使用した際の一連の流れ。


 つまり、魔力が注がれる限り、修復盾が破壊されることは、ほぼ有り得ないということ。


 だが、どんなに優れた物にも、いや、むしろ優れているからこそ、リスクやデメリット等が存在する可能性が高まる。それは、傘も同様である。

 非常に高い性能を誇る傘だが、その反面、取り扱いが難しい代物でもあるのだ。

 盾外側を覆う装甲部を構成する魔導粉体――8割を純隕鉄(アダマンタイト)、残り2割を神魔金(オリハルコン)で構成される装甲用の流動金属体の制御の難しさ。そして、純隕鉄を含むが故の総重量――約200kgを携えることによる過大な減速。

 この2つの欠点の内、重さによる減速こそが、アンブレプレイヤーを停滞させた最大の要因。


 不壊の盾は、その本分を果たし()()()いるが為に、それ以外の選択肢を選ぼうとする気概を削ってしまったのである。


 さて、そんな停滞しきった空気の中、空気を読む気など一切ない、あの男が動き出す。


 その男とは、プロゲーマー、神童ウラノス。そう、田所 信、その人である。

 シンの特徴の1つに、やらかし癖があるが、二十代半ばになろうとも、その気質が変わることはなく、アンブレでも、やはりシンはやらかしていた。

 刹那的な享楽主義者――簡潔に言い表すと、後先を考えずに目の前の面白そうなことを試そうとする者のことだが、シンはまさにそれであり、やらかし癖の根本もそれである。

 討伐クエスト実装と同時に、最上級職を超える――超級職も実装。各系統合わせて18の超級職の中から、プレイヤーは選択することになる。

 仕事の都合上、 アップデートから2日遅れのログインとなったシンだったが、その心は既に決まっていた。拳士職の自キャラが選べる2つの超級職の内、片方のキャッチコピーを見た時、シンは思わず、ニヤリと表情を変えてしまうくらいには心奪われていたのだ。


『大地に在りて天空を撃ち堕とせし者』


 超級職にふさわしい壮大な文言と、自身の名の()()の一部が含まれてることもあり、即決するほど気に入った、その職業。

 カタログスペックの高さに比例するように極めて高い、高すぎる操作難易度の厳しさから、レベル初期化というリスクを背負ってまで職業の初期化を選択させてしまう――不遇職。


 その職業の名は――空撃士。




 やがて伝説となる神童が惚れこんだ、近接職最強の一角と()()()呼ばれることになる拳士職である。







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