黒天の内に蟆弱¥者 1螢ア
――まさか、こんなことって……。
――ホ、ホントにやっちまったっすね。
数多くの事象を観測してきた彼女たち2人をして、たった今、そう、ほんの少し前に成し遂げられたことの意味を、きちんと理解するには少々の時間を要していた。
それほどの偉業が――奇跡が、たった今、先ほど、生み出されたのである。
さて、大衆が賛美する奇跡と呼ばれるソレは、大別すると、3パターン存在している。
1つ目は、未知なる有を既知たる有へと成す――未だ知り得ぬ知を識り得る機を与えられることで既へと成す、伝授という名の奇跡。
例えば、火を知らぬ者へ、火の有用性を伝授した場合、それはもう大層驚かれることだろう。そして、彼ら彼女らの胸に去来する大いなる畏敬の念は、後世、この時の出来事を奇跡として語り継いでいくのである。
ただし、伝えた当人の胸中には、まるで騙したような申し訳なさが残り、奇跡と呼ばれたソレが語られる場を目撃するたびに、それはもうなんとも言えぬむず痒さに襲われる、ある意味では最も安易な奇跡ではある。無論、結果自体の有用性に疑う余地は無い。つまりは当人の問題である。
2つ目は、未知なる有を既知たる有へと成す――未だ知り得ぬ知を、自らの識と才器を以って既へと成す、理解という名の奇跡。
要約するならば、世界に最初から存在していた理 を解き、証明することで万民へと知らしめることである。
世界にあまねく存在する当たり前という名の数々の現象に対して、何故と思える者たちにだけ、資格が与えられる。一般的には、研究に己の生を費やす者――研究者の多くがこれに該当するだろう。これは、地球だろうとユグドレアであろうと変わりはない。だからこそ、いや、それこそ嫌が応にも理解していると言える。
自分たちは、あくまで――発見する者である、と。
そして、3つ目。前述の二通りの奇跡とは、そもそもの立ち位置が異なるため、事例の絶対数が少なく、比較対象が無きに等しい。しかしながら、ここにカテゴライズされる奇跡は、多くの紛い物とは対極に在ると断言できる。
それは、虚構すら存在を赦すことがない零という名の無から、真なる唯一として世界に初めて観測される事象――原初という名の有を成し遂げる、創造という名の奇跡。
無から有を生み出す――本当の意味で、これを成し遂げることができる者は極めて稀であることを、伝授する者や理解する者であれば、嫌でも知っている。その資格が無いが故に、別の道を歩むことを選んだ者が、その大半だからだ。
当然だが、他者へと正しく物事を伝えることも、常識の理を解き明かすことも、そのどちらも、世界への影響は少なくなく、間違っても劣等感など抱くべきではない。
単に、適正の問題でしかないのだから。
驚天動地とはこのことね、と、最近覚えた四字熟語をしたり顔で口にする先輩の姿に、言語系まで完璧とかホントにハマってるっすねぇ、と、茶化す赤髪の後輩。この2人、未だ興奮冷めやらず。
担当区域内に存在する、お気に入りの惑星内国家のことを調べているうちに、そういった四字熟語の知識なども含めて学習した、赤髪の後輩も。
同惑星内の様々な国家で楽しまれている、一般的な総称としてゲームと呼ばれている遊戯を気に入った、魔女のような容姿をした彼女も。
今、観せられた事象、その結果に至るまでの過程の凄まじさに、唖然とさせられていた、
それほどまでの出来事、驚天動地の極み。
まさに――奇跡。
――いやはや……強いのは知ってましたが、ここまでとは思わなかったっすねぇ…………先輩?
――……決めたわ。
――……え?
――元々、候補ではあったけど……こんなのを観せられたら決定的よ……シンを、黒天の内に導く。
――ちょっ、黒天って、こないだ言ってた、例の堕天殺しっすよね! 本気っすか、先輩!? 彼自身の魂魄は、一般人の域を超えてないっす、流石に負担が大きいんじゃ?
――ええ、そうね。黒天の魂魄が強大過ぎて、制御を失った魔素が、こちらの次元域へ逆流し、際限なく膨張。いともたやすく次元の境界壁が氾濫、その余波だけで、他の次元域の10や20は軽く飲み込むでしょうね。
――うへぇ、大惨事じゃないっすか……どう考えても、明らかに不適合っすよね?
――普通の転生ならね。
――ま、まさか……真生っすか!?
ニヤリと不敵に笑う魔女、その姿に、狼狽えていた赤髪の後輩は、完全なる決定事項なのだと悟り、僅かだけ瞳を閉じては思索、いつもの飄々とした表情へと戻す。
――先輩は相変わらずっすねぇ……あの御三方のこと言えないっすよ?
――わ、私は、あそこまで酷くないわよ!?
――ウチからしたら、先輩も大先輩方も大差ないんすけど?
――あの3人、今どこで何してるか、わかる?
――予想の斜め上を突き進むのが日常っすからね、あの人たちは。正直、さっぱりわかんないっす。
――始原の一柱と大喧嘩。
――…………マジっすか?
――ええ……マジよ。
――……いつも通り、ガラクタを駆って?
――もちろん。
――あ、相変わらずのイカれっぷりっすねぇ。
――安心しなさい、歪められた一柱が相手だから。
――ああ、なるほど。ある意味、運が良かったのかもしれないっすね。
――ええ、先輩たちなら問題ないでしょ。
――というか、観戦したいっすねぇ。
――やめときなさい。そうね……今のあんたでも5分で存在消滅するわよ?
――ごっ!? どんだけヤバいとこでバトってんすか、あの人たちは……ブラックホール内よりもヤバい環境とか、あんまり考えたくないっすねぇ……因果の狭間レベルでヤバいとこっすよね?
――ふふっ、そんなところね。帰還したら話を聞かせてもらいなさい。さぞ愉快な話を聞かせてくれるわよ。
――そうするっす、って、愉快で思い出したっす!
――シンのことね。
――そうっす! あまりのインパクトでスルーしましたが、あの戦闘スタイルって、間違いないっすよね?
――そうね、あんたが悪ノリしてソルフェに反映させた、アレね。
――ああ、しまった、ウチに矛先が!?
――シンの背後からゲーム画面を覗いてる時に、どこかで見たような武術を、完全に異なるやり方で、圧倒的な武力へと昇華させてる謎の敵キャラを観た時、私がどれだけ驚いたか、もう一度、身体に教えてあげる?
――眩し過ぎる満面の笑顔とサディスティックな言動のギャップ……へへっ、先輩のお仕置きは最高だぜ!!
――いつにもまして気持ち悪いわね……。
――先輩が美少女だからいけないんす!
――年上を美少女とか言うもんじゃないわよ?
――始祖エルフに年齢は関係ないっす、つまり先輩は永遠の美少女ってことっす!
――あー、はいはい、わかったから、話が逸れすぎよ? いずれにしても、シンがアンブレで再現したのは、私たちが知るドラゴンハートのそれとは似ても似つかない、新たな武術。シンが言うところの電脳武神流、それを以って、原初を成した。
――言葉にすると、彼、ホント凄いっすね。
――そうね……でも、それは同時にもうひとつ、重大な事実を示唆していることになる。
――ソルフェの裏ボスのことっすね?
赤髪の後輩の言葉に頷いた彼女の脳裏にあるのは、世界最強の格闘ゲーマーによる――必死の抵抗。
動いた瞬間に放たれるのは、当たれば僅かに怯んでしまう拳撃蹴撃。四方八方から迫るそれらを1発でも喰らってしまえば、瞬く間に削られ敗北する――初戦でそのことを知ったシンは、全てを避けることを選択。持ち前の反射神経を駆使して完全回避に成功、自キャラの攻撃範囲にまで接近、怒涛の攻めに移る――も、その全てが弾かれる。パリィと呼ばれる攻撃の無力化である。
結局、敗北を喫し、その後、幾度も挑むものの一度たりとも勝つことはできず、しかし、それはシンだけの話ではない。
世界中の格闘ゲーマー、誰一人として、勝つことができなかった、その存在。
その名は、未知もしくは無名を意味し、転じて正体不明を意味する言葉でありながら、なんとなくソルフェプレイヤーは察していた。
その存在の名は――Unknown。
別名――電脳武神。