黒天の内に蟆弱¥者 1髮カ
アカネとの約束通り、つつがなく高校を卒業した2人は、あの世界大会以降、懇意にしているプロゲーマーの事務所にお世話になることに。
日本を代表するゲーム実況者にして凄腕プロゲーマー――ナインスこと九条 要、その人である。
彼の勧めで、所属する事務所に揃って入所することとなったのである。
さて、ちょうどその頃、あるゲーム会社から発売された格闘ゲームが、界隈を大いに沸かせていた。
非VR格闘ゲーム、最後にして最高の名作との呼び声高きタイトル――Soul effect である。
さらに、祭りの如き喧騒に合わせたかのように、ある人気プロゲーマーが、その本拠を、日本に置くことを発表。ナインス率いるプロゲーマーチームへの加入と併せ、大々的に発表した。
その人物とは――
――おのれぇぇぇっ、小汚い泥棒猫がっ!
――妙に感情こもってるわね……演劇かなにかの台詞かしら?
――浮気現場に遭遇した奥様による怨嗟マシマシの心からの叫びっす、嫉妬に狂ってるっす!
――……せいっ!!
――にょわっ!? そ、その流麗ながらも勇壮さを醸し出す、キレイな上段突きは、まさかっ!?
――ソルフェの龍の必殺技よ!
――せ、先輩のは、ホントに必ずウチを殺しちゃうから、使用禁止っす!
――ひどい濡れ衣を着せようとした罰だけど?
――罪が重すぎるっす、ほんの冗談じゃないっすかぁ……上段だけに、って……ちょ、その構えはダメっす、超必殺技はマズイっす!?
――豪・龍・閃!!
――ひゃぎゃああああっ!? はぁはぁ……か、間一髪だったっす、てか再現度ぉぉ……無駄にエフェクト効かせすぎっすよ、先輩。
――ふふっ、功夫って、中々良いわね。
――……ヤベぇ御方に、ヤベぇ遊び道具を渡した心境っすねぇ……みんな、すまないっす、どうやらウチは、大層やらかしたみたいっす。あと、ドラゴンヘッドな衝撃波は、功夫ではさすがに出せないっす、ウチじゃなきゃ五臓六腑がスプラッシュっすよ!?
――はいはい、わかったから戻ってきなさい。そもそも、なんで私が嫉妬に狂うなんて邪推をするに至ったのか、そこがわからないのだけれど?
――あ、はは……そうっすよねぇ…………知らぬは本人ばかりって言葉は、こういう時に使うんすねぇ、無自覚ってのも怖いもんっす……あの少年も、中々に罪深いっすね。
ナインスをリーダーとするプロゲーマーチームを構成する人数は――8名。その内2名は、シンたち2人。そこに、リーダーのナインスと事務所の先輩プロゲーマー2人に、サポート専門の専属スタッフ2人。そして、新加入した彼女が加わり、計8名のチーム構成となった。
そう、彼女――アイドル的人気を誇る中国出身女性プロゲーマー。別名、戦乙女リーファ。
李 紅花、24歳、まさかまさかの日本移住である。
中国にある名門大学院の卒業を機とし、それと同時に日本へ移住してきた彼女、その理由とは――
――あそこまでいくと、ストーカーじみた参戦率っすよ? どんだけ、あの少年と戦いたいのかって話っすね。
――あの子の気持ち、わからないでもないわよ? シンの戦闘スタイルは、ナチュラルに魅せるプレイングだもの。天然で、あれほど人を惹きつける戦い方、間違いなく才能よね。あそこまで攻撃に振り切ったプレイスタイルで意気揚々と向かってくる……観客のみならず、相手にすらスリルを与えるスピーディな戦いは、さぞ楽しいと思うわよ?
――楽しそうなのは同意っす。てか、少年の手元を観てると、ついつい笑っちゃうんすよね……一般的な人族の範疇、確実に超えてるっすよ、あれ。
――……高速機動戦闘用の魔導機の操作をシンにやらせたら、ソルフェのキャラクターの動きを再現できるんじゃないかしら?
――ああ、言われてみれば確かに…………あれ、あのコントローラーを公的に採用したら、いい感じの魔導機乗りが、大量に生まれそうな気がするんすけど?
――同じことを考えてたわ……この星のプロゲーマーたち、喚び方次第では、かなりの戦力になりそうよね……うん……そうね、褒めてあげる。
――あれ……ひょっとして、ウチの功績っすか、これ!? 思わぬボーナス、キタァァァァァァ!! にゅふふぅ……あっ、だったら先輩、ウチ、アレが欲しいっす、アレ。
――アレ…………って、まさか、あのガラクタ? いいの? もっと難しい要求してもいいのよ?
――じゃあ、有るだけくださいっす!
――あんたの眼には、アレがどんなお宝に見えてるのよ……まぁ、いいわ、今度持ってくるわ。
――やったっす、弄りまわすっすよぉぉ!!
――経過報告はちゃんとしなさいよ…………それにしても、嫉妬、ねぇ……何を言いだすかと思えば、まったく……そんな可愛らしいモノが、私の中に、ある訳ないじゃない。
それは理性ある生物同士だからこそ生じる共感、その先にある、好意的な主観と客観の混ざり合いが生む――気付き。
付き合いが長いからこそ、相手の感情が、擬似的ではあるが理解できる――そんな事例が発生する時、往々にして本人にはわからない、自覚できていない事案が多かったりする。
つまり、赤髪の後輩の言葉は、見事なまでに的を射抜いていた、そういうことである。
――なんで、アザルスの情報がこんなにあるの?
――えーと、報告はしたっすよ……い、一応?
――それ、いつの……送還に失敗したっす、って……あんたねぇ……この子たち、意図的にこの星に残ってるわよね?
――いやぁ、情に絆されちゃいまして、つい……でも、ほら、結果的に防衛力アップっすから、ナイス判断っすよね?
――あんたって子は……まぁ、上手くバランスは取れてるし、今回は見逃すけど、リソースの残量にはくれぐれも気をつけなさいよ?
――了解っす。ま、今はそんなことよりも、こっちっすよ、先輩!
――まったく……それにしても、本当に凄い作り込みね……アザルスそのものにしか見えないわ。
――禁則事項に抵触しない範囲だけっすけど、ちょこちょこ助言した甲斐があったっす。箱庭とか植樹とか。
――やりたい放題ね、あんた。
――それが醍醐味っすからね。
――正論なのに胡散臭いのは、なんでかしら?
――ちょ!? それは酷くないっすか!?
シンたち2人が、ナインスのプロゲーマーチームに参加してから6年後にサービス開始した、とあるオンラインゲーム。
技術の発展によって、オフラインのみならず、オンラインゲームにまで普及したその機器を用いて、かつては夢のようだった体験――バーチャルリアリティが、当たり前の日常となったゲーム新時代に、何故か、突如として、そのタイトルは現れた。
凄腕の技術者ならば、理解はできなくとも、その異質さだけは察する、オーバーテクノロジーとしか形容しようがない、随所に散りばめられた超技術。その、まるで魔法のような――奇跡のようなプログラムの数々で成立するオンラインVRゲーム。
そのゲームの名は――Antipathy Brave Chronicle。