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黒天の内に蟆弱¥者 0竇ィ

 



 格闘ゲーマー、ウラノス。本名、田所 信。




 彼のことを、彼女は、思いのほか気に入っていた。




 ――それにしても、よくあんな複雑な操作を……本当に意味がある動きなのかしら……実は、当てずっぽうとか……流石にそれで世界一にはなれない、か……中々に不思議な生き物ね、ゲーマーっていうのは。


 そして、彼や彼の家族、友人、遊戯の詳細、住んでいる国の文化的情報、国内外の情勢、と、次から次に、辺境と呼ぶことに一切(はばか)ることがないであろう、魔素がほぼ存在しない惑星のことを、彼女は理解していき、そして気付いた。

 彼の暮らすこの惑星が――あの絶妙に可愛げのない後輩の管轄下にあるのだということに。


 ――完全にしてやられたわね……あの子の推薦っていう武人2人の凄まじいインパクトのせいで、出身とかちゃんと調べてなかったけれど、この惑星だったなんて……道理であの子、クスクス笑ってたのね……あとで殴りに行こう、うん。


 彼女の好奇心の凄まじさをよく理解しているからこそできた、ちょっとしたイタズラ――端的にまとめるなら、そういうことである。




 しかし、この何の変哲も無いお茶目なイタズラが、長く永く停滞を強いられていた盤面を揺り動かす、絶妙な一手に成るとは、イタズラを仕掛けた側も仕掛けられた側も、いまだ知る由も無かった。




 ――よしっ! 良い攻め手ね、しっかり削りきったわ……次の対戦相手は……スティーブか……あの子も良いプレイヤーよね。難しい相手だろうけど、頑張るのよ、シン!!

 ――先輩……どんだけハマってるんすか?

 ――ふっ……この血湧き肉躍る戦いに、心踊らない方が、私には不思議極まりないわよっ!

 ――いや、まあ、気持ちは理解できるんすけどね。

 ――そうでしょうともっ!

 ――ははっ、そうっすねー…………正直、失敗した感はぬぐえないっすねぇ……先輩があの少年を眺めている光景が視えたから、ちょっとしたドッキリのつもりで、あの2人の出身を伏せてたんすけどねぇ……まさか入り浸りになるとは……予想外すぎるっす……それにしても……発言の内容が内容なのに、なぜかカッコよさを感じる辺り、流石の先輩っす、美少女バンザイ!

 ――そう、そこよ、行け行け行け、よーーーっし、勝ったぁ! いやー、やっぱりスティーブもやるわよねー、ん? どうしたの?

 ――いえ、何でもないっす……はは、は……完全に(ぬま)ってるっすねぇ……どうしよ。




 こうして、自由奔放を体現したような()()の女性から、先輩と呼ばれた彼女は、田所 信の人生を通して、この惑星のことを知っていく。










 田所 信の人生、その始まりは、決して恵まれたものでは無かった。

 日本国の首都の一角にて、いわゆるシングルマザーの家庭に生まれたシンは、母と祖母と幼少期を過ごし、隣に暮らす同い年の少年と毎日のように型遅れのゲーム機で、同じゲームタイトルを何度も何度も遊び倒す、そんな日々を送っていた。

 ある日、隣に暮らす彼の勧めもあり、地元のゲームショップで開かれた、遊び慣れた格闘ゲームの大会にシンが出場、見事優勝する。


 手に入れた金一封、見つめ合う2人の少年。考えたことも、笑うタイミングも、完全に一緒だった。


 その後、手に入れた元手を使い、都内のゲームセンターで開催される大会に参戦しては賞金を荒稼ぐ2人は、知る人ぞ知る少年ゲーマー2人組として認知され始めていた。

 ただし、問題もあった――年齢制限である。

 元々、子供の部と大人の部といった区別がされてることが多く、さらに、以前までは世界大会の一般部門のように年齢無制限だった所が、きっちり年齢分けされるようになった――シンたちが荒稼ぎし過ぎた影響である。

 ちょっとしたお小遣い稼ぎ程度の感覚で始めたこともあり、諦め半分の胸中の2人は、最寄りのゲームセンターを訪れ、そのイベントの存在を知る。


 とある人気ゲームタイトルの世界大会、日本代表選抜予選トーナメント、開催の告知である。


 年齢無制限の一般部門と、12歳以下のジュニア部門、この2つの選択肢が、シンたちの眼前に。

 一般部門もジュニア部門も、上位4名が本大会への出場資格を得ることに加え、交通費や宿泊費などの諸経費も負担するという大盤振る舞いに、シンたちは大興奮。ましてや、本大会に限るが、ジュニア部門で優勝すれば100万円、一般部門なら2000万円という大金を得ることが叶うというのだから、夢がある話だな、と、2人は瞳を輝かせていた。

 とはいえ、世界中から猛者が集まることは、小学六年生である2人にもわかっていること。

 いくらシンのゲームの腕が凄まじくとも、一般部門で勝ち抜くのは難しいだろうと結論を出した2人は、ワンチャンス有ると感じたジュニア部門へと応募することを決めた……決めたのだが、ここで奴が――シンが、盛大にやらかす。

 テンションアゲアゲの勢いのまま、公式ホームページ内の日本代表選抜予選エントリー用のページへ飛び、各種項目に情報を入力、応募するという表記のバナーをクリックして、ページを閉じた。


 後日、応募締め切り後に送られてきた予選登録通知のメールに書かれていた――第15回世界大会、一般の部への登録ありがとうございます――の一文を目の当たりにした2人は、ただただ笑うことしかできないでいた。




 なお、ひとしきり笑った後に、シンの脳天に彼のチョップが振り下ろされたが、甘んじてその痛みを受け入れていた。










 ――あの場面が、まさか世界一になった瞬間だったなんて、思いもしなかったわ……驚きよね。

 ――ウチとしては、先輩の慌てっぷりがああああああっ!? わかりました、わかりましたから、もう口にしないんで、その振り上げた拳を降ろしてくださいっ……っす。

 ――口は災いの元、だったかしら。とても含蓄のある良い言葉ね、そうは思わない?

 ――いや、ホントっすねー……なーんか前よりも暴力的になってる気がするんすよねぇ……コレの影響っすか?

 ――(なに)か言った?

 ――(なん)も無いっす!


 まさかまさかのダークホース――アマチュア少年ゲーマーによる、名だたるプロゲーマー撃破の末の優勝という、激動と波乱で彩られた世界大会後、プロゲーマーが所属する芸能事務所の多くが、シンへと接触を試みるが、全て不発に終わった。


 その理由は、シンの母親――田所 (アカネ)にある。


 ――どんな世界でも、母親はやっぱり強いのね。

 ――そうっすねー、あの少年なら、かなり稼げそうっすけど、だからこそプロはまだダメっていう発言には、流石に驚いたっす。

 ――ええ、本当に……日本人の精神性は特殊って聞かされたけど、なるほど、ああいうものなのねって、素直に理解したわ。

 ――ウチも、そういうところが気に入ってるっす。思いやりって考え方も含めて、ホント考えさせられるっす……金銭や権力に媚びない生き方は、どんな世界でも難しいっすから。

 ――それだけに応援したくなるのよね。

 ――まったくもって同意っす。


 2000万円という金額は、一部の例外を除いて、間違いなく大金だと言えることだろう。

 そんな大金が、真っ当なものとはいえ、降って湧いたように、2人の少年の手元に訪れたのだから、お互いの家族が大騒ぎしたのは言うまでもない。

 とはいえ、お小遣い稼ぎの時ならいざ知らず、あの緊張感の中で最高の結果を出したことで得た賞金を分けてもらうのは間違ってると、彼は固辞したが、シンは、それを却下した。

 シンからしてみれば、彼と共に戦い方を――戦術戦略を構築して、戦いに赴くのが当たり前。だからこそ、自分が優勝できた――2人の勝利に繋がったと、心の底から信じている以上、賞金は山分け、半分の1000万円ずつ受け取るべきと、そのように主張したのである。

 シンも彼も、勝ち気で頑固、お互い遠慮することのない間柄ということもあり、互いの主張を譲る気が無い為、益体もない喧嘩が勃発する――寸前、2人の脳天に拳骨が落ちた。

 シンの母、アカネの雷――お叱りの号砲が2人に降り注いだのである。

 結局、2人それぞれの家に、1000万円ずつ分配し、必要な時に母親へ申告して、必要な分のお金を支給するという決まりを打ち立てた。


 そして、この時、アカネから2人へ、重要な問いかけが向けられる。


 ――2人とも、これから先、プロになるかどうかを、今この場で決めな。


 その問いかけに、2人が同時に、即座に頷いた。

 この日から、2人の少年は、高等学校卒業後にゲームのプロフェッショナルになる為に、そして、その後、プロとして生き抜く為に必要な全てを身につけるべく、限られた時間のほぼ全てを費やし始めた。

 ちなみに、高校卒業というのは、アカネから提示された条件である。

 そして、それぞれの家族も、2人の支援を可能な限り行なうようになったのである。


 さて、当然ながら、シン単独であれば、プロゲーマーとしての契約を果たすことは出来た。


 だが、それでは意味が無いのだ。特に、他ならぬシンにとって、完全に無意味な行為でしか無い――平たく言えば、モチベーションが欠落していた可能性が高かったのである。

 今の2人にとってゲームとは、自分たち2人が、揃って何かに挑んでいるかどうかが、何よりも重要なのである。


 いずれは大人になり、常にべったりするようなことは無くなるだろうが、今は違う――幼い頃から兄弟のように育ってきた2人が、こういった形で離れるのは、マイナスにしかならないことを、アカネは理解していた。




 だからこそ、全ての誘いを、アカネ自らが拒んでいた――愛する我が子と、その親友のために。





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