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黒天の内に蟆弱¥者 0竇ァ

サブタイトル文字化け回。


 



 ()れは、かつて確かに其此(そこ)にあった筈の、歴史の流れから(こぼ)れ落ちた、忘れ去られし物語、その断片。




「――なんで……」


 ――振り向くでない! 生きよ……我が愛弟子よ。


「――なんで、こんな……」


 ――赤源の行く末、託したぞ、黒の子よ。


「――こんなの、あんまりだ……」


 ――不甲斐ない父を許せ……さぁ、行くのだ!


「――ボクは、おまえに言われた通り、彼らを……なのに、何故こんなことを……あの約束は偽りだったのかっ!?」

「これは異な事を……我は約を(たが)えてはおらぬ――()はな」

「なっ!? そんな、まさか……おまえじゃないなら、一体、誰が――」

「――くどい。我は尋ねられたことに答えただけ、何一つ、手を下しておらぬわ。貴様の同胞が取った愚かな行動の責の行方なぞ、興味も無い」

「なら……これは、全部――」

「そう、貴様の同胞たる人族による――」


 ――同族狩りの足跡(そくせき)じゃ。




 ()れは、かつて確かに其此(そこ)にあった筈の、歴史の流れから(こぼ)れ落ちた、忘れ去られし物語、その断片。




「――あぁ……マ、ルス様……ご無事、だったん……です、ね……よかっ、た…………」




 ――慟哭。




「何も言えなかった、何もしてやれなかった、何も返せなかった……ボクは、何も……できなかった。恩人を、家族を――サーナを……守れなかった」




 ――脈動。




「悪いのは誰なんだろう……外天の奴らかな……それとも神国の貴族たち、なのかな…………違う……違う、違う違う違う違う、違うっ……違うんだよっ! そうじゃない……そういうことじゃないだろっ!! ボクだ……誰1人守れない、弱いボクが全部――」




 ――覚醒。




「――くっくっく、これは傑作だな。そうは思わぬか……哀れな道化よ」

「…………」

「貴様は、我らにとって都合の良い手駒、ただそれだけの存在……そうなる()()だったが――」


 ――まさか、これほどの化け物に成るとはのう。




 ――破滅。




 其れも此れも、かつて確かに其此(そこ)にあった筈の、歴史の流れから(こぼ)れ落ちた、忘れ去られし物語、その断片。


 理不尽への反抗を()()われた物語の欠片(プロット)が辿り着いた結末は――その悲痛な嘆きは、ただ()()を悦ばせるだけの結果しか生まず、最後には、何もかもをぐしゃぐしゃに踏み(にじ)られるという、哀れすぎる末路しか残されていなかった。




 けれど、だからこそ、きっと――










 裏切られ、大切な者たちを(うしな)い、自身の心すら失った哀れな彼の姿は、確かに道化のようだったのだろう――喝采とともに大きな嗤いを誘っていた。

 其れも此れも、それら全てが、ただただ奴らを愉しませる為に存在している――そのような錯覚に陥ってしまいそうな光景に、()()は、所構わず唾棄(だき)してしまいそうなほどに辟易(へきえき)していた。


 くるくる、くるくる、と。


 盤上の駒を手慰てなぐさみがてらもてあそぶように、右往左往しては(もが)足掻(あが)くようにと誘導させている()()の姿を観て、自分たちの万能感と肥大しきった優越感に酔っているのが一目瞭然である――そんな歪んだ悦楽に興じる有象無象を、瞳を閉じることで視界から遮断した彼女は、すぐさま思考する。

 魔女――其此に黙して座す存在、その身なりを一言で言い表すならば、その言葉が最もイメージに合っている。

 いささか古典じみた魔女の装いが人目を引く彼女は、周囲の喧騒を完全に無視し、いつものように、幾度か参照してみたのだが、アレに該当する事例は、やはり何処にも存在していなかったことを、改めて知る。


 ――アレは、一体どういうことかしら。


 彼女は全知ではない、が、それに近い立ち位置に在るのは確かである。

 それはつまり、森羅万象の理を継承する者として、其此に在って当たり前の知識を解しているのが摂理であることを意味し、だからこそ、彼女は大いに困惑していた。


 ――黒天のマルス。極災すら凌駕(りょうが)する怪物、か。


 堕ちた白闢天アイリ=イルフィスの成れの果て、極災の一である――堕天イル=メギド。

 その実力は、堕天の中でも一、二を争う、そんな強中の強たる存在が敗北を喫するという事象には、果たして如何なる意が込められているのか――新たなる事象の発生を、手放しに喜んではいけないことは理解しているが、そこは識者の性なのだろう、どうにも興味の方が上回ってしまっていた彼女は、それならばと選択することを決めた。


 ――時系列は同じ、いっそのこと、彼にも()()()を見繕いましょう。


 トレードマークである黒いとんがり帽子を被りなおし、黒い外套を羽織った彼女は席を立ち、自らが本来あるべき住処、その座標へと向かう。

 劇場と定義付けた醜悪な場所に備え付けられた、無駄に重い鉄扉を開けては通り抜けると、其処は、今の彼女にとって、何よりも大切な場所――書庫。

 小一時間とはいえ、退廃的で澱みきった空気を吸わされていた自身の不憫さを哀れんだ彼女は、嗅ぎ慣れた好ましい香りを――書物たちが放つ特有のそれを愉しみながら、書庫の一角にある古めかしい造りの立派な書斎机にふさわしい、背もたれの大きな椅子へと腰を下ろす。

 そして、机の上に置かれた、その書物へと視線を向け、1つ息を吐き、ページをめくり始めた。

 1頁ずつ、丁寧に読み進めては、まためくり――ページをめくる音だけが、静かに響いては幾時(いくとき)、やがてその音が聞こえなくなる。


 ――このあたりね。さて、どうしようかしら。


 胸元から取り出した手のひら大の青白い水晶体を優しく握り、目を伏せた瞬間、彼女の脳裏には、様々な光景が浮かんでくる。


 ――条件は、何がいいかしら……彼が追い込まれた要因を考えれば、武人がベターよね。あとは、可能なら、ユグドレアのような剣と魔法の世界に理解があった方が……ん?


 ふと脳裏を()ぎった光景に、彼女は違和感を覚えたのだが、それが果たして何なのかが、いまいち捉えきれていなかった。

 先ほどまで居た、正直なところ、思い出したくもない場所のように観えて、しかし、そこに漂う雰囲気や空気感に、邪な何かしらを感じることもなかった彼女は、何やら興味を惹かれ、ややおぼろげだった輪郭を鮮明にしたことで、ある程度を理解した。


 ――遊戯盤のようなものかしら……それにしては、どうにもおかしな……ほえっ!?


 遊戯盤と呼称する遊び道具を連想させるそれを、素早い手つきでガチャガチャ動かす手元にだけ注視していた彼女は、脇目に眺めた巨人族並みに大きな人族が動いている姿に、それは大層驚いてしまった。

 しかし、よく眺めてみるとそれは、巨大な平面物に描かれた巨大な人族が動くという、そんな現象だったのである、と、彼女は気づき、胸を撫で下ろしていた。


 ――な、なるほど、この遊戯盤で、あの現象を起こしているのね、中々に興味深いわね……なるほどなるほど、左右に1人ずつ配置されてるのは、この2人が、あの絵の中で巨人を戦わせているのね……これは、とても良い考え方ね。闘争は生物の性にして避けれぬ業そのもの。けれど、架空の存在を代理として戦わせることで、平和的に争いを収める可能性がそこには生まれる、と……素晴らしいわね、まさか、魔素がこれほど薄い領域に、こんな素敵な遊戯盤があったなんて、完全に見落としてたわ。似たような物ならいくつか思い当たるけれど、ここまで洗練された物というのは中々……あら、戦いが終わったのかしら。んー……winner……ウィ、ナー……なるほど、勝者の意なのね。で、あれば、横の文字は勝者の名前ということかしら。ええと……なんて読むのかしら、これ。


 きっとこの瞬間が――少なくとも、黒髪の魔法師の悲劇が終わりを迎える為に欠かしてはならない最後のカケラが、この瞬間、世界に産声を挙げた。


 ――ウ、ラ、ノ、ス。つまり、あの帽子をかぶった少年がウラノスということね……いいわ、これも何かの縁、私は君の応援をするわよ、ウラノス。


 その産声は、ひたすらにか(ぼそ)く、ひどく儚い。


 けれど、だからこそ、きっと――届けるべき者、届けなければならない彼の心の奥の奥へと、確かに届けられたのだと、いずれ彼女は知り、そして、僅かばかりの喜びを得る。




 彼女もまた――導く者なのだから。






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