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黒天の内に在りし者 07

 



 それは、この時代のガルディアナ大陸において、まず考えられない――あり得ない状況であった。


 シンとフェルメイユが戦い始めて、早1分半。

 魔素を喰らうという特殊性を備える、この時代では稀有な強者である魔素喰い(マナイーター)、希望のフェルメイユを一方的に追い込む――シンのような地球出身者の言葉で言うところの、フルボッコな――戦いが、その天幕の中で行なわれていた。

 とはいえ、観客と化しているルストは、フェルメイユが、シンが放った初撃に反応できていなかった時点で勝負はあった――そのように早々と断じていた、そんな先の見えた戦いではあったのだが。

 その理由は、約2分ほど経った今現在も、ルストたちがいる天幕の中へと誰も訪れる気配が、案の定、なかったからである。


(報告通りならば、黒の狩猟者は、音無く襲撃することが可能だと言う。熟達した黒魔法師特有の隠密技術だな、斥候としても有能ということなのか、彼は……ともあれ、おそらくだが、ここに来る前から今の今まで、戦いの最中でさえ、外部への音の発生を、彼は完全に抑えている――黒魔法を以って今も閉ざし続けている、そういうことなのだろう……ドラゴネスの忌み子、その才気、聞いていた噂以上だな……まさか、これほどとは――)


 初撃の際も、テーブルなどを端に寄せる際も、今現在まで続く闘争においても、等しく轟音が響いているにも関わらず、ということ。

 要するに、天幕内の音が漏れないよう結界を張りながら、希望のフェルメイユを相手取り、反撃すら許さぬ一方的な戦いを見せつけているということ。

 つまりそれは、これほど圧倒しておきながら魔法に意識を割ける――余裕があることを意味していると、ルストは察していた。


 さらに、もうひとつ、看過してはならない、重要な事柄がある――そのことがあるからこそ、ルストの胸中に、思索に耽ることができるほどの精神的余裕が生まれた。


(周囲の魔素を喰われているはずなのに、魔法を苦もなく発動している、この事実を踏まえて考えれば、私の知らぬ、何かしらの対抗手段があるのだと予測できる。まさかとは思うのだが――)


 ――黒魔法だけは、魔素喰い(マナイーター)とやらの影響を受けないのか?


 ルストの疑問とその答えは正しい――半分だけ。

 シンには、魔素喰いの影響が無い――というわけではない。実際のところ、ルスト同様、周囲の魔素を使用することはできない、が、それ以上を奪わせないように、ちょっとした仕掛けを、シンは、自分自身へ施しているのだ。

 魔素喰いの厄介なところは、一定範囲内の魔素を奪う、つまり、範囲内に存在する生物が保有する、魔力へと変化する前の魔素ですら奪い取ってしまうことにある。

 だからこそ、ステータスユニットの機能が停止してしまう――ガス欠のような状態に陥るのである。

 では、それを防ぐにはどうすればいいか。


 ――閉じる。


 身体の輪郭に沿うように奔る魔力線、その外側を、魔道的に塞ぐことで、魔素喰いからの干渉を弾くのである。ただし、当然ながら、周囲の魔素を吸収することによって発動する魂魄(こんぱく)の自然回復能力は停止する。

 だが、そもそもの話、魔素喰いを相手にする場合、周囲に魔素が無いのが当たり前である以上、魂魄が有する、周囲の魔素を用いた能力が停止するのは当然のことである。とはいえ、体内に保有された魂の周囲を漂う魔素は魔力へと転用可能であるし、自身の魔力のみで魔法を発動することも可能。

 つまり、ベストではないがベターな状態での戦闘行為を可能にするということ。


 これが、Antipathy Brave Chronicle における、対魔素喰い(マナイーター)の常套戦術の1つ――単騎駆け(スタンドアローン)である。


 黒魔法師は自前、それ以外は専用の魔導器で黒魔法を再現することで、単騎駆けが可能である。ただし、単騎駆けはその言葉通り、仲間がいない状態で行なう、ある意味では非常時に取るような手段でもある為、ソロプレイヤーでもない限り、普段使いするような戦術ではない。

 今回、シンが単独でルストの元へ来たのは、自分の目で確認しなければならないことが山積していたからであり、本当ならば、ガデル辺りと一緒に来たかったのが本音である。


「――助かったわ、白アリ。おかげさまで、()()わかったわ」

「何故……何故、こんな……」

「なるほど……やっぱり(わか)んなかったか――」

「――っ!?」


 シンの身体を縁取る魔力線から滲み出る、常軌を逸した――闇よりもなお深きに在ることを解らせられる黒き魔力の異常さも相まって、フェルメイユは冷静さを喪失、その瞳には恐怖が佇んでいた。無理もない。


 今現在のマルス=ドラゴネスが――英傑級の黒魔法師の域に在る、ただそれだけの、か弱い少年でしかない筈の彼が、自身を滅ぼし得る存在であることを理解させられた上、自分達の絶対的なアドバンテージである力――未来を識ることを可能とする天啓(オラクル)と酷似するナニカを以って、自身の状態を見抜かれているのだから。


「てか、白アリは白アリらしく、他の働きアリに、応援に来てもらえばいいんじゃね?」


 侮辱でしかない文言を連呼されるも、悔しさが憎悪へと転じていても、確かにその通りだと納得することしかできないことに、何よりも口惜しさを感じながら、苦々しい面持ちのフェルメイユは、あまりに強すぎる危機感から、警告することを選び、()()、同志達に伝える――()()が現れた、と。


 だからこそ、シンは(わら)った。


「――ふはっ……やっぱチョロいな、白アリ」

「なっ!? まさか――」

「――辺境伯、この方向にある規模の大きい()()()領域は、何がありますか?」

「――ふむ、北東か……アステルム高原、ナルヴァドの森、セブラーチス密林――」

「…………」

「――灰の谷(アッシュバレー)

「――っ!?」

「なるほどな――」


 ――白アリの()、補足完了っと。


 シンには、この場で確認したいことが、いくつか存在していた――ルスト=ヴァルフリード辺境伯の真意(しか)り、現在のシンの力量の把握然り。

 義剣のルストがそうであったように、対策無しに魔素喰い(マナイーター)との遭遇戦に突入するのは、非常に分が悪い状況へと陥りやすい。特に、魔道職には致命的な分の悪さである。

 それはつまり、シンやガデルのような英傑最強クラスの魔法師であっても、危機に陥る可能性があることを意味する。


 ならば、シンたちは、今後どのように行動すれば、魔素喰いとの唐突な遭遇戦という危険性の高いリスクを減らせるのか。


 ここで1つ、補足をしておきたい。

 職業の特殊性を除けば、一般的な身体能力の範疇しか持ち得ない地球人である田所 信という人物は、周囲が呆れ返るほどの、()速攻型のプレイスタイルを本領とする格闘ゲーマーである。

 基本的にはアグレッシブ、攻撃大好き特攻野郎という評価が誰よりも相応しい思考の方向性が、ウラノスという名のプロゲーマーの最たる特徴であり、気質である――それを鑑みた上で、もう一度、そのことの対策について考えてみよう。


 厄介な敵の潜伏先を知ったシンは、今後、どのように動くだろうか?




 つまりは、そういうこと――彼の脳内攻略チャートが、ある意味、予定通りに更新されたのである。





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