黒天の内に在りし者 06
義剣のルストという魔導師は、ランベルジュ皇国内に限らず、ガルディアナ大陸全体で比較しても、魔導師としての戦闘能力の高さはトップクラス。その理由として挙げられるものの中には、彼自身の才覚も含むが、何よりも彼が担っている魔導器こそが、理由の過半を占める。
魔導双剣ヴァルブラスト――ヴァルフリード家の当主に代々継がれ続けている魔導器、あの魔導王の遺産に名を連ねる双剣の担い手であることが、義剣のルストという魔導師を、英傑の上位層へと押し上げた最大の理由である。
息子であるクライド=ヴァルフリードが担っている魔導大剣ヴァルブレイズが破壊力重視であるのに対し、ルストが担うヴァルブラストは――速力重視。
さて、何故ヴァルフリードの当主が、速力重視、言い換えると――高速近接戦闘を想定した魔導器であるヴァルブラストを継ぐ必要性があるか。
その答えは、ナヴァル王国北東の国境域――ランベルジュ皇国西域の国境域であるドグル大平原西部に隣接するように、あのウィロウ公爵家が据えられていたから。
しかも、である……ランベルジュ皇国にとっての最悪は、ある特別な魔導器が、ウィロウ公爵家に存在することにある。
魔導王の師であり、ミコト=ブラックスミスの師でもある伝説的な鍛治師である――赤髪の彼女が遺した、最後の二振り、その片割れ。
自身の妹である星踏みの聖女との合作である魔導器が秘める、その大いなる力、その――格は、魔導王の遺産ですら凌駕すると云われ、それは、紛うことなき純然たる事実。
ガルディアナ大陸から遠く南方、隷属の大陸と呼ばれしラティルガード大陸に遺されし劔の血脈に継がれる――陽と対を成す、もう1つの至高。
本来ならば信仰の対象であってもおかしくない陰の一振りが、神殺しの末裔に継がれるという奇縁。
それは、あり得るべきではない因果律へと歪めたが故の、自業自得と同義の――再配置という名の改稿の結果。
ただ一つ、気の毒なのは、地球ならば鬼に金棒、ユグドレアならばデュラハンにグレートソードといったように、あまりにも強力なシナジーが生まれる組み合わせになったことで産まれてしまった、怪物の中の怪物――陰の一振りを携える青柳流刀術師範という圧倒的強者、その対策を講じることを強いられるランベルジュ皇国だけである。
ただし、そのような過酷な状況を強いられたことによって、他とは比較にならない常軌を逸した成長をも強いられたことは不幸中の幸い――あまりに皮肉が効いたその顛末は、よからぬ輩の抑止力を育む土壌へと、進化に等しい変化を、その地へ齎した。
青柳流刀術師範が受け継ぐ、陰の一振り――近年、担い手である彼が自身に制約を課していることもあり、戦場で抜かれることがないとはいえ、それはあくまでも――抜かないだけ。
いざとなれば躊躇することなく抜き放つことを理解しているランベルジュ皇国は、それだけに下手な刺激を与えるわけにはいかない。
なにせ、ウィロウ公爵家には、あの危険極まる手札が――紅蓮のレヴェナが、長年に渡って担っている、あの魔導器が存在するのだから。
だとすれば、皇国首脳陣が取れる手段は限られる。
量より質、凡百な魔導騎より魔導王の遺産――つまりは、少数精鋭。故に、青柳流刀術の速さに唯一対抗できるであろう魔導器、魔導双剣ヴァルブラストに、白羽の矢が立った。
これが、ヴァルフリードの当主就任に際し、魔導双剣ヴァルブラストの認可を受け、担い手となる必要性、その経緯。
つまり、義剣のルストという魔導師は、あのレイヴン=B=ウィロウと勝ち負けを競える領域に在れる、それだけの実力を備える強者ということ。
強者と評されているルストは現在、目の前の少年のそれ、怒涛と呼ぶ他ない連続音を奏でている不可視の攻めの凄まじさに、ただただ感嘆させられていた、と、同時に――
(むぅ……いったい何なのだ、これは。異世界英傑様方が残された書物の記述にあるPKというやつなのか? たしか、サイコキネシス、だったか……しかし、特殊な力とはあったが武術とは書かれていなかった筈……ぬぅ、この私が知らぬ武術とはな……デンノーブシン流、恐るべし……いや、待てよ……これから私はマルス殿に同道する、であれば、直々に教授してもらえる機会があるやも知れぬ……誘拐されたという名目の休暇を、思う存分に愉しめる――未知なる武術の探求へと時を費やせるということか……ふふふ、それは素晴らしいな――)
さて、ある老いた黒魔法師はこんなことを言いました――王族には王族特有の煩わしさがあり、独自の発散法がある、と。
ところで、ここで1つ疑問が生まれます。
果たしてその煩わしさとは、必ずしも王族だけに生まれる感情なのかどうか、と。
そうです、王族には王族の、貴族には貴族の、それぞれが強いられる煩わしさがあるのです。
それはつまり、高潔さで知られるランベルジュ貴族の中にありて最も貴きと讃えられし一族の現当主であり、義剣と呼ばれるほど品行方正なルスト=ヴァルフリード辺境伯にもまた、独自の発散法があるということ。
端的に言えば――武術マニアなのだ、彼は。
(なんか、すんごい視られてるんだよなぁ……ははっ……なんか懐かしいな、この感じ――)
シンが脳裏に思い浮かべたのは、公式にプロになる前の学生時代、その一幕。
学校帰り、毎日のように通っていたゲームセンターの2階、格闘ゲームの筐体が集められた一角で、乱入してくる奴らを片っ端からねじ伏せ、ワンコインで長々と、帰宅の途に着くまで居座る――そんな阿鼻叫喚の元凶として愉しんでいた、懐かしき日々。
好意と敵意がないまぜになった視線の群れを、背中越しに感じながら、シンは、あの世界大会以降も腕を上げ続けていた。
世界大会の時は、キャップとゴーグルを着けていた為、決定的な顔バレはしておらず、本名も非公開だったこともあり、田所 信という少年が、あの神童ウラノスであることを知るのは、家族である母と祖母、そして、物心つく前から付き合いのある悪友とその母、合わせて4人だけ――その筈だった。
(――てか、こんなこと考える余裕があるとは思わなかったな……ホントどうなってんだ……)
――なんか、アンブレの白アリより弱くね?
憶測、直感、経験則――そういったもの全てを混ぜ合わせた末にシンが出した結論、その内容に、なんら間違いはない。
そして、シンは、左手首のソレに意識を向ける。
そう、まさに、それが答えである。
(やっぱどう考えても、コレだよな……なんなんだ、このステータスユニットってのは……あの変なのを聞いた、てか、視えた時の言葉通りなら――スキルボードが全てを喰らう刃、ステータスユニットが全てを許容する鞘。で、ユグドレアの住人がソウルイーターって名前の神敵、だったよな……んー……まとめると、マルスたちそれぞれが、神喰いの一振りってところなんだろうけど……神、ねぇ……当てはまるとしたら、外天の腐れ外道共か、堕天かぁ? ソウル、魂……経験値? なーんか安直すぎやしねぇかな、それ……よくわからんけど、俺にしか視えない伝え方をわざわざしてきたんなら、もっと伝えにくいことを伝える気がするんだよな……神……神代……ひょっとして、神じゅ……ああ、そうか、そういうことなのか……あっちの意味での神獣を喰らえってことか? もし、その考えが当たってたとしたら、そりゃあ確かに――)
――俺らにしか伝わんないかもな。
忘れてはならない、ガルディアナ戦記とは、シンたちアンブレプレイヤーが主戦場としていた時代から見れば、大昔の出来事を記した書物であるということを。
忘れてはならない、時代が進めば、解明されたことのひとつやふたつ、あって然るべきということを。
忘れてはならない、同じ単語、同じ言葉でも、読み方や意味が1つとは限らないということを。
ガルディアナ戦記の題材となった時代、その当時、神獣とは、神代の頃より生き残ったことで進化した魔物や巨獣を指していた。
その時代から千年以上の歳月が流れた時代を舞台としたVRMMORPG―― Antipathy Brave Chronicle において、神獣という単語には、先述の意味に加えて、ある存在の器としての側面を持つ、忌々しき造られた獣、という意味が加わっていた。
外天の支配者、もしくは、堕天と呼ばれし存在――創星十二天の内、堕とされた八柱が、現世へと顕現する為の依代として、巨獣種を素体として造られた魔導器。
Antipathy Brave Chronicle において、スレイクエストと呼ばれしコンテンツ内でのメインターゲット、通称レイドボス。
それは、世界の敵対者にして侵略者、星のことごとくを貪り喰らいしモノ――極災と呼ばれし存在を現世に降臨させる為に造られた魔導器であり、ある種の尖兵。
その正式名称こそが――神獣。
またの名を――侵蝕蟲。