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黒天の内に在りし者 05




 武の力量技量の高きこそが尊ばれる――そんな傾向のある騎士国家、それがナヴァル王国。

 だからこそ、武の象徴とまで呼ばれるウィロウ公爵家の影響力は高く大きく、当主就任に必須とされている青柳流刀術、世間ではウィロウ派と呼ばれる剣の流派の影響も多大である――ナヴァル王国騎士の半数以上が率先して学ぶ程度には。

 そして、ウィロウ公爵領兵に至っては、約9割超の者たちが青柳流刀術の基礎を習得している、その事実こそが、ランベルジュ皇国が争いの果てにウィロウ公爵領を抜いたことが無い要因、そのひとつであることに間違いない。


 静と動、ふたつの性質のいずれかを有する技術を使いこなす兵が群れを成す――この意味を、ヴァルフリード辺境伯領の兵として生存し続ける者たちの中に、その脅威を知らぬ者はいない。




 ウィロウ公爵領の兵とは、人族領域の国々で最強の武を有するナヴァル王国の中に有って尚、精鋭中の精鋭とみなされている――強兵と呼ばれる類の者ということである。




 地球では、騎士イコール騎兵とイメージされることが多いのだが、ユグドレアにおける騎士とは、兵科としてではなく身分として扱われる機会の方が多い。また、兵科として区別する場合、騎士の頭に特徴を示す固有の名称を据えるのが主流であり、それと同時に、行軍速度向上の為、基本的な騎乗技能を身につけることを必須とする軍がほとんどである。

 兵科を区別する呼び方の一例として、魔導騎士(シュヴァリエル)魔装騎士(ルーンナイト)などが挙げられる。

 彼ら彼女らのように、武と魔道との融合を果たした複合職と呼ばれる者らが、ガルディアナ大陸の人族領域では有名であり、羨望の対象となりやすい。


 では、複合職ではない他の騎士は、憧れられることも望まれることもないのだろうか?


 ――()であり、(こう)である。


 剣と魔法を同時に使いこなす才ある者に憧れの視線が向けられるように、剣や槍、徒手空拳の類ただそれのみで敵を倒す姿に好ましさを感じる者もいる。

 要するに好みの問題だと指摘されればそれまでなのだが、その傾向自体が、地域によってガラリと変わることが多々あり、(おの)ずと羨望の対象が変わるのも事実。


 だからこそ、ウィロウ公爵領では剣術、より正確には、刀術が最も尊ばれており、それらを使いこなす刀術の戦士や刀剣騎士らを――刀士と呼ぶ。


 そして、ある種の略称でありながら敬称でもあるそれは、他の武術を扱う者たちにも当てはまる。

 剣術を扱う戦士や剣騎士ならば剣士、槍術を扱う戦士や槍騎士なら槍士といった具合である。

 これは、弓術や斧術、槌術など、ありとあらゆる武術に当てはまる図式である、が、あくまでもこれは他者が理解しやすいように分類することが本旨であり、呼び名を強要するものではなく、意が伝わればなんだって良いのである。


 ウィロウ派といえば青柳流刀術といったように。


 さて、ヴァルフリード辺境伯領の兵士たちにとってのドグル大平原の国境争いというのは、常にウィロウ派の刀士たちとの争いを余儀なくされる、あまりにも激しい戦場なのだが、とどのつまりそれは、ナヴァル王国最強の兵士たちと、毎年何度もしのぎを削り合う、極上の修練の機会を得ているという側面もある。


 だからこそ、ヴァルフリード辺境伯領の兵は他国から古兵(ふるつわもの)と評価されるほどの強さを得る、そんな皮肉めいた現状が生まれた。




 ――何処かの誰かと誰かの思惑通りに。










(ふむ……視線と音でどうにか、といったところか……どうにも至難だな、これは――)


 目の前で繰り広げられる不可思議でいて未知なる戦いを眺めるルスト=ヴァルフリードは閉口し、思索を巡らす――武人の(さが)が故に。

 黒き破天の大器であるマルス=ドラゴネスに対するは、白の救世主(メサイア)幹部である希望のフェルメイユという名の人型魔導器。


 属する勢力を考えれば、ルストはどちらとも戦う可能性があり、両者の実力を推し量るその行為は、ランベルジュ皇国の軍人である以上、至極真っ当である――というのが建前。




 実際のところ、彼の本音は、全く異なっている。




(希望の……いや、白アリ対策の草案は、既に()()()殿へ送ってある以上、特に問題はない、きっとなんとかしてくれる筈。今は()()()()()()()()よりも彼だ……アレは本当に武術、なのか? デンノーブシン流……何をどうすれば、このようなことが……魔力線の揺らぎが無い以上、確実に魔法ではない、魔法ではない筈、なのだが……しかし、この光景はいったい――)


 まず初めに、何の予兆も感じとれぬ間に、希望のフェルメイユが地面に伏し、シンの口上が始まった。

 次に「あ、テーブルとか、(はじ)に寄せますねー」と軽い口調で、天幕内のテーブルや椅子などの物品()()()、またも予兆なく、しかも地面を引きずることなく、つまり――宙に浮かべて、一度に運んでしまったのだ、シンは。


 そうして天幕内が、黒と白の戦いの舞台と化す、その一部始終を、ルストは目撃した。




 さらに、いや、むしろここからが本番と言える、本来、この時代にはありえない戦いが始まった。




 ルストが抱いた感情を言葉にするならば、気色が悪い――それが、節制と呼ばれた少年とともにルストの前に現れた、白銀髪の少女に対する第一印象。

 激昂するルストに対して、真正面から近接戦闘を敢行する少女の微笑み、その違和感は、同じ人族とは思えない作為的な作り笑いのようだとルストに思わせていた。


 だが、今、この瞬間は違う。


「ガァァアアァァアァァァァ!!」

「――うっさ、口閉じてろや」


 終始、落ち着き払っていた物腰など微塵も感じさせない、その我武者羅(がむしゃら)な狂気を孕む獰猛さは、例えるならば、死線を超えることを強いられている追い込まれたゴブリンのようだ、などと、ルストは考えていた。

 そんな彼の視線は、シンへ――そこに佇んでいるだけに見える黒髪の少年へと注がれていた。


「ハァハァ、ぐっ……どうして、こんな、ことが……貴方のそれは明らかに違う……何故、()()()()()()()以外の――」

「は? なんだそりゃ――」


(――ドラゴンハートだと? 何故、コイツの口から、その名が……ドラゴン……ドラゴネス家と何か関係が……だが、あそこは()()の……いや、待てよ……たしか彼の母親はナヴァル王家の……そういうことなのか?)


「ドラゴンハートと関係が無い? そんなことがあり得――」

「おいおい、白アリ――」

「なっ――がっ、ぐあっ!?」

「俺の前でお喋りとか――」

「ひぃっ、うぁぁぁっ!?」

「――随分と余裕だな」


(――圧倒的だな。この者は決して弱くはない、むしろ強者の類の筈なのだが、そんな相手にここまで優位に事を運ぶとは……)


 魔素喰い(マナイーター)と呼ばれる人型魔導器の特徴は、言葉通り、魔素を食らうことにあるのだが、これがどういった現象を引き起こすのか。

 簡単にいうならば、ステータスユニットおよびスキルボードを使用不可にするのである。厳密には自動車のガス欠のような症状なのだが、結果としては同じことである。

 理屈としては、個体差もあるが、概ね周囲20メートル内の魔素を集めては体内へと取り込み、喰らい、力に変える――いわば、常にレベリングをしているということ。

 ルストもその症状に陥り、ステータスユニットとスキルボード抜きでの戦いを余儀なくされ、()(すべ)もなく敗北することになり、やむなく指示に従ったというわけだ。

 魔導師であるルストもそうだが、魔素喰いは、魔道職に対して無類の強さを誇り、完全なる天敵であると断言できる。なにせ、周囲の魔素を根こそぎ奪われてしまうのだから。

 だからこそ、黒魔法師であるマルス=ドラゴネスでは、真なる黒に至る前――黒天ではないマルスでは勝ち目など無い筈だった。

 だから、マルス=ドラゴネスは、非業の英雄は、人族の裏切り者となることを、その選択肢を選ぶしかなかった。

 それを、その醜悪(しゅうあく)極まる台本(シナリオ)、その流れを、歴史(プログラム)を、シンは――田所 信は、彼女が予想した通りに覆してくれた、強引に書き直させた。


 誰も幸せにならない悲劇を――殺す為に。

 もう二度とそのような結末を――(わら)わせない為に。



 Antipathy Brave Chronicle における拳士職最強のプレイヤーである田所 信が――天拳ウラノスが、ユグドレアに招かれたのだ。






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