黒天の内に在りし者 04
そもそもの話、地球において、彼はどのような人物だったのだろうか――そんな疑問を解消しようとするならば、彼の生業を述べることこそが最適であり、速やかな理解に繋がる筈だ。
田所 信、日本人、享年29歳。
職業――プロゲーマー。
「な、なんたる……」
「どうして貴方が……これを――」
――当ててみろよ、お得意の天啓でな。
皇国の軍服に身を包む赤髪の男――ルスト=ヴァルフリードは、目の前で眺めさせられた未知なる事象の凄まじさに驚き、白き修道服をズタボロにされた白銀髪の少女――希望のフェルメイユは、本来ならば存在しない、この時代では失われている筈の、白の救世主に所属する者たちにとって不倶戴天に等しい、ある近接戦闘職にしか成し得ない事象を目の当たりにしたことで、ひどく動揺していた。
「残念だったな、白アリ……他の奴らみたいに、やりたい放題できるなんて思うなよ?」
その声から滲み出るのは――自負。
約3分というタイムリミットこそあるが、自分が全力を出せれば、どのような相手だろうと決して負けないことを確信しているからこそ、放たれる言葉に力が宿る。
(あー……名乗り、どうすっかなー……隙だらけだったんで思わず先制攻撃しちまったし、今更感が凄まじいな……ま、いいか、ルーチンルーチンっと――)
「電脳武神流、開祖――」
――天拳ウラノス、参る。
それもこれも、シンにとって良き思い出であり、比類なきと信じる力にして誇りそのものであるのは確かだが、しかしながら間違いなく――黒歴史である。
その名が世界に知れ渡ったのは、とある格闘ゲームの第15回世界大会、決勝トーナメント最終試合、即ち――決勝戦。
20年以上の歴史を持つ、日本のみならず世界屈指の人気シリーズ最新作ということもあり、日本国内外問わず、その注目度は高く、発売から1年後に行なわれた国際大会には、世界中から猛者が集まることとなる。
優勝候補は4人。名だたる強者の中にあって尚際立つ、その強さは、誰が戴冠したとしても納得できるものだった。
米国代表――鉄人スティーブ。
本名、スティーブ=ミラー、36歳。
第1回大会から毎年出場している最多出場者にして最年長出場者、そして最多優勝記録である7回もの優勝を成し遂げたゲーム界隈におけるレジェンドの1人。高い知性と鍛えあげた身体能力を以って、加齢による反応速度などの低下を補い、今現在の若強老弱とも呼べるプロゲーマー界隈にあって第一線級で活躍する姿から、鉄人の異名が与えられた凄腕のプロゲーマーである。前年度の結果は、ベスト4。
英国代表――狂乱紳士ハリス。
本名、ハリス=ウェストファー、21歳。
初出場である第11回大会をベスト4、第12大会ならびに第13大会を準優勝、そして前年度に行なわれた第14回大会では悲願の優勝を果たした、現在の欧州最強のプロゲーマー。
その人柄は、毅然としながらも温和で、老若男女を分け隔てなく接する物腰から、紳士とはまさに彼のことを指すと評判である。また、容姿端麗を地で行く彼の甘いマスクは、芸能関係の仕事すら呼び込み、過酷なタレント業すらこなすハイスペックな男である。
そんな華やかさとは裏腹に、さながら獣のようだと評される彼のプレイスタイルを例えるならば、自動車のハンドルを握ると豹変するドライバーの如く。
そう、ハリス=ウェストファーという男は、いわゆる対戦型ゲームをプレイする際、紳士さとは無縁の、荒々しさ全開のゲーマーへと変わり果ててしまうのだ。無論、ゲームから離れれば、世の淑女たちが愛して止まない素敵な紳士が、何事もなかったかのように帰ってくる。
だが、そんなハリスの立ち振る舞いを、芝居や演技だと騒ぎ立てる者たちが一定数存在しているが、それは嫉妬混じりの邪推でしかなく、滑稽なほどに的外れである。
なにせ、ハリスのそれは、気分が高揚した末に感情として発露させるという、人間であれば起きて当たり前の現象が、他者より少々特殊なだけなのだから。
ともあれ、欧州最強のプロゲーマーが、狂乱紳士と呼ばれる理由は、プレイ時と非プレイ時のギャップにあるということだ。
中国代表――戦乙女リーファ。
本名、李 紅花、18歳。
第13回大会が初出場、同時にチャンピオンに輝き、一躍、その名を世界に轟かせる。ちなみに前年度は、準優勝。
クールビューティを体現したかのような怜悧な容姿と、笑顔と同時に無駄もない簡潔な言動は、中国人でありながら日本人形のようだと揶揄されている――彼女のあの姿を知らない者たちからは。
彼女のプレイスタイルは、さながら凪いだ大海の如き冷静さが最大の特徴であり、終始高い水準でのプレイングを見せつける。だが、彼女を語るとするならば、それを忘れてはならない――試合後に魅せる、その柔和な笑顔を。
その時、多くの者が理解するのだ、一見するとクールな彼女が、勝負事を愛する生粋の戦士であることを。
そして、いつしか彼女はこう呼ばれていた、戦いを愛する乙女――戦乙女リーファ、と。
日本代表――笑う暴君ナインス。
本名、九条 要、19歳。
日本のエースにして、アジア最強の格闘ゲーマー、それがナインスこと、九条 要である。
非常に気さくで快活な人柄と、巷で話題の罰ゲームの類にも果敢にチャレンジするサービス精神までも旺盛な彼は、日本人の成人男子の平均を大きく下回る155cmという身長と、女顔であることも影響し、アイドル的かつマスコット的な人気を集めるプロゲーマーにしてゲーム実況者である。
第10回大会が初出場、スティーブとの決勝戦で敗退し準優勝。その翌年行なわれた第11回大会と 第12回大会と、2年連続で優勝、名実ともに日本のエースに。第13回、第14回大会は、それぞれベスト4という結果。
プレイスタイルは、攻めて攻めて攻めまくる速攻型であり、ハリス=ウェストファーのそれに近い、テンションアゲアゲの戦い方である。
ハリスと異なる点は、反応速度の高さ。
無論、ハリスも世界有数のゲーマーであり、アクション性の高いゲームに必須である反応速度が低いわけもなく、むしろ世界でも上位に位置していた。
だが、ナインスのそれは、当時のゲーマー全てで比較しても最上位クラスであり、その他の素養と併せれば、速攻型のゲーマーでは最強である。
満面の笑顔を浮かべながら楽しそうに対戦相手を圧倒して爆速で試合を終わらせる姿から、笑う暴君の二つ名を与えられた。
ちなみに、格闘ゲームのプレイングスタイルとしては、ナインスやハリスのような速攻型と、序盤で情報収集したのち後半に巻き返すスティーブが得意とする遅攻型、リアクティブな戦術を主軸に置くリーファが得意とする反攻型の3つに大別される。
さて、彼ら彼女ら4人を筆頭に、世界に名だたる強者が集った第15回大会に、ある少年が出場する。
当時わずか12歳、小学6年生だった無名の彼が、数々の波乱――大物喰いを成し、まさかの戴冠、しかも最年少記録を塗り替えるとは、当の本人を含め、誰も想像だにしていなかった。
日本人ゲーマー、登録名――ウラノス。
のちに神童の異名を与えられしゲーマーの名が世界に知れ渡った瞬間、その機が生まれたきっかけ。
それは、ジュニア部門と一般部門を間違えて登録してしまったという大ポカの結果であった。