黒天の内に在りし者 03
「3年……この者は人族ではないのか、いや、そもそも違うのか……生物ではない?」
「概ね正解ですね。コイツら――」
――魔導器なんですよ。
シンが言い放った言葉の内容を理解すると同時に、ルストの脳裏で、とある現実の解答が提示されることになる。
「そうか、そういうことだったのか……消費型ということかね?」
「ええ、そういうことです」
魔導器には、還元型と消費型の2種類が存在する。
この2種の大きな違いは、大気から取り込んだ魔素を使い尽くすか否かにある。
魔導器の仕組みを簡潔にまとめると、魔物の成れの果てである魔石もしくは神魔金と魔導粉体を混ぜ合わせ、回路と呼ばれる基盤を形成。回路に魔素の通り道――刻印と呼ばれるそれを、法則性を以って刻み込むことで、任意の事象を再現する。その際、回路を通った魔素は、その動きを緩やかにし、最終的には完全に停止、その後、消滅する。
つまり、還元型とは、動きが止まる前に魔素を大気へと還し、消費型は、最後の最後まで魔素を使い切るということである。
この違いは、魔導器という道具にとって非常に重要な事柄であり、魔導に携わる者たちが解決しなければならない提題である。
さて、回路に魔素を排出する機構を要する、裏を返せば、魔素の活動限界時間も考慮しなければならないことから、還元型の魔導器製作、その工程には、相応の技術と時間がかかる。
そのため、目先のメリットだけを求める者は、魔素を取り入れるだけで稼働する消費型を製作する傾向にある。
しかし、長期的に考えた場合、魔素を失うことによるデメリットとは大地の荒廃、言い方を変えれば、生物の暮らせない死の大地へ化すことを意味している。自国が変貌してしまうことを歓迎する為政者は、おおよそ存在しない筈だ。
結果、臨界という現象を意図的に起こしやすい戦場でのみ、消費型を用いるという流れが、妥協案として、ユグドレアの各大陸で生まれた――が、何事にも例外がある。
だからこそ、ブラックスミスという一族が、真なる魔導師の片翼――鍛治師の系譜が狙われる。
「……外天」
「――正解です。厳密には、ちょっとだけ違うんですけど、まぁ、似たようなもんですね」
「むぅ……確かに、その可能性もあり得ると考えてはいたが……外天、魔導器……まさか、異世界勇者が呼び出されているのか?」
「多分、いるでしょうね。だから、コイツらが動いてるんでしょうし」
「ふむ……となると、白の救世主とは、魔導師の集まりということなのかね?」
「そんなところです。教団的な活動もしてるっぽいですけど――」
「なるほど……それにしても、人族のようにしか見えぬ自我持つ魔導器とは、恐るべき技術力だな……魔導騎に転用できないだろうか……」
「やめた方がいいですよ――禁忌に抵触するんで」
「……ただの消費型ではないということか」
「そういうことです。自分の知り合いは、コイツらのことを、こう呼んでましたよ――」
――魔素喰い。
「魔素を喰らう、だと……なんと悍ましい……君が、この者を虫と呼ぶのも頷けるな……」
ルストが浮かべた表情は、害虫を目の当たりにした時のそれと同じであり、そうなってしまうほどの忌避感を与えるのが、魔素を喰らうという情報。
ユグドレアの人々にとって、魔素とは、空気のようにありふれていながらも、敬意を払い、深い感謝を捧げる対象である。
魔素によって、大地が育まれている。
魔素が存在するからこそ、魔法が成立する。
魔素があるからこそ――魔物として生きてゆける。
例え、今現在の認識として、魔物という言葉が蔑称になっているとしても、深層心理下にて、自分たちが魔素と繋がる生物であるという真なる事実が刻み込まれている以上、ユグドレアの生物が、魔素に対して、悪感情を抱くことは決して無い。
故にこそ、魔素喰いが製造されることとなり、その事実を知る者は、今のユグドレア側には存在していない――その筈だった。
それこそが、田所 信という――データ上では一般人の身体能力しか有していない――人物が、ユグドレアに招かれた理由のひとつ。
「――えない」
霧散しては固まり、固まっては霧散し、また固まる、そんな作業的な工程を繰り返す黒い繭――卵にも似た形状の黒い塊の中から強引に抜け出た腕、その先から聞こえてきた声は――
「――ない……ありえない……ありえない、ありえない、ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえなああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァアアアアアアアア嗚呼あああぁぁぁ…………ぜっ、ぜ、絶対にっ、そんなことっ……ありえないっ!?」
――今にも呪い殺されそうな怨嗟と、それ以上の驚嘆で彩られていた。
(うわぁ……相変わらず病んでんなぁ、コイツ……こういうのが、一部のヤンデレ大好きドMブタ野郎からは大好評ってんだから、やっぱ日本ってすげぇ国だわ、うん)
――触れねば淑女、触れば気狂い。
それが、Antipathy Brave Chronicle というゲーム内における、希望のフェルメイユというNPCの最大の特徴であり個性である、と、プレイヤーからは認識されており、刺激さえしなければ、意思の疎通自体は容易な部類に入る。
だが、シンを始めとした最前線を突っ走るプレイヤーたち、いわゆる攻略組からすると、やってることは基本的に他の白アリと変わらないにも関わらず、私は皆さんの為に尽くしてるんですアピールを前面に押し出した態度を取ってくる為、それはもう盛大に嫌われている。
ルストの側にいるのが誰かわかった瞬間、シンの脳裏には、アンブレ内で希望のフェルメイユから受けた迷惑の数々――アレやコレやソレが思い浮かび、本来不必要な筈のクソガキムーブをかましてしまうほど、鬱憤が溜まっていたことからも、その嫌われようは想像がつくことだろう。
「……こんなこと、私は識らない……何故、私たちのことを……そもそも黒天の出番は、まだまだ先――」
「……黒天?」
「――っっ!?」
「へぇ……やっぱりオマエらが関わってるんだな」
「なっ、貴方は何を――」
「少しだけ、時間貰いますね?」
「……なるほど、君自身の用事もあったということか」
ルストからの返事に、軽くはにかむことで返したシンは、同時に――切り替える。それは、戦いに赴く者ならば行なって当然の、意識を闘争用のそれに変える、ただそれだけのこと。
しかし、ルストもフェルメイユも、シンのその変化に戸惑いを隠せないでいた。
「これは……」
「何故、貴方がこれほどの……」
ドラゴネスの忌み子、すなわち、黒き破天の大器。
この時期のマルス=ドラゴネスを評する場合、英傑級の黒魔法師というのが妥当であり、国内外の軍部などからも、そのように認識されていた。それは、白の救世主のような教団組織や暗殺者クランなどの地下組織も同様である。
ましてや、天啓という便利極まる力を有する白の救世主からすれば、確定事項と呼べるほどの信憑性がその情報に備わっている。事実、抱えている情報の確度は高く、それらを集めた者たちに何の落ち度も無い。
結局のところ、想定外に対する備えを怠っていた、ただそれだけであり、だからこそ、田所 信が選ばれた、いや――望まれた。
「外回りすんのは、希望に節制、愛、その辺りだろうから、ある意味――大当たりだな」
「あ、貴方は……何者、ですか?」
「あ? どこからどう見ても黒髪美少年の俺がマルス=ドラゴネスじゃなかったら、誰がそうだってんだ、おい。あんま調子乗ってっとサクッとブチ殺すぞ、白ア、リ……なーんてな、冗談だ冗談……あんまり変なこと言わないでもらえますぅ?」
「……白アリ?」
「コイツらの異名ですよ。白い服着て、ワラワラとそこら中を這い回ってるんでね、ピッタリでしょ?」
「なるほどな……」
「ぐっ……」
妙にしっくりくるネーミングだと納得するルストも、とてつもない侮辱を受けながらも迂闊に反論できずにいるフェルメイユも、多くの言葉を発せず、場と状況を静観することしかできないでいた。
片や、好奇心。片や、警戒心。
理由は違えど、両者どちらもが、彼の様相に注目しているからこその反応であった。
直立不動とは少し異なる、強いて言えば自然体ということになるのだろうが、発せられる気配の強さを鑑みれば、一見すると何の変哲もない立ち姿が、これから行なわれる闘争の為のもの、その筈であると、皇国の英傑も、人型の魔導器も、揃って理解していた。
だが、知識に無い――歴戦の軍人であり武人でもある義剣のルストも、天啓という百科事典の如き機能を有する希望のフェルメイユも、知らないし識らない。
彼のような立ち姿、それを常とするような戦い方は、今も昔も先にも、ユグドレアには存在しないのだから当然といえば当然。
例えばそれは――立花流戦場術のように。
(さて……白アリ最硬のコイツなら遠慮なくやれるとして、今のステータス的に――3分が限界だろうな……よくもまあ、ここまで上がったわ、マジで。ステユニレベリング様様だわぁ……ありがたやありがたや――)
シンの視界の片隅に表示させたステータスに表示されている、LVの数字――3621。
王都ナヴァリルシア出立前の、実に20倍以上のレベルを上げることに成功した秘密、それは、黒魔法の特性であり本質にある。
――閉じる。
開戦前、前線に出てきたヴァルフリード辺境伯領軍の兵士たちを、夜闇の中、シンは殺してまわった――ステータスユニットとの繋がりを閉じることで、兵士としての彼ら彼女らを殺していたのだ。
当たり前の話だが、シンは現代日本人、人殺しは忌避して当然。だが、ステータスユニットとの接続が無くなれば兵士として死んだも同然、今後、満足に生活できるかもわからない。
威力偵察任務の前、シンが憂鬱になっていたのは、不特定多数の人たちの職を奪うことになることを想像したからである。
さて、シン考案のレベリング――ステユニレベリングと名付けたそれの肝要な部分は、黒魔法によって、僅かな時間だけ仮死状態にすることにある。
その際、霊子領域との繋がりも一時的に閉じることで、ステータスユニットに、着用者が死亡したと誤認させることが可能であり、ステータスユニット内のHPシステムとMPシステム、それぞれに貯蓄された魔力を大気中に排出できる。
あとは、大気中に漂う魔素が霊子領域に還る前に、同じパーティーである第18分隊の面々――サーナ、レベッカ、エドガー、アレックスと一緒に、自分たちのステータスユニットに吸収する。
これが、シンたちが実施したステユニレベリングの流れである。
ただし、ルスト誘拐という単独任務を果たさなければならないシンだけは、他の4人よりも多めに吸収していた。
ちなみに、魔素吸収の際に、やや難色を示したのが、サーナとレベッカの弟であるエドガーの2人。ほとんど何もしていないのに、ステータスユニットのレベルを上げるという状況に抵抗感があったようだ。最終的には、他ならぬシンの「強くなるに越したことはないから、吸った方がいいよ」の言葉に納得、第18分隊全員がレベリングに成功する。
シンとしては、サーナのレベル上げをしておきたかったこともあり、順調に進展したことに満足していた。
レベリングを終えたならば、あとは確認するだけ――それは、今現在のシンが打ち立てた目標の中でも、最優先で取り組むべき、二つの事柄。
1つは、アンブレ内のコンテンツ――ガルディアナ戦記のそれと比べて、白アリが強いのか弱いのか、行動傾向に違いはあるのか、その確認。
その内容次第で、今後の活動方針が決まる為、確実に知る必要があるからこそ、シンは、単独でルストの確保に向かいたかった。
そして、ルストの側には、希望のフェルメイユだけがいた――それはつまり、ガルディアナ戦記と同じで、白アリは少数で動きまわる習性があることを意味し、NPCの個性などは、勢力に関係なく、アンブレのそれと変わらない可能性が高いことを知ることができた。
白アリの強さに関しては、最大の特徴である魔素を喰らい吸収する機能を確認できた時点で、同じように厄介な存在だと認識、この戦が終わり次第、ダンジョンでのレベリングとレアアイテム収集、人族領域外の善性NPCを訪れるべきと判断。
今この時点で、シンは、今後の自身の行動方針について、仮ではあるものの決定していた。
これが、シンがルストの下を訪れることで成したかったことの1つ――攻略チャート制作。
シン自身は効率厨というほどではないのだが、元々がゲーマーである為か、自作の攻略チャートを脳内に作り、出来る限り効率的に動くのが半ば習性と化している。その一環が、ルストの確保であり、白アリの調査であるということ。
そして、シンが立てた目標の中で、最優先とみなした2つの事柄、残るひとつ。
それは、近接戦闘戦を得意とする希望のフェルメイユという名の魔素喰いを相手取るという、本来ならば最悪の状況であるからこそ好都合と呼べる、対峙する機会そのもの。
そこにこそ、シンにとって最も優先すべき、今後のガルディアナ大陸にとって、大事な用事がある。
「むぅ……人は見かけで判断するべきではないと言うが、それにしても――」
「識らない……何故、貴方が……黒の後嗣たる貴方がこんな――」
息子であるクライドと同じように、魔導剣を振るう魔導師である義剣のルストも。
白の救世主に属する者たちの中でも、屈指の近接戦闘能力を有する希望のフェルメイユも。
シンが放つそれを見れば、どれ程のものかを察することくらい容易いからこそ、大いに困惑する。
――武威。
一言で言い表すならば簡単な言葉であるはずのそれが、黒魔法師であるシンから放たれていることが、なによりも不可解であることを、ルストもフェルメイユも解しているからこその戸惑い。
武威とは、武力による威勢、ユグドレアでは一般的に武力とは――武人の備える力という意味となる。
黒魔法師が――マルス=ドラゴネスが、武力による威勢を、ルストとフェルメイユがたじろぐほどに放つこと自体が異常であるということ。
「あんまり時間がないからな、サクッと試させてもらうわ……簡単に潰れんじゃねえぞ、白アリ――」
しかし、それ以上の異常が、天啓を授かる希望のフェルメイユだからこそ知り得る、思わず絶句してしまうほどの非常事態が、その場にて起こる。
それは、ある種の奇跡。
彼女が蒔いた種の1つが開花した瞬間、神代にて喪われた筈の近接戦闘職が、ユグドレアに復活を遂げたのだ。
曰く、大地に在りて天空を撃ち堕とせし者。