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黒天の内に在りし者 01




「な、なんたる……」

「どうして貴方が……()()を――」


 ――当ててみろよ、お得意の天啓(オラクル)でな。


 皇国の軍服に身を包んでいる赤髪の男は、目の前で眺めさせられた未知なる()()の凄まじさに驚き、()き修道服をズタボロにされた白銀髪の少女は、本来ならば存在しない――この時代では失われている筈の、彼女らにとって不倶戴天に等しい、ある戦闘職にしか成し得ない事象を目の当たりにしたことで、ひどく動揺していた。


「残念だったな、()()()……他の奴らみたいに、やりたい放題できるなんて思うなよ?」


 その声から(にじ)み出るのは――自負。

 ()()()()付きとはいえ、自分が全力を出せれば、どのような相手だろうと決して負けないことを確信しているからこそ、放たれる言葉に力が宿る。


「何故……何故、こんな……」

「なるほど……()()()()(わか)んなかったか――」

「――っ!?」


 ()()の少年の身体を縁取る魔力線から滲み出る、常軌を逸した――闇よりもなお深きに在ることを解らせられる黒き魔力の異常さも相まって、片膝をつく少女は冷静さを喪失、その瞳には恐怖が佇んでいた。無理もない。


 目の前の少年が、自身を滅ぼし得る存在であることを理解させられた上、自分達の絶対的なアドバンテージである力――未来を識ることを可能とする天啓(オラクル)と酷似するナニカを以って、自身の状態を見抜かれているのだから。


「てか、白アリは白アリらしく、他の働きアリに、応援に来てもらえばいいんじゃね?」


 侮辱でしかない文言を連呼されるも、悔しさが憎悪へと転じていても、確かにその通りだと納得することしかできないことに、何よりも口惜しさを感じながら、苦々しい面持ちで選択する少女、その正体。

 神代と語られる時代にて、白の救世主(メサイア)の異名を与えられし一柱、白闢(はくびゃく)()――の使()徒。


 即ち――()使()


 その中の1人である白銀髪の少女――希望のフェルメイユは、あまりに強すぎる危機感から、警告することを選び、()()、同志達に伝える。


 ――()()が現れた、と。




 だからこそ、少年は――(わら)った。










 その計略の始まりは、一通の書簡が、ウィロウ公爵領都キュアノエイデスに届けられたことにある。

 差出人は、アルヴィス=C=オーバージーン。


 そう、ナヴァル三大公とも呼ばれし、ナヴァル王国最古の公爵家のひとつ、オーバージーン公爵家当主その人である。


 届けられた手紙の内容の内、7割は、宗茂の想定通りのもの。しかし、残る3割こそが、今回の計略――策謀の要となる。その3割の中には、アノロス=ラマドの情報も含まれていた。

 そして、戦端が開かれると同時に、宗茂の計略も動き始める――寸前、つまりは開戦前夜、ひとつの情報が届けられたことで、計略の内容の一部を変更することに。


 ナヴァル王国第1騎士団特別選抜連隊、第3大隊に配属された、とある銅等級傭兵による暗躍――開戦前に行なわれた威力偵察という名の狩り、その経緯や理由などの詳細な情報を、第3大隊長であるウェインから秘密裏に受け取ったことで、本来ならば宗茂らラーメンハウスがすべき行動を第3大隊に委任することが可能になり、傭兵クランとしてのラーメンハウスを早い段階で投入できるようになった。


 その結果が、6日目の戦いである。


 ウェインら第3大隊に委任した行動は、2つ。

 1つは、第1騎士団によって強制的に徴用された平民――第3大隊という名の民兵達、その死体の偽装と、キュアノエイデスへの移動。


 任務完了の報告があったのは、5日目の夜。


 第3大隊全滅イコール移動完了という符丁(暗号)を目にした宗茂は、第1騎士団団長という愚か者を、ドグル大平原での戦から公的に追放する口実がようやく届いたことで、思わず――嗤ってしまった。

 本多 宗茂とて、人の子。生理的に気に入らない他者がいても不思議ではない。

 地球にいた頃から、仁義に反する輩のことを、心の底から嫌悪している宗茂。そういった輩を、正々堂々、真正面から潰すことが可能になると、知らず識らずのうちにその表情へと――手加減不要の敵対者へ向ける愉しそうな(わら)いを浮かべてしまう、そんな悪癖があり、幼少期から未だに治らないのが、実は宗茂の悩みの1つである。


 それはさておき、第2王子の一味であるシルバ=ランフィスタに、ドグル大平原に居座られるのは、後々面倒になる。それ故、速やかに退場させねばならない。その口実を作ることが、民兵達をドグル大平原から退避させた理由、その()()である。


 そして、第3大隊に委任した、もう1つの行動。


 それは、ドグル大平原に赴いているヴァルフリード辺境伯領軍の中にいる筈の、とある()()の男を()()すること。


 1人は当然、ルスト=ヴァルフリード辺境伯。




 そして、もう1人は――










(マジで始まったよ、炊き出し……とんでもねぇな、あの人……いやまあ、手薄になるのは、すんごく有り難いけども――)


 戦地のど真ん中で、先程まで()り合っていた相手に向けて炊き出しを行なうという、大胆不敵が極まっている豪胆さと、発想の奇抜さと意外性に、若干戸惑いながらも感心している黒髪の少年――シン。

 今、彼がいるのは、ドグル大平原の東部。


 つまり、ヴァルフリード辺境伯領軍の陣地、それも、最も東に位置する後陣の真っ只中に、シンは単独で潜み、時が来るのを待っていた。




 そして、(ソル)が沈み、(ルーナ)が昇ることで、ドグル大平原の戦いが切り替わる――夜を征く者たちの時間が始まったのである。




 6日目夜、現在に至るまで、宗茂の想定通りに事が進んでいる――ことに、シンは感嘆していた。

 例えばの話だが、この戦争自体が実はゲームだった、そんな状況であれば、一部の例外を除き、命を落とすようなことはなく、ゲーム内で甚大な被害に見舞われたとしても、時間さえかければ再起は可能である――と、その程度の緊張感しか無いのであれば、策略の1つや2つ、成功させるのは、誰であっても、そこまで難しいことではない。

 そのことを、シンはよく知っている。

 しかし、現在進行形で経験しているこの戦争は、異世界でのそれだとしても、まぎれもなく現実。

 それはつまり、1つの失敗が、実は取り返しのつかない事態であった、などという事が起こって然るべきであり、下手を打てば、多くの味方や自身の生命すら失いかねない。

 それこそが、いや、それもまた、机上で交わすだけの空論では絶対にありえない、実際の(いくさ)ならではの怖さ、その1つ。


 だからこそ、一軍の総指揮という、生半可ではない緊張を伴っている筈のそれを、自身と同じ地球出身者であると思われる宗茂が、(おく)した様子も見受けられない、果断としか言いようがない采配を振るい、しかも、6日目にいたっては自らが先陣を切る、その姿に、シンは敬意を払わずにはいられなかった。


 さて、ルスト=ヴァルフリード辺境伯の誘拐という提案をした、あの時のシンは、その背後に、白の救世主(メサイア)がいることを確信していた、が、実のところ、その考え自体は、権謀術数を学んでいる者であれば、容易に想像がつく。

 情報不足ゆえに断定は出来ない、そんな場合であっても裏に何者かがいることだけは推察する――裏で暗躍する者が存在することを、本多 宗茂が察していたように。

 シンが提案した辺境伯誘拐、その焦点は、ルスト=ヴァルフリードの背後に白の救世主が存在しているから誘拐する、という発想が、何故、シンの脳裏に浮かんだのか。

 その発想に至る流れ、その(みなもと)こそが最も重要である。


 だからこそ、宗茂は、第3大隊に、()()に委任することを決めたのだ――ルスト=ヴァルフリードの()()を。


 そう、誘拐もしくは拉致という行為の本質は、対象の確保にある。

 今回の場合、ルスト=ヴァルフリードを、ドグル大平原の戦から遠ざけることに意味がある。そのことを、宗茂もシンも重要視していることが、シンに委任された最たる理由。

 仮面型魔導器である鬼面を、宗茂が採用した理由。

 第1騎士団をドグル大平原から追い出したい理由。

 紅蓮のレヴェナが、()()()()()を切らない理由。

 傭兵クランとしてのラーメンハウスが、初日から参戦しなかった、最大の理由。


 ルスト=ヴァルフリード辺境伯確保の理由も含め、これら様々な理由を、戦の流れの中で重ねることを要するのが、宗茂の計略。

 その狙いを要約すると、2つの事柄が挙げられる。

 1つは、戦の長期化。


 そして、もう1つ。




 今回の戦で倒すべき本当の敵を、もう1つの戦いの舞台――ウィロウ公爵領都キュアノエイデスに(おび)き寄せる為である。




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