守護者
『鑑定 極』――読み取った対象が、やがて至る未来の姿をも読み取る力で以って、そのことを確認した彼女が断言した。
本多 宗茂という存在が、歴代最強の異世界英傑であり、いずれユグドレア最強に至る、と。
彼が、完全無欠の救世主になる、と。
故に、世界を支える三柱は、彼に託した。
世界を愛し、憂い、見守り続けてきた者たちは、宗茂にそれを託した。
それは、ユグドレアの敵――傍観者を自称する存在が、世界を手中に納めるためには、絶対に欠かすことのできない鍵となる力。
――憤怒の権能。
本多 宗茂が、憤怒の権能を受け取ったことで、ユグドレアの敵がその力を手中に収めることは、実質不可能となった。
そして、世界を監視しているソイツは気づく。
自身にとっての不倶戴天となる存在が、ユグドレアに現れたことを。
「俺は、本多 宗茂。38歳」
ティアナ達が、ラーメンを笑顔で食べているその場所から離れ、声の届かないところまで歩いてきた宗茂は、語る。
「立花流戦場術、師範。ときどき傭兵」
今この瞬間、この場所に現れようとしている――宗茂を殺めようと決断した、傍観者を名乗る存在に向け、いつもと同じように、道場の門下生や傭兵仲間、それこそ、ティアナやエリザに話しかけるように語りかける。
「趣味は、ラーメン屋巡りにラーメン作りだ」
誰も彼も、勘違いしている。
宗茂は、力を使わない。
力は使うものでなく、傍らに在れば、それでいいからだ。
使うという意思、それ自体が緊張を生み、不要な力みを生み、やがては歪みを生む。
生まれた歪みはいずれ、心身に絡みつく猛毒と化す。その毒は非常にタチが悪く、己が磨き上げてきた力そのものの影響で、自身の在り方を見失わせるばかりか、最悪の場合、自分自身が力に使われる――支配されるという、最悪な可能性を齎す。
だからこそ、上から目線で力を使うべきではなく、勘違いも同然の傲慢極まりない考え方を、立花流戦場術の先達は、流派の教えから徹底して排除したのである。
――理合の一、無力の強。
――剥理の一、歪有の邪。
この2つの教えは、立花流戦場術の基礎にして基本。門下に入ることを決めたものが、最初に学ぶ、武に身を捧げるために必要な心得である。
宗茂は、己に宿る強大な力を使わない。使う気もないし、使う意味が、そもそも彼の中には存在しない。磨き上げてきたものを信じ、戦場に赴けば、それでいいのだから。
だからこそ、憤怒の権能という力を、本多 宗茂が、我欲のために使うことはない。
万が一にでも、力に支配されないように。
「お前がどこの誰だろうと、俺には関係が無い――興味も無い」
宗茂の言葉に、傍観者気取りのソイツは、激しい怒りを覚えていた――ふざけるな、俺を誰だと思っているのだ、と。
「どこの誰が連れてきたのかは知らんが、この世界は存外、ラーメン屋向きだ」
どうにもからかい甲斐の無い相手だなと、呆れてはいるが、宗茂には、どうでもいいことである。そもそも、初めから興味などないのだから。
「俺の同志にして同胞達は、おそらくだが、かん水が見つからずに、ラーメン作りを断念したんだろう」
ティアナやエリザに協力してもらい、半月の間、行けるところをくまなく探していた宗茂は、そのことに気づいた。
独自の進化はしていたが、パスタもうどんも、この世界に確かにある。しかし、ラーメンだけが見当たらない。
落胆する宗茂は、デラルスレイク防衛都市内の食事処で、その少々不自然なそれを見つけた。
ちぢれていた、細いパスタの麺。
宗茂であれば、一目見ればわかる、本来それは必要のない過程だと。
粘性の高いパスタソースならば、ちぢれを作るまでもなく、麺とソースは自然と絡み合う。細麺であれば尚のこと。
ならば、それを行なっていた理由とは――
「きっと、いつの日か、かん水が見つかると思っていたんだろうな。それだけに悲しい。少しだけ、知識が足りなかったんだろう……目の前にあったというのに」
ちぢれ細麺パスタが置いてある店は、デラルスレイク防衛都市。そして、かん水は、デラルスレイクで採取できる。
「安心してくれ、同胞達よ。俺が、本多宗茂が必ず、この世界に、ラーメン文化を広めてみせよう」
――なにをいっているのだ、この男は?
それは、自称傍観者の胸中である。
「ラーメンハウス 宗茂、それが、俺の店の名だ。今日が開店日。店の住所は異世界、いや――」
宗茂は、憤怒の権能を受け入れた。
故に、憤怒の権能は、自分の主に伝えることができる全てを伝えた。
だからこそ、宗茂は知っている。
「第16世界超越線……貴様らが歪め、彼らと彼女が、その命を賭してようやく癒すことができた世界――ユグドレアこそが、俺のラーメン屋が営業している場所だ。悪質なクレーマーには、さっさと帰ってもらう」
事ここに至り、ユグドレアの敵であるソイツは、ようやく気づく。
眼下の男が――憤怒の権能を保有する存在が、自分が想定した以上に強いということ。
それほどの強者、それも、よりにもよって、地球から来た異世界人が、ユグドレア陣営に在る現状が、自分達にとって、あまりにも都合が悪いということに。
本多 宗茂は、今、この瞬間、ユグドレアに存在する、自分のラーメン屋を守るための守護者となった。つまり、本来は部外者である異世界人の本多 宗茂が、ユグドレアを、間接的に、しかし、本当の意味で守ることができるようになったということだ。
ソイツは、怒りに震えながらも、今できる限りの対処を――だが、その行動はあまりに遅すぎた。宗茂が、憤怒の権能に向けて発破をかけ、心のままに吼える。
――ウォークライ。
それは、ユグドレアに響く咆哮。
それは、味方に――世界を、今なお支えている三柱の心に、止めどなき勇気を。
はるか遠き昔、ユグドレアを消し去ろうとした愚か極まる破壊神である、傍観者を自称する――監視者には、鳴り止むことのない畏怖を与える。
世界は、ユグドレアは、忘れてはいない。
世界が、色を喪う――
監視者に虐げられ、気に入らないという独善極まるくだらない理由で、父を、母を、兄を、妹を、祖父を、祖母を、友を、愛する人を――大切なみんなを、嘲笑いながら殺しやがった、テメエみたいな外道を許すわけないだろうがっ!!
歴史の向こう側へと追いやられた真実。それは、かつての神代。はるか遠き過去にて、虐げられ、無惨に、理不尽に、その尊き命を奪われた者たち。そんな無辜なる人々の想いと――
異世界、否、今はもう失われてしまった――喰われてしまった、とある世界線。
その世界線に存在する地球において、世界随一の軍事力を有する、日本神皇国より、異世界勇者召喚によって強制的に呼び出された、総勢500名の日本人。
悲惨な被害者でしかない、彼ら彼女らの中で、監視者のあまりに残虐な、清浄なる神の治世などと嘯く、悪辣な振る舞いによって、感情を、想いを、魂を激しく揺さぶられ、自我を取り戻すことができた16人。のちに、異世界16英傑と呼ばれる者達が残した想いと――
――このアタシの怒りも!!
宗茂はうなずき、ユグドレアと繋がる。
そして、宗茂の脳裏に浮かぶ『気炎万丈』の文字が輝き――
誰も彼も、勘違いしている。
本多 宗茂の異世界での物語は、今、この時より始まりを迎えた。
繋がりを確認したと、本多 宗茂に向けて、ユグドレアが、システムメッセージを送った瞬間、ようやく彼の物語が始まる。
だとすれば、本多 宗茂が命を落とした、あの瞬間に始まった物語は、誰のものだろうか。
そう、誰も彼も、勘違いしている。
喜劇的な英雄譚は、今、始まったのだ。