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本多 宗茂という男




 トントントンとリズム良く、新鮮なネギが刻まれると、その新鮮な香りが、彼女達2人に届く。

 先に届いていたトロトロに仕立てたスペアリブ――チャーシューの香ばしいそれと共に、彼女達2人の食欲を大いに刺激していた。


 彼女達の視線の先にある、2つのどんぶり。そこに透明な液体が投入され、次いで、白濁色の芳しい香りを放つ液体が注がれる。


 そして、縦にも横にも大きい鍋、寸胴(ずんどう)と呼ばれるそれに両手を伸ばしては引き上げたのは、深いザルに取っ手がついたような形の、てぼと呼ばれる器具。それを頭上に掲げては、地面スレスレにまで振り下ろすこと、三度(みたび)


 どんぶりに向かっていく、てぼ。その中身が――麺を、どんぶりの中にそっと沈める。


 てぼを寸胴へ戻し、代わりに握ったのは細長い木の棒――菜箸(さいばし)と呼ばれるそれを器用に動かしては、どんぶりにトッピングしていく。

 とはいえ、材料調達もままならない、()()()()()()、具材もシンプルにせざるを得ない――ネギに酷似したそれを白髪状にしたものと、()()()()()生き物の肋肉(スペアリブ)をチャーシューとして、彼は仕立て上げた。


 彼としては少々不本意ではあるものの、それでも及第点であることに違いなく、誰かに振る舞っても恥ずかしくない出来となった、それの正体とは――


「これが、2人が初めて味わう食べ物だ――」


 彼女達の前に置かれたそれは、この世界で――異世界の素材を元に作られた、言葉通りの、最初の一杯。

 その日、この世界の人々を熱狂させることになる食べ物――ラーメンが、異世界にて初めて振る舞われたのである。


 これは、彼が異世界に連れてこられたことで発生した、今はまだ誰もが知らない物語。

 異世界にて、第2の人生を歩むことを決めた彼と、そんな彼が心から愛する食べ物が語られたる喜劇。


 この物語は、後世へとこのように伝えられる。




 ――喜劇的な英雄譚、と。










 これは、彼が異世界に来る前の話。つまり、彼にとって、地球最後の記憶。


 とある異国の戦場にて、傷ついた仲間を逃がすために(おとり)となり、一個大隊相当の――人数にして、約1000人のテロリストと相対している、1人の男。


 彼の名は、本多(ほんだ) 宗茂(むねしげ)


 その大男、悪魔や鬼、果ては化け物と、敵対する者から頻繁(ひんぱん)に人外扱いされる、名実ともに最強の呼び声高き傭兵である。


 味方の逃走を見届けた宗茂は、即座に撤退てったい戦を開始。半日で、800人以上のテロリストを、戦闘不能にする。

 だが、不運にも、想定外のトラブルが、宗茂に襲いかかる。

 宗茂に油断はなかった。


 ただただ運が、タイミングが悪かった。


 撤退戦である以上、逃亡するための足は不可欠。

 起こりうる不慮(ふりょ)の事態に備えて、いくつかの集落に、逃走用の小型クルーザーを準備させていた宗茂は今、クルーザーを保管している集落の1つである、小さな漁村へと向かっている。


 場合によっては、危険な状況になるかもしれない、1週間ほど、住民をつれて避難してほしい――作戦実行前、集落の長達に謝礼金を手渡し、言い含めておいたセリフであり、約定の内容だ。


 つまり、宗茂が向かっている漁村の住民は、前もって避難している、その筈だった。




 ところが、誰もいないはずの村に、1組の親娘が残っているのを宗茂は知った、知ってしまったのだ。










 ごく最近、その村に引っ越してきた親娘は、村の外れに暮らし始めた。

 引っ越してくる際に、充分な食料を持ってきていたことから、その親娘は、村唯一(ゆいいつ)の小さなスーパーマーケットに訪れる必要がなく、外出する必要もなかった。


 そのため、顔合わせをした村長以外の住人に、その親娘は、正しく認知されていなかった。


 村長は、実質的な部下である3人の子供たちに、村人へ避難勧告するように指示。村長の息子たちは、与えられた仕事を全うしたかに見えたのだが、最近引っ越してきた、あの親娘に伝えることはなかった。

 そもそも彼らは、既に引っ越しを済ませていることさえ、知らされていなかった。


 それは偶然だった。


 普段なら、村長と一緒にいるはずの子供達が、たまたま用事で席を外していたその日、親娘が顔合わせに来ていた。

 そして、偶然にもその日の夜に、宗茂が率いる傭兵部隊からの依頼が届き、小心者な村長が依頼の内容に(あわ)ててしまい、その親娘が村に住み始めたことを、偶然にも、息子たちに伝え忘れていた。




 そんな偶然が、()()()()重なり、村に残された不運な親娘と、村にやってきた宗茂が出会うことになったのである。




 本多 宗茂は、仁義じんぎに厚い男。目の前に佇む非戦闘員を見捨て、自分だけが逃げ去れるわけがない。

 それに対し、宗茂を追いかける者達は、反社会勢力、いわゆるテロリストであり、それも、一個大隊規模の人員を、簡単に動員できるほどの強大な組織。凄惨(せいさん)殺戮(さつりく)を無慈悲に行なう組織として有名であり、リーダーを含む幹部たちは、世界的な指名手配犯でもある。


 そのような者たちが、民間人の殺害をためらうわけもない。


 近づいてくる多数のエンジン音。


 テロリストの接近を察知(さっち)した宗茂は、親娘をクルーザーへと導き、逃走を促す。

 親娘を乗せたクルーザーは村から離れ、遠ざかり、視認できない距離まで無事に進んだことを確認した宗茂は、間近に(せま)ったテロリストたちに意識を向ける。


 そう、宗茂は村に残ったのだ。自分たちの都合で危険にさらしてしまった親娘を、戦いの場から遠ざけるために。


 手持ちの残弾はゼロに等しい。

 敵から武器を奪うにも限度がある。

 まして、周囲を完全に包囲されている今の状況で、敵から奪いとるのは、さすがの宗茂でも難しい。

 つまり、既に進退は(きわ)まっているということ。


 だが、宗茂は――笑っていた。


 38年という宗茂の、物心ついてからのこれまでの人生にて、これほどの窮地(きゅうち)(おちい)ったことは、片手で数えるほどしかない。

 そうなのだ。今回の危機的状況と何ら変わりない死地から、宗茂は生還したことがある。

 かつて(くつがえ)したことがあるのならば、終わるには――諦めるにはまだ早すぎる。


 故に、宗茂は笑う――(わら)う。


 立花流戦場術の師範である本多 宗茂は、自他ともに認める強者、いや、絶対的強者であり、テロリスト達とでは、強さの格――純度がちがう。

 20や30の兵士が相手であれば、最新鋭の銃火器で完全武装されていようと、周囲に身を隠すような遮蔽物(しゃへいぶつ)がなくとも、何の問題もなく全滅させる。


 本多 宗茂という武人は、その程度のことならたやすく成せるからこそ、敵対する者たちから人外(あつか)いされるのだ。


 今、この時、宗茂が追い込まれているのは、単純な物量差と体力を消耗していること、ただそれだけ。

 それならば、と、(おの)が魂に発破(はっぱ)をかけた宗茂が、その激しく燃えあがる心のままに、(さけ)ぶ。


 それは、強きを選別する――(ふるい)


 戦場に(ひび)いた咆哮(ほうこう)は、資格無き敵対者に、尋常ではない畏怖(いふ)をもたらし、テロリスト達は迂闊にも呆然としてしまう――時間にして約2秒。


 純然たる事実として、この時点での宗茂の命脈は尽きかけており、まさに絶体絶命であった。


 100人超のテロリスト達の銃口が、宗茂を(とら)えていた。

 次の瞬間に命を落としていたとしても、決して不思議ではない。

 テロリストを率いる部隊長である彼が、命を奪えと合図を出せば、この場の闘争はすぐに終わる。


 だからこそ、それは、あからさまなミス。


 部隊長である彼は、のちに激しく糾弾(きゅうだん)され、仲間達からの私刑を受け、半死半生の身となる。彼は、反論することなく、甘んじてその現実を受け入れた、受け入れざるを()なかった。


 ――76。


 それは、テロリストの部隊長である彼が決断するまでの、ほんの一瞬の遅れがもたらした人的被害、その数字。

 周囲から届けられる叫喚(きょうかん)が消え失せるまで、ガムシャラに銃を撃ち、(あら)ざる現実から逃避するのを終える、その時までに(うしな)われた同志、のべ76人。

 この日、弱者に成り下がったテロリストは、その存在を知った。

 敵対者として眼前で躍動するその男のことを、自分達と同じ人類とは思えなかった。


 宗茂は、その指で、拳で、(ひじ)で、ひざで、かかとで――全身のありとあらゆる部位を駆使して、いとも簡単に、テロリスト達の命を散らしていた。


 全身凶器という比喩(ひゆ)を、最新の携行(けいこう)兵器を有するテロリストを相手に、たやすく現実にするからこそ、本多 宗茂という男は、最強の名を欲しいままにできる。

 実のところ、宗茂の身体には、数えきれない銃弾が撃ち込まれた、確かに撃ち込まれていたのだ。


 だが、止まらない。


 76人目の標的となった者の頸動脈(けいどうみゃく)を、人並み外れた咬合(こうごう)力で()みちぎった宗茂は、次の獲物を求めて歩を進める。


 そして、77人目。


 テロリストたちは恐れ、(おび)えきっていた。

 引き金を動かせない、いや、その手に銃をもっていることすら忘れてしまうほどに、恐怖していた。

 なにも考えられなくなり、宗茂を見つめることしかできない。

 もし目を離せば、その瞬間、周囲に転がっている同僚と同じようになることを、強く予感していたからだ。


 だが、その場に訪れたのは、静寂(せいじゃく)


 待てども待てども、宗茂は動かない。

 やがて、そのことに気づいたテロリストたちは、膝から崩れ落ち、心の底から安堵あんどしていた。


 本多 宗茂は、獰猛(どうもう)な笑みを浮かべ、立ったまま、力()きていたのだ。


 これが、異世界で、食材漁りのベルセルクと呼ばれることになる男の、地球での最後。




 物語は、始まりを告げる。





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